わたしを好きになってくれなかったあなたへ

好きも嫌いも自分の気持ちなのだから、わからないはずはないのに、
時に人はそれが見えなくなることがある。

好きではない人を好きなふりをするのは、「好かれる必要がある」と思っている時。

「好かれたい」のは、「好き」だからだと脳は簡単に心に嘘をつく。

「こんなに好きなのに」という気持ちが渦巻くのがその証拠。

言葉に出せば、相手にとって呪いの言葉以外の何物でもない。


素直でいるのは簡単でも、素直になるのは難しい。

「好かれたかった」のに「好かれなかった」から、「嫌い」だったことにしたい、
わたしがいる。

ジャイアンリサイタル

朝、育成会での交通立哨当番だったので、7時半から坂の下の交差点に立った。
ペアの相手は育成会会長。
そこで総会で私が席を立った後、どうなったかを聞いた。

「ぽあんさんが先に帰ってくれて助かったよ。
 あれで空気が変わって、私も早く切り上げなければと思ったから。
 9時ぐらいに話の流れが丁度いい具合に落ち着いたので、
 そこで『お開きにします』と、役員以外の人には帰ってもらうことができた」

私が帰ったのが8時半過ぎだから、それでも30分近くは我慢させられていたことになる。
「それで、役員の人が帰れたのは何時?」

「まだまだSさんがずっと喋り続けてたから付き合って、集会所を出られたのは9時40分ぐらい」

ということは、
私が帰ってから延々1時間以上も嘘吐き自慢と他人の悪口の大演説会を聞かされ続けたということか。

はぁ~~~、お疲れ様でしたねぇ。

「でも、ビックリしましたよ。まさかS君のおじいちゃんが育成会に出てくるとは」と会長。

「前は自治会総会で大口きいてたけど、休会にまで追いやって顔出せなくなったから、
 女ばかりの所だったらまだ威張れると思ってんじゃないの?
 今度からちょくちょく来るかもよ~~」

「えーーーー、いやぁ、困りますよぉ!」

だけど、いくらこっちが嫌っても来るだろうなって気がする。
若い女性たちが自分の意見に耳を傾けてくれる、気持ちよい場所に味をしめたとしたら。

さあて、どうしようかな。

来年はチビとSの孫が揃って6年生。
最上級生は「子ども会長」をし、親は役員をするのが慣例。
S君の親は「仕事が忙しいのでできません!」の人なので、出てくるとしたら奴。

選択肢は三つ。

1.波風立てずにおとなしく従う  2.会をやめて面倒ごとから逃げる  3.総力挙げて戦争突入

奴の横暴に振り回されるのは嫌だから1は絶対にないと思っていたが、
こうして書き出してみて、はた、と思う。

この中で一番、武道的なのはどれだ?

いい稽古が出来そうじゃないか!

怒りの育成会総会

体がワナワナ震えるぐらいの怒りを久しぶりに感じた。

夜7時半から町内の今年度育成会総会があった。
会長は、去年も上の子が小学校1年であるにもかかわらず立ってくれたしっかり者。
私は子どもが多いので、もう主みたいな顔になっているが、
メンバーは年々様変わりをしており、今は割りと若いお母さん方が中心となっている。
昨年、自治会が休会していた時も皆で結束して行事を続け、
ここ数年来で一番いい感じで回っているように思う。

総会は役員紹介、昨年度報告、今年度予定と予算、連絡網改訂、交通立哨当番確認と
スムーズに進行し、もう終わるという頃になって、思ってもいなかった珍客が飛び込んできた。

集会所の真ん前に住んでいる、町の厄介なトラブルメーカー、S。

これまで、このクソジジイが関わるとろくな事がないということは、身に沁みている。
自己中心で思い込みが強く、面白くない事があったらすぐ他人の家に怒鳴り込んで行っては、
「おどりゃー、すどりゃー」と脅す。
激昂して「殺すぞ!」と言い、警察にお持ち帰りされたこともある。
いつかは、班長だった人が、班員のゴミの出し方がなっていないということで呼ばれ、
深夜まで正座させられて怒鳴られ続けていた。

また、そのゴミバコも自治会のものは老朽化しているからと新しいのを寄贈してくれたのはいいが、
後に「あれは自治会にやったのではなく、班にやった物だ」と私物化し、
おかげで同じ班員であっても、自治会で管理・修繕をしたい人は
遠くの別のゴミバコに捨てに行かなくてはならないという奇妙な事態になってしまった。
個人の私物がデーンと集会所敷地内に、しかも玄関の前に鎮座しているというのに、
それを横目に見ながら倍以上の距離を重いゴミ袋を運ぶ。苦々しい思いをかみ締めて。
彼がよく窓から外を見ているので、
私はわざと毎回、威勢良く満面の笑みで「おっはよーございま~~~~す」と走っていくのだが、
絶対に顔をあわせたくないと、暗くなってからしか通れない人もいる。

自治会が休会になったのも、奴のせいだ。
何年も自治会会長をやってきた人に対して、
「Kが会長をやっているから自治会をやめたいと言いに来る人が多い。この責任をどうを取るんだ。
 自治会とは別にワシに新自治会を立ち上げてくれという署名が20名ほど集まっている」(←大嘘)
とかやっちゃったってんだから、アホもいいとこ。
自治会長が気に食わないその理由は、自分が一番偉く(強く)て人気者でありたいのに、
現実にしっかりと役をこなして人々に慕われている、自分よりももっと偉い(強い)人間が
許せないからだということは、誰が見ても丸わかり。
ただ危険人物なので、君子危うきに近寄らずとばかりに正面切って意見する人はいない。

その火中の栗を拾いに行こうとしたのが、私の夫。
会長や役員の実際の苦労を知らないために無責任な事を言えるのだろうから、
新自治会の話をするぐらいやる気があるなら、いっそ次の自治会会長に立候補するようにとすすめたのだ。
「立つ気があるのなら、全面的にバックアップするよ」と。
夫は、Sが親分肌で身内の面倒見だけはいいところがあるので、立場が変われば動きも慎重になると考えた。
しかし奴は立たなかった。一番大事なときに限って、黙~って、その期の過ぎるのを待っていた。
裏で前役員達の説得にかかっていた夫は自治会を破滅させようとしている敵認定され、一人馬鹿を見た格好だ。
Sとは、そんな腐った男。

先週土曜に開催された休会から復活した自治会総会には、顔を出すこともできなかったヘタレだが、
女ばかりの中でなら、威張れると思ったか。

そのSの育成会との関わりは、過去記事にも少し書いたことがある。
「マイペース一家の波風」

総会なので、役員をやらない人でも、また母親でなくても出席してもらって一向に構わない。
しかし、なぜここで議事と関係ない大演説をする?
その話の内容がまた嘘八百をよくもこれだけでっち上げたなと思うようなもの。
とにかく、俺様の自慢と虚栄と自治会長に対しての私怨のてんこ盛りだった。

「育成会はこれからは老人会と仲良くせんといけんよ。
 ワシは老人会の会長とは仲がいいけんね。ワシに言ってこい。何でも言ってやるけぇ。
 若いお母さん方に老人会の会長と話をせぇいうても、そりゃ無理じゃろ」

(↓以下、私の心の声)
  老人会じゃなくて「若〇会」!名前も知らないでよく言うよ。
  何度も何度も訂正されてるのに聞いてないし。
  しかもお前、会に入れてももらえてないくせに。
  若〇会は、和を乱す人はお断りだからね。
  今の会長は人当たりが良いので誰とでも口はきくけど、Sと親しいなんて初耳。
  それに、役員会で頻繁に顔をあわせるので育成会と若〇会の意思疎通には何の支障も無いの!

「育成会のあり方っちゅうもんもよう考えんにゃね。
 前はK会長が、自治会に入っとらん者は育成会には入れん言うたけぇ、ワシが怒ったんじゃ。
 『わら、なんなぁ、子どもをそんなことで差別するんかー』いうてのぉ。
 これで変わったけえね。善うなったよ。
 じゃけ、あんたらも自治会が変なことを言うてきたら『いつでもやめたらぁ』いうて怒らにゃ。
 育成会は自治会とは何の関係もない。独立しとるんじゃけ。Kの好きにされたらいかん」

(心の声)
  は? 育成会は自治会から毎年多額の助成金を出してもらってる下部組織ですが?
  関係大有りでしょ。子どもは親だけでなく、地域全体で育てようと言うのがこの町の基本ポリシー。
  「口出すな」とは言えないよ。
  だから自治会に入ってない人が育成会に入れないのは仕方ない事。嫌なら自治会に入ればいい。

  以前、お前が一人で勝手に怒って騒いでだのは、ぜんぜん別のことだったじゃないか。
  ゴミバコについての話し合いで、多数がSのではなく自治会のゴミバコに入れる方に挙手したら、
  唐突に「Kは母子家庭を差別するような男だぞ!」と怒り出したよね。
  それはもう前日の役員会で解決済みだった話。
  育成会に入っていた子どもの両親が離婚して団地内に別世帯で住む事になったのだけど、
  父親が自治会の会費を払っているので、母親がまた新たに入会金を払って入らなくても、
  育成会は継続できるということでかまわないと了承をもらっていたのに、
  「母子家庭を差別する。自治会員じゃない子どもは一緒に遊ぶなと言うのか。可哀相だろ!」
  と大きな声で怒鳴るから、話に出された女性は泣き出すし、迷惑もいいとこだった。
  今も昔も、何かを善くしたことなんかないだろ。

「今年、新しく公園ができる事になったが、ありゃあ、ワシがずっと陳情してきたんじゃけぇね。
 何度も何度も市会議員をうちに呼んでの、話をして、やっとここまでこぎつけたんじゃ。
 子ども等にはのびのび遊んで欲しいけぇの。
 じゃけ、近隣に迷惑かからんようにフェンスの高さも住民に聞いて決めたゆうて、
 役人も言いよったわ。ワシは行政の方にも顔がきくけえの。
 ワシが言うたら何でも聞くんじゃ、あんなら」

(心の声)
  「自治会で8年以上も毎年正式な書類を作って市に提出し続けてきたということは、
   回覧にも書いてあるし総会で話も出たこと。
   総会資料の隅々まで見て小さなことにイチャモンを付けるのは得意なのに、肝心な事は何も知らん。
   個人でワーワー言って来られちゃ、市も迷惑だったことだろうよ。
   呼びつけた市会議員は、口達者な大嘘つきで有名な奴。選挙のためなら何でもすると。
   そもそも議員の仕事を知らんだろ。
   議員には団地に公園を作るといった話を具体化できる権限は一切無い。
 
   それにしても、それだけ公園作りに積極的だったのなら、
   市が開催してくれた公園作りワークショップに一度も参加しなかったのはなんで?
   家の真ん前の集会所の入り口が開け放たれて、住民がぞくぞく集まってきてたのを見てたでしょ。
   そこで、どんな公園にしたいか、目的、形状、設備、遊具、植える木の種類まで、
   皆が夢を語り、案を出し合って、他のどこにもない最高の公園のプランができたってのに、
   それを後で市の職員から聞いた? プププ・・・。
   で、公園ができるのは俺様のおかげだから感謝しろって言われてもねぇー。

私はここ数年、自治会に役員として関わってきているからいろいろ知っているが、
若いお母さん方はたぶん知らないだろうし、年配の男が自信満々に大きな声で喋くっていれば、
頼りがいがありそうと思うのか、真面目にウンウンと頷いて聞いている。

逃げるに逃げられない会長に悪いので、少しの辛抱と思いしばらく付き合ったが我慢の限界。
私の貴重な時間を、こんな不愉快な男のエゴの満足のために一秒だって無駄にされたくはない。

「帰るわ」

わけのわからん話を続ける酒臭い男の後ろから会長に小さく断りを入れて、ひとり集会所を出た。


もちろん家に帰るとすぐ、「お父ーちゃん、お父ちゃん、聞いてー! むちゃ腹立つ!」と、
ビールを2本手に、夫の部屋に飛び込んだのは言うまでもない。

人嫌い

4月のクラス替えは中2の娘には面白くないものだったようで、不満タラタラ。
1年の時に仲が良かった人たちとはほとんど離れてしまったため、
一人だけ残った友人といつも一緒にいるらしい。
そこは家庭訪問の時に担任の先生も心配されていた。

「だって、クラスの雰囲気最悪なんだモン」「みんな怖い」「前のクラスが良かった」

小学校時代から知っている意地悪グループが幅を利かせているとなれば
その気持はわからないでもないが、他の小学校から来たそうでない人たちもいる。
だんだん打ち解けて行ってもいいはず。

しかし「私、人見知りだから駄目だよ~。知らない人と話しをするの苦手」とか言う。

「アンタねー、いまからそういうことじゃ、社会に出たらどうすんの?知らない人だらけだよ」

「うん。友達にもそう言われた。積極的に自分から話しかけて行ったらいいじゃん、って。
 でも、ムリ~。なんでみんな、普通にできるの?」

そんな話しをしながら、私自身もそうだったな、同じことを考えていたなと思い出す。

私の場合、中学時代は三年間クラス替えがなかったので、仲良しグループはいたけれど、
それ以外の人はどうも苦手だったし、高校に入ってからはほとんど誰とも口をきかず、
「何も見たくもない、誰とも馴染みたくもない」といった感じで通した。
これには、私が人の見分けがつかず顔と名前を覚えられないという理由もあったのだが、
たぶん「嫌われる前に嫌っちまえ」という過剰な自己防衛が大きかったと思う。
大馬鹿。アホ過ぎ。(笑)

しかし、いい大人になって社会に出たらそういうわけにはいかない。
苦手は苦手ながら、なんとか四苦八苦して乗り越えてきたわけだが、今になってみれば、
なーんでこんなことぐらいがもの凄く大変なことのように思えたのかと滑稽でならない。
イタイ幼さだ。

今でも相変わらず人付き合いは苦手ではあるが、
大抵の場合は「そうは見えない」ぐらいには作れるようになった。
それは自分を偽るということではなく、こちらに気を使わせないための他人への配慮。
結局、保身に一所懸命だった時には何も守れてはいなかった。
自分がどう思われるかではなく、相手に何を伝えるかを大切にしなければ、
双方が心地よい空間を共有できる「関係」は結べない。

・・・ということに気付いたつもりでも、まだまだではあるけれど。
そうそう人は変われない。
だから、どんな人でありたいかを演じることで“なりきる”しかないのだ。

「無理」「出来ない」は言い訳。
どうありたいか、が大事。

もちろん「一生、人付き合いなんかしない!」と決めるのも有り。
もし、そんなことが「出来る」なら、ね。

さあ、一年後はどうなっているだろうか。

読書カードのお礼

チビと私の名で児童向けの書籍専門の出版社から封筒が届いていた。

チビは2ヶ月ぐらい前に図書で借りて読んだ本がとても気にいり、
どうしてもページの間に挟まっていた「愛読者カード」に感想を書いて出版社に送りたいということで
図書の先生の許可をもらい、私が住所を書いて出してやったということがある。

その返礼で、図書の目録とポストカード、しおりなどを送ってきた。
チビはさっそく目録に目を通し、好きな本がシリーズで結構な数出ていることを知り、
とても喜んでいた。
ポストカードの絵も教科書に使われている好きな物だったので尚嬉しい。

なんでもないことだけど、とてもありがたい。
ハガキを出すことをOKしてくれた図書の先生も、夢を膨らませるプレゼントをしてくれた出版社も。

チビは、ますます本と絵が好きになることだろう。
小峰書店目録


東京ドームの地下が熱い!

読みたい本が沢山たまっているので、これを全部読むまで新しい本は買わない!

と固く心に誓っていたのに、

買っちゃった。。。

私の決心なんてこんなものサ。

だけど、これは反則だろう。

だって、帯にこんな文章書いてあるんだよ?


哲学の聖地、東京ドーム地下討議場では、

今まさに史上最大の哲学議論大会が行われようとしていた……。

「史上最高の『真理』を知りたいかーッ!」

観客「オ─────────────!」

「ワシもじゃ、ワシもじゃみんな!」

「全哲学者入場!!」


史上最強の哲学入門

バキか? バキなのか?

なんと表紙は、板垣恵介氏イラスト。徳川のじいさん?っぽい哲学者?

範馬勇次郎と刃牙の闘いに匹敵するほどの熱き哲学者たちの討議が、ここで繰り広げられようとしているのか?

こ、これを見なくてなんとしよう。

古今東西の強者達が知で知を洗う情け知らずの議論を闘わせる場面を見逃せば、一生の悔いが残る。

地下討議場へのチケットはどうしても手に入れないわけにはいかなかったんだよ。

ということで、枕元の本たちにはもうちょっと待っててもらう。


哲学者たちの紹介がまた、イカれててイカしててイイんだよぉ。

神殺しは生きていた。さらなる研鑽を積み人間狂気が蘇った!
超人!!ニーチェだァ────────!!

近代哲学は既に私が完成している! ヘーゲルだァ────────!!

経験されしだい還元しまくってやる!現象学の開祖 フッサールだァッ!!


・・・・・・・・・等々

大哲学議論大会は、バキ達の死闘のように瞬きしている間に勝負がつくということはないので、
目を労りつつじっくりと読もうっと。

実はこの作者の「哲学的何か、あと科学とか」と「哲学的な何か、あと数学とか」も愛読書だったりする。

送りの儀(後)

病院にかけつけると、ベッドの上にまだほんのり暖かい義母が横たわっていた。
安らかな顔。まるで普通に眠っているような。

葬儀場に手配して、運び、通夜は今夜18時、葬儀は明日13時と午前中にあらかた決まり、
私は子どもたちを連れに行くのと喪服の用意のため一旦、帰宅。

16時頃に葬儀場に着いた時には枕経はすでに終わり、葬儀の準備もあらかた出来上がっていた。

入り口には故人を偲ぶためのコーナーが設置され、
喪主である主人の言葉が思い出の写真とともに大きなパネルになっていて驚く。

追憶

「子どもの気持を尊重してくれる 懐の深い、大らかな母でした」
「背筋を伸ばして歩きなさい」が口癖だっただけに、
晩年になっても母は姿勢が良く、きびきびと美しい歩き方をする人でした。
散歩をしながら四季それぞれの風を感じるのが好きで、
花見をしながら観音の自宅から三滝まで歩いてしまうことも多かったようです。
好奇心が旺盛で、何でも自分の目で確かめたい人だったので、
幼い頃はよく母に連れられて歩いたものでした。
・・・・・・・・

春爛漫の平成二十二年4月二十日、母は八十五年の生涯を終えました。
生前、皆様との良きご縁に恵まれ、
母の人生を豊かにしていただきましたこと、心より感謝いたします。
本日のご会葬、誠にありがとうございました。

祭壇には、義母の大好きだった明るく可愛らしい花々が飾られ、
嫁たちで選んだ一番義母らしい写真が遺影として正面に置かれている。そのフレームも義母らしいピンク。
「お義母さん、嬉しいじゃろうね。こんなに花がいっぱいで」
「でも、生きているうちにこれくらいしてあげたらよかった・・・」涙は止まらない。
入り口 祭壇
見舞いのため遠方の親戚たちがこちらに滞在していたのは幸いだった。多くの人が通夜に列席してくれた。
葬儀場のスタッフが細かに指示してくれるので戸惑わないですむ。
読経、焼香、喪主挨拶と式は滞りなく終り、親族で会席。
三兄弟と夫の長男がそのまま泊まりこむことにして、私たちは一旦帰宅。

翌日11時ぐらいに斎場に着くと、
他の嫁たちは先に来ていて「お義母さんの顔が変わっている」と騒いでいた。
見ると、前日化粧をされたときに無理に作られたような笑顔になっていたのが緩んで生前に近い表情をしており、
目もうっすらと開いていた。
霊的に敏感な三男の嫁の夢にも出てきて涙を流していたらしい。
「思いが残っているのかしらね」と次男の嫁が言う。
霊感0の私には何も見えないし夢にも出てきてはくれなかったが、
人見知りでほとんど部屋から出てこなかった義母の猫が急に懐くようになったという変化があった。
「死んだ後でも皆のこと気にかけてくれているのかも」
そういう人だった。

本葬には、平日にもかかわらず多くの人が来てくれた。
受付は、夫の長男長女と次男の長女。
夫の会社関係の人や友人たちも駆けつけてくれ、ありがたい。
式は通夜と同じような流れで進み、最期に全員でお別れを言いながら花で棺を一杯にした。
「おかあさん・・・」
現実感がなくて確かめるようにそっと頬に触れてみる。
冷たいけれど、やはりあの義母とここに横たわっている遺体が同じとはどうしても実感できない。
蓋を閉める時には、夫の長男が目を押さえ顔をグシャグシャにして声を出さずに大泣きをしていた。

バス2台で焼き場に行く。
待つ間、弁当を食べたり、めったに会うことのない親戚たちと話をした。
義父の葬式の時にドアで指を挟んで爪を剥がした長女を介抱してくれた叔母にもその時以来。
3歳だった娘が14歳。「まあ!こんなに大きくなって」と驚かれる。
もうそんなになるんだなと、時の流れの速さを思う。
お骨は、彼女の好きだった淡いピンク色の骨壷におさまった。

帰るとき、夫が「今日はこのままお骨を家にもって帰ってもいいか?」と聞く。
病院でさんざん寂しい思いをさせたから、もう一人ぼっちにはさせたくないと。
それはもちろん。

これから初七日、四十九日。
実家の片付けなどもしなければならない。
皆の帰るところがなくなってしまうのはとても寂しいけれど、仕方ないこと。
今でもどこかにいるような気がするのに、もう会えないなんて信じられない。
人の死は、実感するというよりも、時間をかけて納得していくしかないものなのかもしれない。
「さようなら」という言葉は、どうもそぐわない気がする。

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送りの儀(前)

義母が亡くなり、昨日、葬儀を終えた。

一昨日の朝5時前、夫の携帯電話に病院からの知らせ。
血圧が安定しなくなったのですぐに来るようにとのこと。
兄弟たちに連絡をとり、家を出たのが5時半。
家で待機していた私に電話が入ったのが6時半。
「おふくろが今、息を引き取った・・・」
これからの段取りがまだ決まらないため、とりあえず子どもたちは学校へ行かせる。
雨が降るので4人をそれぞれの学校に送り、そのまま義母が入院していた病院へ向かった。



義母の病気がわかったのは正月明け。
年末からの具合の悪さが長引くため検査を受けたところ、悪性リンパ腫が見つかった。
診断の詳細は直接義母には知らされず、夫と兄弟たちが聞き、今後を相談。
その後の精密検査の結果、出された答えは「余命、3ヶ月」。

「ガンの手術や放射線治療は効果がないどころか有害のこともある」「薬漬けにされるだけ」
そんな知識や心配など、もはや必要なかった。

胆汁がたまり黄疸と高熱がおさまらないため、とりあえず循環器系の簡単なバイパス手術をして、
あとは体力がどこまで続くかだけだという説明を受ける。
医者は絶望的なことを言うが、人間の体に「絶対」はない。
それでもどこかで奇跡を期待する。
兄弟で話しあって病名は義母には告知しないことに決まった。
「本人の気持ちが弱くなるのが一番いけない」というのが表の理由。
本音は「もし母親がショックを受けて取り乱したら自分たちの心が耐えられそうにない」から。
子どもたちにもまだ本当の事は伏せていた。

術後の経過は良好で、少しずつ食事もとれるようになって退院したのが2月はじめ。
「もしかしたらこのまま進行が止まってくれるのでは」と期待したのもつかの間、
定期検診に行った時に倒れ、そのまま再入院となった。
血栓が脳に飛び脳梗塞を起こしてしまったためだ。
その上、血栓を溶かすのに使う薬は、もともと原爆症で血小板が少なかった血液を更に凝固しにくくするため、
転んで少しでも怪我をしたら命取りになりかねない。
この時、医者からは「余命1ヶ月。もう、今日明日でもおかしくない」と告げられた。

しかしその後、なんとか持ち直し、3月には本人の希望もあり退院。
半身麻痺で危険もあるので、夫が泊まりがけの介護をするという生活になった。
食事は昼と夜、ヘルパーさんが作ってくれる。
この頃義母は、身体が思い通りに動かないのと意志がうまく伝わらないこともあり、
ひどく苛立ちワガママになっていたが、無理もない。
夫は親戚連中や義母の友人達と連絡をとり、できるだけ心残りのないようにとの準備をはじめていた。
子どもたちにも話して聞かせて。

腹水がたまるようになり、3月の終わり近く再度入院。
夫は義母の猫を連れて帰ってきた。
それから2週間後、瀬戸内を見下ろす山の中腹の緩和ケア病棟がある病院に転院。
移動の時、車から満開の桜を見ながら「きれいね」と話をしたのが夫との最後の意味のある会話だったらしい。
翌々日、夫が「おくふろ、もう俺のことも誰だかわからなくなってしまった」と打ちひしがれていた。
痛み止めの薬を使って、ほとんどボンヤリした状態の母親をただ見守るだけ。
もう何もできないし、何も悩むことすらない。
ただ、待つだけ。

そして、その日は来た。

あいぽんの置き場

長男が就活用にどうしても携帯電話が欲しいと言うので契約に行き、
ついでに学割+家族割のキャンペーンに乗っかって、私も携帯を買い換えた。

私はこれまでauの携帯を使っていたが、パケット定額から
月々980円のシンプルプランに乗り換えた際に購入した機種がどうも気に入らなかったため、
この際だからと脱庭して孫帝国にお引越し。
遅ればせながら、前々から気になっていたアップルのiPhoneをGetした。

誰かが「何でもできる100得ナイフ」と形容した通り、どんな使い方でもできる面白い機種ではある。
メモや写真や音声を即座にネット上に保存したり、テレビ電話として使えたり、
ネットラジオも聞き放題、欲しい映像もすぐに見られる。そのアプリの多くがタダ。
これは気に入った。

傷を付けないようにケースを買い、できれば専用の置き場所が欲しいところ。
しかし、あまりお金はかけたくない。そうなれば、やはりここは手作り?
検索をしてみると、やはりいろんな人が自作iPhone立てを作っていた。
その中でちょっと面白そうだったのがコチラ。
http://www.dessinemoiunobjet.com/iphone-and-itouch-paper-stand-dock/
紙でこんなにシンプルに美しい造形が作れるとは、只者ではない。
ということで、本当にできるのか早速作成。
紙でiPhone立て1 紙でiPhone立て2
使う厚紙は少しでいい。今回はプリント用紙に付いてる厚紙使用。
型紙どおりに切り抜いて、折って差し込んだら完成!とってもカンタン。
使ってみると、紙でiPhone立て3 おお、いいじゃん。

しかし、何かを見る時にはいいけれど、充電中に置いておけるもっとしっかりした物が欲しいような。
そこで100円ショップで買ってきたのがコチラ。
ダイソーのメガネ置き これではあまりに殺風景なので、
 ここで使い道のわからなかったリンゴシールを使用。
 リンゴシール使用
赤いIphoneと入れ物 いい感じでしょ。

 私はとーっても気に入ったんだけど、同じのを買ってやった息子からは
 「ダッサー」

 そうかなぁ?・・・・


日本は日本人の国です!

「たちあがれ日本」という新党が設立され話題になっている。

どうしてこんな名前にしたのか、その感性を疑ってしまうのは私だけではないだろう。

言葉自体は悪いものではないのでおおっぴらに批難もできないが、
何かおかしい、なぜか日本を大事にしている気がしない、
そして一般国民に対して責めてきている気すらする、軽んじているというか、偉そうというか・・・
そんな気分の悪さが確かにある。

それはなぜなのか。

はっきりいって、物言いが他人事でしかないからだ。
「立ち上がれ!」だとか、「頑張れ!」「よみがえれ!」などという励ましは。

あなたはいったい、何人なんですか?
「日本」の中に、「たちあがれ日本」党の人は含まれていないんですか? 
ということを皆、薄々感じながら、さりとてはっきりと問うこともできずに、
困ったちゃんを扱いあぐねてる雰囲気が蔓延して、これがますます気持ち悪さを作り出している。

「立ち上がれ」と最初に聞いた時、私がまず頭に浮かんだのが昔のあるロボットアニメ。
オープニングで「♪立ち上がれ~ 立ち上がれ~ 立ち上がれ◯◯◯◯」と歌われていたからだ。

このアニメの歌は、ロボットを操縦する主人公を応援する歌となっており、
「立ち上がれ」の後に、「君よ」と呼びかけ「走れ」と続き、
その後も、「飛べ」だの「撃て」「叫べ」「行け」「燃やせ」「飛べ」と、
激しくも小気味良い命令語のオンパレードで構成されている。

この歌の中には、大きな期待は込められているけれど、
歌っている者自らが能動的に動いていくのだという姿はまったくない。

もちろんアニメを見ているちびっ子達のための歌だから、これはこれでいい。

見てる子は、ヒーローに自分を重ねあわせて、その場で一緒に戦っているような気になるだけだから、
ちびっ子が何をしようとすまいと、物語には何の影響もない。
ただ、視聴率が悪ければ番組が打ち切られるだけのことで、それはまた、ちびっ子には何の影響もない。

大人の見る野球やサッカーなど、スポーツの応援にも同じことが言える。
「ガンバレ、日本!」は、外国人チームと戦う日本の代表選手たちに対して応援団が使う言葉で、
選手同士で使って励まし合うなんてことはしない。当たり前だが。
この場合、選手は人間なので励ましによって勇気づけられたりといった影響はあるが、
声援が多ければ多いほどそれに比例して強くなるわけでもなく、やはり本人の実力勝負。
観客が選手の努力を肩代わりしてやることはできない。

それが「応援」というものだ。


であるのなら、日本という国に応援団は要るだろうか?
当の日本人が、「立ち上がれ」だの、誰に向かって言うのか?

この際、名前として適す適さないはさておき、純粋に言葉として考えてみた時、
自分、または自分たちが「立ち上がる」のならわかる。
今まで寝てたか、座ってたか、倒れてたか、ハイハイの時期だったのか知らないが、
とにかく立ち上がるんだなと。
「立ち上がらせる」でもまだどうにか気持ちは通じる。
「国を動かすのは我々だ!」との強い意志の表れとすれば、少々の傲慢さは許容範囲だ。
たちあがれ日本」は、どう考えてもあり得ない。

ちゃんと日本語を理解しているのなら、日本人としての感性が育っているのなら、
決して自らの体を表すものとして名乗れるはずがない政党名。

この名の党が5年以上続くと誰が思える?
この名の党が政権を取れると誰が考えられる?

現在、若者たちが夢を持てず無気力になっていることが憂慮されているが、それも当然だろう。

何がしたいのか、どうなりたいのか、そうしたビジョンを、
いい年をしたそれなりの地位の大人たちがより集まっても示せないでいるのだから。


「たちあがれ日本」党には、日本という国が独自に意志を持って勝手に動いているわけではなく、
日本国に住む個人、家庭、社会の総体であることを今一度、きちんと認識し、
驕り高ぶった名を改めた上で仕切り直しをされることを希望する。

日本は立ちも座りもしない。

「日本という国が悪いので、正しい我々が命令して変えてやらなければならない」
というような誤った印象操作は、是非ともやめていただきたい。

“日本”が悪いのではない。
そして、“日本”が私たちに何かをしてくれるわけでもない。

日本の“土地”に住む私たちが、日本の“社会”を構成しているのだということを忘れるな!
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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[2005年のfeel&connect]
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クイズ紳助くん 2007年2月19日
「なにわ突撃隊 こころを鍛えろ!武道研究家に学ぶ!!」
オープニング映像有



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