飛ぶように月日は流れる

早いもので、こちらのブログは最初の記事が2005年5月22日だから、
もう11年以上続いていることになる。
といっても、ここ最近はほとんど更新せず放置状態なので、続いていると言えるかどうかだが。

このFC2にブログを立ち上げる前に、エキサイト、JUGEM、ライブドア、楽天、アメブロ等、
いろいろと立ち上げては書き散らしてきたのでブログ歴としては15年ぐらいになるだろうか。

前のブログは、ブログの使い勝手のテストをあちこちでやったというのもあるが、
主に思うに任せて書いたものの、読み返すと自分で自分が嫌になって消してしまってきたのだった。

これはオンラインでなくても、子供の頃から日記をつけようと決心しては挫折してきたのと同じ理由。
ちょっと書き溜めても、読み返すと文章の下手さや言葉の選び方のマズさ、
あまりにも率直すぎてドロドロの内面までさらけ出してしまっている内容に
自己嫌悪の嵐となってしまい、残して置けなくなるのだ。

それを成長する自分、脱皮する自分という言葉で飾ったのも、今では苦笑ものだ。
どんだけ自分大好きなんだよ!
「自分を好きになりたい」なんて言いながら、好きで好きで可愛くて可愛くて
守るのに必死なチンケさが笑える。

どうでもいいじゃん、そんなもの。

ということで、私はここをこのまま残しておこうと思っている。

一つは、また武禅に行ってレポートを書こうと思っているので、変化を比較するために。

もう一つは、私のいくつかの記事を「消えろ消えろ」と願っている人たちがいるから。
某宗教やネットカルト教祖やマルチ商法組織や女性○○○○に反対する会やら、
いつまでも被害者であることにしがみつきたい人たちなんかね。
そういった記事は、今でも結構なアクセス数があるので、感心は高いのだろう。

消えて欲しいと思っている人がいる限り、私は消えません。
悪いね。
天邪鬼で。

てことで、また適当に毒を吐きに来るよ。w

山陰神社紹介動画

私の大親友である怪談師の夜魔猫GINさんが
5月に山陰の神社めぐりをした動画をアップしていたのでご紹介。
シリーズ16本目。

一緒に放送しているのはナニワのスーパー霊能力者オルさんという
いかにも怪しげな人だけれども、悪い人ではなさそうなので、まあ不問に付す。w

後編の最後のほうで、私のお気に入りの美保神社も出てきます。


テーマ : 聖地巡礼の旅
ジャンル : 旅行

三輪山登拝に行ってきました

大神神社

縁あって、昨年の秋、初めて訪れた大神神社。

それから1年、今回で4回目の参拝。

なぜそこまで足繁く行くのか、自分でもわかりません。

けれどもどうしても行きたいのです。


今回は、前日から奈良に入り、朝から向かいました。

今度こそ念願の三輪山登拝をするために。

三輪山登拝口

山であったことは口にしてはいけないとのことで、こちらには書けませんが、
とても良い経験をさせていただきました。

ふたたび山に登ることがあるかどうかはわかりませんが、
大神神社には、これからも何度も足を運びたいと思っています。

ここは、特別な場所のひとつです。

三輪明神 大神神社

声と文字

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別世界で

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脱皮

「変ろう、変ろう」とする時ほど、変れないものだなと思う。

10年前の自分、いえ、5年前の自分が考えていた事を思い出しても、
おかしくて笑ってしまう。

そして5年後も、今の自分を思い出して笑うのだろう。
もしも生きていれば、だが。

いろんな事が、どうでもよくなってきている。

投げる、という意味ではなく、好きなようにすればいいと。

壁の向こうの声

昨日は、娘の通う中学校の卒業式だった。
私がPTA会長になって三度目の卒業式に、三回目の祝辞を読んだ。

人前で喋るのが大の苦手で、過呼吸になるほど悪化していた私だったが、
逃げていてもしょうがないので、いい機会だからと引き受けて自分を追い込んでみた結果、
まあどうにかこうにかそれなりにはなった気がする。
「誰もそんな真剣に聞いている人なんていないし、自意識過剰なんだよ」と思ってみても、
上がるものは上がるんだし、こういうのは慣れるが一番。ということ。
とまた、わかってても、慣れないけどね。(笑)

それにしても、声ってはやり見えるものだなと、人が話すのを横で聞いていて感じた。

目の前の壁に向かって喋って、何が面白いのか知らないが。
こういうのは、日頃から人前で演説をするような立場の人でも関係ないようだ。
まだ生徒の声の方が前に出ているだけまし。
ボヤンと広がって霧散しはしても気持ちは悪くないから。

ところで、私の声はどうだったのだろう。
自分で自分を横から見たらどう見えたかが、とても気になる。

泣いている子がチラホラいたが、それは関係ないか、なぁ・・・?

右肩上がりのダンディ

「成長」「成長」と口にする人ほど、停滞してる。

「成長を求め続けるオレ」って奴に。

「オレ様かっけ~」と酔い続けているのがイタクて見てられない程なのに、
本人と似たり寄ったりのその取り巻きだけが気付かない。
その上、「そんなオレ様を理解できない凡人共め」と周囲を見下したりなどして。

そもそも、その「生まれてきた目的」として拘ってる「成長」とは何なのか?

成長しようと思ってしている事は本当に成長に繋がっているのだろうか?


たとえば、オギャーと生まれた時は何にも出来ないけど、
胎内に居た時からちゃんと成長してたからこそ、生まれる準備が整った。
意志とは関係なく自然に。
そして、身体が大きくなる、首が据わる、立つ、歩く、喋る、本を読む、
そんな事も「やろうと思って頑張ってやった」という人は、いない。
親や周囲は「早く成長して欲しい」とか「成長したな~」などとは言うが、
幼稚園ぐらいの子どもが「成長してる」実感を持ってるとか、
「より成長をめざす」とかはありえない。
せいぜい大人が喜ぶから「いっぱい食べて早く大きくなる」と無邪気に言うぐらい。
しかし、この時期の成長率が多分、人間の一生で一番のはず。

出来ないことが出来るようになる、
自分で自分の面倒が見れるようになる。
これが「自立」のための基本的な成長。

それ以降は、人間社会で生きるために「教育」が必要になってくる。

最近では、
「学校教育なんか施政者の都合の良いように「洗脳」するための物だから必要ないんだ」
などと言う無責任馬鹿がいたりもするが、
社会の基本的ルールを身につけていなければ、自由に生きられるどころか、
引きこもるか刑務所暮らしするしかなくなるのは当然の事。
ジャングルでターザンみたいに一人だけで生きていくのならいいが、
皆でチェスをやろうという時に、いきなりキングを取って「勝った!」などとしたら、
誰も「お前とは遊ばない」となるだろう。普通は。

だから「ありのままでいいんだよ」などと言う人間を信用してはいけないのだ。
人は、野生動物ではなくて「人間」に成らねばならないのだから。

このように教育で知識をつけて頭を良くするのも、もちろん「自立」の為ではあるが、
もうひとつ重要な意味がある。

それは、「世の中の役に立つ人間になる」目的だ。
なぜなら、人間とは他人の役に立つ事で幸せを感じるようにできてるから。

結局は本人の「喜び=快」に行き着くと言えるかも知れないが、
これは、物欲、食欲、性欲、名声欲や権力を満たす「快楽」に似てるようで全然違うもの。
だから、間違うと悲惨だ。
日本人に年間に3万人の自殺者が出てるのは、
全部、この間違いから引き起こされてるって言ってもいいのではないかと私は思う。

金がないと不幸だとか、競争に勝たないと不幸だとか、
そういう狂った価値観が「役立たず」を量産して、
自分で自分を始末させてしまうシステムになってしまっているのが、今。

こんな風に、高みを目指す「成長」は、挫折や頭打ちに絶望的に弱い物なのだ。

より良くなっていく、より幸せになっていくのは、
決して自分ひとりでは為せない事。

「成長するために」なんて言葉はいらない。

誰かの、何かの役に立つには今の自分に何ができるだろうかと働き続けていれば、
自然と足跡は残る。
それだけのことではないか。

邪魔する何か

「やっぱり・・・」と思った。

仲間内が集まる新年会を企画した中で、
良い機会だから知り合い同士を紹介しようと思ったのだが、
私が行動を起こした途端に気付かれてしまったようだ。

邪魔する、何かに。

まさか、そんな馬鹿なオカルトめいたことがあるわけがない!
・・・と打ち消したいけれど、偶然にしては合致してしまう。
私の否定したかった予感と。


知り合いの女性に、原因不明で身体のあちこちの具合が悪い人がいる。

もともと内臓系や免疫が弱かったりするのか調子を崩しやすく、
頭痛、めまい、吐き気、節々の痛みが頻繁にある。

そして不思議な事に、いくら検査しても悪いところが見つからない。

病院では治らないからと整体師の所に通っており、
その気の流れが見えるらしい整体師に「~~(内臓)が~~(滞っている)から」と
原因らしきことを突き止めてもらったとは聞くが、
順調に治って行っているようには見えない。

そこで、
私には仏の導きで出会い、交流を持たせていただいている先生がいて、
その方もやはり整体を本職とは別に困っている人相手にされていたりするので、
彼女に「一度見てもらったら?」という話をしてみた。

しかし、喜んで「行きたい!」と意欲的に答えた割には、
いざ何日に行こうかという具体的な話になると、都合が悪いとのらりくらり。
今度、今度と引き伸ばされて、ダラダラと立ち消えていた感じだった。

そういった経緯を仏の導きの先生にお話したところ、
先生はにっこりと笑って「まあ、そうだろうね」と、まるでわかっていたかのよう。

「えっ?どうしてですか?」と聞くと、

「うん。そういう事はよくあるから。
 これは怖がる人が多いから、あまり人には話さないんだけど、
 憑いている霊がね、離されたくないから邪魔をしてくるんだよ。
 ここに来たら治ってしまうだろ。
 まあ、それ以前にそのままではここに入って来る事もできないだろうけれど」

「ええ~~~っ?」
もちろんオカルト嫌いな私は疑惑の目だ。
良い先生だし、仏の力とかは信じられるけれど、
でも、失礼ながら「霊」とか言い出すと途端に胡散臭く感じてしまうわけで。

それでも、いつか見てもらうチャンスも来るだろうと思っていて、
今回、丁度いい機会だから引き合わせようと思い立ったのだった。

彼女が本音では今通っている整体師以外の人に観てもらうのに抵抗があるのなら、
予め教えておくと避けられてしまうかも、と思った私は誰にも何も言わずに
先生に連絡をとって来てもらえる事になった。

「よしっ!ヤッタ!これでもしかしたら彼女は長年の痛みとオサラバできる?!」

しかし・・・・やはり邪魔する奴は手強いようだ。

今朝、彼女からメールが入っていた。
「火曜日から熱が出て、その他にもあちこち具合が悪くて寝込んでいます。
 楽しみにしていてとても残念ですが、新年会には行けません」

熱が出はじめたのが、私が先生に電話をかけた丁度その日からとか・・・・。

こうして断って、先生に逢う可能性が消えた事で、
多分、彼女の今出ている症状は急激に軽くなって行くような気もしないでもない。

なんて事考えたりしてたら、オカルト嫌いの名が廃るよなー。

「器」って何だ?

4、5年ぐらい前の話になるが、町内会でイザコザが起こった事がある。

元々は、少子化&個人主義で子ども育成会の会員数が激減しているため、
これまで通りの会費では行事が困難と言うことで総会で決定した会費値上げに
会員の一人の父親が文句を付けたことがきっかけ。

たまたま子どもが高学年で、たまたまクジで当たって会長を引き受けている母親の
自宅に電話をかけて
「勝手に値上げするな。総会で決まったとか関係ない。
 オレは聞いてない。お前、会長なんだから何とかしろ!」
と怒鳴ったのだから、それは誰だって激怒する。
総会には彼の奥さんが出席しており、全員一致で了承されたものだったというのに。

そこで会長が奥さんを呼び出して、
「あなたたち夫婦、どうなってるの?
 直に他人を怒鳴りつける前に、家でちゃんと話をしてよ。
 会の運営は皆で話し合って決めることで、会長だからって勝手にできるわけないでしょ。
 『会長』って事で私に文句言うなら、あなたがやって!」
と激しくなじる場面となったのだが、
それに対して奥さんはこう答えたのだった。

「電話は旦那が勝手にやったことだから、私に言われても困ります。
 会長なんてとても無理。私はそんな器じゃありませんから

この言葉を聞いた会長がどうなったかは、たぶん大方の人の想像通り。
怒りに怒り、
「器じゃありません?器?何その言い方。私が器だからやってるって言うの?
 誰もやりたくてやってる人なんかいるわけないじゃない!」
とまあえらい剣幕で、あちこちに思いのたけをぶつけては火焔を吐きまくっていた。

その後、問題を起こした方は睨まれながらも平然と1年活動して卒業。
逆に会長はストレスで500円大のハゲが二つできるぐらい髪の毛がゴッソリ抜けた挙句、
翌年、まだ下の子どももいるというのに、「疲れた・・・」と育成会を抜けたのだった。

「私はそんな器じゃない」
使い方を誤れば、これほど人を馬鹿にする言葉はないよな、とその時、思ったものだ。

「あいつは」とくれば他者批判となるが、
「私は」という場合、普通は自分が持ち上げられたことに対しての謙遜の意味で使う。
「会社を興せばいいのに」「政治家として出馬したら」なんてヨイショされた時に、
「いやいや、私なんぞ力不足ですから」とへりくだった言い方をするのは、まあよく聞く。
それは誰もが羨むポジションであり、相応の力とやる気があって初めてなれるという前提を
共通認識として持っているものだから。

だが、誰もがやりたくない事を断る時に使うのはない。
しかも引き受けている人に対して。
「私と違って、あなたは皆が嫌がることをやって当然の器なのよ」ってのは、罵倒だ。

言った本人は結局最後までわからなかったようだが。


今年の年度変わりも中学校のPTAでは例年に違わず本部役員となる委員長決めが難航し、
前年度役員全員で少しでも可能性がある人へ絨毯式に役員入りをお願いして回ったわけだけれど、
私が声をかけた中に、やはり同じ言葉を言った人がいた。

悪気はないんだろうなと苦笑をしながらも、私も心で叫んだよ。

「役員の器って何?
 それじゃあ、私が会長の器だからやってるっての?
 誰が好き好んでやりたいもんか。
 勝手に人の『器』とか決め付けんな!」

あくまでも表面上はにこやかにしながらも、ストレスを溜める日々。
まあ、私は心臓に剛毛が生えてるから、ハゲにはならないけどね。
胃袋の穴なんぞ、毎日アルコールで消毒しながら乗り切るさ。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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