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最高の年

今年は、私が生まれてから今までの中で最もエキサイティングで、最も面白く、最も多くの気付きを得ることが出来た、最高の一年だった。

といっても、私はこれまでに「最低最悪の年」など一度もなかったし、「去年の方がよかった。」「あの時が絶頂だった。」とか思ったこともないのだけれど。

思い起こせば、毎年毎年、年の暮れには「最高に面白い一年だった。もうこれ以上幸せな年はないかもしれない。」と言っているようだ。

ずーっと右肩上がりの人生に感じられるのは、とてもありがたいと思う。

それにしても、今年は特別だった。
いろんな所に行った。環境や生活リズムもガラっと変わった。

1月に山陰に神社めぐりの初詣の旅。
3月に大三島に一生に一度の願掛け。
昭和の時代に独立して以来一人で続けてきた仕事も全部やめてのパート勤め。
長く悩んできた問題にもやっと一区切りつけることができた。
また、これまでの自分のありようや他人との関わりにやたら違和感を感じて身動きがとれないこともあった。
いたたまれなくて荒れては落ち込む気分の揺れをもう誰のせいにもできなくなった。
そして、11月の武禅。
みごとに覆された観念。解放された本来の感情。
やっと捨てることが出来た物。

波が静まり始めればまた新たな痛みが見えてきたりもする。

そんな残された課題を持ち越しつつも、これまでにない程の穏やかな心持ちで今を迎えられることがとても嬉しい。

過ぎてしまうのが惜しい位の年だったけれど、もうすぐ終わり。

来年はもっともっと自由になりたい。
自由とは、制限があるうちは気付きもしなくて、なって初めて「縛られていたんだな」とわかるものだから、どんな自由があるのか想像もできないのだけれど、それが楽しみ。

ハチャメチャに元気良く、気まぐれに、いい加減に遊び尽くすんだいっ!!

それでは皆様、よいお年を。


これから「鬼ごろし」一升入りのお風呂で一年の垢を落として新年を迎えます♪
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友よ・・・

一通の封筒が私宛に届いた。

差出人は、中学高校と一緒だったが今は遠方に住んでいる古い友人。

中には一冊の薄い小冊子とコピー用紙にボールペンで綴られた手紙。
冊子はとある宗教団体の教祖の理想の家庭と世界についてのメッセージが印刷されたものだった。

彼女は、その教祖の選んだ人と結婚して、今は教団の内部で半集団共同生活のような形で暮らしている。

手紙の内容は、信仰生活に入って20年以上経ち、より神やメシアへの確信と実感を深めたので、それを伝えたいというものだった。


昔から友人の少ない私が「親友」という言葉を使うとしたら、すぐ彼女の顔が思い浮かぶ。
本当の意味の親友ではないとしても、6年間いつも側にいて、語り合い、同じ目的で競い合い、くだらない馬鹿もやり、唯一心を許せた友人だった。
毎日毎日、互いを面白がらせる事ばかり考えては笑い転げていた一番いい時代。
卒業してもたまに会っては食事をして近況を報告しあい、そんなふうにずっと続いていくものだと思っていた。

ある時から、私は会社帰りに聖書の勉強をしに行くようになった。
以前から関心があって読んだりしていて、たまたま街でアンケートをとっているグループに誘われたためだ。
講義はビデオの視聴で受け、見終わった後、担当の人との質疑応答ということが繰り返される。
通ったのは20回以上になるだろうか。
ある日、会社の先輩にポロッとその事を話して、それがどんな団体であるかを知らされ、丁度、初級の講義も終了次期だった事もあり、以降遠ざかることができた。

しかし、その同じ時期に、彼女も別の場所で同じビデオで学習していたと知ったのは少し後になってからだった。

次に会って食事をした時、私の情報は彼女に伝わっていた。
「せっかく同じ時期に縁があったんだから、一緒に学ぼうよ。共に歩んで欲しい。」
誘う彼女に私は、
「あなたの信じる事は自由だけれど、私はその話は聞かない。」と突っぱねた。

その後も何度か会う機会はあったのだが、触れてはならないタブーを持つと関係はギクシャクと不協和音を奏でるようになり、次第に縁遠くなっていき、そして本当に距離的にも遠くなってしまったのだった。
結婚式に向かう船に乗る寸前に投函された手紙に私はどうしても返事を書くことができなかった。
「誰よりも一番、ぽあんちゃんとこの喜びを分かち合いたかった。」と言われても・・・。


彼女は近々、実家に戻る予定があるらしい。
声がかかれば私はきっと、すっ飛んで行くだろう。
遠く遠く道は離れてしまって二度と交わることはなくて、今はもはや友人とも呼べないのだけれど、それでも。

「もし、この宗教さえなかったら」と思ったこともあったが、それでも私達は離れてしまったのだろうとこの頃は思う。
同じ時期に同じ場所で同じ話を聞いて、一歩踏み出した彼女と、蹴った私なのだから。

私達はとてもよく似ていて、決定的に違った。

二人の世界が輝いていた楽しい時代にはもう帰れない。
あの頃の彼女はもういない。私もあの頃の私ではない。

それでも、会いに行くだろう。

懐かしい大切な友に。

どうか幸多からんことを。


      堕落と廃頽の地に蠢くサタンの子より 愛を込めて

うしろあたま

来年度のPTA役員の目途をつけておくための臨時執行部会が月曜の夜にあった。

4年連続執行部役員だった副会長の二人が来年度は卒業でいなくなるため大きく様変わりは否めないだろうという状況で、次の役員としての候補を挙げて行くのだが、それが難しい。

誰かがやらねばならない事ではあるが、誰もやりたくはないという物だから。

一人は今年度、委員長をした人に目星をつけて私が話をしてみることになったのだが、問題は次期PTA会長候補としての副会長。
外に出ての会議が多いので、出来るだけ男性が望ましい。
しかし、普段学校で活動するのは母親が主で、顔を知られた父親というのがごく限られているのだ。

「○○さんはどう?」「◇◇さんは?」などと数人の候補は上がるものの、仕事が忙しそうであったり、向き不向きもあって、なかなか「この人!」と決まらない。

その中で「Tさんは?」と割と活動的らしいある人の名前が挙がった時、前会長だった副会長が「う~~ん。」と複雑な反応をした。
皆は???と顔を見合わせる。
「・・・・・率直に言うと・・・、現会長が執行部にいる限り難しいかも。」と言われるのだ。
どうやらとても嫌っているらしい。
驚いたのは今の会長。
そのTさんとは面識はなかったので。
「思い当たることないですか?・・・ビデオ撮影に関してらしいのですが。」と前会長に聞かれても「いや~、どんな人ですか。心当たりはないですが・・・?僕、何かやったかなぁ?」と首をかしげるばかり。

知らないところで誰かに不快な感情を持たれているのは気持ちの悪いものなので、ここはどうしても何で嫌われているのか知りたいのが人情。
理由を聞くと、意外な事実が発覚した。

感情を損ねたのは、どうも秋の学習発表会の時とのこと。
ビデオで撮影した我が子の映像に、PTA会長の頭がバッチリ入ってしまっていたのだった。
同じ学年で、同じ舞台発表。
同じ見せ場を偶然、前と後ろで二台並んでビデオ撮影していたため、良いシーンに後ろ頭が重なってしまうという悲劇が起きてしまったらしい。
一生に一度の名場面を撮り損ねた恨みは深くて、Tさんはそれ以来ずっと、PTA会長の事を苦々しく思っているのだと聞いて、執行部一同、
大爆笑!!

笑い事じゃないのだろうけれど、可笑しくて可笑しくて、お腹を抱えて笑ってしまう。

幼稚園からずっと一緒ということはそれだけ同じ行事を重ねてきたわけで、もしかしたらこれまでの運動会や発表会やその他の催し物でも、幾度もビデオや写真に前で我が子を撮影する会長の後ろ頭を納めてきていたのかもしれない。

困り果てた会長がまた「今度から頭に『Tさん、いつもすみません』と張り紙をしておこうか。」なんて言うから、よけいに笑いが止まらなくなる。

この件については結局は、相手が気分を害している理由もわかったし、そのこと自体わざとではないので、来年度役員に引き入れる入れないは別として、一度声をかけてみようということで落ち着いた。


それにしても、まったく自分が与り知らぬ所で勝手に悪感情を持たれている事もあるとは恐ろしい。
何の気なしにする動作で誰かに思いもよらぬ迷惑となっても、認識も自覚もないのだから改められないし、当然、謝罪すらできない。
何も気付かない人に対して悶々と怒りを持ち続けるほど割りに合わない事は無いと思うのだが、世の中にはそういう思考パターンの人もいるということだろう。


私ももしかして誰かに「うしろあたま」をにらまれているのかな?
と一瞬考えたが、それはは無意味だな、とすぐやめた。

他人を気にして、周囲を窺って、迷惑をかけないように邪魔にならないようにとビクついて自分の行動を決めるなんて真っ平ゴメンだ。
伝えずに「察してよ。」と思う人など気にしていてはきりがない。
ただ、そういう人もいるということだけは、覚えておこうと思う。

テーマ : PTA
ジャンル : 学校・教育

サンタと騙しあい

クリスマスは、イブイブにケーキを食べ酒を飲んで、イブにパーティをして酒を飲んで、本番の日もプレゼントを喜ぶ子供達を肴に酒を飲んで、三日連チャンで楽しんだ。
何もない日でも、ケーキは食べるし、大騒ぎするし、ほぼ毎晩酒は飲むので、いつもと変わらないと言えばそうだ。

 
↑ありあわせフルーツで偽トロピカル & 長男盛り付けのオードブル(うーん、まだまだ:笑)

プレゼントは土曜の昼に長男をお供に玩具屋と家電屋を回って購入した。
イブの深夜までは、小4の長女と小1の次女には秘密にしておかねばならないので、長男が工夫して車の座席の下に見えないように隠してくれていた。
何も知らない娘達は「サンタさん、何持って来るんだろう。ちゃんと欲しいものわかったかな。」と無邪気なものだ。
長女は小4にもなっているんだから、いい加減サンタが誰なのかわかっていても不思議はないはずなのに、まだ信じているというのが不思議なところでもある。
知っているふうでもあり、知らないふうでもある、どうもヘンな感じ???と思っていたら、やっぱりそうだった。
知っていた。

イブの昼に夫と娘二人で買い物に行った時、レジを通る私より先に娘は車に戻ったのだが、私は車に戻ってすぐにピンと来た。
座席の下のわずかな異変。
プレゼントを入れた袋は完璧に隠されていたはずなのに、少し覗いている。二箇所とも。
その時、私よりほんの少し早く車に乗り込んだ末の娘が聞いた。
「お姉ちゃん、今さっき、何してたの?」
「ううん、何でもないよ。」長女はドギマギと答える。

見たな~?

そうは思ったけれど口には出さず、知らんふりをして家に帰った。

夜、眠る前、娘達はワクワクして、「あ~、何を持ってきてくれるんだろう。楽しみ~。」と二人で話しながら、プレゼントを置いてもらう場所を決めていた。
そして長女は私に言うのだ。
「お母さん、もし夜遅くまで起きててサンタさんに会えたら、明日、何時に来たか教えて。」
あれあれ? 私は可笑しくてたまらない。

娘達が寝静まった午前零時過ぎ、大サンタも深酒で撃沈なので、中サンタの指示の元、見習い小サンタ二人が動き出す。
車から静かにプレゼントを持って入り、足音を忍ばせてそれぞれの枕元にそっと置く。
もちろん見習いサンタにもプレゼント有り。「お疲れさん。」

朝、早くから起きてプレゼントに喜ぶ娘たち。
この顔が見れるのは、親冥利に尽きるというものだ。

サンタを信じる子供の夢をできるだけ長く守りたいと思っている私。
本当にサンタを信じてくれている子が嬉しいのはもちろんのことだけれど、そういった親の夢を壊すまいとしてくれる子も嬉しい。

子供を騙そうとする親を騙して騙されてくれる娘のその優しい気持ち。
わかっているからまた騙して気付かぬふりで騙されてサンタの幸せは続いてく。
あと何回できるだろう。


私が幼い頃に来てくれていたサンタクロースはプレゼントではなくて、ケーキを持って来ていた。
クリスマスの朝、目覚めると、いつも枕元に大きなバタークリームのケーキが置いてあった。
けれど4歳ぐらいで私はもうとっくにサンタの正体は知っていたのだった。
そして、母が貧しさの中で精一杯私を喜ばそうとしてくれている事も。
だから信じているふりで「わーい、サンタさんがケーキを持ってきてくれたよ。」とはしゃいで見せていたのだけれど、母は「良かったね。」と微笑みながら、その実、お見通しだったのかもしれない。
今の私のように。
じゃ、
母が目覚めるのが待ちきれなくて、ケーキのクリームをなめたのをわからないように指で平らにしたりしたのもバレてたのかな、もしかして?
・・・・・・などと思い出は今と重なる。


子供達は遠い未来でこのクリスマスをどんなふうに思い出してくれるだろうか。

ゆるむな!

市販されている日野先生の武道指南のビデオのラベルに「ゆるむな!」というフレーズを見つけて、思わずクスリと笑ってしまった。

武禅から帰ってより後、私はそれまで続けていた「ゆる体操」をやめた。

替わりに先生から教えていただいた、「ほんとうにゆるめる体操」を寝る前にしている。

ゆる体操と比べてどうなのかはまだよくわからない。
なにしろゆる体操の効果だって、気持ちよくなり身体が温まったとか、気分がリラックスしてスムーズに眠りやすいとかぐらいで、どこがどうゆるんだかの体感は持てなかったのだから。

また、ゆる体操の「寝ゆる」なら布団に入って寝たまま行えて、そのまま眠りに落ちるということが出来たが、日野先生の体操は立ってやるので面倒くさがりの私には厳しいところだ。

それでもなんとか「頑張ろう!」と思って、日野先生に体操を続けている事をメールしたら、
>一生懸命にせずに「適当」という感じで続けてくださいね。
>「頑張る」という力みが一番の大敵ですから。

とお返事をいただいた。

そうだった。
からだをゆるめる前に、心がガチガチでは何にもならない。

たるまず、固まらず、しなやかにいきいきとした弾力を持って流れに沿う。
目の前で見た先生の美しい動きが思い出される。

適当に、適当に。か。
「いいかげん」は「良い加減」と知ってはいても、この「ほどよさ」がまた難しくもある。
頭の納得ではなく、ほんとうにわかるということがここでも必要となってくる。
何もかもがすべて連動しているようだ。

体操で何がわかるのか、何が出来るようになるのか、どんな効果が出るのかは、実は詳しく教えていただいていない。
ただ気の循環がよくなり、翌日の活力に繋がるといったことぐらい。
この答えもそれぞれが見つけ出すものなのだろう。

身体も心もほぐして、日々、より軽やかになっていきたい。

牡蠣アレルギー

ノロウイルスの流行に伴う風評で牡蠣が売れてないようだが、
我が家では毎年食べたくてもなかなか食べられずにいた。
末の娘に牡蠣アレルギーの疑いがあったためだ。

きちんとした検査はしていないのだが、3・4歳の頃に夜中に酷い嘔吐をした事が二度ほどあり、
そのどちらも夕飯に牡蠣を食べていたので「もしかしたら・・・?」と疑いを持った。

医者には、アレルギーだったらもっと症状が重いはずなので、たまたまお腹にくるタイプの風邪と重なっただけだから気にするなと言われたのだが、
娘はそれ以来、恐れて食べたがらないし、私も無理に食べさせる事はないと避けてきていた。

しかし、広島のこの時期の牡蠣は美味だ。
牡蠣フライ、炊き込み飯、土手鍋、酢牡蛎・・・、そろそろ解禁にしてもいいのではないだろうか。
ちょっと試してみようか。
などと思っていた矢先、学校の給食に牡蠣が出た。

先週の木曜日、私が仕事が休みで自宅にいると、小学校は4時間なので給食を食べてすぐ子供達が帰ってきた。
末っ子は「気分が悪い」と言いつつも割と普通に遊んだりしていたので、
「大丈夫かも」と一瞬喜んだのだが、甘かった。

しばらくするとトイレに頻繁に駆け込んでは嘔吐を繰り返し、顔色は真っ青で別人のよう。
3時間ぐらいその酷い有様が続き、あとはコタツでぐったり。
これはもうアレルギーが確実となった。

自宅の夕食で牡蠣を試していたら、夜通し吐いてもっと辛かったことだろう。
また、別の曜日の給食に出ていたら、午後の授業中に具合を悪くしただろうから、
その点では一番マシな判明の仕方で不幸中の幸いだったように思う。

何にしても、長引いたり酷い発疹や呼吸困難になるようなタイプでなかったのは助かった。
食べられないなら食べられないで、別のおかずにするとか工夫すればいいし、
幸い他の魚介類には何の問題も無いので困りはしない。

ただ、せっかく新鮮な牡蠣が食べられる地域なのに、この美味しさを味わえないなんて、とちょっと残念。
本人からしてみれば、どうでもいいことなのだろうけれど。

調理中にチビの食事に成分が混じらないように気をつけて、この冬、私は安くなった牡蠣を堪能するつもりだ。

誰のせいかを問うココロ

先週は水曜日で仕事が終わったので木金は休みになるはずだった。
開放感いっぱいで帰宅途中の買い物をしていると会社から電話が入った。
私が担当した仕事にミスがあったと。
チラシの両面に同じ物件が入っていて、入るべき情報が抜けていたのだった。
先方の指示通りに作成して、FAXで送って何度も確認してもらい、社内でも細かく校正したというのに。
依頼主側の担当が表裏違っていて意思の疎通ができていなかったためらしいが、それにしても私が気付かなかったというのは、やはりミス。
翌日出勤して修正する事にして電話を切ったが、浮き立つ気分は一瞬にして泥沼に。

こういったちょっとしたトラブルですぐに私の感情は胸を重くし、頭が騒がしく動き出す。

「何でこんな事に?」と問いながらその実、自分の不運さを嘆いたり、アノ人がこうだったら、コノ人がああしてくれてたらなんて他人を責めたりする気持ちからの理由探しばかりが頭をめぐる。
「私のせいじゃない。私だけのせいじゃない。」そう思いたい恐怖が言い訳を必要とするのだ。

これを止める言葉はひとつ。
「すべて私の責任です。」
そう腹を括って、無駄な妄想をスパンと断ち切った。

翌日会社での作業は小一時間ほどで終わり、納期には十分間に合った。
私の気を重くしていたのは、既に印刷にかけられていたのなら、そのミスプリントは廃棄されることとなり損失を出してしまったのではという心配だったのだが、それも大丈夫だった。
ミスが見つかった時点では、まだデータは印刷屋に渡ってはいなかったので。
「よかった~」と胸を撫で下ろす私。
社長の奥さんは、
「でもね、こんなのが簡単に直せると相手に思われて次から無理を言われたら嫌だから、『もう印刷にかかっているからそれを中断するのは大変なんですよ』とか『本来は休みのはずの従業員にわざわざ出てきてもらう事になった』と大げさに言っておいたからねー。」と笑う。
ワルだー!!(笑)

しかし単純なポカをやるのは、漫然と作業していて、自分が今何をしているのかに真剣に意識が向いていなかった証拠。
人は思わぬ間違いをするものなのだから、自分が出来る範囲で常にそれに対応できる状態でなければならない。
「今後このようなことがないように気をつけます。」と言って会社を後にした。
気分はスッキリ爽やかになっていた。

「死ね」と言われた子

「変光星」という著書に自身の体験を綴った自閉症者の森口奈緒美さんは、小学生の頃、自閉症児独特の反応の仕方が周囲に反感を持たれて集団イジメにあい、時には取り囲まれて「死ね」「死ね」と口々に罵られる事もあったそうだ。
なぜそんな激しい敵意を向けられるのかわからなくても悲しみは感じる。
涙の中で彼女は自閉症特有の能力を活かして、「死ね」を複雑な日本語より得意だったローマ字に置き換えて「SHINE」とし、英語読みの「シャイン」「輝け!!」と受け取ることにしたのだそうだ。
「Shine! Shine! Shine!」

「死ね」と言われて輝く人もいる。

「ウザイ」と言われて死ぬ人もいる。

その「差」は何か知りたい。

「死にかけ」と呼ばれた子

武禅での雑談タイムにいじめの話題をしていて、年配の参加者から聞いた話。


クラスに内臓疾患を持つ体の弱い子がいたのだそうだ。
体格も小さく、いつも青白い顔をして唇も紫。
みんなから「死にかけ」というあだ名で呼ばれ、ちょっかいを出されたり、動作ののろさや変わった所を真似され笑われたりしながらも、それでも平気で毎日一緒に遊んでいた。
本当に長生きできなさそうな人を「死にかけ」「死にかけ」と呼んでからかうのだから、今なら考えられないほどの酷いイジメと言えるだろう。

しかし、いざ具合が悪くなった時は必ず、
「おい、死にかけがしんどそうだぞ。すぐ保健室に連れて行け!!」
と声が上がり、誰かが付き添って連れて行っていたと言う。

「みんな、優しかった。」
その方は目を細めて懐かしそうに語ってくださった。


「死にかけ」は確かに仲間であり、大切な友人だったのだ。
死にそうに見えるから「死にかけ」。
弱さや動作が他の子と違うから面白くて笑う。
苦しそうになったら心配して助ける。
そこに子供ならではの無邪気さはあっても、悪意は微塵も無い。

昔は皆、そうだったのではないだろうか。
盲、唖、聾 、ボケ、白痴と呼んでいても、それは個性の一つを形容しただけであって、困ったらお互い様の仲間意識は強かったように思う。
「不幸ではない」けど「不便」なのだから、それは補うのが当たり前。
「人間だれも完璧な人なんていないよ」みたいなサラッとした感覚で。
だって、誰でも同じような障害を持つ身になる可能性は「等しく」あるのだから。

それを、障害者と健常者とに分けているのは誰?

永遠の被害者

昔、私が言った一言で他人を傷つけたことがあった。

「お金のために身体を売るのが悲しいのと同じく、愛されるために望まぬセックスをするのも悲しい」
とある掲示板に書き込んだところ、辛い過去を持つ女性がパニックになってしまったのだ。

私はそんな過去の出来事など知らない。
また、その人についての話題でもなんでもなく、一般的な雑談をしていたはずだった。

しかし、「あなたのせいで私はもうどうしていいかわからないほどの状態になりました」
「あなたもトラウマ持ちなら、他人のトラウマにも配慮したらどうですか!」と、えらい剣幕だった。

その女性が掲示板の管理人であったので、ここはネチケットに則り、管理人の意に沿わない発言があったことを一応謝って、私は二度とその場所には行かなかった。

私は何がいけなかったのだろう?
しばらく悩んだが、答えは出なかった。

悩まなくなってわかった。

トラウマを武器に使われたのだと。
怒る相手と責任の所在を間違えて。

特別な配慮が必要な人たちとは

先週の週刊新潮をスーパーでぱらぱらと立ち読みすると、言葉狩りの特集があった。

障害者等の昔の呼び方がパソコンでの漢字変換では出ないようになっているのだそうだ。

古い映画や漫画、アニメを見ると一部台詞が無音になっているという奇妙な事はよく目にしていたが、パソコンの変換できる文字もわざわざ苦労して探したり組み合わせたりしないと出ないというのはあまり認識していなかった。

なるほど。
つい勢い余って打ち込んでしまっても、キーボード操作に一手間かかると「あ、これは差別用語だ。」と気付いて自粛する人もいるかもしれない。(私はしない:笑)

それにしても、

慣用句や諺、名詞に使われているとちょっと困るような気がする。
めくらめっぽう、めくら蛇に怖じず、あきめくらがNGワードで、「恋は盲目」はOKなのだろうか。
そう思って調べると、これも差別用語に入っていた。
「盲目的」もいけないのだそうで。
となると、「今は恋に狂って目が見えなくなっているんだよ」なんてのもいいのかいけないのか判断がつかなくなる。

例えば、「色気違い」がいけないのはわかるが、「色狂い」はどうなのだろう。
「色ボケ」も、老人の記憶低下状態が「ボケ」→「痴呆」→「認知症」と置き換えられていったことを踏まえれば、うっかり使えない。

では、漫才のボケは?
あれは「おとぼけ」から来てるからいいのか?
しかし、「惚ける」は「ほうける」とも読むし。意味は同じだ。

差別用語とされている言語を消していって、本当に差別は減るのだろうか。

人を傷つけようと意図してわざと特徴を示す侮辱的言葉を選んで使うのは明らかな差別だが、
「この人が聞くと傷つくかもしれない」と思ってわざと避ける言葉があるのも十分差別的と思えるのだが。
障害者、被差別地域、人種に関係する事に限らず。

「結婚はまだ?」「お子さんは?」でムカつく人もいるってんだから。
何に傷つくかはそれこそ人それぞれ。

そんなものを「これは言っていいか悪いか。気を悪くさせたらどうしよう。」なんていちいち考えて判断しながらでないと言えない社会が健全か?
そんなことをやってるから、対人恐怖だの引きこもりだのの心の弱い人間が増えていくんじゃないのか。
そんな気がする。

「人が触れられたくない事を言ってくる」と怒ったり悲しんだりしてる人は、誰のせいでそうなっているのだろう。
自分が絶対に傷つけられまいと思うなら、是非とも知り合う全ての人に「私はこんな不幸を持っていて、その話題が出ると傷つきますから、どうか言わないようにしてください」と頼んで回って欲しいものだ。
言わずにおいて「察してくれ」なんて無理だから。


それにしても、差別用語の基準なんて本当にあるのだろうかと疑問に感じる。
私には、めくら、おし、つんぼ、びっこ、がただの身体的特徴を現すただの名詞にしか思えない。

日本人はその昔、障害者をどう呼んでいたのだろう。
差別用語ではない正しい言葉がなかったとすれば、全ての人が差別的だったのだろうか。
歴史始まって以来、差別が続いてきて、今やっと差別はいけないことだと気付いたばかりなのだろうか。

まさかね。

今は○○が多くなっただけ。

まいった~。

玄関のチャイムが鳴るので出てみると、またしても子供の無料学力診断テストを持ってきたセールスマンだった。

簡単なアンケートだとか、そういったものを強引に押し付けて回答を集めては、個別の診断(と称した)結果を用いて最適な学習法(らしきもの)にそった教材を売りつける手口には、以前つい話を聞いてしまってうんざりさせられたことがあった。

だから今回は目の前にグイグイと差し出された印刷物に手も出さず、話も聞かず、手のひらで相手の目の前をさえぎって「いりません!」。
相手は「あ、そうですか。」とスゴスゴ退散していった。

「受験生をお持ちのお母様のために」とか、「昼間も何度も寄らせてもらったけれどお会いできなくて」とか言っていたが、私が頼んだわけでもないのにいらぬ世話だ。


そういえば、つい先日、エホバの証人が小冊子を持って尋ねてきた時もそんな感じだった。
「子育てを頑張っているぽあんさんに是非、お知らせしたい事が書かれていたのでお持ちしました。」
「何度も伺ってたのですがなかなかお会いできなかったので古い号になってしまったんですけど。」
と、子供の心がすさむ原因等を特集した号の「ものみの塔」を渡された。
宗教の人は基地外だから、経験上、突っぱねるとめんどくさいので無料なら受け取ることにしている。
「それはそれはどうもご苦労様ですぅ」と愛想良く受け取ってすぐゴミ箱にポイだ。
昔は、持ってきた人の気持ちを大切にしなくてはとか、何にでも吸収できるものはあるはずだからとかで一応目を通していたけれど、今はそういう事はしなくなった。

押し付けられたもので役に立ったものは一つも無いと思い知ったから。
「あなたのために」が私のためになった例がない。
全部、自分たちの都合なんだから。


・・・ってな事をブツクサくっちゃべっていたら、長男が「愚痴、だね。」と一言。
「俺、そういうのは聞きたくないから。」だって。

ヤラレタ。一本取られました。
負うた子に教えられるそのもの。

たてじわ よこじわ

小1の末っ子が自由帳に絵を描いて、その中の一つが私に似ていると長女と話していた。

満面の笑みの女の子の絵。

「そう?お母さんに似てる? こんな顔してる?」と聞くと、
「うん」と口を揃える。

そうか。
いつでもどこでも誰にでも、何があっても上機嫌を心がけているけれど、子供の絵のようなニコニコ顔が私に重なるとしたら、とても嬉しい。
これからもますます磨きをかけよう。


笑顔には人を和まし、自分の気持ちも明るくさせるという効用の他に、もう一つ大切な役目がある。

それは美容。
笑顔でホルモンが活性化したり、表情筋を使うことでフェイスリフトも期待できるが、私が一番気になってて改善したいのは、眉間のしわ。
若い頃はどんな顔をしても大丈夫だったのに、今ではちょっと顔をしかめたら、長らく跡が残る。
本格的に深いしわにならないうちに何とかしなくてはと、色々化粧品も試してみたけれどどれもダメ。
かくなる上は、縦じわを寄せないように自分で気をつけるしかなさそう、ということで笑顔なのだ。

「ニコニコと笑ったままで眉間にしわを寄せることは絶対にできないんだよ」と私が言うと、
子供達は「えー、ほんと~?」と早速やってみたりする。
苦労してた。
次男はなぜか口がとがって寄り目になってまるでヒョットコ。
長女ときたら・・・・・・それじゃ般若だよってな顔。
日常でどんな事態でそんな表情をする事があるのか想像もできない。
思いっきり笑わせてもらった。

こんな感じで眉間のしわは今のとこ出来ずにすんでいるけれど、目の下の笑いじわは着実に増えていってるのよね。

大人らしさを子に聞く

カレーを作ろうとしたら、ジャガイモが無い。

「あれ~?たしか買ったはずなのに。」

またレジ袋からこぼれて車の中に置き去りか?
行ってみると、あった。あった。

ジャガイモと、きゅうりと、もろ味噌も。
シート下にゴロゴロ。

「お母さん、忘れすぎだろ。」と笑いながら突っ込みを入れてくる長女。

「だってぇ~、暗くて見えなかったんだもん。」と言うと、
「わー、お母さん子供っぽーい。」
「子供っぽい言い訳ー」と長女と次男が口々に囃し立てる。

「そお? じゃさ、大人っぽい言い訳ってのはどういうの?」
ふと子供達が“子供っぽさ”や“言い訳”というものについてどう考えているのか知りたくなって聞いてみた。

ちょっと頭をひねって、二人とも「そんなのはない」と言う。

大人とは言い訳をしないもの。

この子達の中にはそんな認識が育ってるようだ。

私はそんな事を教えたこともないし、そういう話すらした覚えは無いのに、子供の中には大人と子供の基準ができつつあるのだ思うと頼もしい。

「私はネバーランドの住人だから子供っぽくていいの!」なんてのは、こんな何でもない時だから冗談なのだけど、本気で言ったら洒落にならない。


親が自分より子供に見えた時というのが、私には覚えがある。
だからこそ、自分の子供に私がそう見られるのは絶対に嫌だと思っている。
うかうかしていられない。
子供の成長は嬉しくも恐ろしい。

とりあえず、言い訳には気をつけよう。

忘年会で回顧する

金曜はPTA執行部での忘年会だった。
お酒の席ではあるけれど、話題は最近の学校での動向や、イジメ自殺の連鎖についての報道のあり方等々、教育関係が多く、ほとんどいつも執行部会と変わりはないような感じ。
というか、普段からラフで和気藹々とした集まりだとも言えるのだけれど。

まだ三学期が残っているが、もう次の執行部の構成についても考えはじめている。
当校では、子供一人につき一回は役員をするという決まりがあるので、子供4人の私は4回やらなければならない。
これまで3回やってあと1回。
このままの流れで執行部に残ることになりそうだが、3年間執行部を続けてきた前PTA会長と現副会長が卒業となるので大きく様変わりしそうで不安なところだ。

もともとPTA活動に何の関心もなかった私が執行部に入っているというのも、今思えば不思議なめぐり合わせと言わざるを得ない。
役員はどうしても避けられない事なので、せめて得意分野である広報でクラス役員に立候補したのが長男が5年生の時の4年前。
委員の代表を決める際、私は目立たないように静かに小さくなって隠れていて、アミダくじも他の人に当たり難を逃れた。・・・・はずだったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
副委員長に決まった人が、当時のPTA副会長のお気に召さないか何かで外されてしまって、代わりに白羽の矢が立ったのが、内気で大人しく強気の人に逆らう事なんてとてもできそうもないこの ワ タ シ。
何の脈絡もなくいきなり「ぽあんさん、どう?やってみない?あなたなら絶対にできるって。」と迫ってこられた。
人の顔と名前を覚えない私はハッキリ言って「あんた誰?」状態。
口を利いたことも無い人がどうして私を知っていて、しかも適任かどうかわかるのだろう。
戸惑っていると、先にくじで委員長に決まりかけていた人も「ぽあんさんが副委員長をするなら、私が委員長をしてもいい。」と言い出した。
この人も私にとってはやはり「あんた誰?」だったのだが。(実は息子の親しい友人のお母さんでした。)
そんなこんなで何がなにやらわからないままに広報副委員長に決まってしまい、役員会に出なければならない立場となった。

会議に出れば何か発言しなければならない。やることがあれば動く必要がある。
もちろん広報としてPTA新聞の編集もする。
気がついたら、私が適当に思いつきで話したことを役員の人たちが次々と形にしてくれていたり、PTA新聞が県代表で全国に行き奨励賞を取ったりして、面白いことになってしまっていた。
委員長ともすっかり仲良くなっていて。

翌年この広報委員長が能力を買われてPTA副会長として執行部入り。
私は町内子供会のアミダくじにうっかり当たってその年は育成会会長をやり、そのまた翌年に引っ張られて執行部入り。
そんな感じで何となく過ぎていった。

PTA役員なんて、教育熱心な人がなるもんじゃないの?
育成会会長とかもそうだけど、世話好きの働き者じゃないとできないと思っていたのだけどなあ。
似合わない出来ないと思っていたポジションに、似合ってるか出来てるかは別として、居てしまってる。

運とか縁とかよくわからないけれど、そんなふうに勝手に動くものかもしれないなと思うこのごろ。

あと一年、頑張れるなら頑張ろう。

帰れない夫

夕食を食べていると夫から電話があった。
夫は広告代理店を経営していて、毎週締め切り前は帰りが遅くなる。

「ちょっとイラつく事があったから」と言う原因は仕事上のトラブル。
取引先が締め切り日を間違えていたため期限をとっくに過ぎても入稿が終わらないので「こちらが何度も念押しして確認をしたのに耳に入ってなかったのか?」と切れ気味のご様子。

しばらく聞いていると落ち着いてきて「とりあえず、もうこちらで対処するしかないし、他にも明日締め切り分が数社残ってるから、まあ頑張るよ。」と気持ちが前向きになってきた。

「ということで、これからビール買ってくる。」なんて笑いまで出てくる。
どうせ今夜は帰るのは無理なので、キリキリしないで腰据えて取り組むことにしたようだ。
私も「せっかくの美味しいビビンバだけど、私がお父ちゃんの分まで食べといてあげるから心置きなく頑張ってねー」とベタな冗談で返して電話を切った。

彼は、たまにこうして持って行き場の無い腹立ちなんかを言ってくる事がある。
私の感情の捌け口としてサンドバッグ代わりにされる方が圧倒的に多いのだけど。(笑)
しかしどちらが不満を口にしたとしても、愚痴に終始はしない。
何に対して感情を害しているのかを明らかにさせたら、だから問題にどう対処するかという方向に自然になっていく。

「誰が悪い」「何が嫌だ」をあげ連ねても何もいいことは無い。
「それならどうする」が大切。
感情が煮詰まっていると一人ではなかなかその気分から切り替えるのは難しい。
だから話しができる人が必要なのだ。

「ああ考えたら、こうしたら」なんてアドバイスも要らない。
ただただ、話を聞いて応援する。
それはどんな人間関係にでも、どんな問題にでも適用できる物なのだろう。

私に話す事で夫が少しでも気持ちが軽くなって仕事に励めるのなら嬉しい。

ガンバレ~~。

ビビンバ

朝、長男が「しばらくビビンバを食べてない。最後に食べたのはいつだったろう。」と言い出した。
思い返してみると、半年以上食べていなかった。
「それじゃあ、今夜はビビンバにしようか。」と言うと「やった。」と嬉しそう。
そんなに好きだったなら早く言えばいいのに。

会社帰りにスーパーに寄って、以前使ったビビンバの具三種類セットを探したが、ない。
置いてあった場所は鍋のスープ売り場になっている。
漬物売り場、エスニック食材売り場にもない。
食の韓流ブームはもう終わったのだろうか。
そういえば石焼ビビンバの店の話題も聞かなくなって久しいような。

こうなったら全部作るしかない。
こんな時の携帯PCサイトビュワー頼み。
検索すると作り方がいろいろ出てきたので、まずそれを見て材料をそろえた。
便利な時代だ。

帰って、今度はレシピを見ながら各材料をそれぞれに調理していく。
錦糸玉子、牛そぼろ、ぜんまい、大豆もやし、ほうれん草、大根、にんじん。
ニンニク・ショウガ・ごま油、そしてコチュジャン、砂糖や酢、焼肉のタレなどで味にバリエーションを持たせる。
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子供達にそれぞれトッピングさせてみると、思い思いに個性的な盛り付けをするので面白い。
どうせ混ぜるし、食べたら同じなのだけどやはりこだわる。
こちらは長男作。
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味の方も、前よりずっと美味しく感じられた。

いつもスーパーに行ってから、目に付く食材でメニューを考えているのだが、それだとマンネリになり易い。
こうしてリクエストを受けるのも、レパートリーを広げるのにはいいものだ。
喜んでくれる人がいるから、料理は楽しい。

それにしても最近は「~~の素」といった物をめっきり使わなくなってきている。
味覚は衰えることはあっても復活はしないと言われるのだけれど、本当にそうかな?と思うことがある。
食事がどんどん美味しくなっていってるような気がするんだよね。

それに伴って、体重もどんどん・・・なんだけど。

無視する人

愚痴を言い過ぎて友人に無視されたという知人には、
「何か考え事をしていたかもしれないよ。私もよくボーッとしてるから。
 深刻に考えなくていいんじゃない。」てな感じで返事をした。

それは本当。
私は人を無視したことはないが、「無視された」と言われたことはある。

一度は、大昔付き合っていた人から彼の友人女性に挨拶しなかったと責められた時だ。
彼女は私が全く無視したとひどく気分を害して言ってきたそうだ。
私は人の顔と名前を覚えるのが苦手なので、1・2度会っただけの人と偶然すれ違ったとしてもほぼ気がつかない。
そんなことこっちの事情なので、その人が知らなくてもかまわないが、彼に私がわざと無視するような人間と思われたのにはショックを受けた。
私を知らないということだから。

同じ頃、人通りの多い街中で妹とその彼氏が一緒に歩いているのにもすれ違っていた。
彼氏は軽く会釈をしたらしいのだが、私は素通りしてしまったらしい。
「僕はお姉ちゃんに嫌われているのかな。」と彼は心配したそうだが、
妹は「お姉ちゃんはわざと人を無視したりしないよ。本当に気が付かなかったんだよ。そういう人だから。」と笑ったという。
さすが妹は長い付き合いだけあって私を知っている。
私が街を歩く時は、猛スピードの早足で次の目的地にまっしぐらで、周囲の人の顔などいちいち見てはいない。
なので、友人と歩くと知り合いに会う頻度が高いので驚くのだが。

指摘されたのはこの2回だけだが、こんな感じなので、きっと私に無視されたと感じている人は数多くいることだろう。
幾人の人に「嫌な人」と思われたか、淋しい思いをさせたかは知る術も無い。
私をどう感じるかは、相手の自由だ。
「こう思って欲しい」と思うのがそもそも執着の元だから。
わかる人はわかるし、「誤解」もこちら側からというだけで間違いではない。
見たいように見てくれればいい。

この道行く知り合いに気付かないという欠点にはいい面もある。
私はこれまで誰かに無視されたという経験は一度も無い。

無視される人

知り合いの女性からメールが届いた。

色々悩みを打ち明けていた仲よしの友人がこのところ冷たいと思っていたら、とうとう無視されるようになったそうだ。

見かけたので手を振っても知らぬふり。
話しかけても目を合わさない。
こんな淋しいことはない。と。

彼女は悩みが多く、やや鬱傾向。

やはり鬱病の別の人からも同じような話しを聞いたことがあったなと思い出した。

友人達や姉妹からも「気分が悪いからもう愚痴は聞きたくない」と避けられて、孤独だというような事。

共通するのは、本人は自分が愚痴を言うのが他人に嫌われる原因と知っているようなのだが、改める気はない点だ。
嫌な出来事が降りかかってきて落ち込みがちになる気持ちを、せめて話しを聞いてもらうことでストレス発散としたいらしい。

苦しさは誰かに聞いてもらうことで楽になる。
かつては私もそう思っていた。
「『話す』は『放す』に通じる」なんて、それらしい理屈をつけて。

それはある意味では間違いではないのだが、苦しみから脱するにはあくまで執着を手放すということが大切になる。
他人の視点を取り入れて多角的に物事が見れるようになれば、自分を損なうと思い込んでいた出来事が必ずしもそうではないとわかるのだ。
それが会話の持つ効用。

しかし、気持ちの表現という点では同じでも、愚痴というものは違う。
後ろ向きの思考の堂々巡りをエンドレスで他人に語り続ける人には、ある意図がある。
「可哀想な私を認めろ」という。
その目的が果たせるまでわからせようとしてくるし、一度思い通りに受け止めてもらえたら安心するかといえばそうではない。
今度は執拗に確認したがってくる。
同じ話、同じ行動に対しての、同じ反応を期待して。

違う反応をしようものなら大変なことになる。
「どうしてわかってくれないの?」「前はそんな人じゃなかった」なんて言われて。
すっかり裏切られた気分に浸ってしまう。
それが愚痴を言う人のお馴染みの行動パターン。
解決はしたくないんだもの。
当人がどう言おうと、している事が証明している。

私はもう、悩む人と一緒に同じ穴暗に落ちてマイナス感情で盛り上がるということからは卒業したので、それには引っかからない。
話をされれば聞くが、聞くだけ。無反応。
相手の期待とは違うので、延々と愚痴を聞かされるということはまずない。
人は気持ちよくしてくれる人の所に行くものだ。
それはそれでいいと思っている。

ただ話を聞いて、そして励ます。
それが私にできる最善。

「他人に嫌われてるのでは」と悩む人は、自分が誰かを操ろうとしてないか見てみるといい。

教師に期待するものって?

次男の学校での出来事については、私は息子から事の経緯と腹立ちを聞いただけで、どうこう動く気ははなからなかった。
先生なり相手の親が何か言って来た場合はそれなりの対処をすればいいかと。
誰が何と思おうと勝手。こちらには関係ない。という考え。

だが、夫はそうではなかった。
誤解を受けて「乱暴者」とのレッテルを貼られるのが既に不利益だと言うのだ。
「教師は子供に善悪の基準を示す立場なのだから、偏った判断を下されては困る。
 間違いを正さなければ、今後も同じようなことが続くだろう。
 自分たちだけの事ではなく、先生のためにもおかしいことはおかしいと教えるべきだ」
ということで、先生に直接意見をすると言い出した。

私は教師が生徒を指導するのであって、保護者は教師を指導する立場ではないと思っているので、もちろんそれには反対した。
夫は日頃、子供には教師への尊敬を教えるべきで欠点や不満な部分を聞かせてはいけないと言っているのだから、それはポリシーに反するように思うのだが?

しかし、夫は聞かない。
反対する私に「そうやっていつも我を通す」なんて事を言う。
どっちがだ!!
それなら好きにすればいい。

すぐに先生に電話をかけた。夫が学校へ出向く日時を決めるために。
しかしお留守。
時間をあけて数回、電話をしなおした。

ようやく先生と連絡が取れたのは、夫がお風呂に入っている時だった。
例の件について夫が先生と話しをしたいと言っていると伝えると、
「どういった話なのでしょうか?今うかがいますが。」と聞かれる。
ここで夫に電話を替わるのは、難しい。
つい、内容を話してしまう私。
「私の指導力不足で大変申し訳ありませんでした・・・」と泣き出す先生。
結局、それで話しは終わって夫の出番はなくなった。
先生にとっては良かったと思う。
父親が出るとなるとプレッシャー大きいもの。
それにしても、別に言いたくも無い苦情を悪いな~とは思いながら言うのはしんどい。


次の日、次男はまたまたプリプリ怒って帰ってきた。
「お母さんが余計な事をするから、また呼び出されたじゃないか」と。
先生は改めて当事者双方から平等に事情を聞いて反省を促そうとされたらしい。

しかし息子は先日、一方的に悪者にされた事で腹を立てている。
「俺には一切非は無い!! 絶対に謝らない!!」とやったらしい。

「やめろと口で言ってもしつこくされたら誰でも怒るだろう?
 それに先にやってきたのはあっちだ。
 やられたらやり返すのは当然。今度はやられる前にやってやる!!」
と、言い放ったのだとか。

はははははっ。
さすが我が息子。いいぞー。

さて、先生はどのように指導してくれるのだろうか。楽しみだ。

うちの子は「乱暴者」ではないけれど、立派な「暴れん坊」。
そういうふうに、私が育てた。

闇の女王

虐めロシアンルーレットの標的に絶対にならない人がいる。
首謀者だ。
一人の女の子が指示を出し、取り巻き達に気に食わない人間を虐めさせているという。

直接手を下さないので見えにくく、それ故、教師の指導も難しいという面がある。

それを知る保護者もいるにはいるが、公に口に出来ないので限られている。

ある親が自分の子供に「虐められるといけないから、見ても関わらないように」といって聞かせてたのだが、実はその子がイジメの中心人物だったなんて、冗談きつすぎでしょう。

皆で頭を抱えてしまった。

いじめロシアンルーレット

サンデープロジェクトでイジメ問題についてやっていた。
最近のイジメの傾向として「ロシアンルーレット式」になっているとの発言があり、その通りだと思った。
子供たちの通っている学校のイジメが問題になっているクラスが正にそう。

昨日のイジメられっ子が今日のイジメっ子。
くるくるくるくる立場が変わる。
イジメの輪に加わらなければ自分がターゲット。
大勢で一人をつるし上げ、罵声を浴びせたり無視したり嫌がらせ、時には手を出すことも。
次は誰の番だ?と戦々恐々としている。
イジメられている子を助けるなんて出来るはずもない。
という話しだ。

保護者は危機感を持っていて、何度か緊急保護者会を開いていると聞く。
しかし、そこでは一人の問題提起をきっかけにして、
「実はうちの子もやられました」「うちの子も怖がっています」との声がやっと出ただけで、
解決の糸口を掴むというところには至らない。
個々が密かに悩みを抱えていたのをやっと出せる場ができたというだけ。
そして、担任教師や校長に「どうにかして欲しい」との申し入れをしたらしいが、「イジメはやめよう」と指導してどうにかなるものでもない。
何しろ、イジメられっ子がイジメっ子になるのだから。

親達は、子供が虐められるのは恐れているが、虐める側に回っている事については「そうしないと虐められるのだから仕方ない」との認識をどこか持っている。
自分の子から学校の様子を聞いていても、なかなか個人的に学校に相談に行けなかったのも、もし誰が学校に報告したかが虐めの首謀者にバレたら、さらに酷い虐めのターゲットにされるのではという恐れかららしい。

そんな話が先日のPTA執行部会で出たばかりだった。

それを当然の心理として語られるのが私には理解できないところだ。

虐めの件については武禅で日野先生にも意見をお伺いしてみた。
先生は、イジメられっ子が大声で反撃すればイジメられないとの意見だった。
先生もご自分の息子さんが虐めを受けた体験をお持ちだ。
私は転校していった東京の小学校で集団虐めを受けた際に、親から啖呵を切るよう言われた通り「じゃかあしい!!広島の根性見せたろか!!」と掴みかかって行って、それ以来、手を出されなくなったという経験を持っているので、その意見には同意できる。

なので、弱腰になって当然という流れに対して、
「虐められたからって何が怖い?奴らに何が出来るというの?
 何言われたって平気な顔してればいいじゃない。
 シカトされたからって何が辛い?そんな友達なんかいらないでしょ。」
と、つい、気炎を上げてしまった。

しかし、今はそういう時代ではないのだろう。
「それは実態を知らないから。皆がそんな強い子ばかりじゃないからね。強気に出れる子なら最初から虐められてないよ。」と言われるだけだった。

PTAとしてできる取り組みとしては今、CAPプログラムの導入を考えている。
子供が自分で自分の身を守る術を身につける為のもので、最近では全国の多くの小中学校で導入されている。
問題の特効薬とならないとしても組織で動くとすれば最適な物だと思う。
一人一人の子供達に、嫌なことは「やめろ!」、やりたくないことは「いやだ!」とハッキリ意思表示できるようになって欲しいものだ。

はっきり言ってイジメっ子に「改心」はあまり期待できないと私は思う。
人は困らなければ変わらない。
辛くて苦しくて、さあ、どうするという時に初めて気付くのだから。

これからどう変わっていくのか、いかないのか。。。

期待

期待など、裏切るためにある。

予定調和のどこが面白い?
「お約束」はいらない。

謝罪なき反省

一昨日、次男が「頭にくる」と怒っていた。
放課後職員室に呼ばれて叱られたらしい。
「俺が悪いんじゃないのに」とプリプリ。

事情はこうだった。
掃除時間に受け持ちの場所を掃除していると、他の場所の担当だった友達が終わったのかサボったのか知らないがやってきて、チョッカイを出して邪魔をしてきた。
「やめろ」と再三注意したがやめず、ふざけて回し蹴りの真似までしてきた時に、すっぽ抜けて飛んだ上靴が息子の頬に当たり、カッときた息子は持っていたほうきの柄で相手の肩を小突いた。

「叩いたといってもこれくらいだよ」と息子は実際の力加減を私にやる。
「たったそれだけで泣くんだからね。はぁ?と思うだろ。それで今日学校を休んで、俺のせいだって言うんだから、頭くるよ!」

ちょっとした諍いは子供同士ではよくあること。
それで学校を休むというのはどうかと思うけれど、気にすることはない。
本人は自分が悪いとは思ってないというので、
「おお、それなら絶対に謝るな! お母さんが許す。先生が何と言ったとしても自分が悪くないと思うなら、口先だけで謝って済ますな!!」と言っておいた。
学校での出来事や自分の考えは逐一教えておいてくれるようと念を押して。

昨日の夕方から学校でPTA役員会があり、そこで顔を合わせた息子と同じクラスに娘がいる友人にその話しをしたら、
「それはダメよ。ちゃんと謝らなきゃ」と言われる。
どうも先生がクラスの生徒達に説明した内容とは食い違っているらしいのだった。
先生の説明では、二人が最初から一緒にふざけて遊んでいて、誤って飛んだ上靴が顔に当たった息子が突然怒って叩いてきたという事になっていた。

帰って息子に確認すると、先生は相手の親から朝かかってきた「子供が学校に行きたくないと言っている」との話しを真に受けて、こちらの言い分は聞かないのだと言う。

泣いた方は可哀想で、泣かない方は一方的に悪いのか?
学校を休んだ方は被害者で、その原因を作ったら加害者?

それなら、泣き虫は得だよね。
学校サボりたかったら、誰かを悪者にすればいいじゃないか。
ああ、理不尽!!

・・・と、思いはするけれど、こちらの事実が相手にとっての事実ではないということもある。
こういう経験もある種の教育と言えるだろう。

誤解されようが、他人からどう思われようが関係ない。

「自分が悪いと思わないなら、堂々と胸を張っていればいい」と息子には言っておいた。
もちろん私もそうする。

ただ、もしまた同じような状況になった時に同じ事を繰り返してたら馬鹿だ。
今度絡まれてきた時にはどうするか、カッとした時にどうするのかは、しっかり考えさせておく。
それが本当の反省だ。

私のパート

日野先生には、結構、自分の消化しきれていない思いのたけを暴露した。

話しているうちに、解決済みだと思っていた物まで浮かび上がってくる。
「こんなことがあって、こう考えて、今はこうしてるんですけど・・・いいですよね?」
というような確認をしたかったり、
「私がこんな事をしたのは、以前こんな出来事があって~~~」
という言い訳や正当化であったり。
すでに自覚していたはずの悪い癖のオンパレードだ。

「ここでは普段出ないような癖がついでてしまいます」とこぼしていた参加者に、
「癖が出る?あたりまえだ」と先生が言われていた。
「人間なんて癖のカタマリやで」
その違和感を感じるために他人の存在が必要なのだと。

しかし、先生が誰かに説得しようとされる場面はなかった。
私に対しても。

「こんなことして馬鹿でしょう?」と聞くと「ほんまアホや」と笑われる。
「しゃあないやん。もうここまで来たら、そのまま行け。
 本人がええ思うとるんやったら、それでええやん」

これでいいとは思ってないんだけど。
なんとかしたいと思ってるから来てるのだけど。
変わる方法とか教えてはくれないのかな。
そんな事を考えて見ていたら、
「あかんと思ってるなら、もう変わってるはずだから」と言われた。

人はやりたいことをしているのだ。どんな人でも。
やりたくなければやっていない。
無理やりにさせられるなんて事はない。
「我慢も好きでやっている」とは先生。

「どうやったら変われますか? 私は変われるでしょうか?」
もしそんな質問をしたとしても意味をなさないだろう。
「そんなもん、知るか!」ときっと言われる。

人は人を変えることはできない。
それは普遍的な原則なのだった。


私は変わりたかった。
私ではないもっと素晴らしい人に。
誰かのようになりたかった。
理想の姿に少しでも近づきたかった。
そうなりさえすれば、幸せなように思って。

しかし、その為の努力は辛さを伴い、長続きしない。
また、目標を達成したとしても満たされることは無かった。
なぜ私は何をやっても変われない?
何をしたらいい?
何を見つけたらいい?
何に気付いたら変われるの?

何かが極限に達したからこそ動けて武禅に来られたのだとしたら、
きっとその思いだったのではなかろうか。
「共感を得たい」というのは二の次で。


子供の学校での事などを話ししていた時だった、
話題はイジメ問題から親の姿勢におよび、先生は私にこう言われた。

「しっかり、育ててや」

「はい!」と私は返事をした。

私はこのまま変わらない。
ここで、このまま生きていく。
それでいいんだ。
私がやること、私にしか出来ないことは、ちゃんとここにあったのだった。

日常の生活まるごとが先生と約束したミッションとなった。

武禅でのこと6

各セッションが充実して楽しいのはもちろん、それ以上に面白いのは休憩の雑談。
特に、お風呂の後のビールの時間は最高だ。

先生を囲んで全員がコタツの周りに集まる。
それぞれが自分の持っている問題や疑問を先生に打ち明ける。
先生が直接答えられる時もあれば、他の参加者に意見を聞かれる時もある。
他人の問題を自分の知っている物に置き換えて、身近な事として一緒に考えるという、これも練習だ。
知らないからわからない。関係ないから興味が無い。というのでは、関われる人は限られる。
馴染んだ範囲内だけの安心して付き合える人と、自分にとっての心地よい会話をしているだけでは人の成長は望めない。
人は違いがあるから面白い。
わからないことだから、わかるように考えて、新たな世界を知っていく。

昼にやった事を踏まえての雑談は、どんな話題でも盛り上がる。

私はでしゃばりなので、話の腰を折りがちなのが申し訳なかった。
武禅では「言いたいばかりで聞くができてなかった」との感想を持つ人が多い中で、私は最後まで、落ち着いて人の話が聞けなかったかもしれない。
言って言って言いまくった感がある。
騒音まきちらしの悪い見本。
まあ、こんな反面教師もいてもいいということで。


行が終わって、皆がひとりひとりに正対してお礼の挨拶の時、感極まって涙が止まらなかった。
何を考えているか自分でもわからない状態。
感情はわからない。頭で言葉に置き換えられない。

寂しさもなく、別れの悲しさもなくて、ただ、会えて良かったという感じかな。
後で思えば。

短い間の付き合いだが、もう何年来の知り合いかのよう。
もう会えないなんて気はしない。
そんな人たちと会えたのが嬉しい。
「ありがとう。」
有り難い出会いに感謝しかない。

思い出すとまだ涙が出る。
幸福で。

何が、どうしてなんてどうでもいい。
私が感じているのが全て。 


春にまた、
新しい人たちと、新しい私で、新しい出会いをしたい。

武禅でのこと5

私はよく泣いた。
多分、一番泣いたのではないかと思う。
人前で泣くことはまずないと思っていたのだが、今回は違った。

まず、先生に泣かされた。

身体を知るのセッションで、相手の腕の動きにあわせて運動を先に誘う動きを練習した後、先生が「人がどう動きたいかだ」ということで、一人の人を前に呼んだ。
「動くなよ」と言って、その人の二の腕を両手で軽く抱き寄り添う。
すると、動こうとしなくても自然に歩き出してしまうらしいのだ。
本人が一番驚いている。他の人でもそうなった。
見ていた皆は「ほーっ」と感嘆の声をあげている。
「行きたい方に行かせてやるんや」と先生。
私にはそれがどういう意味かわからない。

「動くな」と言われたのに、なぜ動くのか。動きたいのか。行きたい方向があるのか。
「それは、人の身体をよく知っている先生が、相手に感知されないように重心をずらすから、倒れないために無意識に足を出してしまう作用を利用しているのではないですか?」
思わず質問してしまった。
そうではないということを先生は説明しようとされたが、私には理解できない。
それで私に実験してもらうようにお願いした。

前に出て、先ほどと同じように先生に腕を持たれた。
でこでも動かないつもりなので足を踏ん張る。
先生の動きを感じる。触られている部分は軽くだが、私への働きかけを感じる。
身体の中をぐるーりと探る力のベクトル。押される感じに私は逆らう。急に力を抜かれてもぐらつかないようにも備える。
「ガードしているな」先生はつぶやかれた。
他の人には何が起こっているかはわからない。
あまり時間を取ってもらうのは申し訳ないので適当なところで中断となった。

先生から武道を習っている人が難しい顔をして「先生、『我』ですね」と言われる。
それを受けて先生は困ったような笑顔で私を見て一言。
「不幸、やな・・・」

途端、涙が溢れた。
「やっぱり私は不幸なんだ」と思ったら。
「私は不幸。私だけが不幸。私一人だけが、この中で素直ではない人間。」
それは今のこの状況への悲しさというより、これまで私が抱え続けてきた、普通の人と違っているという孤独感が引っ張り出された感情なのかもしれない。
誰のせいでもないのだけれど。

もう一人他に動かない人もいて、先生が「ここにも不幸な人間がいたぞ」と笑わせて下さる。
運動の時ペアだった人も、「さっきはすごく気持ち良かったよ。できてるんだから、わからないとかないと思う。」と気遣って元気付けようとしてくれる。
皆、優しい。


「不幸」と言われて何故涙が出たのか自分でもわからないのだけれど、もしそれが自己憐憫の涙だとしたら、ここで断ち切ろうと思った。

私は強情な人間。素直にはなれない人間。それは仕方ない。
変わらない所は諦めるけど、変われる所は諦めない。
そんなやり方だってあるんじゃないかと思うから。

不思議なのだが、また一つ楽になったような気がする。

武禅でのこと4

武禅は、頑張ってもできない怒りと悲しみが噴出すと共に、それ以上の喜びと笑いに溢れていた。

それぞれが違う社会的立場を持ち、違う経験をしてきて、違う物を抱えている。
そんな人たちが集まって、同じ目的を持ち同じ事をするこの場は、特殊な空間だ。

「聞こえません」「ちょっと来たよ」「うん。届いた」「あー、弱い」
そんな言葉が活発に飛び交い、演技過剰の滑稽さは大笑いされ、
「気持ち悪い」と言われた人がズッコケ、押しの強い人は怖がられて泣かせる。
何をどうしたらの小手先のハウツーなどない。
ただ、やるのみ。
声と感情とエネルギーがぶつかり合う激しい嵐。

フッと、今だけに集中している自分に気付く。
恐れ、苦手意識、好き嫌いも何も無くて、やることをやるだけの流れに乗っている。
激しさの中にいながら、静かに楽しい。
伝えたいとか、どうしようとか、いつの間にか消えている。
ずっと続け、この時間。そんな気持ち。

真っ直ぐに見つめる目。
正面でセンターを重ね心を重ねる。
見せたい自分はなくなり、見て欲しい相手もなくなり、
ただ、わたしとあなただけになる。
間をつなぐのは声。
「あっ!」と感じる瞬間が訪れた。

目を見つめあい、お互い「んふふふ・・・」と笑顔がこぼれる。

言葉はいらない。

「ね」「ね」
「一緒に、だね」「うん、一緒に」
幸福感に包まれる。

これだ!と確信。

残念ながら、再現しようとしてもできなかった。
しかし、それでいいのだと思う。
あの瞬間は一度限りなのだから。


「共感」とは、するものではない。
してあげるものではない。
されるものではない。

「共」に「感」じるものだった。

武禅でのこと3

三日間で全部で9のセクションがあった。

目を見て相手とセンターを合わせる。
かっちりと合ったときの心地よさ。
そしてその上で「声を届ける」。

「こんにちは」
言っても言っても伝わらない。
聞こえないと言われる。
目の前にはいないと言われる。
声は届かないと言われる。
こちらを見てくれてないと言われる。
ひとりごとだと言われる。
気持ち悪いと言われる。
演技してると言われる。
弱いと言われる。
もっと全身で来てと言われる。
届かない。
届かない。
届かない。
こんなに大きな声を出しているのに。
こんなに全身で表現しているのに。
届かない。
誰に?
誰を見ている?
その声は誰に向かってる?
私は何をしている?
誰に?
さあ、よく見て。
よく感じて。
「声を届ける」とは、どういうこと?

汗にまみれて、高揚して涙が頬を伝う。
なぜ私の声は相手に届かない?
悔しくて、悲しくて、寂しくて、情けない。

立場を交代して受け手になってみればよくわかるのだ。
確かに音は聞こえても声は届いてこないとは。
それは表情でも、声量でも、トーンでもない。
「全身で!!私に、この、ここにいるこの私に届けて!!もっと、もっと!!」
そうとしか言いようがないもどかしさ。


私はこれまで何をしてきたのだろう。
いったい、どんなコミュニケーションをしてきたのか。
真剣に誰かに何かを伝えようとしたことなど一度たりともなかったのだと思い知る。
そして誰の声も本当には聞いてなどいなかった。

ひとりよがりの自分だけの世界に住み、「こう受け取られるであろう」との思い込みだけで他人と関わってきていた。
相手が見えていない、わからないということは、自分がわからないということとイコールだ。

1対1で声を届け、1対複数で声を届け、全員で声を届けあい、歌を届けた。
そしてまた、身体を使った相手の動きを読んで流れを汲む動作の練習もした。
頭で感知出来ないほどの微細な刺激を身体はちゃんと感じているとの実際も体験する。
すべてが人間というものを知るためのものだ。

皆、違う。
自分と違う。
誰とも違う。
身体の反応も違う。
ある人には通じたことが、別の人たちには通じない。

「できた。わかった」と思い、次の瞬間には「できない。わからなくなった」と思う。
「こうじゃなかろうか」で試して、上手くいった、失敗した。
何度も何度も繰り返す。
変えてみたり、変わらなかったりでチャレンジしては、全てに応用の利く普遍性を探すが見つからない。
「こうだ!」と見つけたつもりでも、同じ感覚は二度と掴めない。
同じ時は二度となく、同じ相手とでも同じ関係は二度とないのだから。
一回一回がまるで違う生き物。
今の相手を感じるしかないのに、頭は忙しく過ぎた成功を模倣し失敗を踏襲すまいとあらかじめの狙いを定め、生きた感覚を失わせる。
自分自身が頼りになる最高の味方であると共に、邪魔をする最悪の敵。

結局、それだけが私が掴んだ普遍的な事実だったと言えるだろう。
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