娘、問題児になる19「終わらない話し合い」

決起したのに、何も変わってないように見える毎日に、
一度吐き出してスッキリしたはずの娘がまた、苛立ちを溜めはじめ、
「暴れたい気分」だと言う。
何かできるんじゃないか、何かしたい、と思いをめぐらせているのがわかる。

聞いてみた。
「何を望んでいるの? どうなれば満足?」

娘は、担任に理解してもらいたいから
話し合いの時間を持って欲しいというような事を答える。

「話し合いならしたでしょう?緊急保護者会も持ったし、
その後、クラスでも話し合って、先生はこれまでのことを謝って、
11月までには改善すると約束してくれてるし、それではまだダメなの?」

「だって、何も変わってないし」

「この上、何を話すの?
 その“話し合い”をしさえすれば、今度こそ解決するの?
 何度も何度も同じ事をくりかえしたって意味はないよ。
 今日話したから、即明日解決ってなるわけないでしょ」

娘は「でも・・・」と不満そう。

私は、ちょっと気になった事を質問した。
「これまで、話し合いの時間はまったくなかったわけ?それともあった?」

クラスの担任に対しての不満が募った末に、
意思表示のために授業ボイコットという行動に出たのだから、
その機会がなかったものと私は受け取っていた。
が、
「これまでも何度もあった」との返答。
それなら事情は変わってくるではないか。

これまでクラスで騒ぎが起きるたびに、話し合いはなされていたのだった。
それは、5月の参観日に起きた問題に始まり、何度も何度も。
では、そこで何が話し合われて、どんな結論を見たのかが知りたい。

事が起きた時に担任がする“話し合い”。
それは、生徒に自分の悪いところを教えてもらうというものだった。
ある時は、意見を言わせ、ある時は、プリント用紙に書かせて提出、
そしてまたある時は、黒板にズラズラと
何が嫌だ、どこが悪いと列記させたこともあるという。
そしていつも謝るのだ。
「先生が悪かった。直すので許して欲しい」と。

「謝っても何も変わらんけえね!」娘は怒る。

そんなことをしてきたのか・・・・・・。
ため息が出る。

担任がやってきたこと、それは、
自分がダメ教師であるということを、子ども達にしっかり植えつけることになっている。
言わせ、聞かせ、書かせ、見せ、何度も何度も繰り返し。
主観からの言い分を通させ、自分が頭を下げる事で丸くおさめようとしてきた。
結果、教師の威厳は失墜し、舐められることとなるのも当然だ。

何を教育しとるんじゃ!!

不満をただぶつける所には何の発展もない。
改善していく方法を示してこそ、話し合いの意味があるんじゃないか。

確かに、もう一度話し合いは必要なようだ。
「では、どうするのか」が出るようなものが。
ここまでは、それを学校側が出してくれるのを期待してきていたが、
無理なのだとしたら、「では、どうするか」。

提案と要望を正式に書面にし、回答をもらうという形で進める。
保護者と子どもも交えた話し合いの場で。

今度こそ最後にするために。

(つづく)

狂犬病に怯えた夜

昨夜、「さあ寝ようか」という時間になって、
窓の外で異様な声がしてきた。
犬のうなり声。
情けないような、怒ったような、悲鳴だったり、喉を鳴らしたり。
障子を開けて外を見てみるが、暗くて見えない。
そのうち他所に行くだろうと放っておいたが、動く気配なし。
このままでは眠れない。
だけど、見に出るのは怖い。
こんな変な鳴き方するなんて、
もしかして、狂犬病?
ひゃー、怖い。
噛まれたら神経やられて、水が怖くて、よだれ流して、凶暴になって、痙攣して、
100%死に至るという、あの、狂犬病?
まさか、でも、だったらどうしよう。
警察?保健所?だけど、夜遅いし。
ネットで狂犬病の記事や画像を検索しては、娘達と怯える。
しばらく騒いでいると、夫が二階から降りてきて、見に行ってくれると言う。
「危ないから、やめといたほうが」と止めても、「大丈夫、大丈夫」。
「狂犬病だったらどうすんのよぉ」と私があまり言うので、
次男が金属バットを持ってきた。
「襲ってきたら、これで 殺 す !」
キャアー、それはそれでやっぱりこわいぃぃぃーーー。
外に出る二人。
夫はワンちゃんにいつも声をかけるように
「チッ、チッ、チッ、よーしよし、おいでおいで」。
道路に金属バットが「カツン」と当たる音。
小声でゴニョゴニョ話し声。
え?え?え?どうなったの?
二人はそのままどこかへ行って、しばらくして帰って来た。
次男、「すっごい可愛かったよ!」とニコニコ。
鳴いていた犬は、どこかの迷い犬で、駐車場に置いていた自転車の車輪に
何かのはずみで首を挟まれて動けなくなっていたのだった。
放してやって、散歩がてら犬を見送りに行ってきたらしい。
「ヨチヨチと歩いて、足音がペタペタするのが可愛かったんだから~」と、
何度も何度も話をする次男。
あんた、さっき、金属バットで殴り殺すって言ってたくせに。
そっかー、狂犬病じゃなかったか。
絶対そうに違いないと思ったけど、違ったかぁ。
いやいや、良かった良かった。
何だかわからないって、とんでもない恐怖を生み出すものよね。
まったく、人騒がせな犬だわ。
ね?
あら、
・・・・・・家族の私を見る目が冷たいのは、なぜ?

娘、問題児になる18「小さな魔法」

子ども達の態度が悪いのは授業中だけではない。
ある保護者が見た時は、給食の時間もおかしかったらしい。
まず、給食当番が当番をしない。
なので、担任が運んできてやる。
手伝う子も少しはいるのだが、白衣を着ない。
ダラダラと時間をかけて配って、
揃っての「いただきます」もなく、勝手に食べだす。
そんなふうに聞いた。

それはひどい。
授業の後も残って自分の目でチェックする。

私が見た時は、当番の全員かではないにしても、
一応、子どもが動いていた。
白衣を着てない子に注意をすると、その場で二人ぐらい着た。
手伝いの子はないのだそうだ。

合掌もしないで食べだすのは良くないと思った私は、
そこでちょっとした試みを思いつき、小さな魔法をかけてみた。

するとこの日は、日直が前に出て、
全員揃っての「いただきます」になったのだった。

私のかけた魔法。
それはとても簡単な事。
当番が適当に机の上に投げたトレイは、筆箱や本に乗って傾いていたり、
斜めだったり、はみ出して落ちそうになってたりと乱雑だった。
それを一つ一つ、きちんと真っ直ぐに置きなおして回ってみた。

そんな事で?と思うかもしれないが、
そんな事で人の気持ちは変わる。
たぶんほとんどの子は何かが違うとも気付いてはいない。
しかし、無意識下でも、ちゃんと微細な変化を感じとっているのだ。

整った気持ちよさから誰かの心配りに触れると、
人は、自分が大切にされる存在である喜びを感じることが出来る。
自然、気持ちは穏やかに落ち着くというもの。

・・・とは思ってたのだが、まさか本当に効くとは。
いや、驚いた。
たまたまかもしれないから、何度か実験してみるけれどね。

こんなに効果てきめんなら、
散らかったわが家も、いろいろ整えて回らなきゃ。(笑)

(つづく)

娘、問題児になる17「不登校の恐れ」

娘が最初に騒動を起こした次の日、
朝行くと、校長から一番に
「ああ、来てくれたんだね。良かった」
と声をかけられたのだという。

「?」だ。

そのまま不登校になるとでも思ったのか。

授業ボイコット 
  = 先生・学校嫌い+立場が悪くなって行きにくい
      ⇒不登校

の図式が連想されるのかは知らないが。

ぜんぜん平気。
むしろ、どうなるかが楽しみで目が離せないぐらいなのに。

娘が言う。
「だって、少々のことで休めるはずがないじゃないね。
 お母さんが許さないもん」

そう。
私が許すはずがない。
許さないという事を子どもは知っている。

私は言った。
「あんたが休んだら、元々問題を抱えてた子が起こした騒動として処理されるよ。
 学校としたらその方が楽だろうから。
 そうさせるまいと思うのなら、これからやるべきことはわかるよね?」
 
授業を誰よりも真面目に受け、成績を上げ、
係り・当番・委員会の仕事等、やるべきことはキッチリこなし、
周囲にも目を配って暴走する子を制した上で、
意見するところは意見する。
これができたら、教師陣は言い訳ができなくなる。

「それじゃあ、私、ぜんぜん、問題児じゃないじゃない。
 やることはやる問題児って・・・」
娘はちょっと不満そう。
「ストレス溜まるよ~~」

娘が言うとおり、
やるべきことをやる問題児は問題児では、もはやない。
「やるべきことをやってないのは、どっちだ?」を、
態度で示してやろうじゃないかというのが、次の作戦だ。


ま、私もそんな完璧を求めてるわけじゃないけど。(笑)

表の顔は優しくたおやかな非のうちどころのない優等生、
しかして裏の顔は泣く子も黙る冷酷無比な影の大番長。
そんな、「愛と誠」に出てきた高原由紀みたいな路線がカッコイイな~という、
私の単なる趣味、かもね。

(つづく)

アリスのお茶会

「アリスのお茶会」
ウワサの娘のブログです。
気軽にコメントしてやってください。

見下してよし!

娘が
「みんな、結構、馬鹿だよね」
と言う。

「何も考えちゃいない。
 自分ひとりじゃ何もできない。
 愚痴ばっかで動こうとしない」

うん。
その通りだよ。
君もわかってきたじゃない。

困ってる人は困ってればいい。
悩んでいる人は悩んでればいい。
苦しむ人は苦しんで。
我慢したければ、どうぞ気の済むまで。
あるものをない事にしてもいいし、その反対でもいい。
誰かのせいにして憎むのもご勝手に。

それが嫌な人だけ、
「ならどうする?」で、次に行くんだから。

“自分なりにやっている”つもりの人は、
「一生寝ごと言ってろや」と鼻で笑っとけ。

娘、問題児になる16「フリー参観」

木曜日と金曜日、私は6年生のクラスの授業を見に行った。
他のお母さん方から聞いていたように、本当に授業がそんなに荒れているのか確認しに。

木曜は昼までなので、3時間目に間に合うように出たのだが、
教室に向かう途中のPTA室にクラスの役員の人がいたのでちょっと話を聞いた。
1、2時間目もおかしな状態があったらしい。
1時間目の体育の授業はクラスで15人もの見学者、
2時間目には、前日に女子と喧嘩した男子が
傷が痛むので保健室に行かせてくれと頼んで断られて泣いたとか。
話しているうちにチャイムが鳴り、次の授業から参観。
4時間目はパソコンを使った総合的な学習。

以前、パソコンを使った授業を見に行った人からいろいろ聞いていたので、
正直、マズイなという思いが頭をよぎった。
以前聞いた話だと、ネットで調べ物をしなければならない時間なのに、
子ども達は先生の言う事をきかずに好き勝手にゲームをして、
とても授業とは呼べるようなものではなかったということだった。
そんな場合、参観に行った保護者としてどうしたらいいのだろう。

パソコン室に入ると、確かにパソコンの前に座ってすぐにゲームのサイトを開く子がいた。
地域を調べて新聞を作るというのがその授業の目的だというのに。
一番手前の子に声をかける。
「あら、ゲームしてもいいの?」
「うん、だってもう、全部調べたもん」
そこでその子のノートを見る。
確かに大きな字で簡単な殴り書きみたいだけど、
一応やることは前の授業でやっていたようだ。
「もっと調べる事ないかな?おばちゃん、○○ってこと知ってるよ」
と、最近ローカルニュースで話題になった話をしてみると、
「え、そう?」と動き出した。

隣の席に行く。
こちらは手悪さでCDトレイを出したり入れたりしながら、
ゲームの攻略法みたいなものを検索している。
「ここのテーマは何?」
聞くと、地元の酒について調べなければならないのだった。
しかし、学校のネット環境はフィルターが厳しくて、
検索しても全部ブロックされて見られないからお手上げらしい。
「ホント?ちょっと、おばちゃんにやらせてみて」
文字を打ち込んで検索で出てきたサイトを片っ端からクリックしてみるが、
本当にみごとに全部、暴力というカテゴリでブロックされてしまう。
10、20と調べて、トップにやたら重いフラッシュを使っている個人商店のサイトに
なんとか潜り込むのに成功。
そこは、「Skip」が読めなくて子どもが「入れない」とあきらめていたところだった。
嬉しい事に、地元の酒の歴史から種類まで説明しているページもある。
子ども達は「ヤッター、これこれ!」。

次の席。
だるそうにお喋りしながら映画サイトからダウンロードした画像を壁紙にして遊んでる。
「ここは何について調べるの?」
「ん?映画について」
「ウッソォー」
地域の特産の食べ物についてがテーマだった。
私が見ていると、検索してザッと出てくるサイトを流して見ているふりだけしてるので、
「それって、何を調べたいの?」と質問してみる。
「材料の原産がどことか?それとも、店がどんな分布してるかとか?作り方?歴史?」
「わからない」と答え。
「わからないなら、先生に聞かなきゃ。何をしていいか困るでしょ」

授業と関係ない事をしている子は、たいていやることがわからなくて困っているのだった。
担任の他に補佐の教師もいて見回っているのに、
「ちゃんと真面目にやりなさい」と言うばかりで、そこは見ていない。

一人の子が情報量の多いページを見つけ、プリントしようとしたが、
インクが切れて文字がまだらで読めない状態で出てきた。
「先生ぇー、インクが切れましたー」言ったが、
「そうか、先生もインクの換え方わからないんだよ」と、そのまま放置。
私は黙ってどうするか見ていたが、本当にそのままその子は放っておかれた。
インクを換えられないのは仕方ないが、それならそれで、
他で出力させてもらうようデータを移す方法を教えてやるなり、
次にプリントするためにアドレスをメモっておくよう指示するなり
何かやりようはあるはずなのに。
その子が、「やろうと思ってもできない」とくさっていたので、
「あっちのグループはこんなことを調べてたよ」とコッソリ教えてやると、
「おっ、それがあったか!」と目を輝かせてまた動き出した。

そうやって一回りして全体を見渡すと、もう誰もゲームをしてる子はいない。
要領は悪くてもそれぞれのテーマにちゃんと取り組むじゃないか。

しばらくすると、一人の子が「先生、ゲームしてもいいですか?」と尋ねた。
先生「終わったらいいよ」。
すると、あちらでもこちらでも次々にゲーム画面が起動。
他の保護者から「ゲーム、いいんですか?」といぶかしげな声が出るが、
「先生が許可したから」と答える。
ゲームといっても、行くサイトは決まっているようだった。
算数の計算を解くと敵を倒す事の出来るファイターゲーム。
しかし、ホンマに終わってるのか?この子等?

何を、どこまでやったら終りといえるのか。その辺もはっきりしていない。
自分が「終わった」と思えば終りなんて、それでいいのだろうか。
たとえば、項目を何個以上調べるとかの基準を設けるとか、
先生にノートを見せてOKサインをもらった人からゲームできるとかすれば、
先生の権威を示せると思うのだが。


子ども達はよく、「先生は無視をする」と言う。
その言わんとするところが、なんとなく見えてきたような気がする。
教師は子どもを見ていない。
真面目にやってるかやってないかだけ見て、注意をする。
だが、何をやっているかは見ない。
何を困っているか、何を求めているか、自分は何がしてやれるか考えない。
働きかけない。応じてやらない。面倒な事はノータッチ。
それじゃあ、「あてにならない」と思われても仕方がないのでは?

制限のある窮屈な場所で無意味にダラダラ遊んで楽しい子なんていやしない。
何をやるべきかさえ明確なら、
そしてそこに興味をかきたててやりさえすれば、喜んで取り組むのに。


実際、外国人教師によるサイコロ遊びを使った英語の授業では、
クラスが一体となって、皆笑顔で楽しく集中していて、
一人もはみ出している子はいなかった。
音楽でも、笛を回す手悪さをする子はチラホラいたけれど、
そんな子は、大勢の中のひとりでいさせるより、
自分のパートを持たせてやると張り切りだすのだった。

やり方はある!と確信。

私はいままでこんなに真剣に授業参観をしたことはなかった。

(つづく)

娘、問題児になる15「荒れる教室」

緊急保護者会の翌日、私は会社から帰りがけに、
連絡用にとある保護者からもらっていたメールアドレスにテストメールを送った。
すると、すぐに返ってきた返信にはこうあった。
「今日、学校の様子を見に行ったら大変な事になって・・・」と。
電話で話を聞いて驚いた。
また、子ども達が荒れたのだそうだ。今度は男の子達。

事の次第はこうだ。
彼女が午後の授業参観に行くと、
前日、「うちの子は外に出なかった!」と話していた保護者も丁度来ていて、
授業中の子ども達の態度の悪さに怒ったその人が厳しく注意をしたところ、
男子が切れて、「ウゼえんだよ!クソババア」などと散々暴言を吐いて反発し、
ついには腹立ちのあまりにガラスを殴り、
割れた破片でその子が手に怪我をする騒動となったのだとか。

子ども達の態度は悪かった。
先生の話は聞かない、手悪さはする、おしゃべりはする、口のきき方は悪い、
ゲームは持ってきている。
それを見て、相当激しい剣幕で怒鳴りつけたらしい。
しかし、誰もきかなかった。

「ぽあんさんが注意をした時は子ども達は大人しく聞いてくれたんでしょう?
 なんで今日はこうなってしまったのでしょうか」と聞かれるが、
私は心当たりがあるものの、本当の事が言えなくて言葉を濁した。

「さあ。私の時は子ども達が騒いで興奮が収まった後だったからじゃないかな。
 興奮のさなかだったらわからないかもね」などと適当に。

だが、電話を切った後で娘に話を聞くと、
今日こそ、あの日と違って、最近にしてはとても静かな方だったのだと言う。
男子の態度の悪さはいつものことだけれど、特に気になるほどではなかった。
それが、キンキン声で頭ごなしに「あんたら、ムカつくねぇ!」などと怒鳴られて、
クドクドと説教が続いたものだから、切れるのも仕方がないと誰しも思ったのだと。

感情的になって、よくわからない理屈で怒るから、教室中が嫌な雰囲気になり、
女子達も聞いてるだけで気分が悪いと話していたし、
「あれ、誰の母さんや?おかしいんじゃないんか」と言う子もいたので、
その親の娘は恥ずかしそうにじっと顔を伏せていたらしい。

また、特に子ども達が腹立たしく感じたのは、普段何も言えない担任が、
親が怒り出すと「そうだそうだ」とばかりにやたら張り切って、加勢する姿。

乱暴な子どもが切れていきなり暴れだしたというよりも、
異常に興奮するように追い込まれていったという方が近いんじゃないかという気もする。

しかも、怪我をした手を保健室で手当てを受けて、男の子がショボくれて帰ってくると、
叱った人はすぐに寄っていって、まだ説教を続けたらしい。
「私は、あんたの為に言ってるのよ。
 あんたがどうでもよかったら、こんなこと言わないのよ。わかる?」

女子たちは影で「オエ~~~」。


これでまた一つ、子ども達の問題行動の汚点が増えた。
親の話だけ聞いたら、どうしようもない子ども達と思う人が多いだろう。
だけど、私はそうかな?と思うのだ。

子ども達は、その人がどんな人かなんて何も知らない。
その時の、その場のその人を見る。
それでわかってしまうのだ。

なぜ、子ども達が言う事をきかなかったか。
心当たりがあっても言えなかった本音。

だって、きくわけないじゃない。
虐待親の言う事なんて。

(つづく)

娘、問題児になる14「感謝される問題児の母」

結局、話し合いは、予想通り何の結論も見ないまま1時間半で終わった。
「お疲れ様でした」と、解散となってすぐに校長がまっすぐ私に近付いてきた。

「ぽあんさんに頭を下げさせるようなことになって、申し訳ないです」

すると、先ほど「授業ボイコットをした子の親に話を聞きたい」と発言した父親も来て、
「すみません。わしがああ言うたけえ、ぽあんさんが謝らんといけんようになって、
 そういうつもりじゃなかったんじゃ」と、ひどく恐縮される。
「ぽあんさんの話を聞いて思った。
 もし自分の娘に同じように相談されたら、わしもぽあんさんと同じ事を言うたじゃろう」

また、周囲の人からも口々に「ありがとう」「ありがとう」と声をかけられる。
「こんなことになってるとは知らなかったよ。きっかけを作ってくれてありがとう」
「子ども達を静めに来てくれた保護者って、ぽあんさんだったですね。ありがとう」
「うちの子が言ってました。
 先生の言う事は聞けんけど、あのおばちゃんの話はよくわかったと。
 子ども達に話をしてくれて、ありがとう」

妙な気分だ。
娘を問題児にして、騒ぎを起こして引っ掻き回した挙句、感謝されるとは、
それはもう、まったくの予想外だった。
私としては良かったんだけど、なんで?って。


親達の何人かは、時間の取れるかぎり学校に顔を出して授業を見守ってくれるという。
子ども達の主張と教師達の説明のどちらに分があるか、まず見てもらうのがいい。
それから、家庭で、学校でどう指導するのかだ。

また、声をあげられない女子の気持ちについての話も、
個人的に全部校長に伝える事が出来た。
「そんな話が聞けるとは思ってもいなかった」と驚いておられたが、
これからは、疑われるような行動は慎むように指導してくれるとの約束はいただいた。

問題を問題として表に出すという計画は、大成功。

さてさて。

(つづく)

娘、問題児になる13「奇妙な信念」

保護者からは、最近の子どもの様子についてや気付いた事などいくつか出た。
しかしそれらは、初めて聞くような目新しいものではなく、
以前から懇談会のたびに出ていたり、娘から聞いていた事。

担任が口を開く。
「今、皆さんの話を聞いてひとつ気付いた事があります。
 子ども一人一人は違うので、この場合はこうと決めるのではなく、
 その子に応じた接し方や話し方をしないといけないんじゃないかと・・・・・・」

横で顔をしかめる校長。
「いや、それは違います」

親達もみな、「はあっ?」。
呆気に取られる。
「そういう接し方をしてたから、『えこひいきをする』と言われるんじゃないですか!」
あちこちから声が上がる。
「もちろん一人一人に合った指導ができるなら、それに越した事はありません。
 でも、それが本当にできますか? 
 できないから、今、こういう事態になってるんでしょう!」
詰問調で迫る人もいて、
「あっ、はぁ、そうですね・・・」
汗をかきかき口ごもる担任。

保護者からは、いくつも担任への要望が出される。
それらもまた、これまで何度も出されたものなのだが。

「先生はもっと毅然として欲しい」
「生徒にはどうすべきかの明確な指示が必要だ」
「厳しく叱ってくれないと」

だが、対する返答も、うんざりするぐらい聞き続けてきた台詞だったりする。

「僕もね、厳しくするところは厳しくしてますよ。悪い事は悪いときちんと言っています。
 でも、子ども達は聞いてくれません」

「今は何をする時間かを伝え、やるべきことはやろうときちんと指導はしています。
 してはいるんですが 、なかなかね、、、、こう・・・・・・従ってくれないというか、
 入っていかないんですよね」

「厳しく叱ればいいってものでもなくて、彼等は押えつけると余計に反発して
 収拾がつかなくなるんですよ。難しいところなんです」


まただ。
いつかとまったく同じパターン。
「子どもは話をしても聞いてくれない」もの、
「叱ると反感を強めて余計に関係がこじれてしまう」もの、と決めつけてしまっている。

何なんだ? 
その強固でてこでも動かしようのない“信念”みたいなやつは?

じゃあ、どうすればいい?
「こうして欲しい」に対して、「やったけどダメでした」「やっても無駄です」と返しておいて、
「どうしたらいいですか?」はないだろう。
しかも、これまで親に学校での出来事を知らせる事をできるだけ避けるようにしてきて、
その理由が「子ども達に『チクッた』と言われたくないから」とか平気で言えるなど、
ふざけてるとしか思えない。

この人達にとって、“信頼”とは何なのだろう。

子どもを怒らさないように、機嫌を損ねないように、摩擦を避けて、
見て見ぬふりで逃げて、逃げて、
その反面、子どもの訴えにも聞いてるふりだけしては無視し続けて、
「どうしたら信頼を取り戻せるか、わからない」とは、よく言えたものだ。

自分の確固たる“信念”を持っているなら、それに従ってやってくれ。

この人間には、何も通じない。

「子ども達に一所懸命言っているのに、入っていかないんですよ」
繰り返して力説する担任に、
そうだろうな・・・、と諦めの気分が色濃くなっていくばかりなのだった。

(つづく)

娘、問題児になる12「失ったもの」

ある一人のお母さんが話をした。

5月に女子数人が隣のクラスの男子に
サッカーボールをぶつけられるという事件があり、
その時も緊急保護者会が開かれたりして、ゴタついたということがあった。
その後、担任は生徒の教師に対する信頼感が損なわれるのを危惧してか、
クラスの子ども達全員にプリント用紙を配り、先生に思うこと、
改めて欲しい点、希望などを書かせたという。
その女の子は、ただ提出するだけでなく、担任からの返事が欲しいと考え、
早めに返事をもらえるように、他の子と同じプリント用紙ではなく、
授業でも使ったりする作文帳に自分の思いを書き綴り出したのだった。
しかし、待てど暮らせど返事はこない。
作文帳も返してもらえる気配がない。
宿題で使うこともあるので、とりあえず返して欲しいと願い出ると、
「どこへやったかな・・・」
その後、何度も訴えたのだけど、
その度に「探してみるよ」 「後で」 「そのうちに」と、
ひどく適当なあしらい方をされ、相当悲しい思いをしたようだ。
とうとう痺れを切らしたお母さんが直談判に行くと、すぐに翌日ノートは返却された。
しかし、4ヶ月もの間、担任の手元にあったノートにはタバコの臭いが染み付き、
もう使うことはできなくなっていたという。


何重にも踏みにじられた子どもの心。

こんなことがあって、「悪かった。改めます」で、
「はい。わかりました」と、許せる人がいるだろうか。

「指導力不足」とか、「子どもとちゃんと向き合ってなかった」とか、
そんなレベルではないように思う。
不信感でいっぱいだ。

出来事には違いはあっても、これと同じような事をどの子にもしてるとしたら?
失ったものは、取り戻せる?



授業ボイコットという問題を起こしたのは私の娘だが、
実は、表ざたにされていなかった問題は毎日のように起こっていた。
とにかく男子は荒れて、日常的に校内で暴力が振るわれているという。
人を殴る、物を壊す、やるなと言われる事をわざとやる、等など。
だが、そんな荒くれてる子ども等が、ひとたび自分の話を聞いてくれる人がいたら、
とめどなく話し続けるのだそうだ。
ベソベソと涙を流して、辛かった事、悲しかった事を、
自分の身勝手な行動の理由にこじつけて、いくらでも。
女性である教頭先生や保健室の先生相手に。(女でも厳しい校長は×)

どうなってるの? 何が起こっているの?


だけど、これはまるで、サッカーボールを蹴って女の子を傷つけたあの時の
隣のクラスの悪ガキグループがやっていたことと、そっくり同じだ。
発言はしなかったけれど、私は心の中でそう思っていた。

あの時、子ども達は見てしまったのかもしれない。
あてにならない大人の姿を。
そして覚えたのだ。
真面目な奴は損をすると。

あーあ・・・・・・

(つづく)

娘、問題児になる11「首謀者」

ドヨッと空気の色が変わる室内。

私はこれまであったことをそのまま話した。

「娘からずっと色んな話を聞いてきました。
 どうしたらいいだろうかと相談も受けてきました。
 終りの会で意見を言い合う場を作ってもらうよう提案もしてきましたが、
 それも通らず、方法が見つからないという状態の中で、
 娘が「私は思い切ったことをしたいんだ。私、問題児になるよ」と言ってきました。
 私は「いいよ」と言いました。
 「何をするのか知らないけれど、その責任はお母さんが引き受けるから、
  あんたが『これが正しい』と思うのだったら、やってみなさい」
 そう言って、覚悟を決めました。
 ただ、他の人まで巻き込んでの行動とは思っていなかったので、
 その点は私の読み違えであり、娘にも重々言って聞かせました。
 「やるんだったら、一人でやれ!」と。
 巻き添えになって、ご迷惑ご心配をおかけした方にはお詫びいたします。
 どうも申し訳ありませんでした」

そう言って頭を下げた。

正しいか正しくないかでいうと、多分私の言ってる事は正しくない。
だって、悪い事をしてもいいと許可したのだから。
「こんなとんでもない親いる?」となるのが普通だろうが、そうならないのが面白いところ。

「誰が首謀者とか、そういうのはないと思います」
「みんな我慢できなくなってたんです。みんなでやったんです」と、声が出る。

そこから本音が出始めた。

(つづく)

娘、問題児になる10「保護者会」

月曜日、学校での緊急保護者会は夜7時からだったが、
その前に来れる人数人に早めに集まってもらい、
学校裏の駐車場で、ざっとこれまでの成り行きを説明した。
内容としては、ここに書いた通り、このまま。
そして、それぞれの思いも聞く。
皆、子どもからの不満を聞いてきて、不安を持っていた。
私が出席できなかった授業参観・懇談でも、保護者から
「先生には威厳を持ってもらいたい」「厳しくして欲しい」
「子どもの話を聞いてやって欲しい」との意見が多く出たのだけれど、
担任は言い訳に終始したというし。
とにかく、子ども達は男子も女子も例外なく担任を嫌っている。
「なぜか」の理由はそれぞれにあり、いくらでも出てくるが、
では、「どうすれば」は、皆目見当もつかない。

7時。
広い家庭科室に集まった30人弱の保護者。
教師は校長、教頭、6年生各クラスの担任、生徒指導教諭、他2人。
教頭による事情説明と、校長の挨拶から始まって、
保護者から意見を出してもらうという流れとなった。
事件について初めて聞いたという人はさすがにいなかったが、
あまりよくわかってないような人がズレた事を言ったりするのは仕方ない。
それらをしばらく黙って聞く。

「うちの子は出ていない」
「うちの子には、やっていい事悪い事はちゃんと言い聞かせてる」
「集団心理は怖い」「女子の間で虐めがあるらしい」
「仲間はずれにされたくなかったんじゃないか」
という意見が続き、ある一人のお父さんが、
「授業ボイコットをした子の親にも意見を聞いてみたいもんだ」
と切り出した所で、私は手を挙げた。

「はい。最初に授業ボイコットをした子の親です。
 うちの子が、首謀者です」

(つづく)

娘、問題児になる9「しこり」

子ども達が帰り始めた教室の後ろ、
後で話を聞く約束をしていた子が不満げな顔をして担任を睨みつけているのが気になった。

「少しは納得できた?」と近付くと、
「納得できるわけがない!」と、吐き捨てるように言う。
「辞めるまで許さん。いや、辞めても許さんけえね」と怒りに震えている。
どうしてそこまで?
しかもこの子は、「何か言いたい事がある人」で手を挙げて発言もしなかったのに。
「だって、私の机の中を見るんだよ。何で?キショイ、キショイ!」
「それは・・・」私はなんと答えていいかわからない。
「机の中を見てるところを見たの?」と聞くと、「うん」と頷く。
「自分の目で見たの?」 「うん」うっすら涙ぐんでる。
ええ~、こんな場合、どう考えたら?
担任と廊下ですれ違う際に、露骨に避けてた子なのだけど。

帰りがけに娘にその話をすると、「そりゃそうよ」と言う。
「だってあの子、先生のお気に入りだもん。
 なにかしらベタベタされるし、すれ違いざまにでも
 『よう、調子はどうだ』とか言いながら肩とか腕を触られてきたからね。
 私は思ってること全部言ってスッキリしたけど、
 あの子達はたぶん、無理だと思う」

デリケートな女の子には、人前で言えないこともある。
「こんなことをされて嫌だった」とさえ言葉に出せないのなら、
悔しさと憎しみを溜め込むしかない。
事実として、担任に下心があったのかわからないが、
この嫌悪感を「気のせい」「考えすぎ」と済ませるのは酷と思える。

セクハラ教師なのか?
女子による陰湿な先生苛めなのか?

わからない。

問題として表に出していいものなのか?
それとも、個人的にごく少数の人達だけと話をするべき?

わからない。

学校側は、月曜日の夜にまたクラスの緊急保護者会を開いて、
状況説明を予定してくれている。
そこでどんな話をするのか。

これは単に「ボタンの掛け違い」ではないような。

とにかく、娘には「もう絶対に授業中に外には出るな」と、
 「他の子が出るというなら、あんたは止めなさい。
 一人だけになっても、絶対に出るな!」と念押しする。
大勢に流されて自分を失うのは最低だから。
一人、毅然とする子であって欲しい。

そして、私も。

これは、私は学校も保護者も全部敵に回すことになるかもしれないな。
と、そんな気がする。

でも、まあ、いいさ。
別に死ぬわけでなし。
どうでもいい。
何がどうなろうと、どうにかなる。
やりたいように、やったるわい!

(つづく)

娘、問題児になる8「指導する立場」

「ねえ、みんな」

私はクラスの子ども達に向けて話しかけた。

「おばちゃんは今日、保護者として一人だけここにいる。
 だから、保護者の代表として、みんなのお父さんお母さんの代わりとして、
 ちょっと話をさせてもらうね。

 みんなは、今いろいろ出たような先生への不満があって、
 それを聞いて欲しくて今日みたいな事を起こした。それはよくわかった。
 だけど、学校がどういう場か、学校には何をしに来ているかを考えてみて欲しい。
 勉強をしに来てるんでしょ。
 授業時間は勉強をする時間でしょ。
 学ぶ時間に学ばないということは、自分の権利を自ら放棄していることです。
 自分で自分を大切にしていないということです。

 やりたいことをやるという事と、好き勝手に振舞うという事は違います。
 そこを取り違えてはいけません。

 やりたいことは何ですか。
 毎日の学校生活を楽しく過ごし、勉強や遊びを充実させることでしょう?
 では、今日やったことはそうなってますか?
 小学校六年生にもなったら、ルールを破って騒ぎを起こすよりも
 もっと他のやり方を考えられるはずです。
 授業中に教室から勝手に出るなどという、あなた達のやった行動は間違っています。
 多くの人に迷惑をかけました。
 多くの人に心配をかけました。
 先生は今、自分が悪かったと思うことをみんなに謝ってくれました。
 みんなも、ちゃんと先生に謝ってください!」

1/3ぐらいの生徒が蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と頭を下げる。
が、唇をかみ締めて動かない子も。
本来、ここから徹底的に時間を取らねばならないのだが、
時間もなく、私にできることはここまで。
その後、教頭と担任が簡単にまとめの言葉で締めくくり、解散となったが、
私の話した意味を子ども達ほど理解しているのかどうか、はなはだ怪しい感じだった。

いったい、教師は何のために存在してるのか。
生徒を教え導くのがその役目のはずなのに、
問題を起こした子に振り回されて言いなりになることで場をやりすごす。
そんなことをしているから、舐められるのだ。
何が正しく、何が間違っているか、
それをはっきりさせなければまた繰り返すということがなぜわからない。

学校や教師というものに過大な期待をかけ過ぎていたのかもしれないなと、
少しばかり気落ちする一幕だった。

(つづく)

娘、問題児になる7「糾弾」

「はいっ!」

一番に手を挙げたのは・・・・・・、我が娘・・・。

「先生は、いつも決まった人ばかり叱って、
 同じ事をしてもぜんぜん叱られない人もいたりするので、
 そういうのは、やめて欲しいと思います」

そうだそうだと頷くクラス内。
担任がそれに対して即答するかと見たが、そうでもなさそうなので次に行く。

「他に、何かある人」
考え込んで沈黙に支配させるなど、時間がもったいない。

「はい、早く帰りたいで~す」「僕も、早く帰りたいで~す」とふざけだす子も出てくる。
「静かに!わずかな時間しかとれないんだから、
 やるべき事はビシッとやりましょう!わかるね!!」
気迫で押さえ込むのはお手の物。伊達に4人も子どもを育てちゃいないよ。

「はい、他に!」

「はいっ」と娘。

・・・・・・またお前か・・・・・。

教師達は、たいてい学校で暴れても親の前では猫をかぶるような子しか見ていないから、
私が来たら娘が大人しくなるだろうと踏んだのだろうが、それは大きな誤算だった。
こいつはそんなタマじゃない。
私が来たら勇気凛々パワーアップして、より怖いものなしになる子なのだ。

「先生は、無視をしないでください!」

これには担任も反論した。
「私が無視をしましたか?してませんよ」

すると、あちこちから声が上がる。
「した」「するじゃない」「俺もされた」
担任、もう何も言えない。

「他に、意見がある人」

後ろで小さく手が上がったので、ちょっと私はホッとする。
「困った事があって言っても、話を聞いてくれなかったりする」
「タバコの臭いで気分が悪くなる」
「えこひいき、やめて欲しい」
等など。

しかし、担任が一言返そうとすると、十言ぐらい畳み掛けて封じる娘。
そりゃ弁は立つわな。毎日、私に鍛えられてるんだから。
担任が苦手に思って無視したいのもわからないでもないが、
その態度が余計に彼女の怒りを燃やさせてしまうのだろう。

そうこうしているうちに時間はあと5分を切ってしまった。
そろそろタイムアップ。

担任が口を開いた。
「君達の気持ちはよくわかった。私も反省すべき点は反省して、
 これから改めていくので、許して欲しい。
 ほんとうに、、、ごめんなさい」
生徒に向かって深々と頭を下げる担任。

子ども達は黙ったまま。

そして担任が「終りにしましょうか」と教頭と目で合図を取り、
「では・・・・・・」と言いかけた時、
「ちょっと、待ってください!!」
私はマッタをかけた。

「これで終わってはいけません!」

まったく、何のための話し合いだと思ってるんだ。

(つづく)

娘、問題児になる6「戸惑い」

話し合いは、クラスの教室とは離れた学校の端の多目的教室で行われる予定となっていた。

私は1時20分には行って待っていたが誰も来ない。
鍵もかかっていて入れない。
窓から校舎全体の廊下を行きかう人が見えるが、
生徒も教師も誰も移動している様子はない。
そして、1時30分。
いったいどうなってるの?
私が間違えた?
職員室前の廊下に教頭がいたので声をかけた。
「子ども達はどこですか?」
「教室に皆集まってるようですよ。どうするんでしょうね」
私が聞きたい。
行ってみると、教室では全員が揃って席に着いていた。
黒板には「1時半、多目的教室に集合」と書いてあるのに。
「移動させましょうか」
「そうですね」
いや、もう全員揃ってるんだったらここでいいんじゃないですか?
移動させる意味がよくわからない。
そんななりゆきで、そのまま教室で話し合いの時間を持つことになった。
1時36分。
なんだかもう、グダグダだ。

教室には、各自の席に着いた子ども達、
前の教壇に担任、
廊下側の窓際に教頭、
教室の中ほどに補佐の教員がしゃがみ、
私は斜め前に立ち、子ども達の顔を見渡した。
校長は翌日の準備のために訪れる人達への応対のため来られないらしい。

「では、始めます」担任が言うが、
何を?どう?
誰も引っ張る人がおらず、無言で固まる教室。
すると、ワッと廊下が急ににぎやかになった。
隣のクラスで終りの挨拶が済んだ子ども達が出てきたのだ。
彼らは通りすがりに好奇心いっぱいの顔で窓から中をのぞいたり、
「何しとるん?」と、教室に入ってきたりする。
教頭と私が注意し、帰るようにと促して、やれやれとなったところで状態は変わらない。
時間はあと20分。
どうする?

「はいっ。 今日のことは、先生に不満があったのでやったのでしょうから、
 先生に何か言いたい事がある人は、意見を言ってください!」
思わず、その場を仕切ってる私が居た。

(つづく)

娘、問題児になる5「崩壊」

私一人が休みの日は家の中はとても静かだ。
ざっと片付けて、のんびりコーヒータイム。
日野先生のコンサートのDVDをじっくり楽しむことにするか。

そんな一時を、電話のベルが破った。

小学校の校長からだった。
中学校校長から話を聞いて早速?
しかしそうではなかった。
「助けて欲しいんです」

二時間目が始まって、娘のクラスの生徒達のほとんどが
荷物を持って教室から出てしまい、中には学校から外に出た子もいるとか。
なぜそんなことに?
一時間目の授業中、例によっていつものごとく男子達の小競り合いが始まった。
そこでの担任の対応に納得がいかない子ども達が騒ぎ始め、
それではということで、二時間目を使って話し合いをするということになったそうだ。
しかし、授業時間は学科の授業をするもの。
校長の指導が入り、担任の約束は反故となった。
「嘘つき!」「裏切り者!」子ども達の怒りは収まらない。
教室を出た子達は他の先生方の制止も一切聞かず散らばり、
異様な興奮状態にあり、手が付けられない状態なのだという。
「とにかく、お母さんに来てもらって○○ちゃんを落ち着かせてもらいたいんです」

娘は、たまに兄達と激しく言い争いをする事もあるけれど、
これまでパニックになるほどの興奮状態など見たことがないので、
これには驚いた。
うちの子が?本当に?「側に寄るな!」と叫んで?まさか・・・
すぐに学校に車を走らせる。
あの子がそんなことになるなんて、よほどのこと。
とにかく精神状態が心配だった。

私が行った時、事態は少し沈静化しつつある所だった。
生徒に事故がないように、先生方はとりあえず一箇所に集めようとするのだが、
言う事をきかず逃げ回る子もいるので、
娘はむしろ探して連れ戻すよう動いているらしかった。

校長室で校長と話していると、廊下を娘が通りかかったので飛び出す。
頬は紅潮してはいたが、いつもの彼女だ。
「イェーイ、お母さん、やっちゃったよ~」と、手のひらでハイタッチ。
安堵と同時に、怒りの塊が突き抜けて全身が一瞬カッと熱くなったが、
殴りそうになるのを抑えて、手のひらを合わせ、落ち着きを取り戻した。
そうだ。子どもの前で私が取り乱す事は絶対に出来ない!
「あれほど言ったでしょ。授業はちゃんと受けるようにと。わかったんじゃなかったの?」
そう叱り付けると娘は、
「違うよ。今回は私が首謀者じゃないから。
 皆が怒って一斉に出て行って、私は連れ出されたんだから」と言う。
しかし、先生方は娘が中心だと信じて疑っていないようだが。
これがレッテルというもの。

やがて私の姿を見た娘の同級生達がドッと校長室になだれ込んできた。
「なんで○○のお母さんだけ呼ぶの。○○は何もしてない。○○は悪くない」
涙を浮かべた真剣な目で一生懸命訴えてくれる。

「いやいや、違うよ。おばちゃんが小さいことでも何でも知らせてくださいと
 先生に頼んでおいたから教えてくれただけだよ。
 それに皆のお母さんは今日はお仕事で忙しいでしょう?大丈夫よ。ありがとう」
そう言ってなだめる。
これ以上、教師と生徒の溝が大きくなっては困るから。

何があるのかわからないまま男子も女子も校長室に押しかけて
ゴチャゴチャの満杯状態になっている中で、
「もう給食の時間です。教室に戻って給食を食べてください。話はそれから」
と、校長が言い、動きたくなさそうにしている子ども達をなんとか追い出した。

翌日に県下の教育研究発表という行事をひかえ、教室は2時までしか使えない。
給食を食べて掃除を済ませると、1時半から30分しか時間がないが、
その間に話し合いをするしかない。
それで納得させられるのか?何を聞くのか、何を言うのか?

こじれた感情は修復不可能なように見うけられた。
女子達は担任が近くにいると「臭い、臭い」と鼻と口を手で覆う。
すれ違うだけでも身をよじって嫌悪感をあらわにする。
男子も完全にタメ口。一言一言に茶々を入れ、揚げ足をとってからかう。
そして、なんとかして担任を辞めさせてくれるようにと私に頼んでくるのだ。
ここまで酷い状態になっているとは、私も思ってもいなかった。

校長と、暗く小さくなっている担任と三人で、校長室で給食を食べた。
どうすればいいかなんて、誰にもわからない。

私も確かに好きな先生ではないけれど、
ここまでくると、生徒による先生苛めなんじゃないのか?
そんな気すらするのだ。

(つづく)

娘、問題児になる4「予感」

一日置いて、木曜日の朝、私は中学校の前に居た。
兄が中二で、その保護者が挨拶運動の当番となっていた。
仕事が休みの日でも朝はなんやかやで忙しく、
今年役員に当たっていない私はこれまで出たことがなかったのだが、
この日ばかりは、中学のPTA会長や校長先生に
小学六年の今の様子を知ってもらっておくチャンスだと思い参加した。

このまま収束するはずがない。きっとまた何か起こる。
そんな予感があったのだ。

前日、学校から帰って来た娘に担任の様子を聞くと、
「私も改めるべき点は改めて変わって行きます。
 いつまでに変わればいいですか?」
と、担任はクラス全員に問いかけたのだとか。

は? いつまでに?
いつって決めたら、その通りにするつもり?
というか、できるのか? 今すぐできないことが?

「うん・・・、でも聞かれたから、
 早い方がいいと思って『11月までに』と期限を切ったよ」と娘。

それで、何が変わればいいか、先生はわかってるの?

「私も聞いた。『わかってるんですか?』って。
 そしたら、『わかってます』と言ってた」

わかってたら、「いつまでに変わればいいですか?」なんて
馬鹿な質問が出るわけがない。
全然何にも変わっちゃいないじゃないか。変える気すらないじゃないか!


挨拶運動もそこそこに小学校の現状をまくし立ててた私に中学の校長は、
「丁度今日、小学校に用があるので校長に話をしてみましょう」と言われた。
「『子どもの意見ばっかり聞いてちゃいけんよ。先生たちとももっと話し合わなきゃ』と
 親に叱っておいたから、と言っておくね」と。
ありがたい。
これで小学校の校長も逃げられない。臭いものには蓋ではいられなくなる。
担任と子どもと保護者、この中だけで問題解決をしようとしてもすでに無理。
食い違う互いの思いを整理し伝える役目の人間が必要だ。

子ども達が少し落ち着いて、
学校側も全体の問題として保護者と情報の共有化や
意見交換ができるようになれば、きっと良い方向へ変わっていける。
全部ぶちまけた上、わずかながら希望も見えてきて、
スッキリと中学校を後にしたのが午前8時半過ぎ。

しかし、そのわずか二時間後に事が起こってしまうとは・・・・・・

(つづく)

娘、問題児になる3「後悔」

「どんな無茶でもやりたきゃやってみりゃいいよ」と言ったらそう出たか。

ただ、授業ボイコットといっても一つの授業だけで、
「後で話しを聞くから席に戻りなさい」と言われて戻ったという、
ささやかな抵抗の試みといったところだが。

怒り狂って学校中の窓ガラスを全部割るぐらいの事はしても構わないと
思ってる私にとっては想定内。まだまだちゃちい、ちゃちい。

ただ、授業を妨害したり、受けなくていいなんて「許可」は出してないぞ、
ということで、〆る所は〆とかなくっちゃね。親として。
まあ、何をするかをあらかじめ聞いていたら止めなきゃならないとわかっていたから、
あえて聞かなかったということはあるけれど。(悪)

担任からの電話を切った後、
娘には彼女がやったことがどういう意味を持つのか、
これで他人にどんな印象を与える事になったのか、
これからどんなレッテルが貼られることが予想されるか、
クラスメイトを巻き込んだ影響、
誰にどんな迷惑をかけることになったか、
自分自身が何を損する事になったか、
思惑と現実に動き出すであろう方向とのギャップなどを
こんこんと話して聞かせた。

「何がやりたかったの?それで思い通りになった?」
ただ自分が「ヤッタ!」ということに舞い上がっているだけで、
現実的には何も解決に向かっていないことにそこで初めて気付く娘。
しかも、「私が首謀者です。全責任は私がとります!」と先生達に啖呵を切った割には
どう責任を取る事が出来るのかには考えが及んでいないというお粗末さ。
「うちはいいよ。まだお母さんはずっとアンタの話を聞いてきて、
 アンタが何をしようが引き受けられるけど、
 他の子を巻き込んで、その子らの親がどれだけ心配すると思ってるの!」

「ああ~、馬鹿なことした~・・・」
途端に落ち込む娘。
「そうか、そうよね・・・」頭を抱えて胃が痛そう。
後悔先に立たず。せいぜい苦しめ、苦しめ。

関わった保護者には一応連絡を取っておいた方がいいだろうと、電話をかけてみると、
案の定というか、思ったとおり担任は他の親には電話をしていない。
ここまで来てまだ事なかれ主義か?
仕事で私が行けなかった先週の参観日でも、何人かの保護者から
子どもが漏らすいろんな不満の話が出て、懇談会は遅くまで続いたらしいけれど。
一緒に教室を出た子の保護者に「なんて悪い事をするの!」と
頭ごなしに叱りつけるような保護者はいないようなのは救いだった。

しかし、「もう二度と授業中に席を立つなどという馬鹿げた行動はするな!」と、
そこは重々釘を刺す。
後悔の痛みを味わったのだから、少しは慎重になるだろう。

・・・・・・と思ったのは、甘かった!

(つづく)

娘、問題児になる2「反乱の日」

「こいつがこんな面白い奴だったとは」
学校から電話があった件を私が話すと夫が笑う。

「笑い事じゃないよー」と言いながら、私も笑うしかないのだけれど。

娘の言い分はこうだ。

とにかく担任はわかっちゃいない。
偏った見方ばかりして、
思い込みで決まった児童を叱ったり濡れ衣を着せたりする。
お気に入りの子と嫌いな子の極端なエコヒイキが歴然。
好きな子には、授業の理解度がそれほどでもなくても
進み方の早いコースに入れて親切丁寧に指導。
嫌いな子は無視。手を上げても無視。
目の前で手を上げてても見えないかのように「誰もいませんね」。
それに対して子ども達が意見をしても聞いてくれない。
いつも話をそらす。言い訳で逃げる。うやむやにする。
非を認めない。人のせいにする。
情緒に少し障害のある子が意味なくキレると、その子を落ち着かせるのではなく、
怒らせる方が悪いと、何もしていない人を叱る。
本当に乱暴な子に対しては何も言えないくせに、
そうでない子に理不尽な怒り方をしてくる。
面倒ごとには関わりたくないという姿勢がありあり。
泣いてる子がいても無視。
具合が悪くてフラフラしてる子がいても無視。
お気に入りでなければ、「大丈夫か?」の一言もない。
それどころか休ませてもくれず、「さっさと動け!」。
そのくせ、気に入った子にはベタベタ。
意味なく近寄っては肩に手を置いたり、手に触ったり。
特に勉強が遅れているわけでもない子を放課後残して個人授業をしたがる。
女子の着替え中に教室の前を通りがかることが多い。チラ見?
放課後、好きな女子の机の中を覗いているらしい。
やたらとタバコ臭いから、校内で吸っているかも。

と、憶測の部分も含まれはするけれど、これでもかというぐらいいくらでも出てくる。
女子は毛嫌い、男子は馬鹿にしていて、言う事を聞く子などいない状態だという。

「ちゃんと話を聞いてください」
何度も申し入れたのにも関わらず、向き合おうとはしてくれない。
この人間をどうしたら動かすことが出来るのか。
娘なりに考えに考えてとった行動が、授業ボイコットという方法だったのだった。

この12歳の馬鹿さ加減は、笑いどころでしょう。

(つづく)

娘、問題児になる1「宣言」

「お母さん、私、問題児になる!」
と小六の娘が言ったのが今週の月曜日。

私が仕事に行っている間に、祝日で休みだった父親と話し合ってたらしい。

学校での出来事。
担任への不満。
これまでとった行動。
それに対しての反応。
それらは毎日私は聞いてきたことだった。

で、納得いく答えを出すためには、
少しばかりハメを外したいと、その許可を求めてきたのだった。

「お父さんはもう許可くれたよ」と言う。
もちろん私に異論はない。
自分が正しいと思うことなら、思う存分動いてみればいい。
何をするのか知らないが。

そうして火曜日からいつものように一週間が始まり、
その夜、担任から電話がかかった。

「今日、ある出来事がありまして、ちょっと心配なものですから」

娘が先導して女子達10人が始業のチャイムと同時に一斉に席を立ち
廊下に出て、先生への抗議のための授業ボイコットをしたのだった。

「ご両親も了承済みの行動だと言うのですが、本当ですか?」

えええええええ~~~~~~!!!!

(つづく)

愛ってなあに?

「愛」って何だろう?

「愛」という言葉は沢山飛び交っている。
歌の中にも、ドラマの中にも、日常にも。
「愛してる」
「愛されたい」
「愛さえあれば」
「愛こそすべて」
「愛は○○を救う」

「愛」って何?
当たり前のように使っているけれど、
皆、確かな意味を知っているのかな。

私にはわからない。
だって、使う人それぞれが
それぞれの思いで、
てんで勝手な意味を乗せてるみたいなんだもの。

「愛してる」なんて言葉は洪水のように浴びて育った。
「あなたが大事」「あなただけが生きがい」
嬉しいなんて思ったことなかった。
ただ、鬱陶しい。
そんな私はおかしい?

「愛しているからこうする」と言われるたびに、
「それは愛じゃないよ」といつも答える。

親は私を「冷血漢」と罵った。
夫は「お前がわからない」と諦めた。
仕方ないね。

愛したい。
愛されたい。
だけど偽物じゃ、嫌なんだ。
だから私は「愛」を口にしない。
名前なんか、いらないでしょう?

理由と説明と目的付きの「愛」なんか、「愛」じゃない。

「あるがままの自分でいい・・・」「もう、自分を許していいんですよ・・」誰もが、いつか気づく言葉だと思ったんです。人の心があるなら、誰でにでも、いつかは届く言葉だと考えていました。想いがあれば・・必ず届くのだと・・・けれど、何度も粉砕されてしまいました。残るのは、繰り返される絶望と、極端な気力の消耗です。心の闇は、素直な想いや愛情を決して受け入れようとはしてくれません。いつも、素の愛情を求め、同じく...
愛情で心を治せるのか?

飄々と

日曜日、小学校の清掃奉仕作業。
久々に顔を合わせた保護者達と挨拶していると、
私の後にPTA執行部の書記になった人が近付いてきて、
「書記ってこんなに大変とは思わなかった。
 ぽあんさん、いつも飄々として簡単そうに何でもこなしてたから、
 今更ながら偉大さがわかったわ~」なんて言う。
自信のない私は自分ではいつもオロオロもたもたしてて、
ぜんぜん飄々となんかしていないのだが、
他人にはそう見えるんだ、とちょっと意外だった。
ただ、疲れてる顔をしたり忙しさを表に出したりはしないようには
心がけていたので、そういった面では成功してたのかなとは思う。
だって皆で気持ちよく仕事したいじゃない。

「飄々と」かぁ。
確かにいつかそんな人になれたらいいなと思っていたのだけれど、
外見をそう見せるのにはとりあえず成功してたみたい。
問題は内面だけれど、これはちょっと・・・遠い。
自分の思う自分と、他人の見る私はずいぶんと違う事がある。
ということは、私から見て「飄々と」見える人もそうなのかもしれない。
自信なんて、誰も持ってやしないのかも。
そもそも、自信って何だ?
できる事を増やすには、経験しかないんだものね。

コンニャクが襲ってきたのか?

「こんにゃくゼリーを喉に詰まらせて幼児死亡」と報道されるたび、
私は「またか」とガックリくる。

この「またか」は、
「パチンコ屋の駐車場の車内で幼児熱死」と同じ種類。

もー、何度も何度も同じ事を繰り返して、
この当事者達は、ニュースを見ていないのかと、
学習能力ないのかと、
こうしたらこうなるとの結果予測もできないのかと、
子どもの安全を守ろうとする気がはなからないんじゃないかと、
呆れるというか、たまらなく腹立たしい。

子どもを殺したのは誰だ?

こんにゃくゼリーが子どもを殺したから、
こんにゃくゼリーを販売禁止にせよと言うのなら、
パチンコ屋も、この世からなくして欲しいよな。
誤飲する危険があるから、タバコも禁止。ピーナツも禁止。
子どもをひくから、自動車も走らせるな。
と、とことん徹底してみろってんだ。

で、結局何がいいたいかと言うと、
もし、この世にこんにゃくゼリーが存在していなかったとしても、
やっぱり何かを喉に詰まらせて死ぬ子どもはいるだろうし、
パチンコ屋が存在してなかったとしても、
うっかり放置されて命の危険に晒される子は後を絶たないんじゃないかということ。

モノが悪いわけじゃないでしょう。
子どもを守らなければならない立場の大人が馬鹿ならどうしようもない。

問題をすり替えちゃいけないんじゃないの?
何のためだか知らないけどさ。

外国ではすでにゼリーにこんにゃくを使うことは禁止されているというから、
そこに足並みをそろえたいという事もあるのかもしれないね。
あちらさんは自分でコーヒーをひっくり返しといて、熱すぎるコーヒーのせいで火傷したと
損害賠償の裁判を起こすような事を常識とする社会だから。
日本もドンドンお馬鹿になっていく。
あー、やだやだ。

私はこんにゃくゼリーを食べた事がないからなくなっても別にいいけれど、
真面目に製品開発をして、安全のための形状も工夫してきた企業の人や、
それを好んでいる人達には気の毒だなと思う。

砂糖のてんぷら

沖縄に行った時、昼食用にスーパーで
ソーミンチャンプルーとサーターアンダギーを買ってみた。
何だかわからないまま食べたサーターアンダギーは
忘れかけていた懐かしい味だった。
ほんのり甘いてんぷらの思い出。

母がてんぷらを作るとき、
子どもだった私は決まってお砂糖のてんぷらをねだったものだった。
最初はてんぷらで作りすぎた衣の処理に困ってやってみただけらしいが、
それを私が喜ぶので、わざと衣を多めに用意するようにしてたようだ。
残った衣に卵とお砂糖を入れて、スプーンで油に落とすと、
ふんわりふくらみ、甘い香りがしてくる。
揚げたてアツアツの美味しい事。

昨日はそれを思い出して、小イワシのフリッターを揚げた後、
残った衣に砂糖を入れて作ってみた。
多様な菓子の味に慣れた子ども達はこの味をどう感じるのか、と思いながら。

いびつな形の何だかわからないもの揚げは、
「美味しい」「美味しい」と、すぐに売り切れ。
これからは天ぷらをする度にねだられてしまいそう、かな?(笑)

幸福のビンボー神様

「お金がない、お金が欲しい」
「生活が苦しい」
「少しでも楽になりたい」

いつもそんな話ばかりする人がいて、
私は可哀想にと同情していた。

私も貧乏ではあるけれど、
そこそこ不自由なく暮らしていけてて、
まあ、ましな方かななんて思っていたから。

だけどそれは、
ああ勘違い、だったみたい。

洗濯機が壊れて、安いのを買い換えたって話をしたら、
「私も」と言うから値段を聞くと、
普通は14万円の物が新型が出るから10万円で買えたと言う。
私のはその差額の4万円・・・・・・

車の買い替えも、今の車を100万円で下取ってもらって、
200万円のを買ったらしい。
私は下取り価格の半分の50万円の中古車だけど・・・・・・

夏には家族でディズニーランド、
我が家は、日帰り海水浴がやっと・・・・・・

いつものように「お金のことで頭が痛いわ」とため息をつく彼女に、
「はぁ・・・、まあ、どこもそんなもんよ」とちょっと見栄を張っている私が可笑しい。

もしかして、私の生活って、
ものすご~く苦しいのかな?
お金がなくて困ってた?

でもね、私はそう感じてないのよ。
貯金まったくないけどね。
どうにかなるでしょってお気楽なもの。

人って、ホント、それぞれだ。

言葉を信じちゃいけないね。
感じ方は皆、違うもの。

他人の評価と命

また韓国の美人女優が自殺した。
韓国では芸能人の自殺が続いているが、
その原因はインターネット上の誹謗中傷にあるとされている。
匿名であることないこと、悪意を込めた内容が
毎日猛烈な勢いで書き込まれて、心を痛めてしまうのだとか。
昨日、そういった書き込みをしているという人が、恥ずかしげもなく
堂々と素顔をさらしてテレビのインタビューに答えていた。
てっきり日本では中二病といわれるところ辺りのガキらが中心と思っていたが、
彼は貿易会社を営むいい年をしたオッサンだった。
熱心に芸能人のブログを荒らし続けていて、
「悪口?書くよ。誹謗中傷じゃなくて、忠告だよ」と悪びれもしてない。
死んだ後まで、「よくぞ死んだ。地獄へ行け!」と書くほどの半端ない人非人だ。
「酷い書き込みに本人や家族が心を痛めると考えないのですか?」との問いには、
「いやぁ、そんなことはないだろう」と、まったく他人の痛みには無関心で、
ただただ自分のストレス発散と快楽だけを追い求めているようだった。
こんなつまらない奴の戯言で苦しめられて命まで落とした女優が哀れでならない。

しかし、なぜ韓国でこれほどまでに酷いネットでの誹謗中傷が繰り広げられるのだろう。
また、後を絶たない自殺の原因は?と考えた時、
かの国特有の閉塞的な競争社会にその要因があるように思える。
激烈な受験戦争、学歴偏重社会、見た目がすべての整形天国。そして濃厚な血族意識。
外的評価を最重要に置き、自らをその基準に合わせて作ろうと懸命な姿が見て取れる。
しかし、学歴で頭の良さを、会社で社会的地位を、ポストで能力の高さを、外見で美しさを測られ、
それがその人自身の価値であるかのような共通認識には、
何かがスッポリと抜け落ちては居ないだろうか。

勝者と敗者が分かれる中、
持たざる者が持てる者に唯一為せるあるとするならば、それは奪うことなのかもしれない。
現実的には手の届かない相手の社会的地位に、信用に、名声に、美に難癖をつけ、
コケ落とすということが、バーチャル世界ではいとも簡単にできてしまうという恐ろしさがある。
駆け巡る情報が本人とは関係のないところで形作る“評価”によって、
その人物の価値が決まるわけもないのに、
あたかも一情報が現実であるかのように錯覚を起こしてしまうこと、それが一番の問題なのだ。

大切なのは、自分を良く知らない人の評価などではない。
実際にどうなのか、だ。

社会が歪めてしまった価値基準の中で自分が生き苦しいと感じるならば、
どうしたらいいかを徹底的に考えればいい。
「なぜ私を苦しめるの?」と問いかけても、姿なき相手が答えてくれるわけがない。
誰に言っているのか? 誰に言われているのか?
ただの幻ではないか。

こういったことはもはや他人事ではない。
国内でも裏掲示板等によるネットトラブルは連日後を絶たないし、
誰がいつ当事者になるやもしれない可能性を持っている。
誰かに何かを言われたとしても、それで自分の何が損なわれるのか。
どんな実害があるのか。
そこをしっかり踏まえた上で、対策を取るべきものは取り、無視するものは無視。
と、割り切るべきだろう。

いざとなれば、パソコンも電話も捨てればいいのだ。
誰も知らない山奥で一人ひっそり魚でも釣って暮らしたっていい。
そう考えるだけで気分は楽になる。
逃げるなら、そっちだ。
死んだらおしまい。
生きて何をしたいか。
それを妬んで邪魔する人達は、自分にとって全く価値がない不必要な存在。
価値は自分で決めるものだ。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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