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ぽあんのルーツ探し 3

母は生前、自分の本当の父母に会いたがっていた。
戸籍では、母は祖父母の実子となっているが、
血の繋がりがないと知ったのは、まだ幼かった頃だという。
銭湯で近所のおばさんに言われたのだそうだ。
「あんた、もらい子なんだよ。
 本当のお父さんとお母さんじゃない人に育てられて可哀想にね」と。
ひどくショックを受けたものの、誰にもその話はできないまま、
ただ、家庭で親に叱られたりする度に「やはり本当の親じゃないからだ」という思いがもたげてきて、
反抗したり暴言を吐いたり家を飛び出したりと荒んでいったらしい。
そうして転落人生。
祖母は何も言わず亡くなり、
祖父は死ぬ前に何か言うか書き残すかするだろうと思われていたけれど、
死後にいくら探しても書置きは見つからず、結局、どこで誰からもらわれてきた子なのかは不明のまま。
唯一、手がかりと思われるのは、古い二枚の家族写真。
一枚にはまだ若い祖母とその家族らしい数人。
もう一枚には祖母はおらず、一枚目の写真にいた一人と別の夫婦と子供と赤ん坊。
日本家屋ではあるけれど、場所は日本か台湾か。

母は、その写真の赤ん坊が自分なのではないかと思ったようだ。
台湾にいたときに親戚筋からもらって、実子として届けたのだと。
そこで、昭和の時代にやっていた人探し番組(「それは秘密です!!」だったかな?)に
調査依頼を出したのだけれど、連絡もなかったと怒っていた。

その母も死んだ今となっては、私にはもう調べようもない。
祖母方の何代か前まで遡れる戸籍の写しは手元にあるものの、
そこに記載されている人は既にこの世にいないだろうし、手がかりはもう何もない。
このまま、母も私もルーツがどこかわからない宙ぶらりんで、
血の繋がりのない人たちと一緒の墓、一緒の仏壇を守っていくしかないんだな、
なんて考えていた。

ところが思わぬところで長年の謎は解けた。

去年のこと、ちょっと行きたい場所があって、その旅行費用をためる為、
私は短期のアルバイトに出た。
大きな工場での作業。
そこで私は、ある人が気になって、ついつい見てしまうということがあった。
60代ぐらいのお爺さんなのだけど、顔立ちがどうも親しみを感じてしまう人。
私の次男が年を取ったらこんな顔になるんだろうなと思ってしまって。

私の子供は4人いて、それぞれどこかしら私や夫に似ているのだけれど、
次男は他の3人とちょっと顔立ちが違う。
背格好や眉毛、唇とかは父親似だけれど、輪郭、目鼻立ちは誰にも似てない。
その次男と、職場のお爺さんが似ているというのも変な話だが、
とにかく、懐かしく近しいような気持ちがして、よく話をするようになった。

で、ある時、気づいたのだ。
あ、この人、次男に似てるだけじゃなかった!と。
祖父にそっくりだったのだった。

ということは、次男は祖父に似ていたということになる。
そうだ、この目は祖父の目。
輪郭、あごの線、鎖骨のくぼみ具合といい、そのまんま。

なぜ?血も繋がってないのに?

!!!!
雷に打たれた気がした。

そもそも、母がもらい子だったという話は本当なのか?

どこの誰とも知らない人から、ただ一度聞いただけの与太話を
どうして長い間、真実だと信じてきたのだろう?

母は紛れもなく、祖父と祖母の間の実子だったのだ。
しかし、自分の置かれた貧しく愛情に飢えている状況に不満があった母は、
いつか迎えに来てくれる素晴らしい両親がきっといるはずという幻想に縋っていたのではないだろうか。

あはははは・・・
なーんか可笑しくて気が抜けた。

仏壇のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに、
「血の繋がりがないなんて疑いかけてごめんなさい、今後とも見守っててくださいね」
と、謝っておいた。

母はバカだよ。
大切にされていたこと、愛されていたことを感じられずに、夢の家族を求めていたなんて。
でも、ちゃんとわかったからね。

今、母が生きていたら一緒に笑えたのに、と、思い出す母の日。
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ぽあんのルーツ探し 2

昨年のこと、休日の朝に突然の来客があった。

チャイムが鳴ったので玄関に出てみると、見知らぬ男性が立っていて、
「□□(旧姓)□□さんですか」
と私の名を呼ぶ。
「はい、そうですが・・・」
「実は私、△△と申しまして、あなたの弟になります」

えええええ?どういうこと?

その△△とは、私の戸籍にあった父親の名前。
母と別れた後に再婚して生まれたのが、この目の前の人ということだった。

訪問の数ヶ月前に父が亡くなり、遺産相続の手続きの際に初めて
以前離婚した人との間に子供がいたということを知ったそうだ。
それから手を尽くして私の行方を捜していて、やっとたどり着いたとの事。

母は男が変わるたびに住所を転々としていたし、再婚して離婚してと本籍も変わっている。
そして私も結婚して名前も住所も変わっているので、よく探し当てたものだ。

遺産相続の件とあったので、いくらか私ももらえるのかとチラッと期待したのだけれど、
結局、整理してみると現在仕事場兼住居として暮らしている
マンションの権利ぐらいしか残らなかったようで、
早い話が相続放棄してくれとのことだった。

「いいですよ」と快諾して、一緒に母の墓参りに行き、喫茶店で話をして別れた。

彼は関東圏に住んでいるそうで、夜からわざわざ車を飛ばして来たそうだ。
「電話一本でよかったのに」と言うと、
「いえ、こういうことは直接会って話さないとと弁護士が・・・」と言うので、
なんて素直な人なんだろう、とちょっと笑った。
遺産の相続放棄は、揉める例が多いのだろう。
だから相手に考えさせたり誰かに相談させたりしないように、奇襲作戦で来たようだ。
まあ、今更未払いの養育費を請求できるものでもないし、
色々あったけど今は私も幸せに暮らしていてお金に困ってもないわけで、
快く書類に捺印してあげた。

父は、再婚した相手に、前の結婚で子供がいたということを一切言わず隠していた。
父の母、私にとっての祖母も、離婚の際に親権を寄越せとゴネた割りに、
その話は一度も口にしなかったという。
だから、父が死んで調査が入って初めて知って、驚いたのだと言う。

ただ、私の名前は聞き覚えがあったそうだ。
昔、父が一度だけポツリと話したことがあったとか。
「小さかった頃に生き別れた年の離れた妹がいるんだ。□□という」と。

「妹じゃなくて、娘だったんですね。
 父は、あなたのことを忘れてなかったと思いますよ。誰にも言えなかっただけで」
それが本当にそうだったのかどうかはわからないけれど、
そう言ってくれた彼の気持ちは嬉しかった。

私が父の顔を覚えていないと話したので、弟は後日、写真を送ってくれた。
顔を見れば、懐かしさが湧くかと思ったのだけど、
その顔は、母が昔「アンタはお父さん似」と言っていたのとは違い、
私とはどのパーツも全く似ていなかった。

戸籍上の父親は、やはり私と血の繋がりはなかったのだろうか。

母が妹の父親だと言い張っていた人も、頑なに認知を拒んでいたし、顔は妹と似ていない気がした。

母は本当にハチャメチャな罪作りだよなぁ、と思う。

ぽあんのルーツ探し 1

私は片親で育った。

物心ついたころ、父親がいた記憶はある。
両親と手をつないで、時々ぶらさがりながらデパートに行った。
夜に母が不在のとき、眠れずに何度も尿意を訴えて父親を困らせた。
そんな記憶がおぼろげながら。

そして父が消えた後、母が連れてくる何人かの男を「お父さん」と呼んだりもした。
が、本当の父親のことは結局聞けずじまいで、私が25の時に母は死んだ。

戸籍には父の名と、当時の実家の住所があるものの、
一切の接点もなかったため、連絡は取らなかった。しようという気にもならなかった。

ただ一度、電話をかけてみた人はいる。
それは、戸籍上の父親ではなく、いつか母が酔っ払って正体をなくした時に
口走った名前の人。
「アンタの本当のお父さんは、○○○○という人で、昔、一緒の学校で働いていたのよ」
母は若いころ一時期、図書館司書の仕事をしていたらしかった。
私が小学4年生の時に担任だった先生が、
その頃の母の事を知っていたという話は聞いたことがあった。
そして、たぶん、その○○○○という人との関係も。

母が死んで、葬式も後始末も終え、引っ越してしばらく経った頃、
急にその人に連絡を取ってみたくなった。
電話帳で調べると、すぐにその名前は見つかり、恐る恐る番号をプッシュ。
何度目かのコールの後、渋い男性の声が出た。
「○○○○さんですか」
「はい、そうです」
「突然で申し訳ないのですが、以前、××小学校でお勤めされていませんでしたか?」
「はい、おりましたが」
やっぱり、この人に間違いない。
「ずいぶん昔のことになりますが、□□□□という女性を覚えておられないでしょうか?」
「・・・いえ、記憶にありませんが、どういった?」
覚えていなかった・・・・
覚えていないものは仕方がないので、
「そうですか。□□は私の母なのですが、先日亡くなったんです。
 以前、○○さんには大変お世話になったという話を聞いたことがあったもので、
 一応連絡をして御礼を伝えておこうと思いまして電話しました」
ということにして、電話を切った。

結局、その人が私の父親なのかはわからないまま。
せめて一目でも顔を見たかったけれど、
あちらにも家庭がおありだろうから、騒動の種になるようなことはできないし、
今更真実がどうなのかを探ったところで、誰も幸せになりはしないから、
これで良かったのだと思う。

でも、薄っすらでも「そういう人がいたような・・・」と覚えててくれたら嬉しかったな、とか、
心の片隅にでも「もしかして、あの時の子か?」なんて浮かんでたらいいな、とか、
ジクジクとくすぶり続ける思いは残り続けている。

新しい春

先週は長男の婚約者との初顔合わせ、
昨日は次男の婚約者に初めて会った。
もう新しい家庭を作る事を考えているのか、
と感慨深い。

何が嬉しいって、二人とも彼女さんを
好きで好きでたまらないというのが
滲み出ている事。

ずっとこんな雰囲気が続くといいな、
というか続くでしょう。

楽しみなことばかり。

アルバムの中のメモリー

いつかいつかと思いながら、いつまでも置いておいたデジタルデータ。
今はもう使わなくなった古いMOが結構な場所をとっていたので不要なものは捨てようと出してみた。
仕事関係のものはもう使うことないから全部廃棄。
必要なのは、子供が生まれた頃に出たばかりだったデジカメの写真。
しまいっぱなしだったMOドライブが動くかどうかこわごわ接続した所、運良く認識してくれて
読み込むことが出来た。
以前より転送スピードが早くなってる気がする。
いくつか開かないものもあるが、ほとんど無事で安心した。
毎年毎年かわりばえない行事、誕生日、正月、運動会、お遊戯会、旅行、レジャー、海水浴が
繰り返されているだけなのだが、懐かしく思い出されていつまでも見つめていられる。
中には私の写真もあったりする。
自宅や旅行先で子供が撮ってくれたものや、年賀状用とか、旅先の自撮り。
あれ?あれ? どれもこれも幸せそうな顔をしてて意外。
20年前、10年前、とても苦しかったような気がするのだけど。
子供の頃からの歪みとか、犯してきた過ちを抱えていたり、捨て去りたくてもできない感情とか
そういったものが常にぐるぐるぐるぐるしてたような?
でも、写真の中の私はとても穏やかですっきりと満たされた表情をして見える。
本当のところはどうだったんだろうね?
この頃の出来事は覚えている。
何を考えていたかもだいたいわかる。
けれど感情、というか思考かな、は、思い出せない。
そんなものだろうね。
沢山の幸せのかけがえのない記録と記憶が残っているのがとてもありがたい。

変化に富む毎日

ここ数年、どんどん新しいことが起きていて、特に今年はすごいと思う。
まあ、毎年言っている事かも知れないけれど。

去年までの流れと急転直下変わっちゃって、どうしたものかと途方にくれてたのが
今年の初め。

どうしようったってどうしようも出来ないから別に何もしてないんだけども、
次々とアチコチから話が舞い込んできて、
あれよあれよという間に、イベントには呼ばれるわ、テレビには出るわ、
果ては私が主催したイベントに業界人が無償で来てくれたりとかね、どうなってんでしょうね?

で、来年からは定期的に大阪で仕事が入る予定もあるし、
スポンサーになるから事務所を持たないかなんて話もチラホラ出てたりとか。

いやぁ、人生って、どう転ぶかわかんないものだよね。


ただ、ね・・・・


出会いもあれば、別れもあるわけで、

人との縁だけは努力や計算ではどうしようもないから、
その寂しさには、どうしても慣れることはできないものだなって感じる。


「新しい扉を開けるためには、古い人間関係を捨てなきゃならない」
なんての、よく自己啓発系やらスピリチュアルとかで言われたりするけど、私にはできない。

でも、出来る人もいる。

冷たいなぁ、と思うけれど、人それぞれの価値観だから、しょうがないもんね。

心の傷なんか、舐めときゃ治る治る。

さあ、この勢いでまだまだ先に行きますよ!

ブレスレット

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涙が止まらない

人間関係は、言ってしまえば恋愛関係と同じようなものだね。
友人でも、家族でも、仲間でも、終わるときは終わる。

どんなに熱い季節があったとしても、
どんなに互いに想いを交わしたとしても、
季節は変わるし、
通じなくなったら仕方ないじゃない?

見ないふりでやり過ごすにも限界がある。

誰も無理や我慢をしないためにも、
壊さなければならない物もある。

絆は時に人を縛る鎖にもなる。

いらないんだ、こんなもん。

どうぞ自由になって先の高みを目指して。

今苦しいのは、果たせなかった沢山の未来の夢の欠片が突き刺さるから。

それだけ楽しかったということ。
それだけ愛していたということ。

誇らしく思え、私!

いい性格

この就職難。
大学を卒業したってなかなか職に就けないという中で、
家に戻ってきた長男が正社員として就職を決め、この10月から行っている。

息子は大の勉強嫌いで、落第スレスレでやっとこさ高校を卒業して、
どうにかこうにか憧れのアパレル業界に飛び込んで一人暮らしを始めたはいいけれど、
そこがブラック企業だったってんでトットと辞め、バイトをかけもちしながら、
どうせなら大金を稼ごうとヤバイ仕事に引っ張られかけたところで
良心の痛みに耐えられず怖い人たちをブッチギッて田舎に帰るということを
一年でやったという、よく言えば行動力のある子、悪く言えば考えなし。

どっちにしろ半端者ではあるのだが、
なぜか古臭い価値感を持っていて、
「男なら、ちゃちな軽四じゃなくて大きな普通車に乗るべき!」
「男なら、自分で家の一件も構えなくては!」
ってな事を言う。

そんな大きな車は金がかかるばっかりだし、
家だって持ち家より賃貸の方がよっぽどか賢いよ、と夫や私が言うのだが、
聞く耳持たず。
だが、「働くなら正社員」という拘りがあったのに関しては、良かったと思う。

先日、リビングを掃除していると、コイツの書き損じの履歴書が出てきた。
面白かったのは、性格の欄。
堂々と 「誰にでも好かれる所」と書いてあった。

最強か?
確かに、ま、そういう感じではあるけれど・・・・・、書くか普通?

しかしそれが功を奏したのかどうか知らないが、
同時に採用試験を受けた大卒ばかりの中で一人だけ奴が通ったのだそうだ。
しかもこれまで、医科学系の頭の良い人たちを主に採用してきたという企業で、
高卒は初。
面接では、緊張で固まる他受験者を尻目に、舌好調だったらしい。

「やっぱりね、学歴なんか何の意味もないんだよ」とか言って、
鼻高々なのが憎ったらしいったらない。
苦労しろ!苦労!(笑)

本当に、いい性格しているよなぁ~、と羨ましく思う。

尽きた時間

「余命の先」に書いたお母さんは、

3月の初めに亡くなりました。

2月に自宅玄関先で倒れ、救急車で運ばれてそれっきり。

外に通園用の黄色い補助イスの付いた自転車もそのままに。

残された子どもさんは、
病気がちな祖母が育てる事はできないということで、施設に入りました。


心配して治療法を考えてくださった方々には、お礼と、
急すぎて本人に伝えることもできなかったお詫びを申し上げます。

もしも可能であるなら、施設に会いに行きたいと思っています。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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