捨てられたトロフィー

昨夜は娘の通う高校のPTA常任委員の新旧顔合わせだった。
5月には、総会、役員会、常任委員会、全体役員会、歓送迎会、
とみっちりあって一年がスタートする。

新しい役員さんを迎えて引き継ぎなどをやっていたとき、
ちょっとした雑談で、一緒に書記をしている方から、
「娘さん、優秀ねー」と急に言われて「え?」。
「学校のホームページ見たよ」と言われてまたまた「え?」。
年明けに全校でやった百人一首大会で、
娘が総合一位優勝していたのが載っていたらしい。

「すごいわね~」と羨ましがられたけれど、
まさか、その優勝のミニトロフィーが
ゴミ箱に捨てられていたとは誰も思わないだろう。

優勝したことも黙ってて、学級通信に載せていいか
担任からの電話の問い合わせで初めて知った私。
娘は「嫌です!」と断っていたけれど。

そしてトロフィー。無造作に放り込まれていたので
「どうしたのこれ?」とゴミ箱から拾って聞いたら、
「いらないから」とまた捨てようとされた。
なので、「アンタがいらなくてもお母さんがいる!」と
無理やり奪い取って今は仏壇に置いている。
こういうのも反抗期なんだろうか?

今週の遠足も、他のお母さん方は「お弁当いらないんだって~」とか、
ワイワイと楽しそうに話しておられたけれど、
うちの子は、休むらしい。
「面倒くさい。家で寝てたほうがマシ」だそうで・・・

うちの子達は、みんな、こんな。
我が道を行くのはいいけど、もうちょっと他と歩調を・・・

いや、いい。このままで。
面白いから。(笑)

放っておいたら勝手に育った

うちは貧乏人の子沢山。
4人も子供がいるけれど、底辺の生活なので、塾なんか行かせる金などない。
誰も塾に行ってない。
家庭教師なんかとんでもない。
通信教育の教材も買えない。
それどころか、問題集や参考書も必要最低限。
小遣いもやれないので、高校になったら各自バイトして自分の物を買う。
ただ、高校は原則バイト禁止。
家の貧乏さを訴えて許可をもらおうとしても、
公務員先生には子供がバイトをしなければ暮らしていけない家の存在が信じられないらしく
学校側は、
「バイトをしたら学業がどうしても疎かになり、志望校には入れない。後悔させたくない」
の一点張り。
何度も何度も申し入れては突っぱねられたので、仕方がないから隠れてやるしかなかった。

そんな子供たちがどうなったかというと・・・

一番上の子は、勉強嫌いだけれど働くのは厭わない。
自分のやりたいことをしてやりたい物を買うためなら、昼も夜も寝ずに働く。
高校出て就職して、転職を何度かしたけど、今は一人暮らしで面白おかしくやっている。

二番目の息子は、人の好き嫌いが激しいのでバイトは長くもたなかった。
勉強も好きではないけど、負けず嫌い。
ライバルに負けたくない一心で覚醒して、奇跡的に国立大に入学というわけわからん奴。

三番目の長女は、コツコツ努力型。
バイトの金も貯めて、時々ドカンと旅行行ったりブランド品買ったりもするけれど、
もう百万単位の貯金もできてるらしい。
こいつも軽々国立大。さすがに大学ではトップクラスとはいかないけれど、まあそこそこ。

四番目の娘は、まだ高校生。
勉強嫌い、友達少ない、外に出るの嫌い、服とか興味ないのでバイトもしてない。
暇さえあれば本を読んでるか、ネットでアニメを見てるので、オタクかーと思っていたら、
語学の模試、学年一位だったとか。懇談で担任に言われるまで本人も知らないというのんびりさ。
もちろん私も子供の成績とかいちいち見てないしな。どの子も。

今年も私は高校のPTA執行部に引きずり込まれてしまったりしてるのだけど、
二人国立大に入ったと聞くと、「教育法を教えて」とか言われて困る。

「やっぱり出来る子って、三歳までに決まるって言うよね?もう手遅れだよねー」とかね。

いや、知らない。

4人産んで放っておいたら、勝手に兄弟で社会作って適当に育ったみたい、って事ぐらいしか。

子供に何かしてやろうとか思ったことないし、遊んでやったこともないし、
寄るな触るなって突っぱねてたぐらいの私だよ?
子育てで悩んだことなんか一つもないしね。

なので放っておくのが一番かなとか思うけど、そうすると放置子とかやる人とかもいたりするかもしれないね。
でも、そういうんじゃないから、一応書いとく。

休日は毎週みんなで公園行ったりドライブしたりバーベキューしたり海行ったり、
どこにもいかない日はDVD借りて映画見てお菓子大会~とかやったりで、ずっと一緒にはいたかも知れない。

夫の帰りが遅かったけど、ご飯を待って9時10時に食べたりなんか普通。
とにかく全員揃って「いただきます」をしないと気持ちわるいので。
塾の帰りが9時10時でひとりでご飯を食べる子をむしろ可哀想に思うんだ。

一緒にいるけど、それぞれ好きなことをして干渉はしない。そんな感じだったかも。
ネットもフィルターもかけずに自由にやらせた。ただしリビングで。

子供たちは自分の部屋があるけど寝に上がるだけで、リビングのテーブルで宿題も遊びも全部やるから、
物が散らかってしょうがなかったよ。
だーれも片付けないからね。ゴチャゴチャ。


世の中で言う、頭の良い落ち着いた子供を育てるとされる教育法とは真逆の子育て。
なもんだから、教えるなんて到底できないよね。

っていうか、悔しかったら、真似してごらん。(笑)

はい。自慢ですよ。コレ。

来年の話をすると鬼が笑うと言うけれど

夏前頃からDMがじゃんじゃん届く。
娘の名前と「お母様」宛で。

一体どこで調べてきたのかというぐらい、
連日のようにリーフレット、パンフレット類が郵便受けに入っている。

成人式用着物の販売、もしくはレンタルのご案内だ。

しかもそれが来年の話ではなく、再来年の予約だというのだから、
気の早いことだなぁ、と放っていたら、娘から「いつ見に行く?」と催促。

最近ではこれが普通なのだそうで、大学でも友人たちとその話でもちきりなのだとか。

というわけで、この週末に見に行く。

しかし、高いね。

レンタルでも、2~30万は行く。

だったら、振袖よりも訪問着の使いやすいやつを買っておいた方が、とも思うけど、
女の子の夢らしい。

しょうがないなぁ。

上の男の子二人には、DMなんか一通も来なかったし、
本人たちも「何しに行くの?めんどくさい」とかで、行きもしなかったのにね。

でもこれが娘を持つ醍醐味ってやつかな。
親の私が言うのもなんだけど、結構な美人さんだから、振袖は似合うだろうな。

試着で写真をいっぱい撮ってやろう。

と、割と私もワクワクしてたりする。(笑)

苦労人アイデンティティ

ごった返す人ごみの中、ふいに肩を叩かれて振り向くと、古い友人。

「久しぶり~」と交わした、ほんの2、3分の会話の中で、

「お宅はいいわね~。うちはまだ大変で~。
 上の子でも苦労したけど、下の子がまた不登校がずっと続いてて・・・」

少し離れた場所からペコリと頭を下げるおとなしそうな高校三年の女の子。

10年以上も同じ悩みを抱え続けているのか・・・。

そして、この立ち話の中でどうしても言わないといけない事なのか・・・。

それが彼女にとっての自慢なのかもしれないな。

「凄いね~、頑張ってるね~、偉いね~」と人は言っても、
誰も羨ましくはないのだけれど。

親だけが知らない

よく、いじめ問題等で、
「親に相談なんかできない」「心配かけたくない」なんて言う子どもがいる。

それに対して私は常々、親に遠慮するなんておかしいんじゃないの?
親に心配させたり迷惑かけちゃいけないと子どもが思ってるんだとしたら、
それは他人行儀で温かみに欠ける家庭になってる可能性ありそう、なんて事を思っていた。

わけだが・・・・

はい。

我が家の子ども達もそれに近い状況だったと先日知って、軽くショックを受けたりしてるわけですよ。

と言っても、学校での虐めにあったわけではなくてね。

では誰か。

って話になるけれども、それは私もここでは言えない。(笑)


ただ、幼い頃から私がいない所で嫌がらせを受けてきたのだそうで、
「だから嫌いだったんだ!」と言われ愕然。

知らなかった。
見えてなかった。

我慢させてきたんだな・・・・。

そりゃ、言えんわな。
私が仲良くしようと頑張っていた相手なんだから。

だけどもう、会う機会もないだろうし、
あちらが下に見てきたうちの子達の方が上に行っちゃったので、
何か言われても逆にこちらがプゲラできる立場だからいいけどね。
競った事など一度もないけど、向こうの価値感に合わせるとするなら。

ホンマ、親失格もいいとこだよ。。。。

不登校は甘え!

「学校がー・・・!」
「教師がー・・・!」
「教育がー・・・!」
と不満タラタラの不登校の子の親。

こういう人に、
教師を庇ったり、学校側寄りの話などした日には、
更に憤慨して敵認定を受けてしまう。

・・・・・・・・。

傷ついた話だけ聞けば、多くの人は不登校になった側に同情を寄せる。
だが、それが長く続いていたり、
兄弟姉妹で繰り返されてたりしたら、だいたい気がついてくるものだ。

ああーこの人の子だから、なんだな・・・って。


以前、「お子さんは、虐められているのではありません。嫌われているだけです。」
と本音を言ってしまった教師の話を聞いたことがある。
もちろん問題になってしまったわけだけれど、
私はむしろこういう人の方が「教育者」としては相応しいのではないかという気がする。
正しいものの見方で、正しい事を言えなくて、何を教えるというのか。

親である自分が子どものご機嫌取りをしているからといって、
他人にまでそれを求めるのは、大間違いだ。

修羅の家の日常

(昔、学校で「死ね」って言ってはいけない運動みたいなのがあった。)

「『死ね』という言葉は、人を傷つける上に命の軽視につながるので安易に口にすべきではない」

ということで、
ぽあん家でも一応は禁止しているわけなのだが、
悪い言葉も汚い言葉も、子供同士でポンポン飛び交っているというのが現状。

「死ね」はもう挨拶代わり。

「馬鹿が」「クソが」「最低だな」「黙れブス」「キモイんじゃ」と
男の子も女の子も上の子も下の子も笑顔で罵倒しあう。

「水は何でも知っている」を信じている人なら卒倒しそうだけれども、
皆元気だし、ご飯はうまいし、良く寝てるんだよねぇ。

タブーがあるとすれば、口が裂けても親には言えないぐらいかな。
(どうなるかは体験的に知ってるからか?)
もちろん、親から子にもありえない。

あと、外で見境なく使ったりもしないってのも、当然。
だから、ネットでも知らない人になど言語道断なわけで。

あくまでも人と場を選ぶ言葉であることは知っている。

ライオン同士のじゃれあいを小動物相手にしたら殺しかねないし、
他の群れで我が物顔で振舞えば、本気で怒らせるってことぐらいは、ね。

そんなわけだから、
「死ね死ね言われて自殺した」なんて話題を聞くたびに、
子どもに死ねと簡単に言わないように指導するよりも、
むしろ死ね死ね言われても平気でいられるように鍛える方がいいんじゃないの?と思ってしまう。

繊細な心と虚弱な精神が、なんで同じものとして扱われるんだろか?

退部届けがもらえない

私に似て運動神経が0のトロくさい末の娘が
中学入学の時に何をトチ狂ったのか体育会系クラブに入部。
これを期に身体を動かすことの楽しさを知るか?と期待したものの、
そうは問屋が卸さない。
筋肉痛+あっちこっち擦り傷打撲だらけの毎日。
面白がってわざと同じ所にボールをぶつけてくる先輩がいたりして、
1学期が終わる頃には「辞めたい、辞めたい」と言うようになった。
その気持ちは顧問の先生も指導のコーチも知ってはいるが、
なにせ人数の少ないクラブ。
一人抜けても試合に出られないということで引き伸ばされてきた。
しかし、楽しくもない部活で時間を取られて
本当にやりたいことが出来ないのがどうしても我慢できない娘は
とうとう本気で辞める決心をして退部届けをもらいにいったらしい。
だが、結果は却下。
「やりたい事があるんです」→「部活出ててもできるよね?」
「勉強に集中したいんです」→「他の人もクラブと勉強両立してるよ」
そして遂には、「キャプテンに許可をもらってからね」と言われたとか。
このキャプテンというのが、娘と無茶苦茶相性の悪い人だったりするものだから、
実質無理という・・・。

「で、どうすんの?」と聞くと、
「辞めたいけど、先生が退部届けくれないから・・・」とショボーン。
「ま、ガンバレ」と励ます私。
「毎日毎日『退部届けください』と100日ぐらい言い続けたら、
 先生も根負けしてくれるかもしれんし、ダメかもしれんがね」と笑うと、
娘は「うん、そうしてみる。絶対にやめる。もうね、幽霊部員になろうかと思う」
と決意は固そう。
「でも、部活は必須だから休んでたら当然怒られるし、それもストレスでしょ」
と聞くと、
「いいよ。辞めさせてもらうまで言い続ける!」
何か吹っ切れたようだ。

やりたい部活がない、周囲が希望を聞いてくれないって事で、
諦めて言われる通りに面白くもない学校生活を続けるのも本人。

風当たり強いの覚悟で、自分の時間を自由に使うのも本人。

選べばいいと思う。

何でも思い通りになってちゃあ精神は鍛えられない。
やりたい事は邪魔をされればされるほど燃え上がるってもの。

出来れば、一人でも同好会を立ち上げる!ってぐらい肝が据わってくれるといいんだがな。

体罰反対派の方の意見に対して

私の書いた
「それでも私は「体罰」を肯定する!」から記事を引用して
批判されているブログがあったのでご紹介。

美と健康のブログ  「実は・・・」 本当のところ
体罰肯定論に、整合性はあるか


私はこの方の意見に対して間違っているとか甘いとか言うつもりはない。
というか、普通はこれが正常な感覚だと思う。

本質的な事を言えば、「暴力」で「教育」が出来るわけがない。
人為的な痛みを伴う懲罰での強制が可能とするのは「調教」だけ。
というようなことを、
「スパンキングで躾の愚」でも書いたつもりだ。

ではなぜ私がそれでも「体罰」を肯定するのか。

それは、今の「体罰」の範疇とされるものがあまりにも広く、
これが全面的に禁止にされている事によっての弊害は大きいと感じるためだ。

昔は当たり前に課せられていた教師によるほぼ全ての懲罰・制裁が今は禁止されている。
ゲンコツ、出席簿で叩く、黒板消しで叩く、チョークを投げて当てる等だけでなく、
一人だけ立たせる、正座させる、前に立たせる、廊下に出す、グランドを走らせるも「体罰」。
それどころか、授業中に立ち歩く子を力ずくで座らせてもいけないし、
出て行こうとする子の腕や肩に触れてもアウト。
もちろん襟首をつかむなど、もってのほか。
そして「怒鳴る」ことすら立派に体罰とされているとか。

だから教師は、迷惑行為をする子に根気強く「説得」をしないといけないわけだが、
何もできないと大人を舐めている子どもが聞くわけもない。

問題のある子に対しては、
その子の目線に降りて気持ちを汲み取ってやるのが良いとされているため、
大抵はまず「なぜ、こんなことをしたんだ?」と聞いてやったりしている。
しかしそんな事をすれば、彼らは
ふて腐れて黙り込んで「ウザイ、あっち行け、キモイ」(拒絶)
哀れっぽい目で「~~が~~だから嫌だったのに、先生が気付いてくれなかった」(責任転嫁)
ニヤニヤ笑いながら「イテテ、尻が痛くて座ってられない」(嘲弄)
と返してくるだけだ。

ここで気持ちを汲み取ってやるのなら、ウザくてキモイ先生はそれ以上追求せず、
嫌な事があったのを気付いてやれなかったことを謝罪し、
無理な事は無理だと理解してやらなければならない事になるわけで、
それでは当然改善されることはなく、無法状態は続いてしまう。
そして根気強く言葉による説得をする間に、
その他の子どもの学習する権利は侵害されるが、それは放置となる。

問題ある子もない子も学習面での遅れにより学力低下をして等しく困るのが、
体罰より良い事だとは私には思えない。

教師が生徒に対して絶対的な権威を持って毅然とした態度を取るためには、
現在のように何もかもを「体罰」として禁じるのではなく、
他者の権利を害する迷惑行為への適正な処罰方法としての体罰も含む懲罰と、
単なる教師の欲求不満の解消を目的とする加害行為とを分けて、
前者を認めることが必要なのではないだろうか。

しかし、そう言うと、
「どこからどこまでが体罰で、どこからが暴力なのか
 線引きがきないので無理だ」という声が上がったりするが、それはあまりに頭の悪い言い分だ。
ひどい虐待親が「躾のために殴った」と言い訳をするのをよく聞くが、
だからといってこれまで誰か「躾禁止」と声を上げたことがあるのだろうか?
中には「絶対に子どもに手を上げない!」と決めて、
叩かなくてもきちんと躾の出来ている人もいるから、それはそれで評価される事だが、
危険な事、他に害を及ぼす事は生きていく上で絶対に戒めなければならない事であり、
まだ未熟でその判断がつかない子には、必ず何らかの罰が必要だ。
(大きな声で「ダメ!」と驚かせたり、怖い顔をして脅したり、
 散らかしたものを片付けるまでご飯を食べさせなかったり、
 外出先で走り回る子を捕まえて無理やり座らせた事はあるはず。
 子どもを傷つけてしまうからとそんな事も一切せずに
 ありのままを尊重したとすれば、逆に優しい虐待親だろう)
命と健康を守るため。そして正当な権利を奪ったり奪われたりしないため。
法律やあらゆる規則は、その為に存在している。

一律に体罰を禁止して、それで教育環境がより良くなるのならいいが、
決してそうなってはいない事実が歴然としてあり、
いまだ解決方法も示されていないのはどういうことなのだろうか?
「学級崩壊」「虐め」「不登校」は増え続け、学力・体力は低下し続け、
毎年やっていい事と悪いことの見境も付かない新成人が、みっともない姿をさらす。
それは、誰も本気で叱ってくれる人がいなかったことを表しているに他ならない。

頑張ってもテストの成績が良くならないとか、部活で記録が伸びないからとか、
そんな事は生きていく上でどうでもいいことであり、
また、殴って良くなるわけもないのは誰が考えても明らかなはず。
だから、今回ニュースになった事件が正しい体罰であったとは私は言っていない。

そして、そんな暴行と、
子どもが真っ当な社会人として自立できる事を目指した罰や強制が
同じにしか見えない人に対しては、何か強烈なフィルターがかかっているんじゃないかと、
そんな風に思っている。


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それと、私の身バレをご心配も頂いているようですが
教育委員会の人も、私がPTA会長をしている学校の校長先生も、
他、近しい何校かのPTA会長さんも、ここの愛読者ですので、
何の問題もない事をつけ加えておきます。(いろんな物の考え方があるので賛否は別として)
公務員である学校の教師がこういった事を書くのはマズいでしょうけれどね。
ただの一般人の一意見ですから。

転ばぬ先の杖使用契約書

「スマホ 18の約束 米で話題 母から13歳息子へ」が素晴らしいと
あちこちで絶賛されているけれど、
私はもちろん「マジかよ~、勘弁しろよ」と体中が痒くなった口。

こんな手紙、もし13歳ぐらいの頃の自分がもらったならと考えたら、
キモイしウザイしで、
「お前、こんな恩着せがましいことすんならiPhoneいらんから、
 手紙と一緒に持って消えろや、クソババア!」
と怒鳴ってしまったことだろう。

まあでも、親子関係、育て方は各家庭いろいろあるし、
ほとんどのお子達は、私のようにひねくれてなくて素直だろうから、
携帯やスマホを子どもにねだられて困っている親が安心材料の一つにしたいのなら、
それはそれでもいいか~とは思ってたわけ。

ただ、この話には続きができて、
今度は物分りのよいパパがこんな手紙をよこしたというんだから、
「13歳の息子へ、iPhoneの使用契約書みたよ。父からの秘密の助言書」
ブルータスお前もかじゃないけど、
かの国でも、古き良きフロンティアスピリッツに溢れた逞しい父親ってのは、
既に消えてなくなっちまってたんだなぁぁあああってなっちまったよ。

父親が母親と一緒に過干渉やってどうすんの?

これはこれで、むっちゃくちゃ鬱陶しいがな。
「う~ん、パパは君の気持ちわかってる、良き理解者なんだよ~ン」
てな感じがね、もう、プンプンで。

両親ともさー、
心配なのはわかるけど、その心配を胸の内にしまってはおけんのかと、
失敗をさせたくないと予め手を打つのはいいけれど、
なんでこうも簡単に手の内を見せちまうのかと、

欧米人はこんなふうに、
「良い母親でしょ」「良い父親だろ」って子どもにアピールする事ホントに多いよな。

国民性なんだろうから、それが悪いってことでもないけど、
だいたい日本人には合わない表現なんだって事、気付かないと。
一分の隙もない契約書を交わしてないと危険だっていう訴訟社会なのがベースだしね。

だけど、
どんなにがんじがらめにしたって、
気骨のある子は上手に隠れてちょっぴり悪い事をするものだかんね。
許可しようとするまいと。
ついでに「信じてる」と言おうが言うまいが。

でもって、大人しく親の言いなりになってるような子には、
こんな注意はそもそも必要ないわけだ。

だから、
親はその「ちょっぴり悪いこと」を子どもがするのを見て見ぬふりをしながら、
ここぞ!と言う時にグサッと釘をブッ刺すのが役目なんじゃないか。

ま、子どもがほとんど自室に引きこもってて
何をしているのかわからないような家庭だったら、
「私はちゃんと契約書を渡したんだから」ってな、安心は必要なのかもね。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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