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道なき道

道を探してた。
何がしたいかばかり考えていた。

道を進もうとした。
何ができるかばかり考えていた。

何も見つからなかった。
何処へも行けなかった。

歩いている。
何をすべきかばかり考えながら。

2008年07月08日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

選ぶと捨てる

何かを選ぶということは、
その他を捨てる、諦めるということ。

では、「あれも欲しい、これも欲しい」というのは無理?
いいえ。両方選ぶことも可能は可能。

例えば、二兎を追うものは、一兎を追う倍の労力が要るし、結局手が回らなくてオケラになるリスクをも負う。
二足の草鞋を履くのなら、裸足でのびのびと寛ぐ時間はなくなる。
それを良しとするのなら。

何も失いたくない、損したくない、絶対失敗はできないとなると、選ぶのが難しくなる。

「間違ったら誰が責任とってくれるのよ〜〜」と叫んだって、自分の他に誰も責任をとれるはずもない。

どんな結果も引き受けるという覚悟ひとつ。

それが「選ぶ」。

選ばなければ、選ばないを選んだ道。
成り行き任せ、状況任せ、他人任せ、運任せに流されて、自分で自分の責任をとらない生き方をする。
やりたい事をやる人生を捨てて。

2008年03月25日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

一事が万事

ずっとわからなかったこと、誤解したままだったことが、ある時、スッと解けることがある。
腑に落ちるというほど大げさなものではなく、「あっ、なんだぁ」といろんなことが繋がったら、そもそも何でこんなに当たり前のことに気付かなかったのか、逆にそっちが不思議なくらいの単純なことなのだが。

一部だけを取り出して、ここは悪いけど、これは良いなんて評価ほど、当てにならないものはない。
90%以上は間違ってるけれど、10%ぐらいは正しいものもあるのだから、それだけを活かそうなどと出来ると思っているのがもう、汚染された思考だというのに。
途中で道を外れただけだから、基本だけは踏まえて同じ轍を踏まなければ大丈夫なんて大嘘だ。

捨てた捨てたといいながらしがみついているのは、過去を全部無駄にしたくない一心。
ということは、実は無駄であったと知っているのだ。

ガラクタの“いい所取り”で組み立てた見せ掛けだけの虚像の、そのまた“いい所取り”なんて。
それだけ見事にトレースしてても、自分で自分は見えないらしい。

全肯定か全否定。
選ばなければ、前には進めない。

大嫌いな人間からもらったダイヤなんか、ドブに捨てちまいな!

2008年02月01日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:2

ひとつの存在

得たものは、やがて失う。

形あるものは、やがて壊れる。

生じたものは、やがて滅する。

この世で宝に囲まれても、あの世に持っていけはしない。

うつろいゆく時の中、どんな確かなものがあるだろう。


だけど、ただ一つだけ。

得て、失うことのないもの。

壊れても尚、輝きを放つもの。

生じて、決して滅せぬもの。

この世に残せないから持って行くしかない宝がある。


これだけで、もう十分。

2008年01月11日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

法則の法則

【引き寄せの法則】
=類は友を呼ぶ 泣きっ顔に蜂  笑う門には福来たる 魚心あれば水心

【原因と結果の法則】
=火のないところに煙は立たない  病は気から   蒔かぬ種は生えぬ

【鏡の法則】
=人の振り見てわが振り直せ  情けは人のためならず  因果応報


昔の人は知っていた。
生活の知恵として、伝わって蓄積されてきたこれらのことを。

しかし今は、外国人の本や、成功法則セミナーで教えてもらうような時代。
たぶんそこでも「そういうこと確かにあるなー、うん、アルアル」と納得して、
「イイコト聞いた〜」と満足して、それはそれとして終わるのだろうけれど。
知っている事が、わかっているとは限らないんだよね。


ちなみに、私が好きなことわざは、
 果報は寝て待て
 明日は明日の風が吹く
 終わり良ければすべて良し
お気楽道邁進中!

2007年11月09日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

運とツキ

面白い実験がある。

まず人を、自分がラッキーだと思っているグループと、運が悪いと感じているグループに分ける。
そして双方に同じ作業をしてもらう。
新聞紙を渡して、全部のページに何枚の写真が載っているかを数えるといった簡単なもの。
その結果、かかった時間に、なんと二つのグループで明らかな大きな差が出たというのだ。

不運な人たちは平均して2分かかったのに対して、ラッキーな人たちは平均して数秒で終えてしまった。

これはどういうことだろう?
運とは、脳の処理能力の差によるものだったのだろうか。
時間の感覚が違う?
ダメ人間は何をやってもトロくてダメ?

実はこれには仕掛けがあった。

紙面の2ページ目に5センチの文字で、
「数えるのをやめなさい。この新聞には43枚の写真が載っています」
と書いてあったのだ。

運は同じ場所に同じだけ転がっている。
要は見つけられるか見つけられないかだけの違い。

それを知っていれば、
「あの人は恵まれてる」「運がいい人はいいよね」なんて言えなくなる。
見つければいいだけだから。

さあ、目の前をよく見てみよう。

2007年10月21日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:2

コロコロこころ

コロコロと
人の心は変わるもの。

昨日好きでも、今日は嫌い。
愛は一瞬で憎しみに変わる。
絶対に忘れないと誓った思いも時が過ぎれば遠くなる。

まったく、心なんてもんは信用できない。
気持ちを語る言葉など。

信じられるのは、何をする人かだけ。

過去も未来もなく、今、この人が。

他人も、自分も。

2007年10月08日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

備えあれば憂いあり

あれがダメなら、こちらで行こう。

もしもを考えて備えるココロ。

では、あれがOKなら、こちらをダメにする?

どちらが優先?
どちらが大切?

選び直しても、それがポシャる可能性はある。

いくら何を用意しようと、不安、不安、不安。

すべて思い通りになっても困る、悩む。

何がしたいのだろう?

何を恐れているのだろう?

2007年09月24日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

それでもなお

誠意のない人に誠意なく応えるのが凡人。

誠意のない人には応えないのが賢人。


誠意のない人に、それでもなお誠意をもって応えるのは愚者。
貫けば○人。

2007年09月23日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0

自分の時間を使う価値

私たちの時間は有限だ。
どんなに長く生きても100年そこそこ。
一日は誰にとっても24時間。
その日々を繰り返しているだけで過ぎ去ってしまう。

だから一瞬一瞬がとても貴重。
どんな気持ちで生きるかが。

自分を悩ませるか、喜ばせるか。

思い通りにならないことを思い通りにしようと苦闘するか、
やりたいことをやりたいようにしてみるか。

今日一日を、我慢して嫌な人と過ごすか、一緒にいて楽しい人といるか。

自分を物として扱う人になんとか好かれようとするか、
温かい人と人間同士の交流を持つか。

他人の高い評価を求めるのか、自分を高めていくか。

それは個々人の趣味の問題。
絶対的な良い悪いは存在しない。

余裕のある人は他人の問題に取り組んであげればいいけれど、
私にはたぶん一生、そんな暇はもてないだろうと思う。

2007年09月09日 今日の一歩 トラックバック:0 コメント:0