追い込まれると燃える

私はお気楽パートタイマーだが、週の前半は忙しい。
週末の折り込み広告や新聞広告には、月火水で印刷に回さないと間に合わない。
それを数社受け持って、電話とファックスで直接原稿や校正のやりとりをする。
パンク寸前なので会社はずっと新しい人を募集していて、たまに採用するが仕事のスピードとサイクルに慣れる前に辞めていく。
暇なときは暇で、木金は休みになったりもするのだけれど。

今週は金曜日が祝日なので納品がいつもより一日早い。
当然、締め切りも一日早く、今日はドタバタだった。

こんな時に限って、取引先の営業が変にこだわりを持って、フォーマットのレイアウトパターンをああでもないこうでもないといじりたがる。
私が担当し、昨日の段階で既に出来上がっていた昼入稿の原稿に朝になって全面大幅変更が入った。
電話の口頭でその場の思い付きを伝えられ、二時間で校了にまでこぎ付かねばならない。

「わかりました。急ぎます。ありがとうございます」と電話を切ったら頭と手をフル稼働。
その様子を聞いてた同僚たちから「よく取り乱さないね。ひどいよねー。私ならキレそう」と言われるが、切れて仕事がはかどるわけでもない。
やらなきゃならない事なら気持ちよくやるのが私のモットー。
どれだけ大変な作業かをわかってもらう努力より、もっと他にやることがあるから。

「がんばれ~。今度コーヒーおごってあげるから」と励まされ、「おーし、それを聞いてエンジンかかったー(笑)」と取り掛かる。

自分がどうにかしなければどうにもならないという状態に追い詰められるのは私が普段一番恐れていて、できるかぎりそうならないように避けているのだが、いざ現実になると気分が高揚して、怖さや不安よりも楽しさを感じてしまうというのは不思議なものだ。

「がんばれ私」と(ホントに)言いながら頑張って、なんとか時間に間に合った。

こんなふうな自分を後がない土壇場に追い込むのを「技化」するのも面白いのかもしれないとふと思うが、やっぱり怖いので積極的にはできそうにない。
せめて来た状況は思い切り楽しもう。

にゃん

今日から新しく家族になった「らん」。
まだ子猫で、前足でもにもにする癖がある。
娘たちがお祖母ちゃんの家に遊びに行ってて公園で拾ってきた。
「飼っていい?」と電話で聞かれて許可した時に、そばで電話を聞いていた長男は「ええ~、何でそんな面倒なものを持ち込むんだ。やめろよ」とブツクサ言っていたが、いざ猫を目の前にするともうデレデレ。
ずっとひざの上に抱いて、片時も離さない。
「なつくんだから仕方がない」「寒がってるだろうが。可哀想と思わないのか」とぶっきらぼうな怒り口調なのが面白い。

照れ屋のナイトの膝でまどろむ姫。

いつどこでなにがあっても

仕事中に同僚の携帯がなった。
昨日は小学校の祭りで今日は代休だった子供たちの様子を見に、早めにお昼休憩を取って帰っていた旦那さんからの電話だった。
小3の男の子が怪我をしたという。
昨日の祭りのくじで当たった棒に紙のテープが巻きつけてあり伸び縮みをする玩具で遊んでいて、中を覗き込んでいたときに小5のお兄ちゃんがたまたま当たり、目に傷がついてしまったのだった。
すぐに病院に連れて行くと、やはり角膜に傷がついているということで、抗生物質の入った点眼薬をもらってきたということだった。
こういう話は、眉間にしわがよって背筋がゾクゾクしてしまう。
子供の怪我は、予測不可能だ。
大人でもそうだろうが、子供は何をどう使うか、どこで何をするかまったくわからないから。

その同僚の子供たちはよく怪我をする。
少し前は、保育園児の末っ子がマンションの階段の踊り場にある低い窓の出っ張りの中にしゃがんでて急に立ち上がり頭をしこたま打って、翌日に園で歩けなくなったと連絡が入り、とても心配したことがあった。
一生歩けなかったらどうしようとか、脳の障害が残るのではないかとか悪い想像を次々思い描いて、同僚は指先冷たくして震えていた。
結局、前日頭を打った心理的要因で単に歩きたくない気分になってただけだったとわかり胸をなでおろした。

他にも骨を折ったとか、二年前には兄弟で耳掃除をして遊んでて鼓膜を破ってしまい、穴が大きかったので医者に治らないと言われたこともあったとか。
それでも、通常の医学の常識では考えられない奇跡的な回復をして鼓膜が再生したというのも驚きだが。

私が会社に入るまで、会社では男の子が3人もいると怪我が絶えないと思われていたらしい。

怪我をする子供は本当に頻繁に怪我をするように思う。
息子の友達や、私の知り合いの子供にも何度か骨を折っている子がいるが、いつも何でもない所でやってしまう。
無茶をしてるわけでもないのに。

長女も一時、怪我が続いた時があった。
庭で転んで前歯を歯茎ごと上あごにめり込ませたり、ドアで挟んで指の爪を失ったり、塀の上から道路に脳天から落ちてみたり、バイクの熱いマフラーに足を当てて広い範囲皮がペロリと剥けてみたり。
そう、うちも結構やっている。

怪我をしやすい人、怪我をしやすい時期というのがなんとなくありそうだ。
その原因が何かがわかれば避けられるのだろうけれど。

子供は10歳までは母親のエネルギーの傘の下というから、エゴの影響をモロに体現してしまうのかもしれない。

「大丈夫、大丈夫。何があっても大丈夫」
そう子供に信じさせるのは、母親のもっとも重要な仕事だ。

夜明け前の暗い時に

よく夜明け前が一番暗いと言われるが、新たなステップを躊躇ってるときに鬱状態になるように思う。
私の経験上。

落ち込んだとき、心にささやきかけてくる言葉がある。
「私なんかいなければよかった」

ネガティブな感情はいろんな出方をするけれど、元を探っていくとここに行き着く。
誰かに言われるのではなく、自分で自分に言うのだから逃げようがない。

そんな気持ちを切り替える為に、私はよく古い映画のことを考える。

「素晴らしき哉、人生!」
自分が生まれなかった世界では、自分が関係するすべてのものの姿が違う。
創造してきたあらゆるものが存在しない。
自分が存在しない世界には、自分にとって大切なものもない世界。
希望が叶わなくても、信じていたものが裏切られても、大きな失敗で破滅的だと感じても、ここに生きていたいと主人公と共に感じることが出来る。

もうひとつ大切な映画。
「ライフ・イズ・ビューティフル」 
ナチス強制収用所から生還したヴィクトール・フランクルの思想をある本で読んだとき、私の頭にはこの映画のシーンがめぐっていた。
フィクションではあるけれど、真実が描かれていたんだと感動を深めた。
命より大切なものを持つ人は、いつも強く気高く幸福だ。

夜は必ず明ける。
 

ハートのしずく

退屈していた次男が「マトリックス」のDVDを見ていた。
テレビに流れていると、他の家族もなんとはなしに見てしまう。
もう何度も見たけれど、この映画は何度見ても新たに発見がある。
きっとその時に自分の心がひっかかっている物を浮かび上がらせるのだろう。
今日は予言者のネオへの助言に見つけた。

息子たちは映画が好きだ。
実際はめったに映画館にはいかないので、鑑賞はもっぱらDVDなのだが。
アクションやスペクタクルも好きだが、派手な演出やストーリー展開よりもむしろヒューマンドラマを好む。
昨夜も男の子同士で映画談義(というほど高尚なもんじゃないけれど)をしており、長男は「なんといってもグリーンマイルが最高傑作だろう。俺、あれを思い出しただけでも涙が出そうになる」と熱く語っていた。
日ごろ「あ~あ、退屈だな~。何か事件でも起こればいいのに。」などと物騒な事を言ったりするので、無気力さやちょっと世を斜めから見てるような所が気になっていたのだが、なんのなんの、十分熱い。
この感動の火が胸にある限り大丈夫そうだ。

私は映画を見てすぐ泣く方だ。
一度見たらもう涙が出ないものと、わかってても何度でも泣いてしまうものがある。
最近泣いたのは「あらしのよるに」。

昨日の学習発表会で娘がやった音楽劇の「ごんぎつね」でもウルウルしてしまった。
小学校の、子供たちが頭に手作りのお面をかぶって、かわるがわる台詞を言っては下がり、ピアノの伴奏に合わせて合唱という物で、これで何で泣けるのか、おかしすぎるだろうと自分でも思うのだけど、この話はダメなのだ。
初めて読んだ時に泣いて以来、何度読み返しても涙が出る。
テレビで朗読を見て泣き、本屋で絵本を立ち読みして泣く。

他にも必ず涙を誘うのは、絵本「べろだしチョンマ」、アニメ「火垂るの墓」、歌劇「椿姫」等。

もちろん「グリーンマイル」も。
これは何度も見たいので、DVDを買っておこうと思う。

オチつかない話

子供の通う小学校の祭りだった。
前半は歌や演劇、演奏など日ごろの成果を発揮する学習発表会。
後半は、親と子が一緒に作り上げ楽しむ交流イベントとなっている。
そのオープニングとして毎年色々な芸のプロを招いて鑑賞をする。
これまで音楽家による演奏会、読み聞かせサークルの絵本朗読、地域神楽団と呼んできて、さて今年はどうしようと、PTA執行部ではけっこう長い間頭を悩ませてきていて、やっと決まったのが「落語」。
子供たちの間では「ジュゲム」を競うように覚えたり、NHK日本語で遊ぼの声に出して読みたい日本語で落語の独特の口調が良いとよく用いられてもいるので、これを生で聞く体験は、学校でもっとも力を入れているコミュニケーションスキルを身につけさせる教育にも最適だろうと役員一同で合意したものだった。
が、
なかなか、、、思ったようにはいかないものだ。

着物を着た噺家の方が舞台に上がると、最初は「何が出てくるのだろう?」との期待でワクワクと食いついていた子供たちだが、すぐに飽きてしまったようだった。
唯一大爆笑がとれたのは、導入部の軽い小話の「お母ちゃん、パンツが破けたぁ」という所だけ。
ドッと笑って、オチの「またか」の声はかき消されてしまってた。
小学生低学年の笑いのツボはそんなものなのだ。

噺家の方は四苦八苦汗だくで反応を見ながら頭を振り絞って、なんとか子供にわかる話をしようとしてくださったのだが、テンポある立て板に水の話し口調が裏目に出て、耳を素通りしていくような感じだった。
舞台から降りた彼の第一声は「はぁ~~、難しい」。ご苦労なことでした。


片づけを終えて家に帰り、子供たちにその件について話を聞いてみた。
小1のチビは当然だろうが、小4も小6も聞いていなかったという。
「だって面白くないもん」
子供はシビアだ。

私としては、メインの演目がちとグロっぽく思えて小学生にふさわしくなかったのではないかと気にかかっていたので、それを尋ねたかったのだが、聞いていないのなら話にならない。
そこで、軽くざっとあらすじを話してみた。
「目が見えにくいという患者がある医者のところに行ったら、目玉を洗うといってくりぬかれてしまった。しばらくして戻ってきた目玉は洗いすぎてふやけて大きくなりすぎて目に入らない。しばらく干しておけばいいよということで縁側で陰干しをしていたら目玉を飼い犬が食べてしまった。さあ大変。何か入れる物はないかと、医者が目をつけたのが目玉を食べた飼い犬の目。そいつをくりぬいて患者の目に入れて、三日したら様子を見せにこいと言って帰す・・・・・・・・という話なんだけど・・・」
教育上好ましくないかもしれないグロい話をせっかく子供たちは聞いていなかったというのに、結局聞かせてしまった。(笑)

すると、寝そべってたり、パソコンゲームをしながらで気のなさそうにしていた子供たち、皆で示し合わせたように私の方を向き言った。

「それから? それからどうなったの?」

この子たち、本当にあの時間何も聞いていなかったようだ。と軽くショック。

しかし、聞いたらオチが気になってしまうのだ。
面白さを解さないというわけでもない?

プロの上手い噺家さんの話はじっと聞いているようでも耳を素通りで、適当な私のはしょった話は聞いてないようで耳に入ってる。
これはいったい?

言葉って何だろう?
伝わるって何だろう?
コミュニケーションスキルとは?

親子の交流イベントの土産としては最高のいい課題をもらった。

プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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