そろそろ縁切り寺

帰って来た夫が
「明日、大変なところに行かなきゃならなくなったから、気が重い」と言う。

「どこに行くの?」と聞くと、

「舟入(笑)」

あ、もしや・・・「まさかだけど、あそこ?」

「うん」

ゲゲッ、今度は何だ? 何の用で呼び出す? 私の前の会社。

もう私は関係ない人間なんだから、いい加減にせえよ!とムカムカきたのだけれど、
今回は直接夫に連絡があったわけではなかったようだ。
夫が代理店をしている求人誌に広告を出したいのだけれど、
経営難で社員を減らしたいためにイケズで私を辞めるように仕向けた手前、
以前のように夫に依頼するのは非常に気まずかったのだろう。
親会社に直に電話をしたらしい。
もちろん、すぐに夫に電話が入った。
そこで簡単に相手会社の内情を話して、夫が断りに行くことになったそうだ。
ブラック会社と知りながら掲載する馬鹿がいるかっての。

「いったい何がしたいんだろうなぁ」と夫。

「さあねぇ?」と私。

本当にわけがわからない。

仕事も無いのに求人を出して、人を沢山雇っておきながら、週休五日制。
給与もボーナスも社長の気分しだいでコロコロ変動する。
休みだと思っていたら、急に「来い」と呼び出し。
重なった仕事を計画立てて片付けているのに、昼に「帰れ」「明日にしろ」と帰される。
「営業に行って仕事を取って来い」と言われて仕事をもらってきたら、
「今週は忙しいからと断れ」と断らされる。
それで、
「危機感が無い」「会社をなめている」と怒鳴りまくり。
気に入らない社員はアッサリ首だし。

パート募集の概要には、
時給/1200円~1500円(能力に応じる)
勤務/月~金 10:00~16:30
と書いてあるけど、嘘。
フルで働けると思って来た人が何人もやめている。面接でも言わないんだから。
今は8年勤めたベテランの人でも時給1000円にされて、交通費もカットしてるのに。

うちが担当した広告で騙されたと訴える人がいたら信用問題になる。
こういった法律のことも、あの社長はひどく疎い。
契約がらみや給料不払いなどで何度も裁判沙汰になって負けて賠償金払ってるのに、
「相手が悪すぎる。はめられた。こっちの方が被害者だ」と反省しないし。

でも、景気がいいときには給料は本当に良かったから、
私はパートにしては結構稼がせてもらったけどね。
イヤミも怒声も無理難題も、お仕事のうちと思えば何でもないことで。

だけどもう、仕事じゃないから。
夫も、会社に害になる人と取り引きはしないしね。

あーあ、それにしても、めんどくせーなーぁぁあ!

防犯的ぬれぎぬ

私が昔いたデザイン会社での話。

そこには、もともと小銭の入った箱が置いてあった。
長く努めていた先輩たちは、お茶やコーヒーなどが切れた時に、
そこからお金を出して買ってきて領収を入れていた。
入社した私も、先輩からそのように教えられて買出しに行ったのだが、
後で社長に報告すると、先輩が呼ばれ「彼女に会社の金を触らせるな」と叱られ、
箱は鍵のかかる引き出しに隠されてしまった。

「なんなの?」
ものすごく心外でショックを受けた。

帰ってそのことを夫に話すと、彼は、
用心深い人は、社員を疑いたくないから盗る前に盗めないようにしておくものなのだとか、
実際自分の会社でロッカー荒らしが出た時に、
簡単に盗れるようにしておいたのが犯罪を誘発したと考え、誰も泥棒にさせないために、
所有物の管理を徹底させたのだといった話で私を慰めてくれようとした。

しかし、私の傷は余計に深くなった。

私は油断をすると泥棒をするはずの人だったのだから、
犯罪者にさせないように守ってくれたのだと感謝すべきだったのか?
いまだに思い出すと悔しさが蘇ってくる。
まあ、もしかしたら前にいた社員が手癖が悪くて、
それが私とかぶったとかの理由があったのかもしれないけれど。

「商品を簡単に盗れる所に置いておく店の方が悪い」と言う親は、
子どもがそんな目で見られても平気なのだろうか。
私にはわからない。
素朴な疑問。
ツンツンとプライドが高いように見えて、誇りを持ってない人っているよね。

私はその後、めたくそ仕事を頑張ったさ。
そして独立して個人事務所を開業。
やめた会社から手伝ってほしいと連絡が入ったが、もちろんお断りいたしましたとも。(笑)

私は小銭を狙うような小物じゃないんだよ!

万引きは犯罪です

万引き現場にもモンスターペアレントが出ているのだそうだ。
万引現場にもモンスターペアレント 「捕まえる前に諭せ」「届く場所に置くな」

責任転嫁もここまで極まったら、屁理屈とかいう範疇になく、もはや理解不能。
ふた昔前ぐらいの、「うちの子に限って」という親なら
まだ情で現実を受け入れられないんだろうなと感じることもあったが、
これはひどすぎる。
善悪はポーンとどこかに吹っ飛ばして、
犯罪者に“されてしまった”怒りだけを他人に向けてくるのだから。

それで最終的にこういった親に対してどうしていくのかを考えて出したのが、
>保護者にも万引が引き起こす結果の重大さを訴えていく
>少年だけでなく、保護者を含めたすべての世代に
>『万引は犯罪』という認識を持ってもらうしかない
ぐらいだというのだから、あまりにもお粗末過ぎて、
将来に絶望的になったのは私だけではないと思うのだが。

今更親世代に「万引きは犯罪」と教えなければならないとは、
それではこの親たちが子どもの頃、そのまた親たちは何をしてたんだ?

捕まえるのが悪いと相手を責めるということは、
「捕まりさえしなければいい」、
「犯罪を犯してもバレなければしていないも同じ」との教育を受けてきたということだ。
そして同じように子どもに教え込んでいる。
「万引きは犯罪」そんなことは奴等は知っててやっているのだ。
バレたり捕まったりしたら嫌な目にあうから、
上手に隠れてやったらいいと考えている人間を矯正するには、
法の解釈では無駄なような気がする。

では、どうしたらいいのか。

結局は、人間性を育てるしかないと私は思う。
他人の痛みや辛さを、我がことのように感じられるように。

昔、「シザーハンズ」という映画があった。
クレイジーな発明家によって作られた、手がハサミの人造人間エドワードが主人公。
彼は人間社会で育てられたのではないので、ルールというものがわからない。
そこで親切な家族によっていろいろと教えてもらいながら馴染んでいこうとするのだが、
悪い人に騙されて、不法侵入と窃盗をしてしまう。
何が悪いのかわからないエドワードをなんとか理解させようと
家の人たちがいろいろと説得をするのだが、
その、「悪いことをしてはいけない理由」というのが、
私には逆に理解できず不愉快になった事を覚えている。
詳細な言い回しは忘れたが、つまりは、
「悪いことだからしてはいけないと決まっている」「警察に捕まるからするな」ばかりだったのだ。
これで、善悪の何が教えられたことになるのだろうか。

この映画ひとつで欧米の子育ての仕方すべてが判断できるわけではないのは承知の上だが、
ただ、こういった傾向は確かにあるように感じてきたので、それでなんだか納得した。
これはまた、自律心を失ってしまった、
自分の「おてんとさん」を持っていない現代日本にも共通していることでもあるが。

盗みの何が悪いかを教えるには、その人の大事にしているものが盗まれたら
どんな気持ちがするかを考えさせればいい。
好きな人が物を盗まれて困って泣いても、
汗水流して働いた代金を盗られても平気かどうか想像させてみるのだ。
それで初めて自分のやった行為がどんな意味を持つのかが理解できるのではないだろうか。

「万引きは犯罪」、「悪いことはやっちゃいけない」、「犯罪は大変なリスクがある」
そんな知識の指導は、抑止力の面ではまったくの無意味とは言わないが、
人間性を育てる教育の本筋からは外れている。
本来ならそこを親が担うべき所であったのだが、今は親が狂っていて再教育が必要である時代。
となると、誰かが親代わりにならなければならないということになる。
しかし、はたして、誰にその役目ができるのだろう。

大人が病み、子どもが病み、社会が病み、沈み込んでいくしかないのか?

私は、もしかしたらなのだが、うつ、引きこもり、ニート、ホームレス、依存症、自殺者の増加は、
この病理と無関係ではないのではないかという気がしている。

症状はそれぞれであっても、解決のためには、原因を詳らかにしていく過程で、
どうしても避けて通れないことがある。そこにヒントがあるのかもしれないと。

誰のせいにもせず、自分の責任を引き受けることでしか人は救われない。
それを身に沁みるまで辛さの中にいるしかないのだろうなと。

「なんで捕まえたんですか。万引に気づいたなら、捕まえる前に諭すべきでしょう」
「商品を子供が取れるような場所に置いている店の方が悪い」
「代金を払えばいいんでしょう」
と強気に出る親達が、本当に自分が正しいと思っているわけではない。
それは犯罪者として咎められる強い恐怖心からの過剰な防衛反応であって、
彼らの精神状態はもうボロボロのはず。
「私は悪くない!私は悪くない!」と自分や他人にいくら言い聞かせても、
全部表に見えているというのに。

失敗する事も、助けを求める事も出来ない時、人は不幸になるしかないのだろう。

テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

最初に謝っとく

秋といえば運動会。
ということで、日曜日は小学校の運動会だった。
育成会で競うPTA競技は「スプーン運びパン食いリレー」。
私は超が付くぐらいの運動オンチなので、競争は大の苦手だ。
出たくはなかったが、今年度育成会の若い役員さん方に頼まれると、「イヤッ、絶対に出ない!」と大人気ない断り方をするわけにもいかず、「もし人が足りないようだったらいいよー」と余裕あるふりしてたら、ちゃーんとメンバーに入っていた。(-ω-;)
競技前にチームの目印に祭りのハッピを着て入場門に整列して、説明を聞く。
各チーム6人で、スプーンだけでなくラケットやお玉といった物でピンポン玉をリレーして途中吊るしてあるパンを口でもぎ取っていくという競技。
(結構風がきついので、ピンポン球が飛んで行きそう。それでなくても、私は足は遅いし、ドン臭いドジをやる人間だし、あー、赤っ恥かいちまうなー。でも、ま、ただの子どもの運動会でのお遊びだから楽しみゃいいか。肩の力抜いて行こうぜぃ)
などと、自分で自分を励ましていると、誰かが「ゴメンッ」と謝りだした。
「足が遅いから、先に謝っとく」
すると他の人達も「私こそ、遅いからゴメンね」「私のせいで優勝できなかったらゴメン」と、次々にゴメンの言い合い。
なんだろう、このノリは?相変わらず空気読めない私はそこで一人浮く。
というか、「えっ、マジですか。こういうのって、負けたら許されないものなの?」って気になってしまったよ。
私より運動神経良さそうな人達に謝られたら、私の立場ってもんがないじゃん。
体育会系ばかり揃っている地域の人達はもう、「頑張って優勝するぞー」「オー」と盛り上がっているのに、こちらではゴメン合戦。
なかなか色が出るものだ。
そんなこんなで・・・・・・結果は、一応予選通過で、決勝戦で4位だった。
やっぱり私は競技に向かないと再確認したわけだけど、皆、自分のことで手一杯で誰も他人の走りなど目で追ってても見ていないので、そういうのでは気が楽かもね。
いいのいいの、こういうのは参加する事に意義があるのサ。と負け惜しみ。

柔よく剛を

私は最近、あることを試してみている。

相手が感情的になり、声を荒げてきている時、
私は逆に、小さな声で微笑んで話をする。

身を乗り出して頷きながら話を聞く。

「そうですね」「わかります」「その通りです」

そして、
「今、そちらが仰られたとおりに○○なのは確かですので・・・・」
に続けて自分の意見を言うのだ。
小さな声でゆっくりと。目をまっすぐに見つめて。

すると、

面白い事に、相手も声が小さくなる。
そして笑顔になる。

最後ごろには、2人してヒソヒソと囁きあいのようなことになっていて、
第三者的に見ると可笑しいのだが、
相手は自分がそんな話し方をしているとはぜんぜん気づいていないよう。

そしてそこから、まったく別のアイデアが出たりする。


「対立しない」は、会話にも使える。

9割の得と損

今の会社での私の受けはいい。
社員の人数は多いが、パソコンが使える人が私と経理の女性だけなので、
それだけで特別に凄い事だと思ってもらえるのが一つ。
しかし、パソコンが使える人は何でもできると思われてしまって、
ちょくちょく営業の人に呼び出されては、ワード文章やエクセル表の修正を頼まれるので、
使い慣れない私は「ええと・・・どうだったっけ?」と悪戦苦闘してしまうのだが。
ただ、一瞬気持ちは焦りはしても、たいていの場合、ヘルプ機能で検索して解決するもの。
すると「えっ、もうできた!?どうするの?教えて」と聞かれ、
「これこれこうすると出来ます」と教えると、それだけで感謝感激される。
そして、
「ぽあんさんは優しいからいい」と評判が上がるのだ。
とにかく私のことを「優しい優しい」と皆が言う。
なんで? と思ったら、
経理の女性と比べてということだった。
彼女はもう長く勤めていて仕事はできるので、その面では信頼は厚いが、
どうも性格のキツさで損をしているよう。
何か頼んだり聞いたりすると、「こんなこともわからないの?ああ、もう!」と怒るのだそうだ。
まあ、忙しい中で次々と雑用を頼まれたらキレたくもなる気持ちもわからないでもないが、
それは大人の対応ではない。
ということで、相対的に私の株が上がるというわけ。
「優しくて、落ち着いてて、頭が良くて、上品で、本当、美智子様みたい」
とまで言われてしまったが、ちょっと猫をかぶり過ぎたかもしれない。
これから化けの皮がはがれていくのがちと恐ろしい。(笑)

「人は見た目が9割」という本があるが、その通りだと思うことが私にはよくある。
顔立ちはあまり良くないが、誰が見ても真面目で優しい性格だと映ってしまうらしい。
若い頃はお固く見られるのが嫌で、わざと逆なはすっぱな行動を取って見せて、
「私はこんなに砕けています」「真面目じゃないですよ~、悪いですよ~」とやったりもしたが、
キャラと合わない言動は猛烈な違和感を与えるようで、たいていの人は引いてしまう。
他人の判断を狂わせようとすることがどれほど気持ち悪くて嫌な事か、
今ならわかるのだが、若い頃は自分が「こう見られたい!」最優先だったものだから。
諦めて「この通りの人間です」と開き直ったら、何と楽な事か。
意地悪くて怠け者でチャランポランと遊んでばかりいても、そうは見られないので得をする。
若い頃の知り合いに、真面目なのに遊んでいる風に見られて
軽く扱われると悩んでいる人がいて、逆に私は羨ましく思っていたものだが、
彼女は今、どうなっているだろうか。

リンカーンは、「人は40過ぎたら自分の顔に責任を持ちなさい」と言ったとか。
良くも悪くも生き方がにじみ出る物だからか。
そう考えると、私は自分が思っていたよりも真面目な人間だったのかもしれない。
真面目のハードルが高すぎるぐらいの真面目さで。
本当のところはよくわからない。
人は、自分のことは自分では見えないものだから。
しかし、他人に見えている自分の姿は、自分が思う自分より、
より実像に近いもののような気はするのだ。

他人に誤解されていると感じるとき、
それは自分が自分や他人を誤解しているという可能性もある。

星空のロマン


え?

流れ星が流れた後、星座の星が消えるってことはないのか、ですって?


















・・・・・・・・・ないですよ。


あれは星ではなく、宇宙空間の岩などのゴミが
大気圏で空気の摩擦によって燃え尽きるときに出る光です。
大きなものの場合、燃え尽きずに落下する事もあります。
それが隕石です。



ええ、
何億光年も遠くの死んだ星が流れて消えるわけではありません。





そんなに地球に落ちて来てて大丈夫か、ですか?

大丈夫です。
頻度は多いですが、殆どが燃え尽きますので地表にダメージを与える事は少ないです。
月など大気のない星ですと、そのまま落ちてクレーターを作りますが。


はい、月のあばたはそうです。
火山じゃありません。

「エコナ」商品販売停止


 国が健康に良いとお墨付きを与えていた花王の「エコナ」が、
 発がん性があるとして販売停止になった。
 「エコナ」については、以前から原料や扱いについて
 疑問を感じる人が多かったらしく、
 検索するとあちこちでブログの記事が見つかった。

特定保健用食品の「エコナ」誕生は、1998年。
脂肪が付きにくい「ヘルシー」な油として大々的に宣伝され、
何が使われているか知らないまま子どもからお年寄りまで、健康に良いと信じて食べられていた。
「エコナ」の主成分(80%)は科学合成されたジアシルグリセロール。
これは既に2003年6月の厚生労働省の審議会でガン促進因子であると疑われていたが、
その後、内閣府の食品安全委員会が「安全性に問題はない」と発表。
2005年に「国立がんセンター研究所」の実験でガン促進作用が確認されてからも、
長期にわたる追加実験をすると決めながら、トクホ認可はそのまま継続。
その事実は国民に知らされないまま現在に至っていたという。

しかし、この17日に販売自粛されることとなった理由はそれとは別。
海外で安全性を懸念する声が高まっているグリシドール脂肪酸エステルという成分が
他の一般的な食用油の10~182倍も含まれていたとわかったため。
加工方法を変えて、一般的な食用油と同量ぐらいにして、来年2月に販売再開されるらしい。

私は「エコナ」が出始めの頃、CMを見て、
アッサリした油のようなので美味しそうだと一度買ったことがある。
値段の高さにまず驚いたが、それでもそれだけの価値があると思い奮発。
しかし、あまりに不味くて、二度と買っていない。
ドレッシングも×。野菜の素揚も×。これは食用油ではないと感じた。
「CMのイメージとぜんぜん違う!」と腹が立って、半分は使わずに廃棄。
別段、変な匂いがしたとかでもなく、
今思うとどんな不味さだったのか思い出せないのだが、とにかく気分が悪くなった。
ほとんどが科学的に合成されたものだったのだから、
非常に素直な反応だったのだろうと、今回初めて知ったのだが。
とにかく「軽くて美味しい」と巷の評判が良いのが不思議だった。


主成分のジアシルグリセロールについては、
まだ食品安全委が安全性を調べている途中でありながら、
花王は「安全性に問題がないことを確認している」と言い切っている。

それが本当かどうかは素人にはわかりようもない事だが、
今回の一件で、身体に良いからと高い金を出して買っていた商品が、
逆に身体に害だった可能性があるという事実が、
今後どう影響するのかしないのか、気になるところだ。
大手メーカーも厚生労働省も信用ならんとなるのか、喉元過ぎればなんとやらになるのか。
いつものように。

なんでもかんでも天然が良いというわけではないだろうが、
やはり口に入れるものは、食品にしても、薬品にしても、成分をよく確認する必要がある。
そうして見ると、トクホマークというのは、一体何のためにあるのだろうかという気がしてくる。
国の審査で「安全」「効果がある」と認めた物であり、進んで国民に摂取を促そうとするのなら、
何かあった時には全責任を取ってくれて然るべき。
しかし効果がなくても、病気になり、後で食品にその原因がある可能性が出てきたとしても、
誰も謝罪も保障もしないだろうだろうことは想像に難くない。
明確な因果関係が立証されないとして、いくらでも逃げおおせるからだ。
そんな認可に意味があるのか。

結局、自分の身は自分で守るしかない。
世の中には目くらましが多々存在するという事を肝に銘じて。

ムカつく先生

中三の次男には、以前から嫌いな先生がいる。
「どうして?」と聞いても、「とにかくムカつくんだ」とばかり。
彼の「嫌い」「ムカつく」は当てにならないところがあるから、別に気にもしていなかった。
去年までいたコワモテの先生に、最初は「いい先生だ。俺は好きだ」と言っていたのに、
一度何かで叱られたかして「嫌い」になった。
しかし、しばらくして「ああいう先生は、この学校には絶対に必要だ」ということになっていたし。

昨日、中一の長女が「ムカつく~」と言っていた。
「どうして?」と聞いたら、
「授業で先生に黒板に書いてあることを書き写せと言われたので、
皆がノートに書いていると、その間にビデオを流して、それでそこの授業は終わり。
後で「今の試験に出るぞ」と言われた」という。
「勉強させてなくてそれで『試験に出すぞ』って、何がしたいの?
 わざわざ点を取らせないようにしてるわけ?それなのに私たちのせいのように言って」
と腹を立てている。
そういうことなら理解できる。
「○○(兄)が、あの先生嫌いって言ってた訳、わかったよ。私も嫌い!」
「ほうじゃろ。ムカつくじゃろ~」と次男。

これが男の子と女の子の違いかと、ちょっと可笑しい。
次男は、「とにかくムカつく」。
長女は、「~~~~~~~~~~~~なので、ムカつく」。
と。

それにしても、何をしたいのか、何をやらせたいのかわからないような行動は、
どんな場合でも人を苛立たせるものだなと思う。
そんなやり方では、生徒たちに何も伝わらないので、こちらの反応を見ながら、
もっと順序だてて従いやすい指示を出して欲しいと要望できればいいのだが、
中学生にそれを望むのはまず無理だろう。
さて、どうしたものかと考えていたのだが、
娘が「悔しいから、絶対に試験でいい点を取ってやるけどね!」と燃えているのを見て、
それはそれでいいのかもしれないという気もしてきた。

何も、手取り足取り親切に教えてくれるだけが教育ではないから。
「知りたくても教えてあげないよ σ(゚┰~ )」もまた、学習への意欲向上に一役買う方法であるのかも。
昔の師弟関係など、ほとんどがわざわざ教えるなんてしなかったらしいし。
先生がどうだろうと、やる子はやるし、やらない子はやらないもの。

悔しい思いをして、「こんな先生になんか負けるか!」と思ってくれたらしめたもの。
どんなことで嫌な思いをして、腹が立ったか、どうして欲しかったのかをしっかり感じて覚えて、
自分がそんな大人にならなければいいんだから。反面教師にして。
それだけのことだね。

本が嫌いになりました

私も本が大好きだったはずだが、今はやや嫌いになっている。

本屋で面白そうな本を見つけると読みたくなる。
しかし、まだ家の読んでいない本があると思うと、そっちを片付けるのが先と我慢。

それなのに、読まなければならない本となると、読みたくなくなるのだ。

ここんとこ、「読まなきゃ読まなきゃ」と思う本を6冊も鞄に入れて
行ったり来たりをずっとしているから、重くてしょうがない。

子どもが図書室で借りてきた本なら、寝る前にザッと読んでしまうのにねぇ。

本好きもいろいろ

「本が好き」と言う人と話をしたが、どうもかみ合わない。

若い頃から多くの本を読んできたという。

書棚を見せてもらったら、確かにそこそこ多い。

中には、私が読んだことがある物や興味のある分野の物もあったので
それについての話題を振った。

すると、「あれれ?」

まあ、どのように受け取るのかという部分は各人の感性なので良いとして、
私がその内容について話しているのに、初めて聞いたみたいな反応。

読んでなかったのかも?と思って本を開けてみると、
折り目が付いて、線が沢山引いてある・・・・・・
どの本もどの本も、線がいっぱい。
「ここまで読んだ」のしおり代わり?
当人、「あ、これ読んだことあったんだ?」と驚いていた。

読みたい本があれば貸してくれるというので一瞬喜んだのだが、
なにしろ、全部線が引いてある。
私は、他人が線を引いたものは目が拒絶してどうも読めない。
雑音がガチャガチャ入って煩くてダメ。
残念。

その人が言う。
「私は昔から本が好きで、ずっと本の中で真実を追求してきたが、
 息子(社会人)は、ここにあるような本も読んだ事がないようだ。
 だから、そろそろお前もこういった本を読めと勧めなければと思っている」

いつも読書をする父親の姿を見て育ってきたのだろうに、
一度も本棚にある本を借りて読んでみようとしたことがなかったとは、不思議な事だ。

「本が好き」「本を沢山読んでいる」と言っても、いろいろだなと思う。
ただ大量に読んだからといって、文章力が付くというものでもないらしいということもわかった。

手が温かい人は

「手が冷たい人は心が温かい 手が温かい人は心が冷たい」
子どもの頃、誰かがそんなことを言っていた。
これで本当にわかれば、どんなに楽なことか。
と、時々思い出す。


めっきり秋。肌寒くなってきた。
昨日、仕事を終えてドアを出ると、ヒンヤリ。
エアコンを自動にしていたので、クーラーが効いているものと思っていたが、
暖房になっていたかもしれない。
風が頬に気持ち良い。

家に帰って食事の支度をしていると、女の子たちが「寒い寒い」と
押入れからタオルケットを引っ張り出してきた。
私はむしろ暑いぐらいだが。
朝も、子どもたちが起きてくるなり一言目が「寒い」。
そして私が開け放った窓を、閉めて回る。

どうもうちの子たちは、冷え性のようだ。
この時期、手も足も冷たくなっている。
猫は日ごろ人に構われるのが嫌いで逃げ回ってばかりいるが、
今朝は、やたら甘えて私の膝にばかり乗ってきたがっていた。冷たい足で。

子どもより大人のほうが熱いのは、どうも納得できないが、
体脂肪の差だろうか。
私は大酒のみの肉好きなので血液ドロドロのはずだけど、循環だけはいいらしい。
もしや、むちゃくちゃ高血圧で押し出してるからなのか。
これは、健康なのか不健康なのか。
よくわからない。

覚せい剤とわたし

私は悪いことはいろいろと手を出したものだけれど、
麻薬・覚せい剤・シンナーといった類をやったことは一度もない。
なんといっても、薬が大嫌いなのだ。
ビタミン剤ですら、「ゲー」なぐらいに。

最近、酒井法子が騒がれて、また若年層や一般の人たちの間に
麻薬汚染が広がっているという話題があちらこちらから聞かれるが、
「今に始まったことじゃないのに」というのが、私の感想。
ずっと昔から、覚せい剤は結構身近にあった。ただ、それを知る人が少ないだけで。

私が小学生から中学生ぐらいの頃、母は夜にキャバレーに勤めに出ていた。
母は、私が子どもだろうが何だろうが、店であった出来事とかを
割とグロい事まで話して聞かせたがった。
指名を取るためにボックス席で××をやっちゃうコがいるとか、
オシボリのとても不衛生で間違った使い方が当たり前であったりとか。
で、そういった話の中に覚せい剤の話題もあった。
トイレに行くと、個室の壁によく血が飛び散っていることがある。
昔だから覚せい剤は静脈に注射で打つのが普通だったのだが、
その際には必ずゴムチューブを巻く。
しかし、禁断症状が出始めて慌ててトイレに駆け込むような時には、
震える手では上手く巻けなくて、針を乱暴にブッ刺すと、血がビューッと噴き出すらしい。
2、3人いたらしいが「そういうコ達は、もう目が普通と違うからわかるよ」とか言っていた。
もれなく、ヤクザ風のヒモが付いているってのも特徴で。
警察による抜き打ちの検査が入ることもあって、女のコ全員並ばされて、
「腕を出せ」と言われる。
だから、やってるコ達は腕には打っていなかった。内腿がドス黒く変色していたという。
これでバレなかったというのだから、警察もマヌケだ。

高校生ぐらいから、私は毎週のように酒場通いをするようになったのだが、
あるとき、カウンターの隣に座った奴が覚せい剤の常習者だった。
ショボイ中年の男が腕をまくると、注射痕がダーッと。
「恐!」と思って、だけどあからさまに避けるのも恐くて、
「ええと・・・、体に悪いから、あんましやんないほうがいいかもぉ・・・エヘヘ」
なんて、刺激しないように刺激しないように離れてって見ていたら、他の客にからむからむ。
見かねたママさんが、「もう帰ったら」と言った一言にキレて、
ガラスの灰皿を投げ、ママさんの後ろの大きな熱帯魚の水槽に、ガシャーン。
裏から飛び出てきたママさんの大きな息子が表に引きずり出してボコして、電柱にガツン。
事情を聞きに来たおまわりさんに、
「酔っ払いが足を滑らせて自分で頭をぶつけたのを見た」と証言してあげたんだけど、
よく考えたら、私、未成年だったっけと今更ながら思い出して冷や汗もんだ。

大人になってからは、悪い仲間に誘われて通うようになった外人が集まるディスコが
大麻やなんかの受け渡し場所だったり、
知り合いの友人が覚せい剤の売人やってて懲役くらったことがあったと聞いたり。

一番身近だったのが、元友人からやったって告白された時。
彼女は、私が最初に勤めた会社に私が辞めたのと入れ違いに入社した人だった。
辞めた会社に遊びに行っては皆で飲みに出たりするうちに、親しくなった。
そのうち彼女も会社を辞めて、「しばらく連絡ないなー」と思っていたら、
とことんどん底にいたというわけだ。
スタンドで働いていて、通ってくる男とデキちゃったのだが、こいつがとんでもないヤク中。
シンナーと覚せい剤に溺れたギャンブル狂の暴力男って、揃い過ぎだろう。
付き合ってるときは、相談したかったけど、絶対に私に怒られると思って来れなかったらしい。
だから、私に会いに来た時にはもう別れた後だったのだが、悪いことにお腹に赤ちゃんが・・・
私は中絶とか絶対反対の人なので、「1人で産んで育てる気はないの?」と聞いたのだけど、
「無理。私もやってたの、クスリ・・・」だったものだから、これは仕方ない。
彼女は、その後、他の人と結婚して、やっと幸せになれたと思ったが、
生まれた子どもは障害を持っていた。
覚せい剤やシンナーをやったことと関係があるかどうかわからないが、きっと一生後悔する。

というふうに、薬物の恐怖は昔から身近にあったといっても、
今はもっとお手軽になっているというのが、より危険さを増していると感じる。
錠剤タイプのカラフルで可愛らしいこと。
一般には鼻から吸うのはコカインだけだと思われてたのに、
のりピーのせいで、覚せい剤も吸引できるって世に知れちゃったし。
これで復帰でもしてきた日には、「覚せい剤も禁断症状が抜ければ治るんだ」と
間違った情報を広めることになるのは間違いない。
一生、治らないから。
一生、苦しさと渇きと恐怖と後悔に苛まれるんだって所まで、
なぜ報道しないのだろうと私はいつも思う。
中毒から立ち直ったら偉いんではなく、やったのが馬鹿なの。
で、クスリをやめても元には絶対に戻らないの。
一度でも薬物に依存した人間をテレビに出すな! ちやほやするな!
立ち直った所を見せるなら、ドキュメンタリーにしろ! 社会のクズとして抹殺しろ!
もし、本気で日本から麻薬や覚せい剤を一掃したいのなら、まずはそこからだ。

馬鹿は馬鹿で自滅してくれればいいけれど、殆どの場合、他に迷惑をかけるのだから。
ラリってる奴に無差別にグサッなんて、嫌だからね。

くせ字は直らない?

夫が突然、
「なあ、くせ字って直らないものなのかな?」と聞いてきた。

「さあ?練習したら直ると思うけど。日ペンの美子ちゃんとかで」

なぜ夫が?と思ったら、そうではなくて、
夫の会社の代理店の人がひどいくせ字で原稿を書いてくるので、いつも困るらしい。
原稿だけならまだ電話で聞けばいいことだが、契約書までそれでFAXして来る。
殴り書きをしたような、とにかく独特な乱れ方の字なので、読めないのだ。
何度ももっと丁寧に書いてくれるよう言ったようだが、変わらない。

「あ、あの人か。そりゃ無理だ。あれは直らないよ」と答える。
だって、25年前から変わってないんだから。

実はその人、私が20代前半で努めていた会社で営業をしていた人なので、
良く知っているのだった。
当時から原稿に何が書いてあるか読めなくて、いつも制作を悩ませてくれた。
あれからもいろいろと困った事があっただろうに、
そのままきたなら、これから直るということは期待できそうもない。


字がきれいな人というのは、それだけで頭が良くて、真面目で上品という印象を受ける。
逆の場合は、その反対。
字だけで人柄が決まるわけでもないだろうが、人は、どうしてもそう感じてしまう。
それにはちゃんと理由がある。
字を書くということは、どれだけ上手に真似る事ができるかの基本となっているからだ。
お手本の字を見て、その通りに写し書く。
全体のスタイル、線の角度、線と線の間隔、はこび、筆圧、速さ、止め、はね、はらい。
見てその通りに書くというのは、センスと頭のよさの問題。
パッと分析できる勘取りと、思ったとおりのやりたいことが出来る身体。
全ての学びは真似するところから始まる。
だから、頭がいいということになる。
その上、周囲をよく観察し適切な行動がとれれば信頼もされるだろうし、
所作も美しい可能性が高い。
と、人は文字ひとつでそんなところまで表している、読んでしまう。
それは、だいたい当たっているものだ。

などとわかった風な事を言っている私も、字では相当恥ずかしい思いをしてきた方。
グチャグチャバラバラ、子どもの字か、と自分で思うほど。
ちょっとはましな字が書ける様になりたいのだけれど、いかんせん、努力嫌いときもんだ。
「速習 1日10分のボールペン字」みたいなテキストを買ってきては、毎回三日坊主。
だって、頭悪いんだもんなー。
だって、不真面目なんだもんなー。
だって、意思弱いもんなー。
と、卵が先か、鶏が先かみたいな事に陥ってちゃあしょうがないのだけれど。
やっぱり、くせ字は直らない。
生き方の癖と同じくらいの頑固さだ。

掲示板ストッパー

私は今はやってないんだけど、ネットをやり始めた頃、
あちこちの掲示板に行っては、頻繁に書き込みをしていたことがある。
でも、あるとき気付いてしまった。
楽しい話題で盛り上がっている時でも、私が書き込むと、ピタッと止まってしまうこと。
それまでほぼチャットのように続いていた書き込みが、
翌日見に行っても、私のを最後に誰も続かないのだった。
そして、三日後ぐらいに誰かがまた、ぜんぜん別の話題で立てる、と。
なぜだ?
私、何か変なこと書いたっけ?
質問にも返事こないし。
無反応の沈黙。
そんなことが、一度や二度ではないのだった。
嫌われてるのかなぁ? 
私がいないほうが、皆楽しめるのかもしれないな・・・
そんな寂しい気持ちによくなっていた。

昨日、ある人のブログにコメントを書いたら、
それまでいろんな意見で賑わっていたコメント欄が、シーン・・・・。
ああ・・・、また。
ストッパーの力は健在だったみたい。
スマンネ、まどろっこしくて最終結論出しちまうから、終わるよね。

ブログ炎上してる人とか、マジ羨ましい。。。

パンと本と命の教え

「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ 」という格言がある。
 
飢えている人に魚を与えると喜ばれるが、その場しのぎにしかならない。
それよりも魚の釣り方を教えてあげる方が、その人のためになる。
という意味。主に教育の場面で使われる。

私もそれは正しいと思う。
人対人でも、国対国でも、障害者の自立支援なんかもその精神。

しかし、これを書いてある文字通りにしか取らない人がいたりするので、驚く。

ずいぶん前だが、
日本が世界にできる国際貢献は何だろうかという討論をしていた番組でのこと、
深刻な飢餓で、毎日多くの人たちが栄養失調や不衛生な環境による病気で
死んでいるような貧しい国には、
何をさておいても、まず、食料を送ることが先という意見が出ていた。
そこに異議を唱えたのが、偽ユニセフの広告塔、アグネス・チャン。

「食べ物だけ与えれば解決するとか、おかしいです。
 貧しい国に一番必要なものは教育です。
 教育があれば、自分たちでやっていけるようになるから、
 だから、まず学校を建てるべきなんです。そして教師と本を送るんです」
きっぱりと言い切る。

「今、餓えて死に掛けている人に、勉強をする余裕はないでしょう!」

他の人たちにあきれ顔で口々に反論されても、アグネスは負けてはいない。

「人間にとって大事なのは教育です!」

話は最後まで平行線のままで終わった。

アグネスは香港の大金持ちの娘だからか、どうも本当の貧困を知らないようだ。
というのがその時の私の印象。
丘の上から、下の水上生活者の住む地域を見下ろして、
「あの人たちも、私のようにちゃんと勉強したらいいのに」と思いながら育ったのだろうか。
「パンを食べられないのなら、お菓子を食べればいいのよ」と言ったという、
マリー・アントワネットみたいだな、と。
根は良い人なんだろうけど、ちょっと感覚がズレているというか。


一昨日、小学校3年の男児が川で溺れて死ぬという痛ましい事故があった。
一緒にいた同級生3人が事故を目撃していたが、
叱られるのが怖くて誰にも言わなかったという。
子どもたちは「川で遊んではいけない」と厳しく言って聞かされていて、わかっていたはず。
言い換えれば、理解し納得していたということ。
それでも、川で遊びたい気持ちはどうしても我慢できなかった。
そして、彼らにとっては、友達が死ぬよりも、親に叱られるほうが怖かった。
水の怖さや、命のはかなさ、大切さ、いざと言う時にどうすべきかを判断する力は、
何かを禁止したり、こんこんと説教で言い聞かせたりしても、身に付くものではない。
いろんな経験の積み重ねから、自らが学ぶものだから。

立派な建物のいい学校や、豊富な本や、8時間の説教より、
お腹がすいたら食べるパンを分けてくれる人がいると、
どうしても困ったら誰かが助けてくれるのだと知る事の方が、
人間にとってよほど大事ではないだろうか。

8時間の説得、8時間の苦痛

家で子ども達とテレビをポケーッと見ていると、
あるお遊び系テレビ番組で紳助がアグネス・チャンに突っかかっていた。
アグネスが子どもを叱るとき、8時間も正座させて説教し続けたということで。
ほんまかいな、と思ったが、アグネスが否定しない所を見ると本当らしい。

「子どもの集中力がもつのは、20分が限界やろ、それ以上はただのエゴやで」
「それはな、子どものために怒ってるんと違う 親の自己満足や」
「子供は糞ババア死ねと思ってる」

私は紳助は嫌いだが、この意見には大賛成。その通りと思う。見直した。
8時間も叱り続けるとか、虐待レベルだ。

アグネスは言う。
「納得させるまで言い聞かせます」
子どもは「言えばわかる」から、あくまでとことん説得して理解させるらしい。

ご説は立派だが、子どもの視点や心を忘れていやしまいか。

私の親も怒りが持続するタイプではあったが、叱るのは30分もなかった。
その後の感情がおさまらなくてイライラが続く時間も、せいぜい1時間か2時間。
これで充分、「しつこい」と感じたものだ。
8時間も苦行をさせられた子どもは、どんな気持ちだっただろう。

アグネスは「納得させた」と思っているかもしれないが、
子どもは、「何が悪かったかわかったので改めよう」と思うより、
「もう二度とこんな目に遭いたくない」と強く恐怖を心に刻む。
それは、罰でしなかない。
「説教されたくないからやるまい」を教えただけだ。
まだ、ポカッと一発殴って痛みを教えて終りにした方が、よほどスッキリするというもの。
だがそれは、アグネスにしてみれば、「体罰は虐待ですよ」になるのだろう。

アグネスはあくまで子どもに「納得させる」を正しいと譲らないが、
子どもが納得などするものか。
わかってもらわなくても結構。
理解してもしてなくても、「やっていい事 悪い事」はある。
それを示して従わせればいいだけだ。
親は子に対してそれだけの絶対的な力を持つ。
あの手この手で説得して、「納得して言うことをきいて」もらわなければならないとは、
一見、子どもを思いやっているようで、ぜんぜん大切になどしていない。
あくまで「あなたの問題」としていて、丸ごとの責任を引き受けていない他人事。
こんなのは親の仕事ではなく、
今のサラリーマン教師のやってる「お仕事」の姿勢だ。
とはいえ、教師は一人の子どもに8時間もとれないから、中途半端だが。

子どもは日常の中で親の背中を見て育つ。
親の姿から自らが学んでいっている。
人間にとって重要なことで言葉で教えられるものなど、ほんのわずかでしかない。
背中で教えられない事を、説教でどれだけ教えられるのか。

私も自分の親の子育てには不満を持ってきたのだけれど、
それでもアグネスの子どもに生まれなくて良かったと心から思うよ。
ヨダレぐらいは、好きにたらさせてくれたしね。

(参考)
テレビ寺子屋「「アグネス流子どものしかり方」
教育インタビュー「教育博士、そして母として語る」

赤ん坊のよだれを「言って聞かせて」禁止して、何が「君のそのままのすべてが好き」だよ。
生後4ヶ月から、締まった顔のハンサムになろうと心に決める赤ん坊、スゴ過ぎ。(笑)

テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

ペンギン人間

しっかし、

「ペンギンはヒト科でしょ」 にはまいった。



は?




一瞬頭の中が真っ白になったが、気を取り直して

「いいえ、鳥です」 とやっと答えたら、

「だって、二本足で歩くんだよ」 と更に食い下がる。


ああ、どうしよう・・・・



「鳥は、みんな二本足ですが」 としか言いようがないよね。


それでも諦めない。

「ペンギンは飛ばないよ」 ときた。


飛ぶ飛ばないじゃないんだよ・・・・・・

「ダチョウも二本足で、飛びません」

ダチョウが鳥だってことは理解してくれてるだろうか。


「いや、そういうのではなく、前にしっかり歩くのは鳥とは違うよ。
 普通なら、陸上にあんな弱い生物がちょこちょこ歩いてたら
 食い殺されて絶滅しててもおかしくない。
 それは、天敵がいない寒い南極に逃れる智恵を持ってたからなんだよね」



すごいや。
もう、歴史まで出来上がってるんだ・・・(泣)


「ペンギンも昔は空を飛ぶ海鳥の一種でした。
 水中の魚を捕らえるために泳ぐ方に進化したので、飛ぶ能力がなくなっただけです」


いまどき、小学生でも知ってることを説明しなければならないのは辛い。


「そんなマンガみたいな話、僕は信じられないね。
 あれは絶対に、ヒト科だと思う」


どっちが漫画やねん。

「ここを見てください」

目の前でネット検索して、ペンギンの項目で
鳥類、ペンギン目、ペンギン科を確認してもらう。


「えー、ヒト科って書いてない? これ、誰が書いたもの? 本当なの?」

子ども図鑑でも見てみろ!
と言いたい所、グッと我慢。

「鳥です。ヒトとも霊長類とも関係ありません」

いつもニコニコがモットーの私だけれど、さすがに顔がこわばって、口調が冷たくなってしまった。


「おかしいなぁ」

と、ここは一旦引いてくれたけど、たぶんまた新しい説を持ってくるんだろうな。

なにしろ、

「サルから人が進化したなんて認めない」 そうだから。

宇宙に最初から人の卵があって、
それが地球の海に落ちて人間が生まれたなら納得できるらしい。

私は今、ものすごーく困っている。

毎日がこんな会話の連続だからだ。

これはなにも、ジョークでも禅問答でもない。大真面目な話。


耐えられるだろうか。

がんばれ、私!
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ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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