捨てられる命に想う

茨城で鳥インフルエンザが検出され、区域内の施設を含めて12万羽が処分されるという。
テレビのニュースを見ながら子供たちが
「このにわとり、全部殺されるん? 可哀想」と声をあげる。

誰にも食べられずに他に命をつなぐ事なく死んでいく鶏は確かに可哀想だ。
「どの食べ物も元は命なんだから、大切に感謝して残さず食べようね」と
唐揚げを頬張りながら話した。

昔、キッコーマンの広告で野菜や魚貝等の食材をモチーフにして
写真よりもリアルで柔らかく暖かさのこもった細密イラストを描いておられた大橋正さんは、
「ちりめんじゃこ」を描くとき、その小さな一匹一匹を凝視しているうちに
命の愛おしさがこみ上げてきて、感動したと語られていた。

毎日三食を当たり前のように食べていて、つい忘れがちな事だが、
合掌して「いただきます」の中には、いつもその気持ちを込めるようにしたい。

→大橋正 食材イラスト美術館(ちりめんじゃこもありました♪)

失って得るもの

良寛さんの逸話
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ある日、「お金を拾うと嬉しい」と人に聞いた良寛さん、金を拾うのがそんなに楽しいのかと、
お布施で得たお金をわざと道に捨てては拾ってみるが、何も楽しくない。
「そんなはずはない」と何度も捨てては拾ううち、お金は深い草むらに落ちて見つからなくなった。
必死になって探しやっと見つけた時、「なるほど金を拾うのは、ほんとに嬉しいものだ」とつぶやいた。
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あって当たり前に感じている物のありがたみは当たり前の中にあっては見つけにくいものかもしれない。

普通にしているだけで「今に生きる」「身を入れる」がしっかり出来る人のは、体が不自由な人という。
右手でコップを持って水をこぼさないように口に近づけて傾けて飲む。それが難しい。
右足を上げて前におろす、重心を移動しながら左足先で地面を軽く蹴り持ち上げて前に出しおろすを
動作一つ一つを意識しないと動けない。厳しい修行と同じ事を日常に課せられてるようなものだ。

良寛さんはお金を捨てて拾っても少しも嬉しくなかったが、失くす不安もまったく持っていない。
自分の物を捨てては拾う。見失って悲しくて見つけて喜ぶ。

持っている物があるから失う不安が必ずつきまとうというものでもなさそうだ。

子どもの値段

土曜日に「NHKスペシャル21世紀日本の課題“人口減少社会とどう向きあうか”」を少し見た。
子どもを持つと働きにくい、女性にばかり負担がかかる、自分の時間がなくなる、経済的余裕がない、
等が子どもを持ちたがらない主な理由のよう。
子ども一人当たり公立の高校まで行かせてかかる費用は最低でも700万円。

うちは単純計算で2800万円を子ども達に使うということになる。
そんなお金はない!
確かに働きにくい、しなければならない事は多く、自由気ままに出歩けないし、貧乏。
きっと頭が悪いのだろうと思う。
先の事を何も考えずにただ単に子どもが“欲しくて”産むなんて。
今も「なんとかなるでしょ」と思ってるし、なんとかはするしかない。

日本には頭の良い人が多いのだろう。
皆、いかに楽で裕福で快楽の多い生活を続けるかの計画を立てたがる。
「損」はしない生き方。

子どもを育てやすい社会にするのはもちろん急務だが私は問題はそこではないと感じている。
子どもを持つと得な事が多いのなら産むけれど損ばかりならいらないと思う人は親にならない方がいい。
社会のせいで子供が持てないと言っていた人が、いずれ自分の不幸を誰のせいにするかは見えている。

きれいなハート

病院に長男の心雑音の検査をしに行って来た。
「何でもないし」「行きたくないし」「うざいし」と文句ばかりの反抗期男をなだめすかしながら。
ああ面倒くさい。
何でもないならそれが一番だが「もしも万が一」の可能性が心配だといくら言っても
「せっかくの休みが台無しだ」なんて事を言う。私のせいなのか?
相手にはしないが。

結果はどこも「異常なし!」。
心電図をとってレントゲン撮影をして診察を受けたが、悪くないというよりむしろ良いと医者に言われた。
「心臓はとてもきれいだし、若い医師に聞かせてやりたいくらいの音だ」と。
マラソンでも水泳でも思う存分やりなさいとの太鼓判を捺された。

安心料、2000円なり。

目目連

長いこと和室の障子が破れたままだった。
普通の破れはちょこちょこと補修しているが、桟が壊れてしまっては貼りようがない。
うちの子ども達は元気よすぎて破壊力も大きい。
前に壊れた時は私が木材を加工して修理したが、二回目はもっと大きく壊された。
材料を買ってきたのはいいけれど、やる気が起きず新聞紙を貼ったまま数ヶ月経ってしまった。

しかし「また壊されるから」と思っていてはいつまでも破れ障子の部屋のまま。
破かれても、壊されても、不屈の精神で立ち上がって修理しようではないか!賽の河原の石積みのように!!
というのはちょっと大袈裟だが、それくらい気合を入れて新聞紙を敷いてカッターを手に苦戦していると、
夫が「やってやろうか?」と言う。
そして、私が夕食を作っている間にあっさり仕上げてしまった。

そんなに簡単なら、この何ヶ月は何だったのだろう?
「何とかしなきゃな」と腕組みをする夫の目の前に材料を置いておいても動かなかったくせに、
修理している私が目の前にいたら動いてくれるとは。

わざわざプラモデルを作ろうとは思わないが、人が作ってると手を出したくなるのと同じ心理なのか。
あるいは、人のやりかけジグソーパズルが面白そうに見えるみたいな、とか?

何はともあれ、障子がきれいになったのは嬉しい。
何ヶ月もつかな。何日、だったりして。ハハハ、ハ・・・。

愚痴の解決

この週末は姑が遊びに来ている。
姑は明るく優しくいつも前向き。私も子ども達も大好き。
友人も多く、よく旅行や食事に誘われて出かけている。
そんな彼女でも苦手な人はいるのだそうだ。それは愚痴っぽい人。
こうしてみたら?こんな風に考えたら?と親身になって話しても、
「でも、どうせ・・・」「だけど、あの人が・・・」と他人や状況を憂えてばかりで自分を変えようとはしないのだとか。
「どうしようもない事を何度も何度も言ってくるから、嫌になってくる。気分が悪いから、そういう話は聞きたくないの」
あら、どこかで聞き覚えがあるような・・・。(汗)

その愚痴っぽい人は、若い頃に頑張って親孝行をしっかりしたのに、娘がちっとも親を大事にしないと嘆いている。
その人がどれほど苦労したかは充分に知ってはいて気持ちは理解している姑ではあったが、同じ事を繰り返し言われてはいい加減うんざり。
しかしある日「この人は私にどうして欲しいと思っているのだろう」と見方を変えてみたのだそうだ。
そしてその人の昔の苦労を労わり褒めるようにしてみたところ、
それまでは電話で延々何十分も長々と愚痴を言い続けていた人が、あっさり気持ちよく短めに電話を切るようになった。
過去の努力と苦労、今の辛抱をただ認めて欲しかったのかもしれない。
それでもその人からは相変わらず愚痴の電話はかかってくる。そしてその度に誉めて落ち着かせているとか。
だからもう苦手な人ではないのだけれど。

何も変わらなくても、これはこれで一つの解決。
やはり姑は前向きな人だ。

生ニャッキ!

お隣の畑から白菜をいただいた。
暑いので激辛のキムチチゲをしようと葉をはがしていくと、3枚下ぐらいから大きな穴が空いている。
「あれ?虫が食ってる」と水で流しながら葉を取ろうとすると、中から虫そのものが出てきた。
青虫君。
「わー、ニャッキだ、ニャッキだ!」と大騒ぎして撮った写真がこれ。
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殺すのは忍びなくて外に逃がしてやった。

娘は「これ、どうする?捨てる?」と穴あき白菜をさして言う。
虫が食ったら汚いのでもう食べられないと思っている。
「何言ってるの。ちゃんと食べるよ。虫が食ってるってことは安全で美味しい証拠だからね」
「ええー、気持ち悪い~」と身震いしている。
スーパーに並んだ形のきれいな野菜しか日頃食べないし、虫は不潔という固定観念が強いようだ。
サバイバルで生き延びる子どもを育てるという教育方針を持つうちではそんな神経質は許されない。
構わず鍋に入れた。

トウガラシを入れすぎて思ったより辛かったが、皆よく食が進んだ。

こちらが本家「ニャッキ!」
img01.jpg

ボーダー

ここFc2ブログは楽天に少し似てログインしたまま他所さんへお邪魔すると履歴が残る。
それで覗いてくれた人の所を見ることもあるのだけれど、昨夜はある日記にショックを受けた。
寂しげな言葉が並んでいるなと読んでいると、
いきなり衝撃的な写真に「イタタタ・・・」と目を背けてしまった。
腕に沢山の傷が付いている写真。赤いすじが等間隔に刻まれている。
こ、これが噂のリストカット! ヒー、見るだけで痛い。
一人でジタバタと騒いでいると長男が部屋に来て見てしまった。「ウワッ」と絶句していた。

可哀想にと思うが、自分で自分を大切にしない人には誰も何もしてあげられないだろう。

あちらを立てれば こちらも立つ?

「健康」という言葉は江戸時代まで日本にはなかった。
言葉がないのだから「健康を維持する」「健康になる」という意識すらないわけで、
病気になったら病気を治し、怪我をしたら怪我を治す、
弱ってきたら精のつく物を食べて養生する、とそれだけだった。
しかし現代は病気でも怪我でもないのに「不健康」が蔓延しているようだ。

同じ事は「幸福」についても言えそうだ。
人は「幸福になる為に生まれた」「幸福になる為に生きている」とよく言われるが、
幸福とは何だろうか。
経済的豊かさ。社会的地位と名声。健康・長寿。円滑な人間関係。生きがいになる楽しみ。
それらの条件をそこそこ満たしても、よりもっとと際限なく求め続けてしまうのが人の常。
また何不自由ない生活でも、失恋で「不幸」になって死を選ぶ人もいる。
リストラで絶望する人もいれば、働かない人もいる。

「幸福を維持する」「幸福になる」という意識が最初からなければ、
「不幸」は存在しないのではないだろうか。

会社の保証期間

床下換気扇が昨年末ぐらいから壊れて回らなくなった。
最初はタイマーが利かなくなったので手動にしていたが、とうとうそれもうんともすんともいわなくなった。
電源をとって設置してある場所はトイレ。
この2月にやっと水洗になるまで汲み取りの簡易水洗だったので、湿度が高かったのが原因かもしれない。
本来なら工事をしてくれた会社に修理を依頼したいところだが、それは無理。
倒産してしまった。
床下換気扇のセールスには多くの会社が回ってきていて、その中でとても感じの良い営業の人だったため、
社員教育が行き届いているという事は会社としても信頼できると判断したのだが、
会社の体質と経営状態は別物だった。
もちろん、お客様相談窓口のフリーダイヤルは通じない。
また別の会社の製品に付け替えるなんて馬鹿らしいことはしたくないので休日に夫に修理をしてもらう。
直ればいいが・・・。

今の生きかた

私の好きな言葉に「ただ今を生きる」というのがある。

私に一番欠けていて、一番必要な事だ。

そして更に今日、言葉に出会った。

「今を生き切る」

余すことなく、全身全霊で今を生きる。
過去も未来も執着も心配も切り捨てて、
この目前の一点のみにおいて自分を生きる、という力強さがある。

勇気が湧く。

語感

ちこっと他所さんのブログを見て回ってきた。若い女性の恋愛日記も見た。
文字を目で見ても脳に入らない。私が年だからだろうか。

気になったのは男性を「イケメン」「イケメン」と連呼していたことだ。
「目許涼しげな好青年」「浅黒く日焼けした逞しい男性」
そんな具体的な特徴は一切なく、名前と年齢と「イケメン」。

私はどうも「イケメン」がハンサムな男性と結びつかない。
「ラーメン」の種類のように感じてしまう。実際中華ソバ「イケメン」は実在する。

そういえば、バブル期からの「イタメシ」も結局馴染めないままだ。
イタメシ=炒めメシ=チャーハン?
「イタメシ食いに行こうぜ」とか聞くと、パラッとしたご飯と小さく角に切ったチャーシュー、
野菜と卵の5色、中華鍋に上がる炎、中華スープの匂いなどなどがドアッと通り過ぎてから、
しょぼいスパゲティが浮かぶ。

他の物を連想させるような新語は困る。

正義の怒り

ネット料金をコンビニに払いに行った。レジの人が偶然同じ町内の人で、少し話になった。

その人は以前話をしたとき、自治会総会で発言した内容を実名入りで議事録に書かれて回覧された事をとても怒っていた。
彼女と、私と、もう一人子ども会会長が載っていた。
話だけ聞いて私は町内中に悪口でも広められたかと驚いたが、実際は役員会でも配られて私も普通に目を通してた書類だった。
無意味な暴言を除いて質問と回答の形式にしたらたまたま女性の意見ばかりになってしまったのだ。
しかし彼女は混乱の元になった人達の恥は隠して弱者を見せしめにしていると感じたようだ。
前後のやりとりがないので「意味が違う。こんなキツイ言い方してない」と納得いかないようだった。
発言の一部を切り取られるのは報道でもよくあることだし、
丁度、アラシの発言を削除して残った掲示板の書き込みみたいなものかもしれない。
私は特に問題視しなかったが、受け取り方はそれぞれだ。

今日も総会の時の役員の話し方、態度について、
「皆でいい町にしていかなければならないのに、上が脅すような事を言って押さえつけてちゃ、問題が解決しない!」と
まくしたてられるので、私はレジ前でタジタジだった。
強い正義感があり、意見を持っているのに出す場所がない不満を抱えている。

どうもこの町にはそんな人が多いようだ。
そしてお互いに腹を割って離せば簡単なのに「何でこっちから出向かにゃならん」と意固地でもある。
ここ最近、周囲の「自分は正しい」「皆の為にしている」「もっと考えてくれなきゃ」といった声をよく耳にする。
私は以前と変わらずボーッとしていても、役目が呼び寄せるのか、そう私を作るのかわからないが。
何か意味があるのかもしれない。

一方向の情報だけの感情で突っ走らないように、ニュートラルを心がけねば。

心の雑音

長男の健康診断は心雑音でひっかかった。
主治医に検査を受けるようにとの書類を持って帰った。
息子はいたって健康で、これまで動悸が異常とか苦しくなるといった症状とは無縁できた。
本人は「大丈夫だから」と言うし私もたぶん何でもないとは思うが、安心の為に見てもらっておかねば。
日曜参観の代休である来週の月曜に予約を入れた。息子は不服そう。

夕食時、娘達が明日持っていく水筒の話をしていた。
長男には学校に水筒を持って行かせてなかったので「やっぱり俺らは損してる」と怒り出した。
「お母さんは、俺らの時は『帰ってから水を飲め』と言ってたくせに話が違うじゃないか」と。
そんな事を言ったかもしれない。
だんだん甘くなるのは仕方ない。当人には不公平に感じるだろうが。
長男は反抗期なので、以前は何とも思わなかった事でも今更のように機嫌を悪くする。

「心臓の雑音はストレスからだと思う。」

いきなり長男は話をそこに持ってくる。
「それしか考えられん。お母さんのせいでストレスで雑音がするんだ。」
そんな事があるのか?
「検査してもしストレスだとはっきりしたら、俺、ちょっと考える。今後の生活とか。」
どう考えるのだろうか。

私も考える。
心雑音がストレスからだとしたら、今度は心療内科で治療するだけだ。

メモの手

長男の手の甲に文字が書いてある事がある。
覚えておかなければならない事を一番良く見るだろう手に書いておくのは、
学生時代に誰しも経験があるだろう。
懐かしい思いで見た。

夕方夫から仕事の資料を持って帰るという電話があった。
カバンに入れることは入れたが、渡し忘れてまた持って出る事になってはいけないので
覚えておいてくれと言う。
「うん、わかった。任せて。アキ(長男)の手にメモしておく」と冗談を言うと夫も笑う。

そして長男に「あんたの手に書いといて」とふってみた。
何らかのリアクションを期待して。
しかし普通にメモ帳と鉛筆を取り出して「何て?」と書いてくれただけだ。無表情に淡々と。
ノリの悪いヤツ。
そこは突っ込みドコロでしょ。
「ハイハイ・・・ってなんでやねん。俺の手はメモとちゃうで」でもいいし、
知らん顔して大きなマジックででかでかと書いてみるのも意表をついてて面白いのに。

いつもこんな事ばかり考えている。私の日常にお笑いは不可欠だ。

イライラの声

三軒隣から子どもを叱る声がする。
二児の母は三人目を妊娠中なので苛立ちもわかる。
私も10年前、ここに引っ越して来たばかりの頃は、3歳の長男と1歳の次男がいて妊娠中。
反抗期の手のかかる子と、動き回る目の離せない子、
体調の不安と気分の悪さ、その上仕事も忙しくイライラもピーク。
金切り声で叫んでいたかも。そうそう、丁度今聞こえるように。
大きな子がいる裏の奥さんが子育てについての記事の載った聖教新聞を時々届けてくれたっけ。
声、丸聞こえだったのかもしれない。
ああ、恥ずかしい。
でも、どうだこうだと言わなくても気にしてくれていたのは嬉しかった。
子どもが親を親として育て、それを親同士で見守っている。
よい環境に恵まれていると思う。

さて、私もお節介しに行こうかね。

母のセンスの信用

長男が急に身長が伸びてこの夏、着るものがないと言う。
呉服屋のプレゼント期間のハガキが来ていたので、丁度いい機会だと思い買い物に出かけた。
しかし、着物屋がそう簡単に帰してくれるはずはない。
私も嫌いじゃないほうなので買う気もないのについあれこれ見せてもらい長居をしてしまった。
子ども達が帰る時間が近付いたので慌てて帰るが遅かった。
早く帰った息子は待ちきれず、上の窓から入っていた。
「危ないでしょ!」と叱りたい所だが、帰宅時間に留守にしていた私が悪くもあり怒れない。
また行ってくると言うと、息子は「もう今日は買ってこなくていい。ドーセね。」と不機嫌になっている。
そういう年頃なので私は気にしない。再び出かけ、安売りのTシャツでサイズの合うのを適当に選んで半ズボンと共に購入する。
帰ってそれらを見せると出掛けとはうって変わって上機嫌な長男。
「お母さん、意外とセンスあるじゃん。いいねぇ。これなら着れるよ」とハシャグ。
(いや、それぐらいしかなかったのだが・・・と少し胸が痛むが言わない母)
「いらない」と言いながらやっぱり欲しかったんだね。
機嫌が悪かったのは、いつもいてあたりまえの私がいなかったからか?
まだまだ可愛い。

わからないこと

「知らないことは知りたい。できない事はできるようになりたい。」
自然な欲求。それがないと進歩はしない。

しかし、
「わからなきゃならない。できなきゃならない。」とは違う。

いずれわかるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。
そしてもう一つの可能性は、
わからないものかもしれない、ということ。

他人の正解が自分の正解とも限らない。
結論を出す努力は思い込みに繋がることもある。

毎年恒例の悩み

洗い物をしてフキンを手に取るとゾロリと動くものあり。ムカデだ!!
流しに投け、湯を沸かし殺す。フキンごとお陀仏してもらった。

今回も手に触れた感触はあったが咬まれずにすんだ。
我が家では毎年、ムカデがよく出るわりに誰も一度もかまれた事がない。
先日、夫はベッドで脚の上を触ってくるのを知らずに何度も蹴っていたという。
私のGパンの中に入っていたこともある。
赤ん坊が15センチぐらいのを小さな指でつまんで千切り殺した事もあるが無事だった。
不思議な強運だ。

一昨日の朝、三軒隣の家の前を通りかかったらムカデが死んでいた。
丁度洗濯物を干しに出てきた奥さんに言うと、すごい勢いで来てサンダル履きで踏みすりつぶして下水に蹴りこんだ。
三歳の子どもが咬まれてひどく腫れているのだそうだ。奥さんも咬まれていた。
まだ1歳の赤ちゃんがいて、奥さんは妊娠中。ムカデに激しい怒りをぶつけても当然。
でも驚いた~。
家の周りは、害虫除けの白い薬でグルリと取り囲まれている。

深夜のくいちがい

高学年の参観懇談日だったので小5の次男のクラスに行った。
お菓子を食べながらの茶話会で学校祭の出し物の話し合いと、先月あった野外活動でのもようのビデオ鑑賞をした。
野外活動といっても温泉施設を利用した為、普通に持つイメージとはだいぶ勝手が違う。
夕食などはレストランでフォークとナイフを使ってハンバーグステーキだ。サラダやポタージュスープもついている。
唯一、野外活動らしかったのは二日目のお昼に班ごとにハンゴウのご飯と豚汁作りをしたところぐらい。
先生は、どこの班もご飯に芯があって大人には不味くても、子ども達は美味しそうに嬉しそうに食べていたと言われていた。

先生から夜の面白話を聞いた。
10時消灯でも子ども達がすぐに寝るわけがない。だいたいは先生は11時半まで放っておいて、それから見回りに行くのだそうだ。
「先生だ、隠れろ」「シッ」「○○先生が来た」「寝たふり寝たふり」というヒソヒソ話も丸聞こえ。
何度か行ったり来たりをして生徒の夜の楽しみを盛り上げて遊んでやって、12時半を回った頃にそろそろ厳しいモードにはいるとか。
「まだ起きているヤツは表に出ろ!」と言うと、子供たちが正直に出てくるのでそこでお説教。
終わって帰すと部屋で「お前、なんで出なかった」とかもめている声も聞こえたらしい。
それでも寝ない子はいて、明け方近くまで誰が誰を好きだとかの話が続いていたという。
「お約束」を心得た余裕のある先生で子供たちは幸せだ。

そんな話を聞いて帰って、次男に「あんたたち野外活動で寝なかったんだってぇ?」と聞くと、
「は。違うよ。僕は寝てたのに先生が大声を出すから何事かと思って外に出て怒られたんだ。わけがわからん」と言う。

おや?話が違うじゃない。
ま、そういう子もいたということで。

ブスには理由がある(らしい)

私はスーパーの雑誌コーナーで立ち読みするのが大好き。毎日の日課。
ジャンルは問わず、見出しでちょっと興味がありそうだと手にとって見る。
今日は健康雑誌「ゆほびか」。
幸運を呼ぶ「顔こりほぐし」の特集には驚きの気になる部分の理由と改善方法が載っていた。
それぞれの原因は以下の通り。
●【大顔】現実の自分が許せない
●【額の横ジワ】いい人を演じる
●【ほうれい線】プライドが高すぎる
●【二重あご】心にもないことを言う
●【下がった口角】きまじめで本音が言えない
●【クマとたるみ】自信のなさ・対人恐怖
●【目が小さい】のは理想への強すぎる思い
●【エラ張り】自分をよく見せる声を出している
●【鼻が低い・形が悪い】負け犬を恐れる自負心
●【みけんの縦ジワ】価値観に固執しすぎる

内面が顔にあらわれるものらしい。
人の評価を気にするあまりに無理して心が苦しんで、その上ブスになったのでは何も良い事はない。
「ゆほびか」では顔のコリをほぐして循環をよくするマッサージとトレーニングを紹介していたけれど、心の持ちようと人間関係の態度からなると出してるなら、まずそこを改めなくては。
ちなみに私はみけんの縦ジワが消えにくくなってきていて密かに悩んでいる。

いつも思うのだけれど、どんな調査をしてデータを分析したかをぜひ知りたい。

リンゴの種類

幼稚園に持っていくお弁当を作っているとチビが来て、
「今日のフルーツはうさぎリンゴ?」と聞く。
「そうよ」
「なすリンゴじゃない?」
「?」
先日入れたリンゴには皮の色が悪い部分があったので、うさぎの耳がとっても短くなったのだった。
それがヘタのように見えたから「茄子」なのか。
子どもは面白い目を持っている。
意外と大人なら「そんなのどうだっていいじゃない」と思うようなところに細かいこだわりあるのかも。

公園の下の町

「原爆が公園に落ちよかったと修学旅行の女生徒笑う」
昨日の地方紙の文芸ページ投稿された短歌。
私はすぐ近くの小学校に通っていたので、平和公園にはよく行った。
高い上空からこの広い公園を目印に原爆が投下されたと疑いもしなかったものだった。
二年前、公園内の一部が掘り返されていた時に通りかかった。
調査のため町並みの家の基礎部分を掘り出しているところだった。
一瞬で消えた町、生きていた証さえない人々。
今生きている我々が記録し、記憶していなければいけないと思う。
「 原爆ドームと消えた街並み 」
「 爆心地猿楽町復元 」~ ヒロシマの記憶 ~

上機嫌のすすめ

斎藤 孝さんの「上機嫌の作法」という本を読んだ。
長男が「何読んでるの?」と聞いてきたので、「良い内容なので後であんたも読んだら?」と大まかな内容を話した。
「不機嫌さで周囲を拒絶する子どもを大目に見る社会の風潮はおかしい」という部分は
是非にとも気難しい反抗期の子に読ませたいのだが、そこはあえて外して。

息子は「お母さんって、信じやすい人だね」と言う。
「すぐ何でも信じる。そんなんじゃ、世の中渡って行けないよ」などとシニカルな事を。

「そうよ!いいもの、自分を高めるものなら、何でも信じるよ。
 知らないこと、気付かない事、まだまだ沢山あるんだから、どんどん取り入れなきゃ。それが若さってモンでしょ。」

息子は複雑な表情。

私はすでに上機嫌なのだ♪

元気をもらいに

小学校の転任された前の校長先生を囲む会がお昼にあった。
3年間の短い任期の間に、活気が低迷気味だった学校に新しい風を送り込み雰囲気からして明るく変えてくださった素晴らしい先生だ。
その手腕を買われて、今度はもっと大きく生徒数が多い学校の問題解決の為に異動になったと噂されている、まさに伝説の教師。

今日は前年度と今年度のPTA役員で都合が付く人だけ参加のこじんまりとした集まりだったが、皆この日を心待ちにしていた。
PTA会長さんは「校長先生の“元気”をもらいにきました!」と言われていたが、他の人も同じ気持ちだろうと思う。

子ども達のどんな小さな良いところでも見つけて誉めてくださる。そして他の子ども達にも教えてみんなで考え向上していく活力にしていく。
それは教職員や保護者に対してもそうで、私などはちょっとした提案をしただけで「それはいい!!素晴らしい!!」と盛り立てていただいて
「それならもっと頑張っちゃお」という気になったものだ。保護者でありながら、なんだか私の恩師といった気がしてしまう。
誰のどんな意見もすぐに取り入れて反映してくださったので、PTAには活気が出て、職員室は和やか、生徒達は素直でイキイキとするといったとても良い方向へ進んでいき、それは今もそのまま持続している。
なにしろ学校に納入に来た業者の人手さえ、校長先生が自ら「手伝いましょう」と出てきて動いてくれたというのでファンになってしまうくらいの人柄なのだ。

人が見ていても見ていなくても自分の姿勢を保ち、誰かが伝えようとする気持ちは真正面から誠実に受け止め、わかりやすく的確に行動に表す。
みんなが大好きだった校長先生。いつも真剣。「テキトウ」という言葉は彼の辞書には載ってなさそう。
こういう人が現実にいて、それを間近で見る事ができたというのがとてもありがたいと思う。幸運だった。
これからも「もし校長先生だったらどうされるだろうか」というのを常に頭に置いてお手本にしていきたい。

豆の子

チビは枝豆が大好き。身体にいいから、好きなだけ食べさせている。
「身体にいいなら納豆だろう」と夫。家族みんな納豆も大好きなのだ。
「納豆も豆腐も枝豆もみんな大豆。きなこも好きだし、うちは大豆好きなんだね」と言うと、
夫は「え?」とキョトンとしている。

なんと夫は枝豆が大豆だと、50年間知らずに生きてきたのだった。
形や味が似ているとは思わなかったのだろうか。

私の妹がタケノコが竹になると知らなかったのを笑っていたが、彼にその資格はなかった。

イラッとくるポイント

「宗教ではないグループ」だという人が置いていった冊子を読んでみた。
この手のは最近は受け取ってすぐゴミ箱にポイだったが、先入観をなくすためにいつもと違う行動をたまにしてみるのだ。
基本的に人間関係中心に体験談が書かれてあり、心の持ち方接し方で環境や人の態度に変化が現れるというのはやはりお陰信仰に似ている。
あまり興味は持てない。
けれど読んでみてよかったのは、所々で「それは違う!」と腹ただしく感じる箇所に気がついたこと。
自分の至らなさを悔いているようで、「こんなひどい目に遭ったにもかかわらず、許して前向きな私」を見せたい人。
人のプライドを傷つけたから傷つけられたと思い込んで、他人のプライドを大切にする事で自分のプライドも保とうとする人。
私とは何の縁もゆかりもない人達の言動、考えにいちいち苛立つ。
そんな怒りは修正すべき所を知らせる為にある。自分にないものには無関心でいられるのだから。
とてもありがたいことだ。

見つかったイタズラ犯

小3の長女の教室ではいろいろな花を植えている。理科の観察と優しい心を育むためだ。
しかし、昨日もらってきたプリントには悲しい出来事が書かれてあった。
皆が育てているマリーゴールドの茎が何度も折られてしまうのだ。
子ども達に注意するように言っても効果はない。
何か嫌な事があって人の見ていないところでいたずらをしたい気持ちになっている子どもがいるのだろうかと
先生は長く心を悩ましていたという。

今日は低学年の参観があり、その懇談の席でいたずら犯判明の発表があった。
犯人は「虫」だった。
根きり虫という、土の中にいる芋虫のような姿をした虫。
道理で、いくら心に訴えかけるような話し合いを続けても無駄だったわけだ。

先生は少しバツが悪そうではあったが、本当にホッとした笑顔を見せていた。

小熊蜂

庭にさつきが咲いている。小さな黒い蜂が花のあいだを飛び回っていた。
なんとはなしに見ていたら、この蜂は何かおかしい事に気付いた。頭が花の奥に入れられないので蜜を吸えてないようなのだ。
花に狙いを定めて飛びつくが、おしべに一生懸命しがみついてもツルツル滑ってしまうばかり。
あきらめて羽ばたきして別の花に向かってもまた同じ。何度も何度もジタバタと繰り返している。
「横を向いた花じゃなくて上に向けて咲いた花に乗っかればいいのに。
 よし、いけ、そこだ、もうちょっと、ああ、だめか」つい力を入れて応援してしまう。
「何見てる?」いつの間にか夫が後ろに来ていたので、蜂の動きを説明すると彼も笑う。
「おうお、足にいっぱい花粉を付けて」と言いながら。

こんななんでもない出来事やちょっとした感動を共有できる瞬間が私は好きだ。

亭主の取り扱い注意

実践倫理の人がよく冊子を配りに来る。今日はちょっと面白い話を聞いた。
「家の中で奥さんに乱暴な言葉を使われている人、足蹴にされたりといったぞんざいな扱われ方をされている男性は
 家の外でも他人から同じような扱いをされてしまう。
 だから妻が常に夫を敬い大切な家長として扱うようにすると、夫の社会的な評価も上がってくる。」のだとか。
それはありそうな気がする。
立場が人を作るとか、扱われ方が性格を変えるとかという実験は聞いた事がある。(映画es{エス}参考)
ただ、妻が夫にどう影響を及ぼすかの正確な統計データは取れないだろうと思う。
正直者の家庭に問題はあまりおきなさそうだ。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

★★応援しています!★★
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[2005年のfeel&connect]
9日間のワークショップを10分で紹介
http://jp.youtube.com/watch?v=hA37h1-nYPc
http://jp.youtube.com/watch?v=ADoNbkOJFjc

クイズ紳助くん 2007年2月19日
「なにわ突撃隊 こころを鍛えろ!武道研究家に学ぶ!!」
オープニング映像有



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