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願いを叶える 國軸吉野 七夕祭りへ行こう!

7月7日、世界遺産吉水神社にて、「天皇・皇后両陛下に感謝する夕べ」
願いを叶える 國軸吉野 七夕祭りが開催されます。
詳しくはこちら→世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」
私、ぽあんも参加します。
ご都合付く方はぜひ、参加してみてください。

友人が作った紹介動画を貼っておきます。
ゲストで話されている宮司さんは、とても熱くて激しくて、底なしに明るく、どこまでも優しい方のようです。
七夕祭りのご案内もありますが、「世界をまほろばに」のポリシーの説明や、
「辛いこと悲しいこと悩み事はぜんぶ吉野に置いていってください」と日々に疲れた人に
語りかけておられたりもしています。
私も当日お会いできるのが楽しみです。

平成30年國軸吉野七夕祭り

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ぽあんのルーツ探し 3

母は生前、自分の本当の父母に会いたがっていた。
戸籍では、母は祖父母の実子となっているが、
血の繋がりがないと知ったのは、まだ幼かった頃だという。
銭湯で近所のおばさんに言われたのだそうだ。
「あんた、もらい子なんだよ。
 本当のお父さんとお母さんじゃない人に育てられて可哀想にね」と。
ひどくショックを受けたものの、誰にもその話はできないまま、
ただ、家庭で親に叱られたりする度に「やはり本当の親じゃないからだ」という思いがもたげてきて、
反抗したり暴言を吐いたり家を飛び出したりと荒んでいったらしい。
そうして転落人生。
祖母は何も言わず亡くなり、
祖父は死ぬ前に何か言うか書き残すかするだろうと思われていたけれど、
死後にいくら探しても書置きは見つからず、結局、どこで誰からもらわれてきた子なのかは不明のまま。
唯一、手がかりと思われるのは、古い二枚の家族写真。
一枚にはまだ若い祖母とその家族らしい数人。
もう一枚には祖母はおらず、一枚目の写真にいた一人と別の夫婦と子供と赤ん坊。
日本家屋ではあるけれど、場所は日本か台湾か。

母は、その写真の赤ん坊が自分なのではないかと思ったようだ。
台湾にいたときに親戚筋からもらって、実子として届けたのだと。
そこで、昭和の時代にやっていた人探し番組(「それは秘密です!!」だったかな?)に
調査依頼を出したのだけれど、連絡もなかったと怒っていた。

その母も死んだ今となっては、私にはもう調べようもない。
祖母方の何代か前まで遡れる戸籍の写しは手元にあるものの、
そこに記載されている人は既にこの世にいないだろうし、手がかりはもう何もない。
このまま、母も私もルーツがどこかわからない宙ぶらりんで、
血の繋がりのない人たちと一緒の墓、一緒の仏壇を守っていくしかないんだな、
なんて考えていた。

ところが思わぬところで長年の謎は解けた。

去年のこと、ちょっと行きたい場所があって、その旅行費用をためる為、
私は短期のアルバイトに出た。
大きな工場での作業。
そこで私は、ある人が気になって、ついつい見てしまうということがあった。
60代ぐらいのお爺さんなのだけど、顔立ちがどうも親しみを感じてしまう人。
私の次男が年を取ったらこんな顔になるんだろうなと思ってしまって。

私の子供は4人いて、それぞれどこかしら私や夫に似ているのだけれど、
次男は他の3人とちょっと顔立ちが違う。
背格好や眉毛、唇とかは父親似だけれど、輪郭、目鼻立ちは誰にも似てない。
その次男と、職場のお爺さんが似ているというのも変な話だが、
とにかく、懐かしく近しいような気持ちがして、よく話をするようになった。

で、ある時、気づいたのだ。
あ、この人、次男に似てるだけじゃなかった!と。
祖父にそっくりだったのだった。

ということは、次男は祖父に似ていたということになる。
そうだ、この目は祖父の目。
輪郭、あごの線、鎖骨のくぼみ具合といい、そのまんま。

なぜ?血も繋がってないのに?

!!!!
雷に打たれた気がした。

そもそも、母がもらい子だったという話は本当なのか?

どこの誰とも知らない人から、ただ一度聞いただけの与太話を
どうして長い間、真実だと信じてきたのだろう?

母は紛れもなく、祖父と祖母の間の実子だったのだ。
しかし、自分の置かれた貧しく愛情に飢えている状況に不満があった母は、
いつか迎えに来てくれる素晴らしい両親がきっといるはずという幻想に縋っていたのではないだろうか。

あはははは・・・
なーんか可笑しくて気が抜けた。

仏壇のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに、
「血の繋がりがないなんて疑いかけてごめんなさい、今後とも見守っててくださいね」
と、謝っておいた。

母はバカだよ。
大切にされていたこと、愛されていたことを感じられずに、夢の家族を求めていたなんて。
でも、ちゃんとわかったからね。

今、母が生きていたら一緒に笑えたのに、と、思い出す母の日。

ぽあんのルーツ探し 2

昨年のこと、休日の朝に突然の来客があった。

チャイムが鳴ったので玄関に出てみると、見知らぬ男性が立っていて、
「□□(旧姓)□□さんですか」
と私の名を呼ぶ。
「はい、そうですが・・・」
「実は私、△△と申しまして、あなたの弟になります」

えええええ?どういうこと?

その△△とは、私の戸籍にあった父親の名前。
母と別れた後に再婚して生まれたのが、この目の前の人ということだった。

訪問の数ヶ月前に父が亡くなり、遺産相続の手続きの際に初めて
以前離婚した人との間に子供がいたということを知ったそうだ。
それから手を尽くして私の行方を捜していて、やっとたどり着いたとの事。

母は男が変わるたびに住所を転々としていたし、再婚して離婚してと本籍も変わっている。
そして私も結婚して名前も住所も変わっているので、よく探し当てたものだ。

遺産相続の件とあったので、いくらか私ももらえるのかとチラッと期待したのだけれど、
結局、整理してみると現在仕事場兼住居として暮らしている
マンションの権利ぐらいしか残らなかったようで、
早い話が相続放棄してくれとのことだった。

「いいですよ」と快諾して、一緒に母の墓参りに行き、喫茶店で話をして別れた。

彼は関東圏に住んでいるそうで、夜からわざわざ車を飛ばして来たそうだ。
「電話一本でよかったのに」と言うと、
「いえ、こういうことは直接会って話さないとと弁護士が・・・」と言うので、
なんて素直な人なんだろう、とちょっと笑った。
遺産の相続放棄は、揉める例が多いのだろう。
だから相手に考えさせたり誰かに相談させたりしないように、奇襲作戦で来たようだ。
まあ、今更未払いの養育費を請求できるものでもないし、
色々あったけど今は私も幸せに暮らしていてお金に困ってもないわけで、
快く書類に捺印してあげた。

父は、再婚した相手に、前の結婚で子供がいたということを一切言わず隠していた。
父の母、私にとっての祖母も、離婚の際に親権を寄越せとゴネた割りに、
その話は一度も口にしなかったという。
だから、父が死んで調査が入って初めて知って、驚いたのだと言う。

ただ、私の名前は聞き覚えがあったそうだ。
昔、父が一度だけポツリと話したことがあったとか。
「小さかった頃に生き別れた年の離れた妹がいるんだ。□□という」と。

「妹じゃなくて、娘だったんですね。
 父は、あなたのことを忘れてなかったと思いますよ。誰にも言えなかっただけで」
それが本当にそうだったのかどうかはわからないけれど、
そう言ってくれた彼の気持ちは嬉しかった。

私が父の顔を覚えていないと話したので、弟は後日、写真を送ってくれた。
顔を見れば、懐かしさが湧くかと思ったのだけど、
その顔は、母が昔「アンタはお父さん似」と言っていたのとは違い、
私とはどのパーツも全く似ていなかった。

戸籍上の父親は、やはり私と血の繋がりはなかったのだろうか。

母が妹の父親だと言い張っていた人も、頑なに認知を拒んでいたし、顔は妹と似ていない気がした。

母は本当にハチャメチャな罪作りだよなぁ、と思う。

ぽあんのルーツ探し 1

私は片親で育った。

物心ついたころ、父親がいた記憶はある。
両親と手をつないで、時々ぶらさがりながらデパートに行った。
夜に母が不在のとき、眠れずに何度も尿意を訴えて父親を困らせた。
そんな記憶がおぼろげながら。

そして父が消えた後、母が連れてくる何人かの男を「お父さん」と呼んだりもした。
が、本当の父親のことは結局聞けずじまいで、私が25の時に母は死んだ。

戸籍には父の名と、当時の実家の住所があるものの、
一切の接点もなかったため、連絡は取らなかった。しようという気にもならなかった。

ただ一度、電話をかけてみた人はいる。
それは、戸籍上の父親ではなく、いつか母が酔っ払って正体をなくした時に
口走った名前の人。
「アンタの本当のお父さんは、○○○○という人で、昔、一緒の学校で働いていたのよ」
母は若いころ一時期、図書館司書の仕事をしていたらしかった。
私が小学4年生の時に担任だった先生が、
その頃の母の事を知っていたという話は聞いたことがあった。
そして、たぶん、その○○○○という人との関係も。

母が死んで、葬式も後始末も終え、引っ越してしばらく経った頃、
急にその人に連絡を取ってみたくなった。
電話帳で調べると、すぐにその名前は見つかり、恐る恐る番号をプッシュ。
何度目かのコールの後、渋い男性の声が出た。
「○○○○さんですか」
「はい、そうです」
「突然で申し訳ないのですが、以前、××小学校でお勤めされていませんでしたか?」
「はい、おりましたが」
やっぱり、この人に間違いない。
「ずいぶん昔のことになりますが、□□□□という女性を覚えておられないでしょうか?」
「・・・いえ、記憶にありませんが、どういった?」
覚えていなかった・・・・
覚えていないものは仕方がないので、
「そうですか。□□は私の母なのですが、先日亡くなったんです。
 以前、○○さんには大変お世話になったという話を聞いたことがあったもので、
 一応連絡をして御礼を伝えておこうと思いまして電話しました」
ということにして、電話を切った。

結局、その人が私の父親なのかはわからないまま。
せめて一目でも顔を見たかったけれど、
あちらにも家庭がおありだろうから、騒動の種になるようなことはできないし、
今更真実がどうなのかを探ったところで、誰も幸せになりはしないから、
これで良かったのだと思う。

でも、薄っすらでも「そういう人がいたような・・・」と覚えててくれたら嬉しかったな、とか、
心の片隅にでも「もしかして、あの時の子か?」なんて浮かんでたらいいな、とか、
ジクジクとくすぶり続ける思いは残り続けている。

新しい春

先週は長男の婚約者との初顔合わせ、
昨日は次男の婚約者に初めて会った。
もう新しい家庭を作る事を考えているのか、
と感慨深い。

何が嬉しいって、二人とも彼女さんを
好きで好きでたまらないというのが
滲み出ている事。

ずっとこんな雰囲気が続くといいな、
というか続くでしょう。

楽しみなことばかり。

過去の幸せ

過去を思い出しては辛くなる。
以前は辛い過去を思い出しては辛くなっていたが、
今は幸せだった過去を思い出して辛くなっている。
共通しているのは
「なぜ?どうして?」というところ。
過ぎていった悲しみを喜べず、
持っていた大好きだった人との
楽しかった時間も喜べず。
「あの頃は幸せだったなぁ」なんてことばかり。
それじゃ今が幸せではないのかと言うと、そんなことはない。
自分の選択の実りを受け取っているのだから。
いったいどうであれば私は満足なのか?

暇なんだな、きっと。(笑)

島根詣

今日は朝から美保神社。
年に一・二回は来ており、年末の大祓えは参加こそ出来ないものの、毎年ここに家族全員の人形の御焚上げを送っています。
今日は昨年の終わり頃に御祈祷していただいた件でのお礼参り。
岬の方に美穂津姫命の御陵があるとの事なので
これから探しに行ってみます。

やった方がいいことリスト

幸せになるとか成長するとかは、
すごく頑張って何かを成し遂げないといけないものではなくて、
日々の小さな積み重ね。
何か物足りない気がするのなら、やってないことがあるからじゃないかな?と思う。
なので、取りあえず「やった方がいいことリスト」を作ってみよう。
やらなくちゃならないことリストじゃなくて、
あくまでも、やってもやらなくてもいいけど、
出来ればやった方がいいんじゃないかなぁーな事を
ちょっとしたものまで書き出してみる。
そして始めてみる。
一回だけ、三日坊主、一週間、もう一週間、1ヶ月、
そろそろ習慣?では、もう1ヶ月・・・
何かが変わるかもしれないよ。

貯める生き方を終わらせる

いらない物を捨てて、数少ないお気に入りのものだけで
スッキリとシンプルに暮らす。
いわゆる「断捨離」と言われるライフスタイル。

そうできればいいなと思いつつ、どこかで抵抗したい自分もいた。
ゴチャゴチャ雑然とした物たちはどれも過去の時々の思い入れと結びついていて、
たとえ今は使わなくても、失うと後で困ったり、懐かしんで寂しくなり後悔するんじゃないかという
心配があって、なかなか手放せないからだ。

買った時高かった、とか
今は縁遠くなった人から貰った物だから、とか
希少だから後でまた入手したいと思っても無理だから、とか
一時期情熱を持っていた事なのに粗末にできない、とか
本などは時間できたら読むんだから!なんて、ね。(笑)

もう過ぎ去った“あの時”こうだったからの固執、
あるかどうかわからない“いつか”への期待と言う名の不安が、
ゴチャゴチャの原因。

身の回りの状況は、本当に今の頭の中そのままの投影になっている。

片付かないから、あれもしなきゃ、これもしなきゃと思うばかりで身動きとれない。
だからいつまでたっても片付かない。
時間が出来たらやると思っていることの出来る時間は永遠に来ない。
やるなら今、やらないなら要らない物として捨てる。
当たり前の取捨選択ができないのは、結構なエネルギーのロスになっているのだった。

言うまでもないことだが、最高にパワフルに活動できるのは、
集中して物事に取り組めている時。
「あれもしなきゃな~」とよそ見していると、今という好機を逃し、何をしているかわからなくなる。

そういった意味で、過去というものは常に捨て続けなければならないものなのだろう。
・・・いや、捨てるという言い方はおかしいか。
未来から過去へと流れていく時間の中に存在する自分なのだから、
今の新鮮な流れの水を素直に100%味わう生き方をする、とそれだけでいい。
過去流れた水を一生懸命「まだ十分に味わってないから」とせき止めていたら、
今目の前にサラサラと流れている清らかな水を受ける場所すらない。
それで「また後で」ともっと大きな貯水池を作って溜めておく必要がでてくる。
常に後で味わうためのストックを作り続ける方にエネルギーは消費されて、そのうち死ぬ。
まさに骨折り損のくたびれ儲け。

そういうことをしてきたんだなと、片付かない本の山を前に笑うしかない、今、ここ。(笑)

テーマ : 断捨離
ジャンル : ライフ

夢も希望もない毎日

夢も希望も目指す方向もない。

ただ、やりたい事と
やってる事だけがある。

過去も未来もなく、今だけ。

この生き方が気に入っている。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

★★応援しています!★★
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