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身体の求める食べ物

つくづく人間の身体ってうまく出来ているものだなと思う。
日頃、身体に悪いジャンクな物が大好きな私。
ハンバーグ、フライドポテトはもとより、焼肉、から揚げ、シチュー、スパゲティ、豚骨ラーメン、
スナック菓子、ケーキ、アイスクリーム、炭酸飲料・・・・・
こってりしてなきゃ満足できなーい、って感じだから痩せないのも無理はないのだけれど、
風邪をひくと、これら一切食べられなくなる。
考えただけでムッ。
昨日、簡単にとカップ麺を食べてしまって激しく後悔した。
ミカンばっかり食べ続けて、水分補給にと用意していたポカリスエットも飲む気がせず、
お茶をがぶ飲み。
今日はちょっと調子が良くなったので、何か作って食べようと買い物に行く。
「なにを作ろうかな」と頭に料理を思い浮かべては、「う・・・」。
結局、食べられそうなものは、昆布とカツオでだしをとった味噌汁と、かれいの干物ぐらい。
サラダも・・・マヨネーズとか油が嫌。
いつも買う梅干のアミノ酸の味にも今は耐えられそうにない。紀州の白干梅なら食べたいが。
身体が本当に必要とするものはこれくらいなのだろう。
とすると、いつもの私の嗜好は脳が快感を求めて依存している物ってことか。
マウスの実験で、水と油を与えた所、
油の出る方の管だけを好んで舐めるようになったというのを聞いた事がある。
肥満になって脂肪肝になっても尚。
それだけ、味による快楽物質やドーパミンの作用は強いということだ。
それにしても、オエップとならなかったのかな。このマウスも風邪をひけばよかったのにねぇ。
私は肺炎になっても熱が出ないぐらいだから、身体の外からだけでなく内からも温めた方がいいかと
お酒を飲もうとしたけれど、これもまったく受け付けられない。
あ~あ、そうですかい。( ̄д ̄)

ずっとこのままだったら絶対にスリムになれるんだろうけど、治ったら元通りだろうな。。。
普段が病んでて、病気の時だけまともになるなんて皮肉なものだ。
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第82回「武禅一の行」10─情熱を燃やすコトがありますか?

20歳の女子大生は、自分の生活の中で熱を持てるものがないということに気づき、
どうやったら情熱を燃やせるものが見つかるのかを探すということも武禅の目的の一つにして来たと言う。

「ぽあんさんは、何かに熱を持ったことがありますか?」と問われて、
「あるよ」と即答。
私が情熱を傾けるものといったら一つしかない。
恋愛だ。
好きになったら全身全霊、なりふりかまわず突っ走る。それが私。
ただ、好かれた人は大迷惑かもしれないけど。
死ぬの生きるので大騒ぎ。
「私を心から好きになれ!」と追い掛け回し、「私のものにならないのなら殺す!」と脅す。
自己中心極まれり。
これを性質の悪いストーカーと言わずしてなんとする、というぐらいの狂いっぷり。
後で思えばなぜあの時、「この人しかいない」と拘ったのかわからないが、
それが恋愛というものだし、それが情熱を燃やすということ。
気違いのエネルギーに勝るものはない。
と、私は思っている。
まあ、あまり誇れることではないが、結果良ければすべて良しだ。

「うーん、そうなんですか。私にはまだよくわからないです」という女子大生。
それはそうだろうと思う。
自分が経験してないことを理解できるはずもない。
「そのうち時期が来たら何らかの出会いがあるだろうし、焦ることはないんじゃない」
と言ってその場は終わった。

夜、お風呂の後のお楽しみタイム。
さあ、飲むぞ! さあ、喋くり倒すぞ!
稽古の間は疲れて眠気に襲われてダラダラになったとしても、この時間は元気が復活する。
ふと見回すと、あれ?彼女がいない。
女子大生と同室の人に聞くと、疲れたので先に寝たとのこと。
武禅のセクションではないので強制参加ではないし、体調が優れないのなら仕方がないが、
勿体ない。
非常に勿体ない。
と思ってしまう。
熱を持ちたいんじゃなかったの?
今、情熱を燃やさなくていつ燃やすの?
もしかしたら彼女は、「自分が情熱を燃やせるもの」というのがどこかにあって、
いつかそれが目の前に現われたら熱が持てるようになると思っているのだろうか。
情熱を燃やす主体は誰?
そんなふうに考えたが、ここに居ないんじゃ伝えようもない。
どうせ彼女の人生だ。
私のじゃない。
情熱を燃やせるものを探し続ける一生ってのも、悪くはないのかもしれないし。
それにしても、決して安くはないお金を払って、はるばる遠くまでやってきて、
先生と仲間達と密に過ごせる今しかない貴重な時間を過ごさないなんて、勿体ない事なのに。

流行仕掛け人はいた

●今回の新型インフルエンザの発生と経過のまとめ

・今年2月、かつてHIV汚染された血液製剤を日本に売りつけたバクスターのオーストリア研究室から、
 生きた強毒性鳥インフルエンザH5N1ウィルスが「誤って」季節型インフルエンザのワクチンに混入し、
 世界18カ国に出荷。

・ワクチンを輸入したチェコの研究者が、試験用のフェレット(イタチ)に打ったところ
 全頭死亡してしまったことから発覚し、最悪の事態は免れる。
 
・3月頃より豚インフルエンザH1N1がメキシコで急激に猛威をふるいはじめ、
 重症肺炎の集団発生が報告される。
 
・しかし、豚の間での感染は0という謎。

・6月頃、通常夏季には流行がないはずのインフルエンザウィルスが地球全体に蔓延という更なる謎。
 パンデミックとなる。
 
・新型豚インフルエンザには、ヒト型、鳥型、そして豚型が混合した計5種のDNAが存在することが判明したが、
 自然界でこのような配列が生じることは通常ありえない。
 (後にジェフリー・タウベンバーガー(Jeffrey Taubenberger)博士が人工的に作成し、
  スイスの大手製薬会社ノバルティスに送っていたことが判明)
 
・「突然」米国のバクスター社と英国のグラクソ・スミスクライン社が
 「半年で新型豚インフルエンザに対するワクチンを出荷できる。」と発表。
 ワクチン工場においても、新型ワクチン生産体制は通常1年近くかかるところ、「なぜか」数カ月で完成。

・ノバルティスもバクスターもこの新型ウイルスが発生する2年前に既に、
 このウイルス用のワクチンの製造特許を取得していた。
 
・新型ワクチン出荷前より英国では、「全国民に新型ワクチン接種を勧める。」と発表。
 その後日本も英国の勧告通りに全国民接種に向けて、
 今までは国産のみだったワクチンを大量輸入することを決定。
 
・バクスター社は「出荷を前倒しするために通常の治験を一部省略して出荷する。」と発表。

・ノバルティス社のワクチンに「アジュバント MF-59(Adguvant MF-59)」という
 タンパク質が仕込まれており、不妊作用があることが暴露される。

・英医薬品大手グラクソ・スミスクラインが製造した新型インフルエンザのワクチンに
 重い副作用を引き起こす恐れがあるとして問題となる。


現在こんなところ。ついでに過去にも触れておこう。


●過去のインフルエンザ騒動のまとめ

(昔のスペイン風邪が流行した時の目撃者証言より)

・インフルエンザはワクチン接種をした人だけが感染した。

・感染者に長時間接触しても、ワクチンを接種していない人には感染は広がらなかった。

(1976年のアメリカの豚インフルエンザ流行事件)

・CDC(米国疾病管理センター)のセンター長は、フォード大統領やモハメッド・アリなどの
 著名人や芸能人の名前を挙げワクチン接種の大キャンペーンをしたが、
 後にこれらの宣伝がすべて嘘だったと発覚。

・新型インフルエンザ用ワクチンとされていたものは、もともと豚用に開発されたインフルワクチンだったが、
 接種した豚が死亡するため養豚業者が買取を拒否し、
 大量のワクチンが余った事に困った製薬会社がヒトへ転用することに決定。

・政府やマスメディアに圧力をかけて豚インフルエンザがあたかも大流行しているかのように報道させ、
 莫大な利益を得た。 


昔、「シロアリの調査にきました」と床下にもぐってシロアリまいて、
駆除を請け負う商売をしてた会社が摘発された事があったけれど、それの大規模なやつだね。
ファッション業界では二年前からモードの流行を作って宣伝するってのは当たり前だけど、
おクスリ屋さんの作る病気の流行は、勘弁してよ。

あと、「1972年のWHO内部書類」メモってのも怖いよ。

いったい今、世界で何が起こってるんだろう。
私達は、何をやられてるのか。やらされているのか。

参考 他、いろいろ。

只今デトックス期間中

ひー、苦しい。
あー、もうだめだ。
頭が痛い。体中が痛い。喉が痛い。咳が出る。だるい。寒気がする。
辛いよ、辛いよ、眠いのに痛くて眠れないよー。
たぶん、新型インフルエンザ。
病院行かないからわからないけど。
最初に高校生の長男が熱を出して学校を早退。
次に私がダウン。
今日は小学生のチビが39.6度出して早退。
咳をしながらも次男は遊びに行ってる。
喉が痛いと言いながら長女は試験勉強。
学校では「病院へ行け、病院へ行け」とうるさい。
病院に行っても、特効薬なんてないのに何を勘違いしてるんだか。
タミフルやリレンザを飲んで脳症になったらどうしてくれるの。
そのあたり「自己責任」と言うのなら、放っておいて欲しいよ。
インフルエンザは風邪のうち。
そして風邪は、人間の身体の調子を整えるのに必然のもの。
毒素や身体に害になるものを外に出す浄化作用として、昔からある。
その証拠に、風邪を引いたことがないと豪語する人や、
風邪の症状をクスリで抑えつけて来た人が、ガンや脳卒中で死ぬ。
ということで、この最高の大自然の恵みデトックスをこの際だからしっかりと味わおうと思うのだけど、
うー、辛い。
普通、インフルエンザは高熱が出るはずなのに、私は体温が低いまま。
どんだけ「陰の気」を溜めてるんだ。
温めて汗を出さなきゃな。
みかん、もりもり。

第82回「武禅一の行」9─こちらへどうぞ

武禅には、「従う」というセクションがある。
やり方はその時によっていろいろ。
2人ペアになり、1人が腕を振り、もう1人がその腕の行きたい方向へスッと誘導するというものもある。
タイミングが合わなかったり、力で引っ張ったりの違和感を感じさせたら、相手は動かない。
初めての人同士だと上手くいくこともある。
違和感を感じるレベルが低いのと、頑張っている相手に合わせてあげたいとの思いが働くからだ。
しかし、回を重ねるごとに、また経験者と組んだりすることによって精度は増していき、
「できない」ということを思い知る。
「そもそも誰にも絶対にできないんじゃないの?」という疑念が頭をもたげてきても、
それはすぐに打ち消される。
先生は出来るからだ。
誰とやっても、何度やっても何の抵抗もなく連れて行かれ、それが面白く気持ち良い。
今回の「従う」はこの方法ではなく、歩いている人に「どうぞ」と手で示して、
行かせたい方向へ連れて行くという稽古をした。
身体に触れる触れないの違いはあっても基本的なことは同じ。
「どうぞ」に相手が自然に気持ちよく付いていけるようにしてあげなければならない。
普通にスタスタ歩いている人の前で「どうぞ」とやる。
「ん、何?」と見てもそれだけ。大抵は無視。中には「邪魔だ」と感じる人もいる。
先生が「どうぞ」とやると、何が何だかわからないけど「あれ?あれ?」と思いながら足が付いていく。
なのに、他の誰もできないのはなぜなのだろう。
「出来ない、出来ない」で皆が深刻な顔になってくると、先生はちょっと変わったやり方を見せてくれた。
手を繋いで歩いている三人に対しての「どうぞ」なのだが、それがただの「どうぞ」ではない。
パンパンと手を叩きながら、「にいさん、若い子いまっせ、わっかい子!」と呼び込みだ。
道場の中は、一瞬にしてネオンきらめく繁華街。
会社帰りに一杯やりに来たサラリーマン達は、この調子のいい呼び込みに連れられて店に入っていく。
あまりに意外な展開に皆、ドッと沸く。
そして、「これならできそうかも」と思ってやってみるのだが、そうは甘くない。
呼び込みの真似事をしても、どうも気持ち悪いのだ。
誰がやっても先生みたいにネオンきらめく繁華街にはならない。
さまになっていないというか。
当然、それに従う人もいないし、
それどころか小ざかしい手を使って人を思い通りに動かそうとされることに腹が立ってくるほどだ。
照れとか、探るような目とか、迷いとか、媚とか、そんなものを押し付けてこられる不快。
ある男性が先生と同じように「若い子、若い子」とやっても、
される方は「若い子がどうした?」で、全然「どうぞ」になっていない。
20歳の女性が男性三人が歩いている前で、顔を覗きこんで「いらっしゃい、いらっしゃーい」とやる。
すごく不自然。そんなキャラではないはずなのに、無理しているようで。
と、他人の事はわかっても、自分もまったく同じ事をしてしまい、それをどうしていいのかわからない。
「喋る言葉なんかどないでもいいんや」と先生は、
次々と「ヘネシー、ごっひゃくえん!!」とか、「ババア、ババア」とやって見せてくれる。
興味を惹きつけるというのだろうか、「面白いことがありそうだ」とそっちに行きたくさせてくれる。
というのが正確かどうかわからないが、そんな気持ち。言葉にすると、ちょっとズレる。
見回してみても、ぎこちない人が多い中で、スーパーの店長をやっている男性の
「本日特売!お買い得ですよ~」は店の雰囲気が感じられるようで、結構いい線いっているような。
釣られそうになったのは、私が主婦だからだろうか。
誰かが「先生、全員に『どうぞ』できますか?」と聞き、それじゃあやってみようかということになった。
13人が横に並んで手を繋ぎ歩き、右端に先生が立って呼び込み。
さすがにこれは、道場の長さが足りず、半分が呼ばれる方に向いた所で壁に突き当たってしまったのだが。

私は前々から不思議に思っていたことがある。
どうしてこのセクションが「従う」なのだろうか、と。
腕振りの場合は、腕を振っている相手の力の方向や早さに「従う」ことで、
行きたい方向へ行かせてあげるのだからわかるとして、「どうぞ」は違う。
「どうぞ」とされる方が従う側なのだから、
働きかける方は「従わせる」稽古をしていることにならないだろうかと。
だが、本当にそうだろうか。
「対立しない」「自分はいらない」を基本信条とする日野武道で、
「思い通りに他人を動かすにはどうしたらいいのか」ということを教えるだろうか?
その疑問の答えが、今回の稽古でほんの少し見えはじめてきたような気がする。
「どうぞ」をするとき、私は相手をきちんと見ていただろうか。
誰に、何をということを明確に伝えただろうか。
自分の演技にばかり没頭し、妄想で作った相手の反応を恐れるという表現をしていなかっただろうか。
間違いなく言えるのは、私は相手にとって違和感バリバリの気持ち悪い人でしかないということ。
やはりこれは相手に「従う」稽古なのだ。

どのセクションでも何度も何度も同じ過ちを犯してしまう。
いつも「一緒に」ということを忘れて、「“私が”出来るようになる」を頑張ってしまう。
とことん寂しい人間だなぁ。私は。

ピカソと20世紀美術の巨匠たち展

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広島県立美術館の「ルートヴィヒ美術館所蔵 ピカソと20世紀美術の巨匠たち」に行ってきた。
22日は、森川 紘一郎さんの講演「ピカソ考―現実は破格にあり―」があったので、それに合わせて。

私は子どもの頃から割と頻繁に美術館に通っており、ピカソ展は何度も行っている。
いつもはルーブル美術館やピカソ美術館所蔵のものが展示されることが多く、
ドイツルートヴィヒ美術館からというのは初めてなので楽しみにしていたのだが、
今回はこれまでにない疲労感。
「ピカソと・・・」とある割りにピカソの作品は少なかったが、最初にそれで胸焼けを起こしてしまい、
他のキュービズムやフォービズムの作品を味わうどころではなくなってしまったからだ。
シャガールの素描とユトリロの風景に少し救われた気がしたぐらいで。
年のせいだろうか。
一緒に行った娘たちは、ピカソの顔写真を一目見ただけで「この人怖い・・・」となっていたが。

講演会の話は、美術史や様式の変容などにはまったく疎い私にとっても興味深いものだった。
ピカソの生きた時代は、アインシュタインが相対性理論を発表した頃と微妙に重なっている。
キュービズムとは立体(キューブ)からきており、
誰もが知るとおり、ピカソは二次元に三次元的要素を配したことで独自の世界を創り上げた人。
これを、一つの空間に別の時間を重ね合わせる事で表現できる手法として見た時、
何らかの形でアインシュタインの理論が影響を与えていたのでは、と想像するだけで楽しくなる。
講師の森川さんは、大学の学生達に「美術はいつから始ったと思うか」という質問をよくされるそうだ。
学生達は考えて、「人類が発生した時から」といった答えを出すのだが、実はそうではなく、
この宇宙が始った時からというのが、彼の持論らしい。
時間を縦軸、空間(場)を横軸として考えた時、
美術とは、いつ・どこで・だれが・どうしたの「カタチ」であるのだから、
つまりは、時間と空間の中で生まれ、その中で存在して触れることが出来ているということを、
ある箇所だけ限定して捉える事はできないということなのだろう。

これは美術館に飾られる芸術品のみならず、すべての人にも物にも通じるものという気がする。

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中学校に警察を入れろ

陰湿ないじめってこういうことを言うのか、と、とても腹が立ってならないことが起こった。
中一の娘のクラスで、先週の木曜日のことだ。

朝から違うグループの女の子達が本がなくなったと騒いでいたが、
その時、娘は別に特に気にもとめてなかったらしい。

それが給食時間の後、急に犯人扱いで吊るし上げにあってしまった。
無くなったのは、流行のケータイ小説の本。

娘は確かに本は好きでいつも読んではいるが、
どの話も似たり寄ったりで幼稚な素人文章のケータイ小説などにはまったく興味はない。
あまりに意外な言いがかりをつけられて一瞬思考停止してしまった所を
本を盗られた子のグループや周囲にいた子らが口々に責め立ててくる。
頭にきた娘が、「そんなに言うんだったら、鞄の中のもの全部見れば?」と開けて物を出しはじめると、
相手は「そこまでしなくても・・・」と及び腰。
「疑われてたんじゃ気分が悪いから」と全部さらけ出したが、当然のことながらお目当ての本はない。
すると今度は、「どっか隠したんでしょ。ある場所知ってるんでしょ」
「は?」呆れて物も言えない。
これ以上娘を追及しても無駄だと知ると彼女達は、次に娘の友達のA子ちゃんを犯人だと言い始めた。
根拠は、教室の後ろのロッカーで2人が何かを受け渡ししていたのを「見た人」がいるからだという。
何だそれ?
もちろんA子ちゃんも盗っていないと否定する。
しかしどうしても犯人に違いないと言い張り、埒の明かぬまま休憩時間は終わった。

授業が終り掃除の後、娘は友人にいま一度確認する。
「絶対に絶対に違うよね?盗ってなんかないよね?」
「うん。盗ってないよ」真っ直ぐな答えに安心する。
それはそうだ。ずっと友達やってきて、そんなことする人間じゃないとわかってるけど、念のため。
他の友達も皆、「私達は信じてるから大丈夫!」と励ます。

そんな所に、同じグループの一人が青い顔をして息を切らせて走り込んできた。
「大変、大変。もう、どうしよう。困った。ああ、どうしよう」泣きそうな顔。
「どうしたの?」と皆が聞くと、
「本が見つかった。A子ちゃんの鞄の中から」
本を盗られた子のグループの人達が、A子ちゃんの鞄を開けて中を探って見つけたらしい。

「もう、どうして?!」泣き出すA子ちゃん。
あるはずのない場所から、なぜ出てくる?
給食時間の後、A子ちゃんと娘がロッカーの所にいたのは本当のことで、
A子ちゃんが授業に必要な物を取り出すのにつきあって、娘は見るともなしに鞄の中を見ている。
その時には、本なんかなかったはずなのに。

教室に戻ると、A子ちゃんは集中砲火。
娘が反論しても相手側は聞く耳を持たない。
なにしろ、ブツが出てきたという証拠があるのだから。

ワイワイやっていると騒ぎを聞きつけ担任の先生が来て、
本を盗られた子とA子ちゃんだけ残して、他の人は関係ないからと帰されてしまった。

その後の話がどうなったのか、
家に帰っても気になって落ち着かなかった所にA子ちゃんから電話がかかってきた。
先生が信じてくれて、相手の子達(本を盗られた子ともう一人)を諌めてくれたらしい。
「本を盗む所を直接見たわけでもないのに決め付けるような事をしてはいけない」
「鞄の中にあったとしても、本人が入れた証拠にはならない」
「鞄から出てきたところも皆が見てないのだから、本当かどうか他の人にはわからないこと」
そんな話をして、一応、疑いは晴れたようだ。
迎えに来たA子ちゃんのお母さんは職員室で号泣していたという。

濡れ衣着せられた疑いが晴れて、めでたしめでたしと思えればいいのだけれど、
そうは簡単に気持ちはおさまらない。
なかった場所に盗られた物が入っていたという話を聞いて、一番に思ったのは、
それってもし娘が鞄の中身を出して見せていなければ、
本当は娘の鞄に入れられていたはずだったんじゃないの?ということ。
これまで何か疑われるような行為があったのならわかるけど、そんなこと一切ないのに、
なぜいきなり犯人扱いされたのかと考えたら。
陥れたかった?
陥れるために物がなくなった?
そんなふうに思ってしまう。

ある保護者に聞いた所では、相手グループの中には
小学校の頃同じような事件を起こしていた“前科者”がいるとのこと。
他人の鞄や机の中に隠しては、物がなくなった、盗られたと騒ぐといったことで。
ただ、今回もその子がやったかどうかはわからないが。

学校ではこれ以上の追求はしないのだそうだ。
犯人探しはしない。
それはたぶん、過ちを犯した子がいたとしてもあまり追い詰めたくないという配慮なのだろうが、
濡れ衣を着せられた方としては、それで気がおさまるようなものではない。
今回は最終的には娘が盗んだということにはならなかったが、それでも噂は残ってしまう。
面白がって広める人もいるだろうし、誤解する保護者もいるかもしれない。既に大迷惑を被っている。

私としては、物が無くなった、盗られたということになった時点で警察を入れて欲しかったと思う。
持ち物検査も任意で警察の人がやるのなら納得できるし、
出てきた本についてた指紋から何から全部とって、クラスメイト一人一人別々に事情聴取すれば、
誰が何をしたかぐらいすぐ暴き出されるはずだ。
他人の物を盗むのは窃盗罪。
罪を擦り付けるのは、侮辱罪または名誉毀損罪。
立派な犯罪である事を教えるべきだ。

子どもは自分がまだ子どもであるということで大目に見てもらえることをよく知っている。
大人を舐めてかかっている奴に寛容さを示して自省することを期待しても無駄というもの。
学校は社会と隔絶された場所ではなく、他人と接している社会そのものであると認識させてやる事が
子どもには必要なのではないだろうか。

もし、娘の鞄に本を入れられていたら、たぶん私のことだからすぐに「110番」だったことだろう。
手当たりしだい相談しまくり。新聞社から各テレビ局にメールバンバン。
PTAブログに事の顛末を洗いざらい全部書いて、2ちゃんねるにスレッド乱立させてリンク貼りまくり、
ぐらいするかもしれない。
冷静じゃいられないからね。
涙なんか流さない。火を吹くよ。
小さな火種も大火にして燃やし尽くして草木一本残さないぐらいにしないとおさまらない。

彼女らは今回、運がよかったね。
そのうち勝負する時がくるのかな。どうかな?

弥山登山

「弥山に登ろう」
夫が言うので、日曜日、バイトのある長男を除く5人で宮島に渡った。
今は紅葉が真っ盛りのはず。
フェリー乗り場でも「今、7、8分で一番見ごろです~」と大きな声で呼び込みをしていたので
期待したが、今年はちょっとハズレのようだ。
全体的にまだ緑が残っていながら、いきなり茶色に枯れた葉が多い。急な寒波が来たからだろうか。
もみじ谷から登山道に入るルートにも多くの人が行き交う。
しかし、結構皆さん、重装備。
登山帽に登山靴、リュックを背負って水筒かけて、手にはトレッキングステッキまで持って、
それではまるで本格的登山じゃないの!
と、お気楽だった私はそれからこの山の本当の恐ろしさを身にしみて知ったのだった。
本当に、本当の登山だった・・・・。
家族5人、いつものピクニック気分で軽く登り始めたけれど、山はそんなに甘くない。
一番可哀想だったのは、お弁当としてお皿に盛ったおにぎりとオカズ、
飲み物、お菓子、みかんなどを入れた発泡スチロールの箱を持たされた夫。
山を降りてくる人達がすれ違うたびに、「大きな荷物で大変ですね」「頑張って」と声をかけてくれる。
中には「おっ、山頂で宴会ですか?」と言った人も。
狭い急斜面を大きな箱を持って登るのは難しそうだし、徐々に指の感覚もなくなってきてると言うし、
なんてお気の毒なんでしょう。と思いつつ、私はそれどころじゃない。
元々体力なかった上に、ずっと室内で座り仕事の私は、最近、全身の筋肉の弱体化が著しいわけで。
ちょっと歩いては、「ハア、ハア、休憩」、また登っては「ゼイ、ゼイ、もうだめ・・・」、
2.5kmの登山道を100mごとに休憩しながらという超スローペース。
途中で少しでも軽くしようとお弁当を食べたら、子どもたちはタッタカ先に登ってしまい、
私がガケから転げ落ちたり、うっかり足をひねってしまう心配が非常に高いため、
夫はずっと付き合ってくれて、登山の楽しみとかぜんぜん味わえなかったかもしれない。
どこまでもお気の毒な・・・。
とりあえずほうほうの体でなんとか山頂到着。
P1050475.jpg
ふもとで「山頂まで1時間30分」とか書いてあったけど、実際かかった時間は2時間半超。フヒーッ。
ガンガンに暑くなって汗をかいていたのが、冷たい風でスーッと冷めていく。
健康にいいような気がしない。
そして今度は当然、登った距離を下りなきゃなんない。
同じ道を歩いても面白くないので下りは大聖院コース。
やっぱり先をトットと降りていく娘たち。
石段の段差は大きいし、木の根や落ちた枝などで悪い足元なんのその。キャラキャラ飛ぶように走る。
「若いの~」と感心しつつ追いかけていると、道が二本に分かれてる。さて、どちらに行っただろう?
呼べど答えず、心配なので二手に分かれて探すも、行き止まりの道にいなかったので、そのまま下る。
するとまた、分かれ道。今度はそちらに探しに行った次男が行き止まりなのに帰ってこず、行方不明。
たぶん大丈夫だと思うけれど、
先日、山で遭難した子どもの事件もあったばかりなので「まさか」って悪い想像も拭えない。
下まで降りていなかったら、また登ってくるのは無理だと思うし。
「死ぬなよ、怪我してるなよ」と祈るような気持ちで探し探しで下りていくと、いたーっ!
「心配させて!」と怒りで腹の中がグラグラ煮たぎっていたから、見つけたら殴ってやろうと思ってたけど、
とりあえず良かったと力が抜けて、「も、いいや」ってなっちまうんだよね。こういう時。
お陰で休憩なしのノンストップで寄り道しながらも1時間程度で下りられたけど、肝冷やしたよ。まったく。
やっぱり、登山は健康に悪い。
というぐあいに、「山を甘く見ちゃいかんよ」ということを十分思い知った、秋の一日なのでした。
筋肉痛は何日後ぐらいにくるだろう・・・・。
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酒と薔薇の日

夕食後のサプライズ。夫と子ども達から。
ワインと花
ゴメンネ。今日、ケーキ買ってない。
ワインはビールを飲んでたグラスにそのまま注がれてしまったけど、美味しかった。
さてこの花を猫から守るにはどこに置こう。

月のしずく

NASAが月に水が存在することを示すデータを得たことをニュースでやっていた。
永久影に氷の状態で存在する可能性はあるだろうとは思っていたが、実際に確認できた事は嬉しい。
月面基地が現実味を帯びてくるということは、
一般人の宇宙旅行だって生きている内に実現するかもという夢が持てるからだ。

というのは、どうでもいい前置きで、本題はここから。


「日の当たらない月の裏側に水があるんだったら、地球から大きなロープを引っ掛けて
 地球の自転でぐるっと回したらいいのに、どうしてそういうことを計画しないんだろうね」


  「はあ・・・・・・????????  ハッ、そ、そうですね。
   宇宙に物を運ぶエレベーターが作れる時代ですから、できそうなものですよね(^。^;)」


「今まで日が当たらなかった広い月の裏の氷が一斉に溶けて蒸発したら大気ができて、
 地球と同じ環境になるから、植物も育って緑豊かな土地になるだろうに」


  「あ、あの・・・・すみません。月の裏も一応、太陽の光は当たってると思うんですけど・・・」

「えっ、いやそれはないよ。表側だけにしか日は当たらないよ。月は自転はしてないからね」

  「月は地球に同じ顔だけ見せていて裏が見えないというだけで一緒に回っています。
   それで球面の太陽光線の当たる方向によって満ち欠けとして見えるのですから、
   こちらから欠けて見える分は、裏が明るくなっているはずです」


「月の満ち欠けは、地球の影が落ちるからだろ。僕は学校でそう習ったよ。常識だよ。
 おかしいじゃない。だったら新月はどうなる?」


  「いえっ!! 地球の影が落ちるのは月食です。新月の時は月の裏側が満月になっています」

「じゃあ、例えばアメリカからだったら横から見てどうなの?」

  「????? アメリカでも同じです。日本と同じく月の顔は餅つきするウサギがある表だけです」

「少しはずれて見えるだろう?」

  「いいえ、いいえ、世界中全部、月の裏は絶対に見えません!!」

「へぇ~~、そうなの?????最近は、そんなふうに学校で教えるの?」

  「はい」

「はぁ~、ぼく達の時とはやっぱり変わってきてるんだねぇ~。ふーん・・・・・( ´_ゝ`)」


どうもこれではまだ納得していないよう。
どうするかな。
「月の裏には日はあたらない」「月の満ち欠けは地球の影に入るから」ということにしておいても、
私はまったく困りはしないからいいんだけど。
もう「潮の満ち引きは、水が地軸の傾いた地球の下の方へ流れるため」という証明も
めでたく完成させたことだし。(私、天才かも)

職場で良好な人間関係を保つためなら、悪魔に魂を売るぐらいなんでもないよ。

ちなみに、地球と月の距離は、384,400 km。地球の直径の30倍ちょい。
全世界の繊維を集めても、ロープを作るのに足りるかどうか。
どの国あたりに引っ掛けようか。

奈良、駆け足の旅

asyura.jpg
日曜日、武禅仲間のsakikoさんと、runumo(S)さんと一緒に奈良に行った。
目的は興福寺。
人気者の阿修羅像が全国ツアーを終えて戻ってきたので、現在「お堂で見る阿修羅」展をやっている。
それともう一つの目玉は日本に現存する八角円堂のうち、最も美しいといわれている北円堂。
普段は一般公開されていないが、春と秋だけ期間限定で開扉される。
以前入ったsakikoさんがお堂の中全体が「正面」の感覚だったと言っていたので、
それは是非体験せねばなるまいと楽しみにして出かけた。

9時半に新大阪で待ち合わせ、sakikoさんの車で奈良に着いたのが10時半。
興福寺にはすでに長蛇の列が出来ていた。
現在の待ち時間「仮金堂 約210分」「北円堂 約30分」。
並んだらお堂に入れるのが2時半、見て出て食事して一日が終わる事になる。
「他に回って夕方来た方が早いかも」とも考えたが、もう今日はここだけでもいいやということで並ぶ。
 
待ち時間も退屈しない。
sakikoさんrunumoさんといると話は尽きない。
他愛のない四方山話に花を咲かせているうちに、徐々にお堂が近くなる。
結局、夕方に来ようと列を離れた人が多かったのか昼過ぎには入れて見ることができた。

まずは阿修羅立像のある仮金堂。
長蛇の列はもちろんお堂の中まで続いていて、押すな押すなの大混雑の様相。
注意のアナウンスが繰り返しされる。
「立ち止まらないでください」「上の段からお堂の中全体が見渡せます」
「ゆっくり見たい方は後ろからご覧ください」「近くで見られる方は歩きながら流れてください」
ムードもへったくれもない。
それでも、外気との温度差もあるのかもしれないが、スウッと吹き抜ける特別な空気。
背中から熱いような冷たいような不思議な物が走り、全身があわ立つ感覚がする。
力強く荘厳な顔、穏やかで救いを感じさせる姿など、
歴史ある素晴らしい像たちが立ち並ぶ中を流されながらも
それぞれの像たちと出来るだけ正面を合わせていき、そしてやっと中央の阿修羅像の前。
美しい。
憂いを帯びた表情も、姿勢も腕の形もすべてが完璧な美の調和。
さほど大きくないは像ではあるが、間近にすると静かな気迫に息を呑む。
さあ、正面に立ち手を合わせ心静かに・・・・・・・・、
としようとした所ですかさず「立ち止まらないでください」と声がかかり列に押される。
ああ・・・・
わずか3秒も許してもらえないなんて、どこの上野のパンダかモナリザかっちゅうの!
「せめて見たい。まだ見たい。お願い、見せて。見るだけでいい」と視線と後ろ髪を引かれながらも、
そのまま出口までズズズイッと押し出され、仮金堂を後にした。
あああ、あしゅらおう!!(←わかる人いる?:笑)

そして今度は北円堂。
仮金堂に比べて少ないとはいえ、それでもウネウネと長い列。
「お腹すいたね」と、runumoさんの持ってきてくれた豆腐屋さんのおからスナックをかじりながら
炎天下待つ。暑い。
 
いよいよお堂と思っても、グルリと周ってから中に入るようになっている。
1210年に再建されたままの姿を残す興福寺で一番古いお堂なので
手を触れないようにとの注意書きがあり、また係員からのアナウンスも再々される。
確かに古い。太い柱などは縦の木の目が深くえぐれているが、それでもドッシリと風格ある佇まい。
みとれながら進んでいると、次第にジーンと強いエネルギーを感じる場所が近づいてきた。
しかしそこには特に何もない。
目の前の太い古木の柱から発するいにしえの生命力?
そう思い、確かめようと手のひらをかざしゆっくりと動かしてみる。
木ではなく、これはもっと違う・・・・何だろう?
わからないのだが、ふと気付くと手から発している私のオーラが凄いことになっていた。
「ええっ、どうして?」
私のオーラは普段は薄ぼんやりとしたしょぼい物なのだが、
それがまるで和子先生のみたいにビカーッとしている。
すぐ隣のsakikoさんにも言って一緒に手をかざすと、sakikoさんの手もビカーッ。
オオッ、スゴイ!!!なんで?なんで?
よくわからないが、そうこうしているうちに列は進み、ようやくお堂の中に。
真ん中の大きな弥勒如来の左、法苑林菩薩像の方が入り口となっている。
先ほど私たちが強いエネルギーをビンビンに感じていた所は、ちょうど弥勒如来の真後ろ。
お堂の中に入った時には、先ほど仮金堂に入った瞬間のような特別な感動も感覚もなかったのだが、
やはり後ろに回ると来る。
全身をジーンとしびれさせながらも後光の裏から「正面」をとると、
強烈な何かを受け足からフルフルと震えがくる。
ここって・・・・
しかし、横に回ると急に雑音にかき消されるかのように何もなくなるのがまた不思議。
それでも前に来た時、「後ろであれなら真正面ならさぞかし」と期待して正面を合わせてみたが、
微細なエネルギーは感じるものの、とても弱いのでガッカリする。
なぜ? 私が荒くて雑だからかなぁ。
後でsakikoさんに聞くと、
前回、お堂の中ぐるり全部が「正面」でずっと見られているような感じを受けた時は、
弥勒如来の正面から入ることができたそうだ。
そして、人も少なかったので静寂の中で向き合うことができたとのこと。
なるほどね。
場は人によって影響されるもの。
また今度は人の少ない時期に来ることにしよう。

興福寺を出て昼食の後は、ぶらぶら歩いてたまたま開催中のフードフェスタを見て、
公園でrunumoさんが切ってきてくれたフルーツを食べて、そして東大寺。
私は奈良の大仏様ははじめて。
P1050439.jpg
南大門をくぐり境内に入るとsakikoさんが大仏殿に続く参道の中央を歩いていくので、私もそれに続く。
やっぱり何でも「正面、正面」ってやるのがいいのかな、とか思いながら歩いていると、
確かに来る、来る。
ビンビンと、正面の感覚!
すると前を歩いていたsakikoさんがクルッと振り返って、「あのな・・・」と教えてくれた。
以前、日野先生がここを訪れた際、参道を歩いていて「ここだ!」というポイントを見つけられたそうだ。
それで探そうと歩いていたのだけれど、どうも少し行き過ぎたみたいとのこと。
ということは、「ここ?」
もっと先まで行っていたrunumoさんもやはり同じように感じたらしくて戻ってきて、
三人でその場にしばし佇む。
観光客や修学旅行の高校生とかが沢山いる場所で少々邪魔だったかもしれないが、
どうしても「ここ」なんだもの。

大仏殿の中に入ると、ドワッと巨大な大仏に圧倒される。
大きさというのは、やはり凄い。
人の多さに負けていない。
人の気など問題にならないぐらいの、そこにある存在感の絶対的パワーというか。
P1050448.jpg
下から見上げて、「あの手のひらに乗ってコロコロ転がされてみた~い」と考えてしまってクスリと笑う。
「世界のすべてが仏様の手のひらでの出来事なんだから、もう乗っかってるのに」と思いなおして。
中をいろいろ見て回っていると、木でできた精巧な東大寺の模型があった。
これの面白かったのは、上の窓が開いていて
外からちょうど中の大仏様のお顔が見えるようになっているところ。
実物は閉じられていて開くとも思っていなかったのだが、
もしかして「正面」を感じた所は本当に大仏様の視線の焦点だった、とか?
この窓は観相窓といって、年に2回だけ開くのだということを後で知った。
これもまた、いつか行かねばなるまいか。

東大寺を後にしたのは午後4時ぐらい。
夕食の支度をしてきてなかったので早めに帰りたいと送ってもらったのだが大渋滞で、
結局駅に着いたのは6時過ぎ。
来る時とはえらい違いだけど、それもそのはず。
阿修羅像を一目見ようと並んでいたあれだけの人が帰るのだから、道路もやはり長蛇の列になる。

というわけで、今回の
「秋の行楽シーズン・駆け足で回る人いきれムンムン奈良の旅スペシャル日帰りコース」は、
これにておしまい。
予想していた雰囲気とはちょっと違ったけれど、結構、充実した旅行を楽しめて大満足。
だけど、次は「静かにのんびり仏と語らう滞在型コース」がいいかな。
sakikoさん、runumoさん、ありがとう。また行こうね。 というか、連れてってねー。
めっちゃ、おもろかったよー!

FC2トラックバックテーマ  第847回「お寺、神社へは行きますか?」

午前0時は1日2回

今日も今日とて地球儀グルグル。
日本は一番上で干潮で、一番下で満潮になるということらしい。
  「あれ?でも、気象庁の観測データでは、一日に2回満干が繰り返されてますよ?」
「えっ、そんなはずは。地球の自転は一時間に15度。二十四時間では・・・」
  「360度です」
「上からはじまって、下に来て何時間?」
  「12時間です」
「で、上に着たら」
  「24時間です」
「おかしいね」
  「おかしいですね」
「わかった。0時から始まって、また0時になるから一日2回になるよ」
  「いえ、2回目の0時は次の日です」
「何を言ってるんだ。時間は途切れているんじゃないんだよ。ずっとつながってるんだ。
 潮も急に満ち干きするんじゃない。あたり一体が影響を受けるんだ」
  「しかし、実際の気象庁の観測データできちんと6時間で満ち引きを繰り返しています」
「それがどうして月と関係があると言えるんだ!月だってだいたい同じ位置にあるだろう!」
  「ですから、月と太陽の引力と地球の遠心力の相関関係+地形、海流、気圧などが・・・」
「わからない人だねぇ!こうして君と言い争っていても埒が明かない!」

あ、やばい。
またワナワナさせてしまった。

私のような既存の常識に洗脳された人間は、頭が固くてどうもいけない。

第82回「武禅一の行」8─苦手

「人付き合いが苦手」と言う人は結構多い。
もちろん私もその一人。
口下手で気が利かないので、他人と何を話していいのかわからなくて疲れる。
まあそれも馬鹿みたいな自意識が過剰だからなのは承知しているが、
理由がわかったところで苦手なものは苦手。
本当は一人で居るのが楽だし好き。
とはいえ、それでいいとは思っていないから苦しむ。
人付き合いが上手な人が羨ましくて、自分もそうなりたいとどうしたって思ってしまうから。
人を好きになりたい。関心を持ちたい。
互いに心から楽しんで気持ちの良い自然な会話ができたらどんなにいいだろう。
その欲求は振り払おうとしても消せるものではない。
人が人と繋がりたいのは、根源的なものだ。
だから、私は武禅に行っている。

初めて武禅に行った時、私はその後何度も行く事になるとは思っていなかった。
遠いし、そうそう家を空けられないし、お金もかかることだから
一生に一度の大冒険になるだろうと思っていた。
この際、知りたいことは全部聞こうと思ったし、
できるだけ欲張って何でもチャレンジしなくては勿体ないとガツガツしていたと思う。
結局、一度や二度で何かをつかめると考えていたのが大間違いで、常連化しつつあるのだが、
その気持ちは今も変わってはいないどころか、より強まるばかり。

その私から見ると、せっかく武禅に来ているのに消極的な人がいるのが不思議だ。
もっと先生のそばに寄って他の人を押しのける勢いででも前に出ようって気はないのかな、と。
強く求めるものがあるからこそ、わざわざ来ているはずなのに質問が出ない。
食い下がらない。突っ込み入れない。意見を言わない。
それって無口でおとなしい性格だから?

ある人が、仕事での人間関係で悩んでいるという話をしていた。
彼は会社の飲み会には出ないのだそうだ。
「苦手」ということで。
もう40代も半ばだけれど若い頃からずっとそうしてきたのだとしたら、それは悩むだろうと思う。
好き嫌い、得手不得手が許されるのはガキのうちだけ。
仕事の場では求められている人間にならなければならない。
自分の「苦手」は相手にはどうでもいい、こっちの都合。
どうしたらいいかは既に見えている。
どうするかは自由。

正統派ケーキ?

今日はパンじゃなくてケーキ。
ケーキ1
 はい、こんがり。

ケーキ2








チョコチップも入れました。
バターも砂糖もどっちゃりこん。
これがまた、美味しいんだな~。

宇宙の上と下

大きな地球儀を買わせた。
地形がリアルに立体的になった高級なもので、5万5千円もした。
クルクル回しながらいろんなことを考える。

「宇宙には“上も下もない”から、逆さまにしたら全然別の星のように見えますね」
「どこから見ても、“中心に”引力は働いているんですよね」
「“公転面に対して”の23.4度の傾きって目で見ると結構ありますね」
てなことを一応、言ってみた。

しかし返ってきた言葉は、
「この地軸の傾きが、潮の満ち干きを作ってるんだよ」
だった。


今、世界中の潮の干満のデータを調べて比較している。

物は上から下に落ちていくもの。
地軸が傾いているおかげで水は高いところから低いところに流れていく。
しかし地球は自転しているので、一日で360°位置が変わる。
だから潮の干満がおきる。
例えるなら、傾けたお皿の中の水が移動するように。
現在言われているような月と太陽の引力や遠心力とは一切無関係。
それを証明する。

宇宙の中の、高いところと低いところ・・・・・・
いいけどね。

あまりに理屈に合わないデータが集まるようだったら、
気象庁に電話で問い合わせることになっている。
それはちょっと、避けたい。

声の出ない子ども達

日曜日に中学校の文化祭があった。
私は月1である地域の公園作り会議出席のため、午前中はパス。
長男のクラスの劇は見られなかったが、長女の発表は午後なので見ることが出来た。

1年生と2年生は全クラス合唱。
はじまって一声聞いて「なにこれ?」と呆れてしまった。
ちょっと今年は酷すぎる。

「やる気あるのか? それで練習をしてきたわけ?」
と野次を飛ばしたくなるぐらい、聞いてて腹が立つような有様だったからだ。

下手なら下手でも声を揃えて歌いさえすればそれなりに聞こえるもの。(SMAPがいい例)
まったく声が出ていないし、わずかに歌っている子もてんでバラバラに雑な歌い方。
まだ幼稚園のお遊戯の方がマシというもの。
これが中学生なのか・・・・とガックリ。
他の保護者がどう思ったか知らないが。

最後に学年ごとに最優秀クラスが選ばれたが、単に少しでも声が大きかった組という感じ。
発表された瞬間、歌では男子の声しか聞こえなかったクラスの女子が
「キャー、ヤッター」と飛び上がって喜んでいるのだから、バカらしくなる。

本当なら、下手クソに下手なんだと教えるために、評価などしてやるべきではないと思うが、
公開された文化祭ともなると学校側もそういうわけにもいかないのだろう。
それにしても、自分が努力もしてないのに点をもらって嬉しいとはね。

他の人が歌わないから自分も歌わない。そんな精神の子が多い。
やっても別にいい事ない。やらなくても皆サボってるから嫌な思いをしない。
だったらやらない方がトク。そういった雰囲気。
いつかの記事にも書いたが、最近の子は、目立たないように失敗しないように楽なようにと
一度しかない青春を浪費している。勿体ないことだ。

娘の合唱の時、夫と義光さんが体育館の一番後ろで立って聞いていた。
クラス全員が歌っていたのに、「アリスの声だけが聞こえてた」と言う。
後で他のお母さん方も「アリスちゃんすごいね」と言ってくれて親として嬉しいのは確かなのだが、
別に彼女は声量があるわけでもないし、頑張って張り上げてたわけでもなくて、
普通にただまっすぐ歌っていただけなので、なんだか複雑な気分。
その場でやるべき事を精一杯する。当たり前のことなのに。

今は「情熱を燃やせ!」とかの泥臭いことは流行らないにしても、
子ども達にもう少しエネルギーを出させることはできないものだろうか。
地球の資源は省エネモードでいいけれど、人間は出せば出すほど湧いて来るんだから。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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