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シナリオ通りにはいかないけれど

27日夕方から学校へ行った。

用意したものは、娘に書かせたサッカー事件以降の出来事に他の子どもからの情報も加えて整理した記録とそれについての気付き。
そして、一つ一つの事件について学校側がどこまで把握しているのか、それぞれにどう対処しているのかを直接聞き出すために、いくつか角度を変えた質問事項を書き出したプリント。

学校からの正式な回答を求めた質問&要望書は一応用意はしたものの、今回これはまだ使わないことにした。
学校側を追い詰めるのが目的なのではなく、あくまでどう改善していくかの策を共に考える立場であるということを示したいから。

話し合いに参加した人は、保護者側は私を含めて7人、学校側は担任2人と、後から生活指導の教諭1人の計10人。
管理職は、校長も教頭も校内にいながら、忙しさを理由に顔を見せない。
こういう所が真面目に取り合ってくれていないという印象を与えるというのに。何かそういう決まりがあるのかもしれないが。

まず最初に、全員に日付と実名入りのこれまでの出来事に目を通してもらった。
毎日のように何かが起きている。
ガラスが割られる。電気が割られる。傘が壊される。ドアが壊される。鉛筆削りが壊される。筆箱が壊される。靴が隠される。上履きが捨てられる。本が外に投げられる。ボールをぶつけられる。殴られる。授業妨害をされる。罵声を浴びせられる。
いくら担任に言っても厳しく怒ってはくれない。何度も繰り返される。
それらの一つ一つを、しかし、担任は全て知っていた。
「それなら!」と保護者は思う。それならどうして何もしてくれないのか?と。
教師も困り果てている。
言って聞かせても改善しない。強く出れば反発する。保護者に連絡しても効果なし。
加害者の親にあまり頻繁に電話をしても、気分を害して「精神的にいっぱいいっぱいだから、もうこれ以上情報はいらない!」と拒まれるようになるし、そもそも、家で見せる顔、これまで知っている子どもの様子からかけ離れている姿が信じられないよう。
実際に被害を受け怪我をした女の子のお母さんが直接家に行って話をした時にも、「暴れるのを止めようとしたり、狙われた子を助けたりする子が次のターゲットにされる」と言うと、「架空の話はしないで!」と逆切れされたという。
モンスターの親はやはりモンスターなので埒が明かないってこと。
学校側はもちろんそんなことははっきり言えないので、言葉の歯切れは悪いし核心には近づけない。

「体罰は何があってもやってはいけないことですが、今日は暴力を振るう子どもを止めるために、ついに腕を掴んでしまいました」
担任は言う。
「手をひねったらこれは絶対に許されませんが、本当は掴むのもいけないことなんです。だけど、もう、そうでもしないと止められなかった。身を挺しても子どもを守るとお約束したのだから、必要ならそれ以上のこともしなくてはいけないかもしれません。だけど、それをするのなら私も覚悟を決めないと」
“覚悟”の意味は重い。
「是非覚悟してください。どしどし力での押さえつけやっちゃってください」と言うのは容易い。が、それを担任に求められるのか?求めていいのか?お仕事で子どもの世話をしているだけの人に。
グッと次の言葉に詰まる。
横から女性の教師が言う。
「厳しく怒ると、『教育委員会に言ってやるぞ!』と私たちを脅そうとする子どももいます。もちろん『どうぞ。やってみれば』と返すんですけど、子どもももう権威主義に染まっているんです。女の私に対する態度と、男性教諭に対する態度は明らかに違いますし、PTA役員の方が時々立ち寄って授業を覗かれたりする時には大人しいです。地域の行事の手伝いも率先してやるということですし、はきはきと挨拶もする誰が見ても明るい“良い子”。だけど、学校ではそうではない。我々教師の指導力不足と言われればその通りなんですけど・・・」
とても6年生とは思えない幼稚さと、大人顔負けの狡猾さに背筋がゾッと寒くなる。
「たとえ私が行き過ぎた指導でやめさせられるとしても、それで事態が好転するならやります。だけど、そうは思えません。次に誰が来ても同じく問題は起こるでしょう」と担任。
「子どもを守るために先生が辞めさせられるなんてことはさせません!先生は私たちが守ります!!」
思わず声に力がこもってしまう私。「させません!」って言ったって、私に何の力もないのだけど。
・・・・・・・・
話し合いは二時間以上にも及んだ。
荒れる子への接し方や保護者への働きかけ方など、いくら話し合っても結論は出ない。
保護者全員に記録メモの内容を配布し詳しい事実の情報を共有するか、一部の人だけでおさめて事を大きくしない方がいいか、たったそれだけの事でさえ意見の一致はみない。それぞれにそれぞれの立場があり考えがある。

しかし、いよいよ手詰まりかと思えた頃になって、ふいに着地点が見えてくるのだから面白い。

「警察や地域にも協力をお願いするという話だったが、いまだ警察には学校側から相談もない様子。教員でお手上げなら、少年の指導のエキスパートに力を借りたらどうなのか」との問いかけに、「それは、やってます」と返ってきた。
学校では事態を逐次教育委員会に報告し、指導を仰いでいるのだそうだ。
1人人員をよこしてもらうことも要請中だが、いつになるかはまだ不明とのこと。
「問題行動をおこす子のための人間が特別に必要だという事に、我々もようやく気が付いた所なんです」と言う生活指導主任。
具体的な対策を示して欲しいと何度も尋ねているのに、なぜ早くそれを言ってくれないの。
そういうことなら話は違う。
「派手な結果は何も出せてませんが、地道にやることはやってるんですよ」と言われたが、派手なことなど求めてはいない。
その「やってること」を知りたかったのだ。
長い長い時間をかけて、ようやくそこにたどり着けた。なんと会話とは難しいものか。

それならということで、先生方を通じて教育委員会に保護者の意見を届けてもらう事にした。
保護者が欲しいのは、「いつまでに、何をしてくれるのか」という見通し。
これができるだけ早く欲しい。
生活指導のための人員も是非にと要望したい。それも出来るだけコワモテの教師を。(笑)
逆に学校側から我々保護者に望む事はとの質問には、「できるだけ多くの方に頻繁に学校に訪れてもらいたい」とのことだった。
どこかの保護者が授業を見てくれているということで子ども達も安心するし、荒れた子も無茶ができない。
いつでも、どれだけ短い時間でも大歓迎と言っていただいて、皆の表情も明るくなる。
教育委員会からの返答は、お知らせプリントでも個人的な連絡でもかまわないからもらうということを約束していただき、今回の話し合いを終えた。

何がどう変わるのかまだわからないけれど、とりあえず、一筋の光明が見えてきたかなといったところ。
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狼になりたい

羊の群れには居られない

狼の群れにも入れない

凶暴で ひ弱な

牙の生えたキチガイ羊

草を食んでも満足しないが

狩りなど到底できもしない

役に立たないズタボロ毛皮

薄気味悪くて誰も食わない


荒野に昇る赤い月

はるか彼方から聞こえるあれは

自ら群れを離れて暮らす一匹狼の遠吠えの声

   ここに いる

   生きている

堂々とした命の叫び

   おおい

   おおい

   ここにいるよ

返す声はか細くて

誰にもどこにも届きはしない


羊でいられず

狼にもなれず

群れに交われず

一人でも生きられず

荒野のはずれ

何にも似てない奇妙な獣は

声を殺して泣きながら眠る

夢も見ずに

闇を手探り

現在、深夜3時を回ったところ。

私は明日も仕事だというのに、キーボードの前で一人考え込んでいる。

荒れる小学校の問題はまだまだ継続中。

大人数の話し合いでのまとまりのなさにはほとほとうんざりしたので、
ここからは少人数で詰める。
いまだに、「誰が面白がって騒いで問題を大きくしてるの?」とトンチンカンな保護者もいるし、「うちの子はやってないと言っているのに悪者にされた」と逆切れのふてえ奴もいるって状態なんだから、嫌になる。
学校は全く何にも動いてないのだ。

昨日は公民館の部屋をとり、少数の保護者とで現在の状況について話し合った。
そして今日の夕方5時からは小学校に乗り込むことになっている。
5月16日以降の出来事を詳細に書き綴ったものと、質問状&要望書を持って。
質問状&要望書には、記名の文書回答を要求するのだが、
その内容がどうもイマイチ締まらない。
こういう時は、自分の常識のなさ、頭の悪さが呪わしい。

なぜ私が渦の中心にいるんだろう。

あーもう、娘が特に被害を受けているわけでもないのになー。
でも、痛めつけられている子たちが親に心配をかけたくないからと言わない中で、娘は毎日毎日一所懸命に出来事を話してくれるから、私がやんなきゃなんないんだよなー。

同じ参観日の同じ光景を見た保護者の誰一人として問題を感じなかった中で、私だけが「おかしいじゃないか!」と感じたせいで、ここまで事態が深刻だったって発覚しちまったんだからなー。

しゃあないなー。しゃあないよ。

実は頭の中ゴチャゴチャで何をどうしていいかわからないし、怖くて怖くてたまらないんだけど、精一杯自信のあるふり。
馬鹿でも堂々と貫いちゃえば何か結果は出るでしょう。

他の保護者や教師が私をどう思おうとかまやしない。
娘にとってだけは、カッコいいお母さんでいたいという、その一念。

ガンバルゾ~。

ということで、もうすぐ夜明けだけれど、おやすみなさい。(σ_-) ネムネム・・・

朝ぼらけ

ドアが閉まる音で目が覚めた。
長男は今週からバイトに毎朝5時から入っている。
目覚ましをかけ自分で起きて自転車で行く。
7時45分に終え、期限切れたばかりのパンと弁当をもらってそのまま学校に行き授業を受けクラブを目いっぱいして、帰宅するのは夜7時頃。
ハードなスケジュールだが、夕食は一緒に食べれるというのがいい。
「毎日、注意をされない日はないけえね」と頭をかくが、落ち込みもくさりもせずに土日も仕事を入れるという頑張りよう。
店長と話をするのが楽しいらしい。
一応入ってくるお金は進学の学費ということになっているが、本人が働いて得たお金だから、通帳とカードを持たせ自由に任せている。
以前いたバイトに、三年間で100万円貯めて、もう100万円どこかから借金して世界一周旅行に行った女の子がいたという。
夫は息子にそういう目標を持てと言う。若い頃に思い切った事をして広い世界を見ておくのは一生の宝になるからと。
なにも旅に限らないだろうが、やりたい事をやろうとする時、「金がないからできない。金さえあればできるのに」なんて言い訳を自分に許すほどつまらない生き方はないと私も思っている。
こういう言い方をする人は、大抵、その他の事に対しても同じような逃げを打つ。
「自分には意思がなく、物事を為す力もなく、運に頼って無定見な生き方をしてます」と宣言しながら自覚なく、他人を羨むばかりの人は多い。
息子が稼いだ金を何に使うかは知らないが、自分で「やる!」と決めたバイトもクラブ活動も今のところ続いているから、貫き通して欲しいものだ。

しっかし・・・、夫は子ども達が旅に出るのは全面的に応援するのに、私にはそうじゃないのは何でだろ?
「夫が理解ある人なら・・・」なんて事は、もちろん言わないけれど。

どうしたらの前に

これからの社会では「コミュニケーション能力」が最も重要だとされ、それを育てるために学校や会社でもさまざまなカリキュラムが組まれている。
「話す」「聞く」という基本的な所から、相手の表情や声の抑揚から心理を読み取るといった技巧まで。
私はそれが不要とは思わないが、勉強のように教えられるものだろうか?という疑問は持っている。
「これを伝えなさい」と与えられた課題をこなすのと、「これを伝えたい!」との自発的な思いに突き動かされるのとでは全く違う。
用意された場所での上手下手、正解不正解が、実戦でどれほど使えるものだろう。
そんなことは、寺小屋で読み書きそろばんしか教えられていなかった昔の方が、人間関係がよほど密だったという事実を見ればわかることではないのだろうか。
車も電化製品もなく通信手段も限られた不便だらけの暮らしの中では、生きていくために社会性を身につけていることが絶対不可欠だっただろうから。

現在急増しているうつ病患者の治療で一番効果的なものは、「ゆっくりと話を聞いてあげること」だと言われている。
悩みや寂しさを抱える人の話を聞いて心を癒す「傾聴」も仕事として成り立っているらしい。
不思議な時代だと思う。
聞いてくれる人がいるからようやく話をできるとは。
しかも人間性を何も知らず関心もない相手に、一方的に「自分をわかってもらう為、癒してもらう為」だけの会話。
否定されない、絶対安全が約束された中でだけ成り立つ関係。
現実の中の仮想空間。そんな虚しい感覚を覚えるのは私だけだろうか。

人間なんて皆、不完全、不安定なもの。
偏っているし、間違いもする。体調や気分で言うことなどコロコロ変わる。
そんな自分や他人とどう付き合うかの下駄を自分以外のものに預けたら誰の人生だかわからなくなる。

「こうしたい!」と「こうしたら上手くいく」。
見かけが似ていることも多いので、私もよく取り違える。行き詰るときはたいていそうだ。
自分の行動の動機がどちらに基づいているか知ることは本当は難しくないはずなのだが、損得勘定の腐れ頭は、とことん困るまで邪魔するようにできてるらしい。

家族間会話はいつでも無料

中学生にもなると男の子は家庭ではあまり喋らなくなると聞く。
そういうものかと私も思っていた。
しかし、いまだその傾向は見られず。
長男は以前よりさらにパワーアップして、のべつまくなし喋りまくってて、皆に「うるさい!ちょっとは黙っとけ!」と言われるぐらいだし、次男といえば、一緒にニュースを見ては引っかかりのある部分に「ちょっとおかしいんじゃない?それはこうだろ!」と親に吹っかけてくるほどの議論好き。
思春期特有の寡黙な時期はこれからか?それとも、知らずに通り過ぎた?

我が家は子どもの数が多いので、自己主張をしないと誰にも話を聞いてもらえないということはある。
言いたい事がある子は、大きな声でオーバーアクションで表現し、関心を自分に向けさせなくてはならない。
そのせいか、食事時などはまるで戦争。
一般には、食事(団欒)時にテレビが点いていると家族のコミュニケーションの妨げになるとよく言われるが、我が家ではテレビがあろうがなかろうがまるで関係ない。
テレビの音声より大きな声で話せばいいだけと考えるのがうちの子達。
そうして一人が喋ると、それに負けまいとより大きな声で誰かが割り込んでくる。すると更に大きな声で被さってくる人がいて、4人が4人とも好き勝手にピーチクパーチク。
私は聖徳太子か。いやいや、到底聞き分けなどはできないのだが。
子どもはとかくこんなふうに「見て見て!」「聞いて聞いて!」「わかってわかって!」と自己中心なもの。
そのくせ、ふっと「前に○○がこう言ってたよね」と出てきたりもするから、聞いてないようで意外と聞いていたりもする。
こんなふうにお喋り好きな子ども達だが、例えばこれが一人っ子、あるいは2人兄弟ぐらいだったら、こうではなかったかもしれない。
話そうとしなくても聞いてもらえる、言動の裏を読んでもらえる、探ってもらえる、考えてもらえる環境だったら、「これが伝えたい!」という気持ちをさほど強く持つ必要はないだろうから。
障害・困難・不便が思いを強くする元なのだろうなと、こんな所でも思う。

「俺の話を聞け!」状態から、相手との相互の会話・交流まで進化途上の子ども達。
私もまだまだぜんぜん不得手ではあるけれど、頑張らなくっちゃ。
背中を見られているからね。

換気扇掃除

掃除で一番嫌いなのが換気扇。
我が家のレンジフードは最初は手入れが簡単で恰好がいいブース型が付いていたのだが、昔、私が天ぷら油でちょっとしたボヤをやらかしてしまったせいで、焼け残った換気扇に深いフードを取り付けただけの簡素な物になってしまった。
夫が焼け焦げた電気コードを継ぎ足してフードに電灯スイッチを付けたので、見栄えは非常に悪い。
そしてもっと悪い事に、どの規格のカバーも合わない上に、掃除が非常にしにくいのだ。
いつも外側だけを拭いていて、中はたまに手の届く範囲をササッとで済ましていたが、上の方は相当汚れているだろうからなんとかしなくてはとは思っていた。
しかし、深くて暗い場所に頭をズッポリ突っ込まなくてはできない。
そのうちそのうちでズルズルと引き伸ばしてきたものの、どうも気持ち悪くて仕方がなくなってきた。
なんと言ってもその下で調理をするわけだから。
ということで今日は意を決して徹底クリーン作戦!
まずはコンロの上に新聞紙を広げて、強力油汚れ用洗剤をスプレー。
私は合成洗剤を使うと手にアレルギーが出てしまうので、通常の掃除洗濯炊事は石鹸派なのだが、この際そんな事は言ってられない。
香りのきつい洗剤をブシュブシュと吹き付けると、白い泡がみるみる茶色く染まって垂れてくる。
はぎれで拭き取りまた吹き付けてを繰り返すが、いくら拭いても色が染み出す。
一体どれだけ汚れていたのか。
頭にも見上げた顔にも容赦なく茶色の液体がぼたぼたと降りかかり、ヒー。(泣)
おまけに、いきなりビリビリ感電するし。なに?漏電?掃除するのに命がけ?
こんなに換気扇が汚れたままでは恥ずかしくて死んでも死に切れないから、絶対に幽霊になっちまうじゃないか。
配電盤のブレーカーを落として、汚れついでに破れかぶれ。
半日かけて洗剤2本使い切って、きれいになった。
ものすごく汚くてわけのわからない物が付いていそうで見るのも怖いぐらいだったけれど、実際取り掛かってみれば、さほどのこともない。
これも一種の取り越し苦労か。
「やらなきゃ」「でも、でも・・・」と悩んできたのがアホらしい。
こんなことばっか。
何をやるにも恐れが先に立つのが私の癖。
だけど、「やらなきゃよかった」より「やって良かった」の方が断然多いのも、いつもなんだよね。

過激な議事録

自治会の臨時総会も終わり、いよいよ例年通りの活動が始まる。
今度の土曜は、ブロック長・班長以上参加の運営委員会。
それまでに、レジュメと総会の議事録をまとめておくのが書記の仕事。
レジュメはまあいいとして、議事録はどこまで書いていいのか考える。
なにしろ、予算取りで下部組織(消防隊・育成会・老人会)の助成金申請についても結構ガンガン質問をしたから。
夫がその役だったのだが、詳しい事を知らない彼は突っ込みが甘いので我慢できずに私も前の席から口を出してしまったし。
しかし、おかしな返答が返ってきてもそれを「違うだろ」と感じる人はやはり、運営に関わってきて事情を知っているごく少数にしかすぎない。
自分たちが出して、自分たち全員に等しく権利があるお金の使い道についてなのに、無関心。
喧々囂々の議論が白熱したのは、二年前の会費値上げの時だったが、それさえも文句ばかり出るだけで内情を知ろうとしたり、改革をしてやろうと飛び込む人は皆無だった。
逆に何人かが抜けていった。
団地に住み、自治会で設置している街灯やゴミ箱、消火器、道路の補修などの恩恵を受けながら、会費は出さなくてもいいし、面倒な役員は回ってこない非会員。
しかしそれは、泥棒だろう。もしくは「おもらいさん」?
そんな隣人に対して直接意見を言わずに、「何とかしろ」と自治会に怒りの矛先を向ける人も少なくない。
自分の社会を作っている責任はいったい誰にある?
そういうことを問いかける一年にする第一歩。
それが今回の臨時総会だった。

正直に書いてしまっていいのかなと、発言一つ一つの含む意味の過激さを知っているが故に躊躇する私だったが、とりあえず正直にあったまんまを文章化。
マズければ会長のチェックが入るだろうと持ってってみたら、あっさりとOKが出てしまった。
まあ、ほとんどの一般会員は読んでも意味がわからないだろうからいいのだろうけど。
しかし、次の予算の組み立ての時には、この質疑応答が物を言うようになっている。
嵐の予感。
ワクワクする。

「あいつよりまだマシ」のココロ

「自分が不幸でどうしようもないと思ったとしても、
 周囲を見回せばもっと不幸な人はいっぱいいるわけですよ。
 仕事がなくて借金抱えてる人とか、住む所もないとか、病気だとか。
 そういう人を見て、『ああ、まだ自分はあれよりマシだな』というふうに
 心を慰めればいいんです。
 みんな、そうやって生きてるンですよ。」

とテレビで堂々公言している有名人がいた。
周りの知識人と呼ばれる人たちも「ウンウン」と調子を合わせる。

本当にそんな考え方をする人は多いのだろうか。一般的なのだろうか。

私はそれは違うと思うが。

むしろ、差別や虐めの元がそこなんじゃないの?

不幸の理由

「ホームレス中学生」と真逆の対照的な位置にいるのが、今度の秋葉原無差別殺人事件の犯人。
この男が事件前に書き込んだネット掲示板の内容には、怒りが湧くばかり。
「自分がこうなったのは親のせい。会社のせい。社会のせい。彼女がいないせい。顔のせい。」と延々と責任転嫁。
理由にもならない理由だ。

しかし、自分が不幸な時に他人を呪ってしまうという気持ちはわからないでもない。
男の書き込みに「これはかつての私だ」と感じるような所もいくつかある。私も相当ひねくれていたから。
私は昔、この犯人のように世のすべての人間を恨んでいた時期がある。
「普通の家庭に生まれさえいれば」「金に困ってさえなければ」「美人でさえあれば」「性格さえ明るければ」「何か才能さえあれば」幸せになれただろうに、なぜ私はそうじゃないのかと。
「幸せな人が許せない」「不幸になればいい」「皆、苦しんで死ねばいい」なんて相当の危険思想を持ちながら、そのくせ「男でも女でも誰でもいいから一人でも私を好きになってくれる人がいれば救われるのに」とも願うという屈折した心理状態までよく似ている。
脱出口が見つからず、その頃は猛烈な破壊衝動と破滅願望に突き動かされて、やることなすことめちゃくちゃだった。
しかしそれでも人は殺せない。
それとこれとはまったくの別問題だからだ。

どんな事情も、人が人を傷つけていい理由にはなりえない。
その意味において、殺人者の心理などいくら探ろうとも無駄だと言い切れる。
精神異常か異常でないかと問うのなら、殺人者は皆等しく異常だろう。
正常な人間が人を殺せるわけがない。ましてや危害を加えられたわけでもない無関係な人なら尚更。
しかしこの犯人のような場合、「殺したい」から「殺した」という脳の命令系統は正しく機能しており、それは障害でも疾患でもないのは明らかだ。
殺そうとも思ってもないのに殺してしまったとしたらもちろんそれを断罪するのは酷だろうが、殺したくて殺した人に同情の余地などあろうはずもない。

マスコミが犯人の異常さの証拠として、殺人に至るまでの心の軌跡を追いたいという狙いもわかるが、結局のところ何に原因があるかにたどり着けはしないのは、これまでの多くの事件が示している。
どんな過去を背負ったどんな性格の人間であろうと、裁かれるのは起こした事件の重さだけであるべき。
犯罪に理由づけを許してはいけない。
すべてその本人の責任。

何があるからないから、誰がどうしたこうしたで人の幸・不幸は決まらない。

何もなくても幸せはある

私は本が好きだが、リアルタイムでベストセラーを読むことは少なく、たいていは話題になる前か忘れられた頃に手にする。
しかし少し前に、どうしても今読みたいと思って書店に買いに行った本がある。

麒麟・田村裕の「ホームレス中学生」。

お笑いのネタで何度かは聞いたことがあったし、本人書下ろしの実話が感動的だという話もテレビや新聞で目にしてはいたが、最初はさほどどうとも思わなかった。
その気持ちが変わったのは、丁度行方不明だった父親と15年ぶりの再会を果たした田村が喜んでいるシーンを目にした時だ。照れたような笑顔で「できれば一緒に暮らしたい」と言っていた。
無責任にも子どもを捨てて蒸発した父親をどうして憎まないのか。どうして許せるのか。どうして喜べるのか。どうして慕えるのか。
何の理由付けをすることもなく、自然にサラッと。
それが私にはわからない。
だから興味を持った。
そして読んだこの本は、本当に良い本だった。

ひもじさのあまり盗みを働こうかとする誘惑に打ち勝ったのは、幼くして亡くなった母親の悲しむ事はしたくないという思いがあったから。
一人ぼっち、公園の遊具の中で雨露をしのぎながら、雑草やダンボールまで口にする生活の中でも、誰をうらむこともなく、自らの運命を嘆くこともない。
それどころか他人を気遣い、親切にしてくれるにはいつも感謝の気持ちを向ける。
それもやはり、理由付けなく自然にサラッと。
こんな話は作ろうとしても作れるものではない。

「どうして父親を恨まないのか」とは誰しもが持つだろう疑問。
それに答えて、田村は言う。
「さあ?アホだからじゃないですか」
アホというよりも、私にはむしろほとんど悟りの境地のような気がする。
彼は貧しくても金持ちでも、仕事がウケてもコケても、この先何が起こっても淡々と“幸せ”でいるだろうから。

ここ最近は精神性を高めようとする物が大流行で、書店にはスピリチュアル物から禅や仏教をベースにした本、成功法則、心の持ち方などのジャンルの本が書店の多くの場所を占めている。
そしていろんな場所で「生き方」「トラウマ外し」「観念の手放し方」「浄化」「霊的成長」のためのセミナーやワークショップ、カウンセリングが行われており、それに絡んだHPやブログもわんさか。
無駄な妄想を頭から追い出すにはどうしたらいいのか。
傷ついた心を癒すにはどんな方法があるのか。
怒り悲しみ恨み憎しみ妬み嫉みを消すにはどうすれば。
どうやって人を許す。
お金の不安、健康の不安、愛を失う不安から逃れられるには。
宇宙と繋がり、天使の助力を得て、全人類の次元上昇のための使命に目覚め、ラッキーなシンクロを引き寄せる能力を開花させていこうとするあらゆるHOW-TOがあふれている。
けれどそんな理屈や努力などより、もっとシンプルで最も大切なものが「ホームレス中学生」には詰まっている。
過去を悔やまず、先を憂えず、何も他人のせいにすることなく、与えられた環境の中で必死に生きて、その中で面白い事を喜ぶ素直さは、それだけで人の胸を打つのだから。

心をスッキリ爽やかにさせる清涼剤として大切にしたい一冊だ。

週末は臨時総会

一旦空中分解した自治会の
今年度方針と予算を決める臨時総会が週末に迫っている。
私が手がけた議案集の印刷が上がってきたので、今日は役員が集まって
配布の段取りとちょっとした打ち合わせをした。
いつもの総会と違うのは、予算についてすでに確定しているものでなく、
一つ一つを会員の疑問や要望に答えながら、
承認を取りつつ進行していく事にしている点。
そこで、あらかじめ押さえておきたいポイントに対しての質問を投げかけて、
それに役員が的確に答えるという形で進行すれば、
毎年必ず出てくる、わけのわからない感情的な難癖を阻止できるし、
尚且つ、声なき声というか、影にくすぶっていて
いつ火種になるかわからない不満の解消に繋がるのではないかというのが、
うちの夫の考え。
ということで、自治会活動から少し距離を置いていた彼も今日の会議に参加。
つい最近まで「わずらわしい」「俺には関係ない」と拒絶していたものが、
ここに来て急激に軟化してきたのはなぜだろう。
何がどうだから険悪になって、何をどうしたから氷解したのか。
まったくわからないけれど、やはり心強い。
去年から今年度初めまで騒がせたゴタゴタの中心人物たちも
すっかりとなりをひそめてしまったことだし、今年は楽しくなりそうだなぁ。

貝になりたい気分

馬鹿だ。
私って本当に馬鹿だ。
根っからの馬鹿。
救いようもない。

くだらないことをして、人に迷惑かけまくり。
苦しくて苦しくて昼も夜もない状態。
だけど全部自分のせい。
頭の芯が痺れて吐き気がするほどの自己嫌悪。
普通に息をするのも難しい。なめくじみたいにのたくるばかり。

人って変わらないというし、
馬鹿は死ぬまでというか、死んでも直らないみたいだし、
やっぱりダメみたいだな。
望みはないと思い知った所でおしまいにしようか。
何もせずに誰にも関わらず眠ったままで流されていた方がまだ害がないもの。



だけど、だけど、、、

それではいやだと何かが叫ぶ。

変われないからって、諦めるのか!
こんな自分が嫌なんだろ!
やりたいことがあるんだろ!

じゃあ、どうする?!

ああ、まったくしょうがないな。
この馬鹿は。

何から逃げても自分である事からは逃げられないのは、
よーく知っているのにね。

枠と自由

かつて私は、枠とは、自分で自分に課す制限と捉えていた。

「この程度でいいよ」
「所詮こんなもんでしょ」
「これ以上は無理」となってしまうのは、全部この“枠”。
最初から諦めているのはつまらない。
砕けてもいいから当たってみたい。
せっかく生まれてきたからには、より奔放にやりたいことをやりたいもの。
恐々ながらもひっしもっしで壊し、乗り越え、取っ払いなんてことをやってきて、
まだまだ小さな世界ではあるけれど、
昔に比べれば随分と身動きとれる範囲も広がってきた。

だけど、それでは自由気ままになれたかといえば、決してそうでもない。
動けば動くほど、人に期待される役割が増えていき、
いつの間にか、それに自分を合わせなくてはならなくなってる。
他人が見る私とはこんな人。
こんなことが出来る人。
あんなことはしない人。
いかに私の思う私の実情とはかけ離れていようとも、それが外から見えている私。
「私なりに」どうであろうと、他人には関係ない。
望まれる役を、精一杯背伸びしてでもこなしていくしかない。

窮屈な小さな枠の外に、とても追いつかない大きな枠が待っていようとは。

全部放り出して裏切って逃げちゃおうか。
時にはそんな気にもなる。
だけど結局できはしない。
こんな私はいったい自由?不自由?

もはや、どちらでもいいのだけれど、
願わくば、もうちょっとはましに動けて使える人間にはなりたいな。。。

初バイト

長男の初バイトは、コンビニで夕方4時半から10時まで。
迎えに行くと、店員の制服を着てレジに立っていた。
「大丈夫かな。ちゃんと出来てるのかな」
行く前も心配だったけど、実際見てもやっぱり心配。
窓の外で合図すると、息子はうざったげに「向こう行って」と目で言う。

結局、終わったのは10時半。
賞味期限が切れる弁当何個かと、お古のスニーカーをもらっていた。
配達から、品出し、レジ打ちまでいろんなことをやらせてもらったらしい。
店長は顔は怖いがいい人で、いろいろ話をしたという。
「おれ、『いらっしゃいませ』や『ありがとうございました』の声はいいと言われたよ。
 ただ、値段を読み上げるのをもっとはっきり言わなくちゃいけない」
と、どこか自慢げ。
店長は、やる気にさせるのが上手いようだ。

やったことがないことをやるのは面白いもの。
要はそれが続くかどうか。レベルアップしていくかどうか。
頑張って欲しいと思う。


長男は初バイト。
次男は保護者なしでの初遠出。
家庭内の雰囲気が少し変化した週末だった。

暗転の日曜

中2の次男は昨夜遅くまで眠れずに、
朝は5時と6時と7時に眼が覚めたという。
田舎暮らしの子どもなもので、
たまに友人と街へ出るということが嬉しくて仕方がない。
まさに遠足の前夜状態。
8時半には身支度を整えて、「あー、ワクワクする」と何度も言いながら
元気よく家を出て行った。

私も山の洗濯物をやっつけた後、残った子らを連れて夏服の買い物。
「今頃次男は友達と市内の祭りも覗いたりして楽しんでるかな」
などと時折頭に浮かんだりしながら。
夕方帰宅し、食事の準備前にちょっと横になってウトウト。
休日はあっと言う間に過ぎる。
平凡で穏やかな日曜。

急に、二階で野球中継を楽しんでいたはずの夫が降りてきた。
ニュースに切り替わったと。
そこで秋葉原であった事件を知った。
時間と共に死亡者数が増えているよう。
私は聞いただけで恐ろしくてテレビをつける気もしない。
もう、知りたくない!
遠い場所での事件だけれど、どこであってもおかしくないことだから。

次男はまだ帰らない。
きっと「楽しかったー!」と笑いながら帰って来るのだろうけれど、
そうでない事もあるというのが、とても怖くて不安で悲しい。

寺門孝之さんのデッサン

5月22日の日野先生の日記に書かれていた寺門さんのデッサン画を
寺門さんのブログにて発見!
柔らかい線の中に際立つ、眼光の鋭さ。
武人の顔。

カッコー

鳩時計?と思った。
でも、二階からではなく、外から聞こえる。
山の方。
いい天気。
また、蝉も鳴くだろな。

死にたい夜の1度や2度や10や100

内閣府の全国一斉意識調査では、
「本気で自殺を考えた事がある」と答えた人が全体の2割いたということが
少し前にニュースになっていた。
といっても、よく見ると回答者は1808人となっていたが。

多い年齢層は20代(24.6%)、30代 (27.8%)。
考えた事がある人の中で一年以内は20.8%。
誰にも相談しなかった人は60.4%。
職業別では「パート・アルバイト」が25.8%で最多。

私にとっては、死を考えた事がある人2割よりも、
「自殺したいと思ったことがない」人が7割もいたということの方が驚きだった。

それは本当なのか?
ちらとでも、「死んだら楽だろうな」「死んだ方がまし」と
一度も思ったこともない人間が存在するとは。
それとも、“本気で”死のうとしたことはないという意味か。
その“本気”の程度というのも個々人の解釈次第のあいまいなものとすれば、
そんな統計にいかほどの値打ちがあるだろう。

また、それを引用して、仕事や将来の不安から
一番死に近いのは30代女性だという説も出ていたが、これも同じく。

誰が何のために、どう情報を操作しようとしているのか。
病を蔓延させているのは、実は病の恐怖をあおる悪意なのではなかろうか。
そんな気すらする。

実際の自殺者の統計では、男女比は2:1で圧倒的に男性が多く、
最多年齢も男性は50代、女性は70代。
原因は病苦と経済理由が圧倒的、次いで精神疾患との結果が出ている。

本気で死のうと思えば、人は死ぬ。

そして、死にたいぐらいの苦しみなど、生きていれば何度かは経験してあたりまえ。

誰しもが他人に言えるぐらいの悩みとは限らないし、
言ったからとて軽減するものでもない。
それでやれ「病んでいる」だの「孤独」だのと、人を直に見ることなく
わずかばかりのデータで分析していったい何が得られるというのだろう。

死にたいほどの苦悩を味わい、それでも生きることを選んだ人と、
一度も死にたいなんて思ったことのない人と、
どちらが強いと感じるかもまた人それぞれ。
どちらが良いとか悪いとか、健全・不健全とか断じられるものではないはずだ。

「死にたい」のと、「自殺」はあくまで別のもの。
くれぐれも、お間違えなきよう。



それにしても「アサラー女」ね・・・。
クソ生意気なくせに中身は脆いキャリア女を観察しつつじっくり話を聞いて
「そんなに頑張らなくていいよ」とうつ病から救うヒーロー役をしなきゃいけないなんて、
オジサマ方も大変だわね。
いえいえ、だから中高年男性の自殺が一番多いとか、
そんな話に結び付けようとしてるわけじゃあございませんのよ。オホホホ・・・

アオムシの脱皮

長男は夏休みにバイトをすると言っていたが、
ここんとこなぜだか「夏休みではもう遅い。働き口がなくなる」とやたら焦りだし、
近場のスーパーやコンビニなどに電話で問い合わせたりしていた。

私の育て方も甘かったし、多くの人の間で揉まれるという経験も不足しているため、
彼も現代の問題があるとされてる若者の例に漏れず、礼儀作法や一般常識に暗い。
なんといっても、口のききかたがダメダメ。

電話口での用件の伝え方を手取り足取り事細かに教えてやりたい!
との気持ちをグッとこらえ、ハラハラしながら、しかしそれをおくびにも出さずに
素知らぬふりで聞き耳を立てる私。
思ったとおり彼はしどろもどろの変な話し方をしてて、可笑しいやら情けないやら。

「あんたねぇ、何?その言い方。変でしょお」
思い切り高笑いして、
「バイトの募集してても『してない』と言って断られたんじゃないの?」と言うと、
さすがに本人も恥ずかしそう。
「いや、でも・・・」と言い訳をしかけるが、
「ウン・・・。俺、こういうところが弱いんだよな」と何か感じるところがあったようだ。

失敗しないように先回りしやるのは、私にも息子にも楽なこと。
だが、それはしない。
失敗はさせる。
そして傷口にジョリジョリ塩を塗りたくる。

打たれ弱く、すぐくさるタイプだった息子のこと、
今回もへこんで諦めるものと踏んでいたが、
バイトをしたいとの思いは相当強かったと見える。
学校でコンビニのバイトの欠員の情報を聞いてくると即、連絡をして、
初めて書いた履歴書持参で面接に行き、なんとか採用されることとなった。

本当にこんなんでいいんですか?
と親としては有難くも申し訳ない気持ちではあるが、
コンビニはバイトの扱いも慣れているだろうから、適当にしごいてくれることだろう。
息子が、自分が何をどこまでできるのかを知るには、
働いてみない事にはわからない。

「あいつ、変わったな」
と夫が言う。

息子は高校に入ってから、相変わらず勉強もせずゲーム三昧ではあるものの、
無遅刻無欠席、宿題提出物忘れなし、赤点もとらず、クラブもさぼらず、
検定試験にも意欲的。
その上のバイトだから。
特に欲しい物があるわけでもないと言う。
自分自身や将来に対する不安から足場が欲しくてもがく時期、
行動をおこせる人間になってくれたという事が嬉しい。

この春は、彼にとって本当に転機だったようだ。
それは受験のおかげか。
それとも・・・・・・

コンビニでオシゴト

よりによってこんな日にコンビニ強盗とは。

昨日の朝、携帯にかかった緊急連絡メールで起こされた上、
電話も回ってきた。

深夜3時すぎ、学区内のセブンイレブンに強盗が押し入り、
包丁は取り上げられたが徒歩で逃走中。
小中学生は保護者引率の上、登校するようにとのこと。

送っていって「やれやれ」と思いきや、
仕事中にも学校から携帯に電話が入り、夕方も迎えに来いと言う。
電車、JR、バスを乗り継いで帰ったら6時半。
そこから車を出すんだから、まったく迷惑なこった。

しかも、なにも長男がセブンイレブンにバイトの面接に行こうという日に
やらかしてくれなくてもいいだろうに。
別の店舗ではあるが。

まだ学生なので深夜のバイトはできないが、
それでも学校が終わってからだから帰りは遅くなる。
自転車転がして暗い山道は、いくら男の子でも、ちょっと心配。
だから私が車で迎えに行ってやると言うのに、なんで嫌がるかなぁ。
難しいお年頃だこと。

どっちにしても、強盗には早くつかまって欲しいよ。

田舎のしょぼいコンビニ襲うぐらいなら、バイトでもしろってんだ。犯人。

無責任になりたいもんだ

今年度の自治会はゴタゴタのおかげでブランクが2ヶ月あり、
今夜が第一回目の役員会だった。
家の食事の支度をして飛び出したが、時間ギリギリ。
書記の私のレジュメと資料がなければ始まらないわけで、
コピーをとる間、待たせてしまったのは申し訳ない。
会議は8時から9時過ぎ。
終わってから数人の役員でビールを飲みながらの四方山話。
新しいメンバーが入るとやはり雰囲気が違い、出てくる話も変わる。
こういうのが面白い。
で、帰ったのが12時半。
去年までは私が役員の仕事で家を空けると、
そのたびに不機嫌になっていた夫ももう慣れたのか諦めたのか、
これみよがしに嫌なオーラを漂わせてこなくなったので、やり易い。

自治会役員ももう5年目。
PTA役員は去年までで終えたがずっと重なっていて、育成会役員も続いているから
いつもいつも何か仕事を抱えてて、毎週のように会議に出席。
本音を言えばクタクタ。
いい加減勘弁してよ~、なのに、
目の前の仕事にはいつもやらなきゃいけないことに+αして、
120%で当たっちゃう性分なもんで、結局は自分が引き寄せちまってんだよね。

それにしても、
引っ掻き回すためだけに横から茶々入れてくる人は頭にくる。
「何処にも属していないから自由な立場で物が言える」とこれまでの経緯も何も
知らないくせに好き勝手な意見を直談判してくる輩にも腹が立つ。
「じゃあ、お前やってみろよ!」と言うと、
「何で俺が」と逃げちまうんだから。
奴らみたいに「だったら何も言わないよ」「だったら辞めるよ」と、
私も言えるぐらいの厚顔無恥ならどんなに楽だろう。
残念ながら、私は恥や責任を知ってるからね。

ああ、しんどい。

けど、私の何倍もしんどい思いをしてる人が頑張るってんだから、
もう一踏ん張りしなくっちゃ。
って、そんなとこ。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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