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パン、ツー、マル、ミエ!

「ひどい!」
思わず悲鳴に近い声を上げてしまった。

↓このミス・ユニバース日本代表のナショナルコスチュームの写真を見て。
下半身丸出し着物 [写真でみる] 問題となった過激な衣装

これをデザインしたのは、有名(らしい)デザイナーズブランド「義志」の緒方義志氏。
公式ブログによると、コンセプトは、
>「着物は奥ゆかしき日本人女性の象徴である」という現代の日本人が作り上げた妄想と、
>「着物は未来永劫変わってはならない」という、
>これまた現代の日本人が勝手に作り出した不文律の否定

だそうだ。

「奥ゆかしさ」という日本人としての美徳を損なう下品な衣装との批判には、
>そもそも、世界一の美を競う大会で
>「奥ゆかしさ」を一番の武器にして勝とうとする戦略は、
>その理論構築が完全に矛盾していると言わざるを得ません。
>「奥ゆかしさ」はアピールするものでないのですから。
(中略)
>そこで、今年は、着物を軸にして如何に日本人女性の大胆さや色気を
>刺激的に伝えるかということに挑戦したのです。

ということで、うわー、もう感覚がブッ飛びすぎて、
この人、日本人じゃないんじゃないかという感じすら受ける。

日本の美を世界に誇るというのは、世界受けを狙うということなのか?
このファッションを現代風となった日本の民族衣装だと思われてOK?
多くの日本人が「ゲーッ」と感じるのに。

姫ギャルだって↓これぐらいの慎み深さとセンスは持っている。
浴衣ギャルViVi7月号より

当然のことながら、彼のブログには連日批判の声が怒涛のごとく押し寄せている。
それはそれで日本人としての美徳に欠ける事ではあるが。(笑)

時代の先端を行くデザイナーは規制の概念に囚われてちゃいけないのだろうけれど、
だとしたらミス・ユニバース日本代表の衣装を彼に発注するのが
そもそもの間違いだったということにならないか?
依頼したのはなぜかフランス人プロデューサー。
いったい、ミス・ユニバースって何をする大会なのかわからなくなってきた。
今回は水着ならぬセクシー下着審査もあったらしいしね。下着審査


最終的にこの騒動は、パンツが見えない程度に丈を直す事に落ち着いたらしい。
それでもアレで世界に出るのは恥ずかしいと思う私は、
「着物はこうあるべきだ」の妄想の世界に生きているからなのだろうか。
下半身丸出し着物が、世界を虜にする情熱的で官能的な
日本人女性の魅力や輝きを表現
しているというのが客観的現実で?

デザインに理屈と言い訳を持ってきた段階で終わってるよ。
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ビバ転職!

人生、何がどう転ぶかわからないもの。

私は今、前の会社を辞めて来月から新しい会社に行く事が決まっている。
1ヶ月前には予想もしていなかったのに。

沈没する船からはさっさと逃げなきゃな~と思いつつも、次の当てがあるわけでもなく
踏ん切りが付かなくてしばらくズルズル来ていたけれど、
二週間前、従業員が一人ずつ社長室に呼ばれて、
これまで何度かの賃金カットをしてきた上に更に大幅に時給を下げる話をされたので、
「辞めます」と言ってアッサリ終わった。
他の人達は、「受けるしかないか」「正直、やる気はなくなるけどね」と
ブツクサ言いながらも残るらしいので、これ幸い。
本当は今月いっぱい在籍して働く予定となっていたのだが、
「仕事がないから今日は休んで」と毎日出勤直前に電話連絡をかけて来られたので、
結局それから一度も仕事には出ていない。
そういうことをする会社だ。
昨日は置いていた私物を取りに行き、「お世話になりました」と丁寧に挨拶をしてきた。
あれから別に一人が辞めさせられており、また新しい人が入社してきていた。
もう、どうでもいいが。

で、次の会社なのだが、
こちらは日蝕の翌日に面接に行って、ほぼ即決みたいなものだった。
新聞社の求人広告に載っていた自宅からさほど遠くない会社でのデータ入力。
たぶん、この上もなく私にピッタリの仕事。
「こんな仕事でお金になればな~」と漠然と思っていた事が
具現化したかのような成行きなので楽しみでワクワクしている。
人は明るいし、給料はいい、社会保障もしっかりしてて言うことなし。
今日は入社前にちょっとした打ち合わせに行ってきた。
会社は古いけれど新規事業なので、新しく設置した事務所には、これからデスクが入る。

たった二週間でこんなに環境が変わるとはね。
面白いよ。

子ども手当てと子なし課税

民主党の子ども手当てがあちこちで話題になっている。
たいていが、「8割の世帯が増税になるのは不公平だ。けしからん」の論調。
こんなもんだ。
少子化を憂うようなことをいつもは言っていながら、いざ具体案が出て
それが自分の得に直結しなければ口を揃えてブーイング。
代案を持っているわけでもないのに──というのは、これまでの野党にも当てはまることだが。

しかし、「不公平だ。損だ」と声を上げる人達の頭の悪いことよ。
子どものある家庭だけが得になって、子どものいない家庭は損だと思うなら
子どもを持って得をすればいいではないか。
年齢的に無理な人なら養子でももらって。
なぜそうしない?
仕事を続けたいから、経済的に難しいからの理由で子なしを選択したのは、
仕事を諦めたり必死で時間をやりくりし、
生活で自由になるお金を切り詰めてまでも子どもを育てより楽だと思ったからだろうに。
本当は子どもが欲しいのに泣く泣く諦めてきたのなら、
そうしなくてもよくなる可能性を喜んでもよさそうなものだ。
そもそも子どもが欲しくなかった人達だって、老後は今の子ども達が
大人になって納める年金によって支えられる事になっている。
子育て世帯からすれば、苦労して育ててきたわが子の収入から年金が引かれ、
好き勝手に生きてきた子なしの人達を食わせなきゃいけなくなるのだから、
それこそ割に合わない不公平な話じゃないか。

一部の人だけが潤って、大勢が不利益となるから悪法とされるなら、
互助の精神は成り立たない。
健康な人の払う保険料が病人にだけ使われるのは不公平だと言っているも同じこと。
沢山稼いでいる人の払った税金が、
働いていない人の生活保護に使われるのも許せない事になる。

論点はそこじゃないだろう。
そもそも、子どものない世帯に限り特別に課税するわけでもないのに、
「子育て世帯以外は負担増」という言葉のイメージに振り回されすぎだ。

とはいえ、私も子ども手当てに賛成しているわけでもないのだが。
もちろん貰える物ならもらいたい。
子沢山で汲々としているから少しでも助かるのは確かではある。
しかし、それによって全体で金額に見合うほどの子育て環境の改善がなされ
少子化に歯止めがかかるかといえば、また別の話という気がしてならない。
子どもを育てやすい社会の整備は絶対必要。
同じお金を使うなら、何に化けるかわからない個々に任せたばら撒きよりも、
産婦人科や保育所の充実や、産休を援助する制度作りが最優先。
そちらの方が今子育て中の家庭や、
これから子どもを持ちたいと思っている人達の願いにより近いと私は思う。

責任ある立場にある人達、またそこを目指す方々には、
国民が何に困っているか何を求めているかまず知って、それから考えて欲しい。
とりあえず、今、安心して出産できる産婦人科が少なくなって、
どこにかかったらいいのか困っている妊婦さんの話は当たり前に聞くご時世。
その悩みは、お金をもらっても解消しないわけだから。

金持ちのお菓子ズラ

やっと買えた。
ドラマの銭ゲバに出てたお金持ちのお菓子、マカロン。
1個210円。
マカロン
なので、7つで1,470円也。
夫に見せると、「俺なら普通にケーキを買うけどな」と言う。
くーっ、私も本心ではそう思ってるんだから言ってくれるなよ~。
食後のデザートとして「よーく味わって食べなさいよ」と一人一つずつ食す。
貧乏人は金持ちのお菓子を食べるときも貧乏臭い。
あまーくて、ネッチョリしてる小さなお菓子は、
惜しみつつ食べても味がよくわからないうちにすぐ消えた。
はい、おしまい。
あっけない。
でも、一度食べてみたかったから良かったよ。
満足満足。
たぶん、もう二度と買うことはないなー。
次食べる時はたぶん手作りすると思う。
自分好みの味のをたらふく食べたい。

壁を殴れ

バイトして自由に使えるお金がある。
あちこちに知り合いもできて行動範囲も広くなった。
自分のことは自分で決められる。
もう子どもじゃない。
だけど、大人でもないから
子ども扱いに甘んじなければならないのが腹立たしい。

そんな気持ちなのか、最近、高2の長男がイラついていることが多い。

とにかく親に反抗的。
何か言うと、「わかっとる!」「勝手にするけん」「ウザい」「気分がシケた」
「ああもう、お母さんは口出さんでいい!」
だけど、黙ってたらとりとめもなく馬鹿をやり、
小学生でもまだましだと思うぐらいガキだから言うのだが。

1学期の終りぐらい、夕方担任の先生から長男に電話がかかったことがある。
昼寝をしていたのを起こして電話口に出し話を聞いていると、
どうも彼の昼間の学校での態度が悪かった事に対しての注意の電話だったらしい。
教師にも反抗的なのか。
「ハイ・・・、そうじゃないです・・・、いえ、すみません・・・はい・・・・」
結構長い時間電話は続いた。
そして切った途端、「クッソー、ムカつく!偉そうにウダウダと難癖つけやがって!」
と大声で切れて、壁をガゴッ!と殴った。
奴の寝起きがメッチャ悪いのは知っているが、それはないだろうということで、
「ちょっとぉ、殴るなら外のブロック塀を殴っといで!」と言うと、
「やだ、痛いもん」とくる。
お前な~、なんと軟弱な。
「家の壁はモルタルだから凹むからやめて」と言ってやっと、「あ、ゴメン」と我に返った。

「俺、最近なんか感情的になりすぎていけんわ」と自分でもわかってて、
抑えようとはしているらしいのだけれど、たまに暴発するのはどうしようもないらしい。
そういう時期だから仕方ない。
私もそうだった。と遠い遠い昔を思い出す。

とにかく無性に大声出したくて、演劇部に混じって校庭で発声練習でがなりたて、
それでも足りなくて部屋の布団で枕を顔に当てて「アーー、アーー、ギャアーーー!!」
腹立たしくてイラついて何かを壊したくてじっとしていられなくて、
素手でブロック壁や大きな木をガツンガツン殴っては
拳の関節の所を血だらけにしてみたりしてたもの。ガラスも蹴破ったし。
それに比べれば、息子はまだまだ大人しい方。
もう少し暴れてくれても大丈夫なんだけど。
なんせ私は、親をぶん殴って進学を認めさせたりもしたからね。
「私の邪魔をするなー!」とか言って。

あと三年で成人式か。。。

何でもいいからやってみろ

一昨日、昨日と長男を広島市内まで送り迎えした。
High School MUSIC CAMPに出場のためだ。
リハと本番。
これが彼の初ライブ。
ギターをやる。
バンドメンバーはネットの募集で集まった人達で、
なんと全員による音あわせはリハーサル合わせてたったの2回だけという、
恐ろしくもブッツケ本番出たとこ勝負。
ええんかいの。
長男は「ガムシャラ」とか「情熱」とか「根性」とか無縁の根っからのテキトー男なので、
当然練習もさほどやってない。
直前になって、「3曲中、1曲が全然わからんのじゃ」「譜面見んとひけん」と慌て出す。
それでも昼夜逆転の奴にしては珍しくこの2日は早く寝て、朝も早起き。
ライブの朝、頭をシャキッとさせるためにコーヒーを勧めたが、「ジュースでいい」と言う。
車で向かう途中、何度ため息をついたことか。指先冷たくしているよ。(笑)
「どうしよう。苦しい。気分が悪い。コーヒー飲んでたらたぶん吐いてた・・・・・」
と青ざめて車を降りる息子。
「ガンバレー」と笑って見送る私。せいぜい叩かれて来い。

夕方、東急ハンズ前で落ち合った。
「いやー、面白かったよー!」
朝の消沈振りが嘘みたいに、はしゃぐはしゃぐ。
いろいろポカもあったり、審査員に指摘されたりはあったようだが、
ライブの空気は思う存分堪能できたらしい。
「俺、頑張るよ。この夏は思いっきりいい夏にするんだ!」だそうで。
そりゃいいんだけど、勉強の方も少しはどうにかして欲しいんだけどねぇ。

次は8月1日、バンドバトル【夏の陣】

多産のススメ

この一週間で小学校、中学校、高校と懇談を終え、子ども4人の成績通知表をもらってきた。
ピン(クラストップ)からキリ(クラスドベ)まである。
まあまあよくも幅広く出揃ったこと。(笑)

育て方の何がどう違ったらこんな差になるのか、思い当たるふしはない。
どの子に対しても接し方は同じだったはずだし、最初は不慣れだったのが徐々に落ち着いたという事だったら、段階的に成績が上がってもいいものなのにそうでもない。
成績が良い子はやはり、赤ちゃんの頃から何にしても飲み込みが早く、自分でやりたがる事が多かった。
ちょっとやって出来ないと諦める子、やろうとしない子は勉強に対しても同じ傾向。
最初の反抗期の1歳半あたりでもう性格の元はあらかたできてたように思う。

去年まで小学校にいた一人の先生は、長男・次男・長女と3人を担任してくれた事があり、末っ子もご存知で「兄弟でもこんなにも性格が違うものなんですね」と懇談に行くたびに言われていた。

私にとっては4人の子ども達の性格や行動、成績が各々まちまちなのは良かった。
もしも成績の悪い子だけだったら、「どうして勉強への意欲がもてないのだろう」「こんなに成績が悪いのは私の育て方が悪いせいだろうか」と悩んだかもしれない。
成績の良い子だけだったら、自分の手柄のような気になって「もっともっと」と要求したかもしれない。
また、2人兄弟だけだったら、上の子と下の子をいちいち比較するようになっていただろう。
でも、てんでバラバラ。
それが、私のせいでもお陰でもなく、子ども達自身の元々持っている成長力なんだろうなと思わせてくれている。

もちろん親として子どもに100%満足しているわけではなく、やはり勉強嫌いな子にどうやってやる気を出さすか、将来の夢を持たすには、肩の力を緩めさせるには、なんて事は常に考えてはいるのだけれど、その時その時の対応で最善をもって当たるしかないなという所に落ち着けているのは気が楽だ。

「こんな子育て方をしたら、こんな子どもになる」とよく本に書いてあったり、専門家が口にしたりしている。
しかしそれは間違いではないけれど、ほぼその通りにはならないということも、経験があって知ること。
人間は機械ではないから、万人に共通してどこのスイッチを入れたらどう動くかが決まっているわけではない。
怪獣を見せれば、ある子は笑い、ある子は興味を持ち、ある子は怖がり、ある子は嫌う。
家でお絵かきをしたい子もいれば、じっとしていられず外で走り回る子もいる。
友達を沢山作る子、1人で楽しめる子もそれぞれ。
子どもとはどうあるべきで、どうであったら悪いなんてほとんどないようなもの。

子育てに悩む母親は増えていると聞く。
子沢山が当たり前だった時代より、今のほうが生活は便利に豊かになっているはずなのに、自由な時間が持てないとか、自分の思うように育ってくれないといったストレスを感じて。
そういった情報を耳にして、これから子どもを持つのを躊躇する若い人もいるという。
彼女達は言う。
「子育てに自信がない」と。

だが、子育てに自信がない人にこそ、子沢山をお奨めしたい。
いちいち細かい事に拘っていられないぐらい忙しい毎日。
やれ熱がある、やれ怪我をした、夜なのに帰ってこない、危ない事をしてるんじゃないか、他所の子を叩いた叩かれた、不安も心配もありとあらゆる感情が怒涛のごとく押し寄せるから、クヨクヨしていられないし、先を考える余裕もない。
悩んでる暇がないうちに子どもは勝手に大きくなるので、結果、楽なのだ。

ただ、子育ての成功を望む人にとっては、どうかわからないけど。

子どもとケータイ

学校でケータイについての問題が取りざたされている最中だというのに、
ある子どもが新しく買ってもらっていた。
塾の帰りが遅いので必要という理由。
「それならあった方がいいね」とそこでは私は別に何とも思わなかったのだが、
次の話を聞いて、んんん?と首を傾げてしまった。

ケータイを持っていなかったこれまでは、
終わったら塾の先生が自分のケータイを貸してくれて家に連絡をしていたのだそうだ。
新しくケータイを買ったと聞いて先生は
「わざわざ買わなくても先生の使えばよかったのに」と言ったのだが、
それをその子は
「ケチな先生が電話代をもらおうと思ってこんな事を言う」と友達に文句ブチブチ。

いやいや、それは違うから。

携帯電話会社は各社共、ケータイ使い方教室を開いて
モラルやリテラシーの向上を図りさえすれば大丈夫とあらゆる所で強調しているけれど、
子どもの頭の中がこんなものであることを本当に理解しているのだろうか。

欲しいものはどうしても欲しい。楽しい事はやるにきまってる。邪魔する人は嫌な人。
自制が利くものか。

たまごのピラミッド

子どもや若者が騙されるならまだわかる。
知識、経験が少ないのだから。

しかしなぜ、中高年が?

今まで何度も何度もこの手の事件がニュースを賑わせてきたじゃないか。
テレビ見ないのか? 新聞読まないのか?
いや、それよりもこれまで一度もこの手の誘いがかかったこともなかった?
マルチビジネスのピラミッド図を見せられたのも初めて?
嘘でしょ。

ああ、たまごのピラミッドは初めてだったのね。
そうか。
だからまさかネズミ講と同じ仕組みとは気づかなかったんだ。

そりゃしょうがないね。
うん、うん。
年金も不安だしね。
もう、本当にしょうがないね。

会員特別価格14,175円のドライブルーベリー
会員特別価格14,175円のマリンコラーゲン
会員特別価格14,175円のキチン・キトサン
会員特別価格14,175円の三種混合黒にんにく
会員特別価格14,175円のモイスチャリフトクリーム、リフトスキンパック
会員特別価格14,175円のスキンコンディショナー、オーツーパックアンドフォーム
会員特別価格16,800円(新規19,950円)(税込)のSuiso-shin(スペシャルセット)

年金型ボーナス収支予想表毎月このどれかを買い続けるだけで紹介しなくても配当が増えるのも、
払ったはずの年金が消えるほどには不思議はないもんねぇ。

立派な企業理念を持ってる社長だもの。
代表取締役挨拶(HPキャッシュより)

きっとこれは、悪質な除名者や退会者がマスコミを利用して
営業妨害をしているんだよ。うんうん。
お知らせ(HPキャッシュより)

つい最近も似たような文章を読んだような気がするが。

それにしても、こういった事件が起きるたびにテレビに出るのはいつも紀藤弁護士。
消費者問題、悪徳商法問題に、カルト宗教被害に、インターネット犯罪にと引っ張りだこ。
他に詳しい人いないの?

日蝕観測

お天気が心配だったが、広島では雲はあるものの太陽が顔を覗かせてくれた。太陽遮光板

私の仕事の予定もキャンセルになったので、
幸いにも日蝕の最初から最後まで観測する事ができた。
ダンボールにピンホールを開けて影を観るはずが、
娘が学校で太陽の観察をした時の遮光板を持っていて、これまたラッキー。

蝕の始まりは、9時50分過ぎ。
おおー、右上が少し欠けている。
日蝕1 日蝕2
目で見るほどハッキリはしないけれど写真にも撮れるとわかり、
枠からプラスチック板を外して、大き目の厚紙をくりぬき貼り付ける。
これで撮影する時にうっかり太陽を見てしまう危険がない。
日蝕3 日蝕4
露出補正やホワイトバランスをいろいろいじってみているうちに、どんどん変化していく形。
しかし、ここで厚い雲がかかり見えなくなる。
がっかりと焦りで空を見上げると、雲をすかして肉眼で丁度きれいに見えている。
すかさずシャッター。
日蝕5 三日月のよう。
遮光板を通して写すと回りと太陽の光度の差がありすぎてぼやけてしまう。
日蝕6 日蝕7
周囲が薄暗くなったのは天気のせいか?
蒸し暑かった空気がスッと冷たく動きを止め、ゆっくりと降りてくるような。
鳥の声はする。セミも鳴いてる。それなのに、静か。
日蝕8

日蝕9 日蝕10
また徐々に暖かさを取り戻してくる日光。
ざわめきも戻る。
日蝕11 日蝕12
お昼すぎに、このエキサイティングな天体ショーは終わった。日蝕13
途端に首が痛くなる。
ずっと見上げていたから。

次の来年7月の南太平洋での皆既日蝕には行けないけれど、
1月15日には部分日蝕があるし、
2012年5月21日には、国内25年ぶりの金環日食もあるから、
遮光板を使ってしばらく楽しめる。

我が家の猫は、日蝕に関係なく眠りこけていたよ。

はじめてのキャンプ

この土日は海にキャンプに行った。

日帰りのピクニックにはよく行くのだが、泊まりのキャンプは私も夫も学生時代以来。
一緒に行く夫の中学校からの友人がキャンプ慣れしているということなので頼りになる。
メンバーは、こちらはバイトのある長男を除く5人+妹の子ども2人。
友人は子どもさんがオープンキャンパスに丁度当たってて夫婦2人。

この日のために夫はセッセと地域の情報紙のテント組み立て
「くださいコーナー」に広告を出し、
テント特大1張、中2張、寝袋2個、飯ごう、アルミ鍋、
食器セット等、結構なキャンプグッズを手に入れていた。
私が買ったものはテーブルとマットと小さなランタンぐらい。
もらったテントには説明書が付いていないので、
まずは事前に組み立て練習。
カーポートで、何がどこだと頭をひねりながらなんとか
形にしてみた。足りないものはなさそう、かな?

出発は朝、9時。軽四2台に7人乗り。
荷物が多すぎて「これ以上入らん!」と言う夫を無視してドンドコ玄関に積み上げてたら、
ブツクサ言いながらなんとかかんとか入れてやんの。やりゃあ出来るじゃんね。
途中、肉と飲み物を買ったらもう人と荷物が渾然一体化してたけれど。
行き先は、毎年海水浴に行く周防大島。
いつもは立岩のプライベートビーチだが、今回は片添ヶ浜サンシャインサザン瀬戸。
現地で友人夫婦と落ち合い、オートキャンプ場を借りに行くが生憎と満杯だったため、
急遽「特Aサバイバルコース」に変更となった。
「初心者には大変かも」と申し訳なさそうに言われたけれど、
私は最初からそのつもりでいたので何て事もない。
シャワーもトイレも別に要らない。
ベタベタドロドロのままでも平気平気、その辺に穴を掘って用を足す。
これぞキャンプの醍醐味だ!

テント タープを張って火を起こしたら、とりあえずビールで乾杯。
 お昼は作ってきたお握りで軽く済ませ、テントの準備にとりかかる。
 組み立て方は練習の甲斐あり手際よくできたものの、
 ロープとペグに難儀した。
 何しろサラサラの砂浜。ペグは入りやすいが抜けやすい。
 その上悪い事に台風並みの強風が吹きつけるという天候。
 大きな石を男の子等に運ばせて、
 夫の友人がロープを固定してくれなんとか落ち着く。

海 海2

そしていよいよバーベキュー。焼肉用のお肉と、丸鶏2羽。炭火
いい炭火でこんがり焼かれてもう最高。
しかし、子どもがいるとなかなか大人の口には入らない。
「おーい、焼けたぞー」
「は~い」
で、海から走って上がってきては、
バクバクバクバクっと食べてサーッといなくなる。
またしばらく焼いて、「おーい、いいぞー」で、
バクバクバクバク、サーッ・・・・・。
まるでピラニア軍団だ。
友人は「あれだけいい食べっぷりをしてくれたら、せいがええね」と言ってくれたけど、
ちょっと顔が引きつってたかも。 (;^ー^A 

この辺ではアジが釣れると聞いたので、男連中は夜釣り。
潮は悪く風があるし前日は地震もあったのでコンディションは悪かった割に
大きなアジを2匹と小さいのを5匹釣っていた。
これは美味しいお刺身になると楽しみにしていたのだが、
友人が先にピラニア軍団を呼んじゃうもんだから・・・・
ワーッと来て「ごちそうさまー」と去った後には、きれいにお皿だけ残されていた。
「せ、せいがええね・・・」ポカーンとする友人。
いやもう、スミマセン。
マシュマロ焼き TENTO2.jpg

遅くまでグダグダと飲みテントで寝たのだが、テントが転倒
この夜の風は半端じゃなかった。
ゴーッと吹き荒れるとテントの外幕はめくれてはためき、
全体が思いっきり揺れて傾く。
今にも飛んでいきそうなのに、子ども達も夫もグースカ。
私一人が一睡も出来ず。
柔な神経じゃないはずなのに、この人達には敵わないよ。

無事一夜が明け、やれやれと朝食をとっていると、
やおら突風が吹き抜けテントが転倒。(洒落じゃないよ!)
ほらね、こんな風だったんだから。
日焼け1
 お昼に帰るまで思いっきり泳いでくればいいのに、
 末っ子以外は海に近付こうとしない。
 その理由は、日焼け。
 真っ赤ッ赤になって痛くて熱くてそれどころじゃないようだ。
 小学生はプールの時間があるので徐々に日焼けに慣れていたが、
 中学にはプールがないのでいきなり焼いたのがこたえたらしい。
日焼け2

            見て、お腹と背中のこの色の差!!→

お昼丁度ぐらいに帰路に着く。
来た時と同じく、夫の先導に私が付いて。
しかし、夜に寝ていない私には長時間運転は酷すぎる。
眼を見開いていても、意識が飛ぶ。
ヤバイ、ヤバイ。
車を止めて10分仮眠。
眠気は治まったものの、夫とはぐれたせいでここから
方向音痴の私の大冒険が始まるわけだけど、それはまた長くなるので省略。

宿題と保冷剤 昼までぜんぜん平気で遊びまわっていた末っ子だけど、
 夕方から大変なことに。
 日焼けは後から来るからね。
 夏休みの宿題をやりたいのに、背中が痛くて堪らない。
 なんとか保冷剤を当てたままできないか。
 で、この体勢。
 いや~、頑張りますな~。

あー、楽しかった。この夏、もう一回ぐらいキャンプに行けるかな。
次はもうちょっと手際よく遊べると思うんだけど。

日蝕の愉しみ方

明日が日蝕なのにお天気が心配な所だ。
できれば日本中がカラッと晴れれば言う事なしだが、
無理ならせめてツアーで島に渡ったりした人達だけでも見えて欲しい。
次の機会は26年後という、滅多にない天文ショーだから。

私は前の時と同じく写真のフィルムの黒い所で見る気満々だったのだが、
そのやり方だと失明の恐れありと聞いたので、ダンボールに穴を開けて見る。
まあそれも仕事がどうなるかによるけれど。

私は昔からの天文マニアなので宇宙の情報はいつも気にしているが、
普段あまり関心のない一般の人でもこうして盛り上がのはなんだか嬉しい。
皆、神秘とかロマンとか圧倒的に大きな力を感じさせる物がやっぱり好きなんだな~って。

しかしここにきてまた別の動きをする人達もいるということを知った。
なんでもあるネイティブアメリカンが「日蝕を見てはいけない」と言っていたから、
蝕の間は太陽の見えない場所にこもって自分の中を見つめるのだとか。
日蝕は人間にブレーンダメージを与えるそうだ。
人間以外の生物はその時間影響を恐れてどこかにこもってしまうらしい。
呪術師、聖者、道士、アフリカ人、占星術師で日蝕を見る事をすすめる人はいないという。
そんなに危険なんだ?

この話が出た途端、またサアッと情報が伝播していくのが面白い。
いろんな人が既にブログに取り上げている。
もしかして今、スピリチュアル界は、「最大限に日蝕のエネルギーをもらおう派」と
「日蝕の影響を受けず内面を見つめよう派」に分かれている?

今後、日蝕を見た人と隠れていた人との間でどう差がつくのかつかないのか。
それを観察するのもまた一興。
いつものごとく過ぎたらサラッと忘れて「次行ってみよー」となるとなるだろうけど。
宇宙の目玉騒動の時みたいに。
結局のとこ毎度毎度、損得勘定と恐怖に振り回されてるだけってのが笑えるよ。
自然であろうとするのがもう、ナチュラルじゃないから。

私は日蝕を見るのはもちろんの事、動物達も見ておこうと思ってる。
本当に人間以外の動物は隠れてしまうのか。
猫は怯えるのか、鳥は飛ばないのか、セミの声は止むのか、
気温は下がるのか、恐怖感はどうなのか。

晴れて欲しい。曇りでも暗くなるのはわかるかな。

子どもを王様にした親の話

中学校PTAで市警察少年育成官の方を招いての防犯講習会があり、
今現在の少年犯罪の実態から、傾向、心がける事など詳しくお話を聞いた。
さすがに直接的に子ども達や親達と接する立場の人だけあって、
具体的なやり取りの中から見えてきた物は人をひきつける。
1時間半はあっと言う間だった。

いくつかの印象的な親子の話しをされた中で私が一番胸が痛んだのが、
「子どもを王様にした話」。
過保護な親が子どもの言いなりになっているうちに、
家庭内暴力を振るうようにまでさせてしまったという、
今更珍しくもないよくある話なのだが、
その親の心と子の心の違いを知った時に、堪らないと感じて。

その男の子は小さな頃は良い子だった。
両親は彼をとても可愛がって、不自由はさせないように大事に大事に育ててきた。
しかし大きくなるにつれ、息子は親に命令をするようになる。
ああしろ、こうしろと言いつけ、逆らうと切れる。
暴れる、物を壊す、拳はまず母親に向けられ、やがて父親にも。
悪鬼のごとく凄まじい形相で荒れ狂う我が子になす術もない両親。
警察も相談を受け解決策を探るのだけれど、改善の見通しはなかなか立たない。
そんな日々が長く続く中、疲れた父親がこんな本音を漏らした。
「こんなこと考えちゃいけないのは分かってるんですが、
 いっそ事故にでもあってあの子が死んでくれないかと思うことがあるんですよ・・・」と。
母親も
「あんな子、最初からいなければ良かったのに・・・」。
警察では親の話を聞くだけではなく、子どもとも話し合いの時間を持つ。
そこでイメージカードを使った遊びをしてみることにした。
短い単語が書かれたカードを見せて、パッとひらめく言葉を言うゲームだ。
その子が「お母さん」と書かれたカードを見て出た言葉、「優しい」。
「お父さん」のカードを見て出た言葉、「優しい」。
「頼れる人」のカードで、「両親」。
迷いなく、即答。
「そう、お父さんもお母さんも優しいの。頼りになるのね」の問いに、
「うん」と屈託のない照れ笑いをする子ども。
その話を両親はどう聞いたのだろう。 ──とそんな内容。


思い通りにならなければ壊す、殴って支配しようとする子ども。
手を上げたこともない優しい両親なのに何故?と思われがちだけれど、
鍵はやはり親が握っていたようだ。
「思い通りにならない子はいらない」だったのだ。
もちろん直接口に出して言った事もないだろうし、
子どももまさかそんな事を思われているとは知らないけれど、伝わらないわけがない。

なぜこんなにイラ付くのかわけも分からず、
求めても求めても満たされない子どもの心。
優しく頼れる人を殴るのは、こんなにも痛いのを「わかって!」の叫び。
愛じゃないものを愛だと思い込んでいた結果だから親は仕方ないけれど、
一番の被害者は子どもなのにと、そんな辛い話だった。

眼からウロコが落ちました

以前書いた「エセ科学の道徳教育」「忘却からの帰還」のKumicitさんがトラックバック記事を書いてくださっている。

適当に思いつきだけで書いている私は、元ネタのソースを調べた先が英語しかなかったとわかった段階でアッサリ諦めたのだが、Kumicitさんのブログでは更にその先まで調べに調べて、Elmer Gatesの実験内容から、誤解される元になった最初の記事、部分的に流用されて脚色された記事たちをズラッと紹介してくれている。
伝言の伝言でいつどのように形を変えていったのか、とてもわかりやすい。
そして、遂にある意図を持って日本で利用されるに至っては、荒唐無稽な説が一般常識のように幅を利かせ広まっていく様まで追ってあり、ある筋でのその話の重用のされ方は予想以上だった。
こんなにも元の実験とは似ても似つかないほどの成果が上がっていては、Elmer Gates博士もおちおち墓に埋まってられないぐらいビックリだろう。

こちらでは、「眼からウロコが落ちる本」のその他の都市伝説や、「百匹目の猿」の嘘についての記事もあり、他にも読みどころが沢山。
もう私はここで、「えっ、これ嘘だったの?騙されてた~~!」が何個あったことか。

だけど、「眼からウロコが落ちる本」がウロコをかぶせる本だったとは、皮肉だなぁ。

クソミソ症候群

最近、トイレで食事をする学生がいるのだそうだ。
味噌も糞もいっしょだな、オイ、
ということで私が名づけるなら「クソミソ症候群」とするところだが、
精神科医がもうちゃんと名前を付けていて、正式には「ランチメイト症候群」と呼ばれている。

別にトイレで食事を取る事だけを指すのではなく、
大勢が集まる場所で一緒に食事をする仲間がいないことを極度に恐れる状態をいう。

誰かと一緒に食事をした方が楽しいので一人で食べるのが寂しいというのはわかる。
だが、この症候群はそういうことではなくて、
一人で食べている所を他人に見られるのを異様に恐怖するというもの。

周囲が仲間連れでいる場所で一人で食事(の現実)

「あの人、ご飯を食べる友人もいないのね」と思われる(だろう)

「誰も一緒に食事をしたくないぐらい魅力がない人なんだ」と思われる(だろう)

「つまらない価値のない人間だね」と思われる(だろう)

皆に魅力のない価値の低い人間だと見られる自分はダメな奴・・・(と決定!)
ああ、辛い。ああ、孤独だ。ああ、いたたまれない。。。

となるらしい。
そりゃあまあ、そこまで色々気苦労を重ねるぐらいなら、すきっ腹を我慢するか、
誰にも見られない所でコッソリ食べる方がなんぼかマシとは思うよね。
一人で食べている所さえ見られなければ
価値を落とさないとする根拠は何なのかはわからないが。

しかし、食事時に汚い話題を出す事すらマナー違反だというのに、
排泄する場所で食事って、どんな躾を受けてきたのだろう。
いや、衛生とかルールがどうとか以前に生理的に受け付けない物があると思うのだが。
場所が場所だし匂いもあるし、
それこそ誰かに知られたら軽蔑されるのに値する行動なのに。
なにより楽しく美味しく頂くべき食事をそんな格好でなんて、惨めすぎる。
「友達もいないようなお前は人様と同じように学食で食べる身分じゃない。
 お前は便所で飯を食うのがお似合いな程度の人間なんだよ!
 哀れだね~。カワイソ~。プゲラ」
と、自分で自分をそんな扱いしてるのに。

妄想根拠の自己虐待?

こんな傾向は、学生だけではなく社会人や主婦にも増えているらしい。
気が進まないのに誘われると断れない。
嫌々でもお付き合いはしておかないと嫌われて一人になるかもしれないから。
そんな恐怖の中で仲良しこよしをやっている。
上司の飲みの誘いは「プライベートまで管理されたくない」と帰るし、
町内や子ども会の役員当番は「そんな余裕はない」と逃げ回るのに、
友達との付き合いは最優先、公園仲間のママ友の絆は絶対的。
彼らにとってのコミュニケーションって何だろう?

一人を恐れる人は、幼少期に人間関係の築き方を養えないままできた人といわれているが、
私はそれだけではないような気がする。
実際に恐ろしい思いをした経験があるのではないだろうか。
又は、恐ろしい目に遭うよと誰かに植え込まれているか。

恐ろしいのは、孤独か。
人の目か。

「お前なんか価値がない」と絶えず囁きかけてくる声が誰のものか気づくまで、
脳内で作られる怪物のような他人の評価を頼って生きていくんだろうね。
カワイソ~。(笑)

ランチメイト症候群(Wikipedia)

便所飯(ansaikuropedia)←こっちは笑える

愛ってなんだ?

FC2トラックバックテーマ  第773回「愛ってなんだ?」


さあ、何でしょうね。

「これだ!」と言い切れたら、もう悟りの境地なのかもしれない。

私には愛が何かはわからないし、もしかしたら私は愛を感じられない、
愛が見えない、愛する事ができない人間なのかも?と時々思ったりもするけれど。
私は家族を愛してるかな?子どもを、夫を?自分自身は?
友人、周囲の人は?郷土愛、愛国心は?
んー、よくわからない。ちょっとはありそうだけれど、あるとはっきり言い切れない。
でも、誰かが「私はこんなに愛している」とか「愛情は深い」とか
「愛されている」などと言うのを見ると、
「え、ウソでしょ。それが愛なら私の方がまだなんぼかまし」って気になるし、矛盾してるかな。

でも、愛がなにかわからなくても、愛じゃないものはわかるんだよね。
だって、すっごい不快なんだもん。

「愛してる」「大好き」「大事だと思ってる」「あなたのため」と言いながら、
嫌な事をしてくるのは違うでしょ。
人格を否定してくるのは違うでしょ。
相手の判断を尊重せずに従わせようとするのは違うでしょ。
犠牲を求めてくるのは違うでしょ。
不安をあおるのは違うでしょ。
罪悪感を持たせようとするのは違うでしょ。
お金や時間や関心を奪い取っていくのも違うでしょ。
証拠を必要とするのも違うでしょ。

だいたい世間で言う「愛」なんてそんなふうに
自分勝手に気持ちよくなってる状態を言ってる事が多いもんだから、
わっかんないなーと思うのよ。

夫婦、親子、友人、恋人で愛の形はそれぞれ違うと皆さんよく仰るけれど、
愛じゃないものを並べてみたら、ほら、一緒。
地域、会社、サークルとか含めて、
ありとあらゆる人間関係の“愛じゃないもの”は共通してるんだよね。

そして奇妙な事なんだけど、今、殆どの宗教でこの
愛じゃないものを「愛(信心)」として信者達が活動していたりする。
信じるものは本当に救われるのかな?

「愛ってなんだ?」
わかんないけど、愛じゃないものじゃないものと思えば、とりあえず近いんじゃないの。

親に殺された子は親を殺す

物騒な事件が続いている。
特に目に付くのが未成年者による殺人。
恋愛がらみ、旧友とのトラブル、そして親殺し。
手の付けられない不良ではなく、普通の子がやるのが最近の傾向。

父親を刺し殺した中学生のニュースを見ていて、同じ13歳の娘が怒りながら、
「もう、未成年でも大人と同じように死刑もありにすればいいのに」と言う。
「まだ子どもだからとか関係ない。人を殺すぐらい歪んだ人は直るわけないんだから、
 将来性なんて考えてやる必要ないし、実名も出すべきだ」と。

私はその通りだと思う反面、そうとも言えない事もあると返事を濁す。

気に喰わない人間や無差別な暴行・殺人に対しては、
「お前もやられた人間の痛み苦しみを思い知れ!」と同様の手段で、
同等のダメージを与えてやるのは大賛成。
目には目を、歯には歯を。
人を人として扱わない人間は、自身が人として扱われる資格を放棄しているのだから。

しかし、こと親に対しての場合に限り、事情は違うと感じてしまう。

親は未成年者の保護者だ。
まだ自分で自分の責任をとれない未熟な者の責任を換わりに負う義務がある。
だからこそ、教育と価値観の指導という躾をし監督をする権利を有している。
どんな有名有力な教育のプロであっても他人には立ち入れない場所で
子どもと日常的に密接に接している特別な存在。
それが親。
いわば、子どもを産んだという意味だけでなく
存在自体を作り上げた張本人であると言えるだろう。

ということは、子どもが親を殴ったり殺したりするのは、
そうなるべく育てられたからということになるのではないだろうか。
親殺しをする子どもは例外なく、自分自身をも憎み疎んじているのがその証拠。
親が「お前は嫌われる人間だ」と教えてきた結果。
人が人を害したいと思うとき、その相手は敵だろうか、味方だろうか?
親と子が敵対関係にあるということ、
そして敵は攻撃し排除するものだという事を教えてきたのも親。
そう考えるのが自然な気がする。

子は弱さゆえ親に依存しないと生きてはいけない。
そこに付け込み、力で支配し苦痛を与え続けられてきたとしたら、
逃れようとする時、どんな方法がとれるだろうか?
教わったとおりのやり方で強者側に回るか、敵を消すか、自分を消すか。
なにしろ、逃げる場所はどこにもない、守ってくれる人はいない、
世界中が敵だと教わってきている。
普通の人が世界一安全だと感じる場所で、世界一大事にしてくれるはずの人から。

そんな親は殺されても仕方がない。
ずっと子どもの心を殺し続けてきた挙句、やり返されただけだから。
これもまた、目には目を、歯には歯を。
やった人間に返したその子は、相手を間違えなかったというだけ偉い。
などと言ったら言い過ぎだろうか。

また同じように考えれば、他の人間を殺す少年少女も
教わったやりかたに従っただけといえるかも知れない。
思い通りにならない人間の存在は許さない、弱者は虐げられるべきものと、
骨の髄まで染み込まされて育ってきたのだろうから。

そうでなくて、なぜできる?

子どもの罪は一身にその親が負うべき。
私はそう考える。
犯罪に走る未成年者には被害者である側面もあるので
矯正できる可能性がある限り少年院で再教育は妥当だが、
その親に、成人の犯罪者であれば当然引き受けることになったであろう
刑を科せばいいのだ。
社会に害を為す殺人兵器を送り出した罪は重い。

そんな法律ができれば、皆、必死に子育てするだろう。
それとも恐ろしくてより一層少子化に拍車がかかるだろうか。
無責任な人間は子どもを産んでくれるな。
その分、不幸な子どもや不幸になる人が減る。

子のためになら死んでもいいと思う親は殺されない。
自分のために子を殺す親が殺される。
ウラノス、クロノス、ゼウス、オイディプス・・・・・・
幾度も繰り返される悲劇はこのことを表しているのに、人は学ばない。

テーマ : 子育てについて
ジャンル : 育児

ぽあんの職場紹介

私の勤めている会社は現在、不況の折、仕事が少なくなっているので経費削減のため
完全時給のスライド週休5日制という奇妙な雇用形態をとっている。
それなのになぜか社長は広告費を使って求人を出しては採用したがる。
彼の中では理由はあるようで、給与の大幅カットや急に呼び出したり帰らせたりで
予定の立てられない勤務に社員から不満が出るたびに、
「文句があるならいつやめてもらってもいいぞ。
 働きたい人間は掃いて捨てるほど居るんだ!」と牽制するのに使えるということらしい。
いつもそこまでやるかと思うようなことをやる。私はもう慣れた。
先週はとうとう5人目のデザイナーが入社。
こういうのもワークシェアリングというのだろうか。
仕事ないのにどうするのだろう?と思っていたら、昨日、私が休んでいる間にクビにされていた。
展開が早い。
もう一人も辞めさせたいようで、現在ネチネチと地味に嫌がらせ作戦が続いている。
怖くて肝が冷えるが、これも慣れた。
私がここに入社してもう3年になるが、その間、10何人かが入っては辞めている。
社長に怒鳴られ人間性を否定する罵声を浴びせられて泣きながら去った男性もいた。
裁判沙汰にも何度かなったらしい。が、改める気なし。
私が入る前にいた人の中には、DV家庭で育った過去のトラウマが蘇って、
心を病んで辞めた人もいたとか。
仕事中にブルブル震えて声が出なくなったらしい。
その昔、社員が一斉に辞めて、その時は一度会社が潰れたという話も聞いた。
社長は再建してからも一切人間が信用できなくなり、
社員同士が少しでも口をきくと「悪口か!」とにらむので、
分からない事も聞けず、仕事の能率がひどく悪かった時代もあったのだとか。
卵が先か鶏が先かみたいな話だ。
こんなふうに、あまり他所ではお目にかかれないような変わった会社に私は勤めている。
毎日がとても面白い。(笑)

猫帰る

>ラン猫にとっては、今やっと自由になれて最高に幸せなのかもしれない。

とかなんとか日記に書いた直後にラン猫確保。

まんまと餌に釣られて。
アホ・・・。

すぐに風呂場に連行されて湯攻めの刑に処せられていた。

首輪はやはりたすき掛けになっていて、
片側のクビから背中にかけて擦れて毛がなくなっている。

ヘンな声。ゴリゴリに痩せて軽い。

毛が日焼けしたのかゴワゴワで茶っぽい。

餌を食べて水を飲んで、いつもの定位置で寛ぐ。

ちょっぴり赤ちゃん返りして、柔らかいものをモニモニと揉んだり甘噛みしたり。

手に擦り寄ってゴロゴロと目を細め、やたらと人懐っこい。(なら呼んだら来いよ!)

猫のくせに爪がしまえず、床の上を歩いたり階段を上がったりする時に
カチカチと音を立てていたのに、静かに歩くようになっている。

なんか、いろいろ苦労したみたいね。

ゆっくりおやすみ。
丸猫

猫のしあわせ

我が家で飼っていたラン猫が家出してから3週間。
子猫でうちに来てずっと室内しか知らないので、最初のうちは車にひかれてしまうんじゃないか、食べ物がなくて痩せてしまうんじゃないか、雨が降ったら弱るんじゃないかと心配していたが、そんな人間の思いなどどこ吹く風。
彼女は家の周りで元気に生息している。
夜に娘達が外に出て探すと、山や隣の畑の暗がりで首輪につけた鈴が小さく「チリリ・・・」と鳴りはするのだが、近付いては来ない。
たまにふとした時に見かけることがあるので「ラン!」と呼ぶが、一瞬振り返ってサッと逃げる薄情者だ。
一昨日、畑を挟んだお隣さんが、庭のズタ袋の上でよく日向ぼっこをしている猫がそうじゃないかと教えに来てくれた。
すぐに行くと確かにそれらしき猫。しかし近付こうとすると逃げた。
お隣さんが言うには、首輪がタスキがけのようになっていて怪我もしているように見えたとのことなので、これは何とかして捕まえて手当てしないといけないとは思うのだがどうにもならない。
昨日、買い物から帰ってカーポートに車を入れていると、次男が「もうっ、お母さんタイミング悪すぎ!」と小雨の中、裸足で庭に出て怒っていた。
ラン猫がもう少しで家に入ってくるところだったのにと。
最近はリビングの掃き出し窓の下に餌を置いてやっているのを食べに来るのだが、人を見ると逃げる。
昨日もそんな状態だったので次男が窓を開け餌を中に置いてみたら、ソロ、ソロと近付いてきて、もう少しで中に入るかというところで車の音に驚いて逃げたらしい。
あ~あ。
でも、首輪もちゃんとしていたし怪我もしていなかったのでひとまずホッ。
夜、夫にそのことを話すと、「最初に事務所に入ってきた時と同じパターンだな」と笑う。
ラン猫は夫が持って帰った猫で、元々が事務所の窓に面した公園に住む野良の子だったのだ。
夫が昼に飲んでた牛乳を少し分けてやっているうちに徐々に近くまで寄るようになってきて、ついに部屋の中まで入ってきた所を、たまたまお祖母ちゃんの家に遊びに行ってた娘達に見つかり連れ帰られたというのが、そもそもうちで飼うようになった経緯。
まだほんのちっちゃな子猫だったのに、部屋の中で何年飼われても根は野良だったんだなぁ、となんだか納得。
人間で言うと、三つ子の魂百までもといったところか。
ラン猫にとっては、今やっと自由になれて最高に幸せなのかもしれない。
それならいいか。
お腹がすかないように餌だけ置いてやって、たまに元気な姿を見かけるだけで良しとしよう。
寂しいのは人間の勝手。
子育ての終りってこんな感じかな?

悪魔にプレゼント

「○○って馬鹿なのかと思う」
娘がまた友達に腹を立てている。

放課後、別の女の子に誕生日プレゼントを渡したいから付いてきてと頼まれたとのこと。
しかし、その子は友人をハブしたり、さんざん意地悪をしてきた相手。
何故に? これまでどんな目に合わされたか忘れたわけじゃないだろうに。
「え~、だってあの子、優しいもん。だからプレゼントあげたいの」
だそうだ。
信じられない。理解不能。
「私、アンタのそういうところが嫌い!」
そう言い捨てて帰ってきたとか。

友人は結局、他の人についてきてもらって渡したようだが。

友人からするとなぜ娘が怒るのかわからないらしい。
「わざと集団で無視したり、悪口言われたでしょ」と言っても、
「でもぉ、いつもじゃないし・・・、優しくしてくれるときもあるから・・・」と庇っている。
虐められて泣きついてきたことなんか忘れてしまったのだろうか。

大人でも子どもでも、たまにこういう人がいる。

自分を大事にしてくれる人よりも、酷い目に合わせる人に頑張って好かれたいタイプ。
冷淡で残虐な人が気まぐれに見せる優しさをたまらなく嬉しく感じて
求め追いすがるようなことをする。

心配したり守ろうとする人にとってそれがどんなに辛いか気付きもしないで。

仕方がない。
本人が求めているんだから。
良かれと思う気持ちが通じないこともある。
好きにするさね。

不幸な目にあって泣いてばかりいるかのような人の方が、実際は傷つきもせず強いよね。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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