あがり症の治療法

新学期前、町に出たついでに立ち寄った紀伊国屋書店で
「大阪のオバチャンは、なぜ人前でもあがらないのか?」という本を見つけて立ち読みした。

このところの私の一番の悩み。
それがこの、人前であがってしまうということ。

私は一人で黙々と裏方仕事をするのが性にあっているのだが、
諸事情あって今年度の中学校のPTA会長を引き受けることになってしまったため、
これはどうにかしたいところ。
人と会ったり会議に出たり、これまで関わらなかった行事にも
率先して出ていかなきゃならなかったりと忙しくはなるだろうが、それはまあ、なんとかなる。

どうにもならないのが、人前でのスピーチ。

おかしなことだが、昔は私も苦手ではあっても「出来ない」ということはなかった。

友人の結婚式のスピーチなんか、急にふられてぶっつけ本番で適当に喋れたし、
元々広告屋だから、プレゼンとかする機会も多かった。

それがある時、急に出来なくなった。

人前に立つと、動悸が激しくなり体は痺れて震えだし、声が出なくなるという症状に襲われてしまって。
空気を吸っても吐くことができなくなるため、息切れでしゃべるどころではなくなる。
そんな状態になった自分自身にまた慌ててパニックがひどくなるといった悪循環。

なぜそうなったのか確かなことはわからないが、思い当たる事はなくもない。
その症状が始めて出た時、毎日のようにネガティブな言葉で暗示をかけていたせいではないかと。

「お前は駄目人間だ。生きる価値なし。存在するだけで迷惑。うざい。キモイ。エゴが常人の何万倍。
 どんどん悪くなるばかり。いつか後悔するよ。時代が違ったら大量殺戮者になっただろう」
こんなぐあいに、ある人にあらゆる暴言を投げつけられており、
自分自身もこれまでの自分を否定しないと変われない、みたいな変な思想に染まってた時期だった。

しかし、私にとってそれは単なる趣味的な精神世界の“遊び”であり、自覚をしてさえいれば、
まさか現実に心身に影響を及ぼすなどとは考えていなかったのだが、甘かったようだ。

きっちり、他人に受け入れられない恐怖が刻まれてしまったというわけ。

ほんま、アホなことした。

と後悔してもしょうがないので、今度はこれを改善する方法を探さなくちゃいけない。
そこで手にとったのが上記の本。
しかし、ザーッと流し読みしてはみたが、喋る時には喋る内容に集中するという
ごく当たり前かつ、それしかないだろうという真理が書いてあるだけで、私には役立ちそうもない。

さて、どうしたものか。


「大阪にいい催眠術の先生がいるらしいから、
 人前であがらなくなる暗示をかけてもらいに行こうかと思うのよ」

数日後、高校の入学式帰りに息子にそんな話しをしてみた。
驚く息子。

「なんで? そんなことする必要ないじゃない。少々あがったからってどうってことないよ」

「それが少々じゃないから困ってる。暗示でなったんだから暗示で治るはずだし」

すると息子、こんなことを言う。

「お母さんはいつも俺らに、薬では病気は治らないんだから薬に頼るなって言うよね。
 自分で治せって。
 それに、何でもすぐに出来るようになれると思うなとも。

 だけど、今の催眠術で治してもらうっていう話は、それと同じことだよ。

 失敗したら何がいけないの? 失敗してもいいじゃない。恥をかいてもいいじゃない。

 それが今のお母さんなんだから、それ以上のことを誰も求めてないでしょ。
 それにそんなことぐらい、数こなして慣れればいいだけじゃない」


・・・ ・・・ ・・・・・・撃沈・・・・・・

いつも私が子どもたちに言っている言葉で私が子どもに説教されるとはね。。
というわけで、アウアウと過呼吸おこしながらでも今年一年、稽古していくしかないか。
と、腹をくくったのだった。


現在、新学期始まって一ヶ月。
連敗記録更新中。いい恥をかき続けている。

一年後に少しはマシになってればいいけれど、どうだろね。


「大阪のオバチャンは、なぜ人前でもあがらないのか?」は本よりも、こっちの声で聞くのが面白い。 →新刊ラジオ
大阪のオバチャンはラテン系で、イタリアのオバチャンに共通するというのは同感。
そういえば、若い頃暗くて人嫌いだった私の夢は、「陽気なイタリアのオバチャンになりたい!」だったっけ。
体型だけは近づいているんだけどねー。

腐れ坊主、地獄へ落ちろ!

義母の四十九日を6月6日にする。
5月いっぱいで部屋を出るので、式は葬儀社の会場でやることになっている。
夫はその手配で忙しい。

実は、この日をもって、これまで義母が信心してきた寺と一切の縁を切る。

理由は、私たちが夫婦揃ってまったく信仰心のひと欠片も持ち合わせてないから。
信じてもいないものを拝んだり、高い金を払ったりなどバカバカしいだけ。
それについては信心深い環境で育った人からは(裏で)文句も出ているけれど、
「それならどうぞ、仏壇も位牌も墓も何もかも全部あげるから、
 そちらさんの気の済むように供養してくださいな」と丸投げしてやったら、
「いや、それはちょっと、こういうものは長男がやることだから…」
「家には仏壇を置ける場所がないから…」
とかなんとか言って引き受けようとはしないのだから、仕方がない。
コチラに任せるというのなら、コチラのやり方に従ってもらうまでだ。

とはいえ私たちも、義母が熱心に手を合わせてきた宗教を切るのに抵抗がないわけではない。
だから仏壇を持って帰っているのだし、粗末にはしない。
ただ、寺が気にくわない。
そしてこれは、義母が思っていたことでもある。

先代の御坊様はよくできた方で、その頃には足しげく寺に通っていた義母だったが、
代替わりしてからはどうも馴染めないらしく、あまり行くことがなくなった。
それなのに、修繕費がかかるとか、幼稚園の行事があるからとか、何かあるたびに
数万~数十万と要求ばかりしてきていた。
そんな寺の態度に不信感を募らせて「もう嫌。縁を切りたい」とよく口にしていたという。
それでも最後まで付き合いのあった寺だから、
細々とでも繋がり続ける事も考えていたが、葬式の時の要求額で目玉ボーンとなって心は決まった。
葬儀社で示された大体の相場の三倍以上をふっかけてくるのだから。
普通は「お気持ちで結構です」とか言うだろう。

ただ一般的に、故人が三途の川を渡り切るとされる四十九日までは、
慣れた供養の仕方をするのが礼儀だろうということで、我慢我慢。
お寺さんとの関係を良好に保つようにしてきた。

しかし、四十九日をあと一週間にひかえた今、とんでもないことを言い出し怒り心頭!
朝11時にと予約を入れていたのにもかかわらず、ダブルブッキングして
向こうの都合で午後に時間をずらされたのもたいがい腹が立つが、
そこまではまあ、そういう奴だと諦めもつく。なにしろ、もう少しの辛抱なのだから。

だが、

白木の位牌から本位牌に法名を書き換える事すら忘れているとはどういうことだ?

問い合わせた夫に、今、他地方に行っていて動けないからと
「アンタ書きなさいよ」と言ってきた。

はあっ? だ。
いくら無信仰で、仏教のしきたりも何も知らない私でも、それはないわ~と脱力するよ。
誰でも位牌に法名を書いていいのなら、坊主なんかいらんだろうがよ。
寺の仕事ってのは何なんだ?

クソ坊主が。今すぐにでも縁を切ってやりたいわ!

それでも一応体裁は取り繕っておかなきゃならんから、怒りにグラグラ心を煮えたぎらせながらも、
最期の寺との付き合い、四十九日法要をとりおこなうことになる。

仏教ってのは、怒りや我執を離れて、心静かに精神を持ち正しく心を整えるものじゃないの?
精神衛生上よくないようなこんな寺は、あっちゃならんだろ。

死後の世界も信じない私だが、
この坊主だけはいっぺん地獄に落ちて出直してきた方がいいと思うね。

不登校になったイジメ対策要員

PTAの会長になると自動的にさまざまな会のメンバーに登録されるため、会議が多い。
水曜日に、そのうちの一つ「人権啓発推進協議会」が開かれたので出席した。
平日の昼間ということもあり参加者は少なめ。
前半が総会で、後半が研修会。
研修会では身近な人権についての短い講演と、数人ずつに別れてのグループワーキングをした。
ここは特に何か答えをださなければならないような会ではないので、気軽に雑談みたいなもの。
地域や学校での出来事や思っていることなどをいくつかあげて話しをさせてもらった。

終わって帰ろうとした時、同じグループで隣の席に座っていた女性が話しかけてきた。
地域の主に児童を担当されている民生委員で、私が中学のPTA常任に入る前の常任だった人。
去年まで残っていた人たちと今も繋がりがあり、事情はよく知っておられる。
今回、私がなぜ常任メンバーから強力にPTA会長に推薦されたかということも。

「さっきの、ぽあんさんの子どもの人権についての話、“あの事”だなとすぐにピンときました」
と言われる。
私が話した内容は、下の「友達はイジメ対策要員ではない」のようなこと。
彼女はそのイジメられっ子が誰で、
学校の中でどういう問題になりつつあるかという所まで把握されている。
この事は数年に渡って続いている根の深~い問題なのだ。
私は以前どんなことがあったのか詳しく知らないので逆にいろいろと教えてもらい、
現状とあまりにも合致するので「なるほど~」と輪郭が見えてきた。

その話はまた改めてするとして、非常に興味深く聞かせてもらったのが彼女自身の体験談。
今は養育や教育に関してのあらゆる相談を受ける民生委員の立場だが、
これには、子どもが不登校になり悩み苦しんだ経験が大きく活きているという。
彼女の娘さんも学校に行けなくなった一人。
登校できないだけでなく、家にいてもどんよりと生気のない状態で、
死んでしまうのではないかと怖くてたまらなかったそうだ。
家に置いて仕事に出かけるとき、「帰ってくるまで生きていてくれるだけでいい」
と毎日祈るような気持ちでいたのに、少し元気が出てくると、
「こんなに元気になったのなら、どうして学校に行けないの?」と怒りが湧いてくる。
そんな心が揺れ動く葛藤の中で、多くの人に相談して聞いてもらうことで楽になれたし、
いろんな角度から物が考えられるようになったと。

不登校の理由は「これ」と一つに特定できるものではないが、
私の話したことと、当時の彼女の娘さんが落ち込む原因となった出来事が似ていたので、
話しをしたいと思われたよう。
彼女の娘さんも、私の娘と同じ立場だった。

それはそもそも小学校の頃に遡る。
クラスでどうも嫌われて一人ぼっちでいることが多い女の子がいて、心配した担任が、
面倒見の良いしっかり者だったのであろう娘さんに「仲良くしてあげて」と頼んだのだった。
娘さんは先生の頼みだからと、自分の友達と遊びたいのを我慢して、
イジメられっ子が一人にならないようにとずっと側についていたのだそうだ。
それを見て安心した先生は、中学に上がるとき「これからもずっと守ってあげて」と念押し。
娘さんは、「あの子を守れるのは私だけ」という使命感で、
楽しいことや興味のあること気の合う仲間、全部犠牲にして
イジメられっ子がクラスで皆と仲良くできるように尽くし続けていたという。
しかし、ある時を境にイジメられっ子の立場が逆転。
もう守っていらなくなった時、娘さんはすでに元の友達も遠くなり、どこにも帰る場所はなくなっていた。
「いったい今まで自分がやってきたことは何だったのだろう?」と後悔してももう取り戻せない。

「だから、ぽあんさんの娘さんが先生の頼みを断れたのは良かったと思いますよ。
 私も娘に『嫌なことは嫌だと言っていい』と教えてやれてれば辛い思いをさせずに済んだかもしれない」
解決しているといえ、娘の苦しみを見てきた母としての痛みがひしひしと伝わってくる。
そうした失敗があるからこそ、今苦しんでいる人の助けができるのだろう。

話しを聞けて良かった。
私だってまったく何も悩まないわけではない。
「本当にこれでいいのだろうか?」という自問自答は絶えず持っている。
結果などわからないのだから。
また、振り返って「こうしておけば」と思う事がうまくいったとは限らない。
先生の頼みを断ってイジメられっ子を苛められるままにすれば、それがまた心の重荷になりかねない。

たぶん正解はどこにもない。
選んだ道が自分にとって、その人にとっての最良。・・・・・・と思わなくちゃ、やってられないよ。

知る重さ

何でも知りたいと思っていたはずなのに、

「知ることは重荷を抱えること」という言葉がズシンと響く。

知っていても知らないかのように振舞わなければならない立場になってはじめて

知らされる真実。

そんなのアリ?

友達はイジメ対策要員ではない

中2の娘が教育相談を受けた。これは全員が順番で受ける。
普通は本人の事について、何か困ったことや、勉強でわからない所などを聞かれるものだが、
長い時間を費やして聞かれたのは他の人の事ばかり。
「もう、なんなの?試験週間だから少しでも勉強時間をとりたいのに!」と娘はプンプン。
しかし、クラスで問題があるのだから仕方がない。先生もご苦労だと思う。

今、娘のクラスで虐めに近い雰囲気がある。
ターゲットにされている子は、娘と仲が良い子なのだが、
ここ二日、学校の前まで送ってもらっても入れないで休んでいる。

担任が言う。
「彼女のこと、ちょっと気にかけてあげてくれないかしらね。
 一人にならないように、気がついたら声をかけたり、そばに付いててあげたりとか」

娘は答える。
「いやです。できません。無理!」

そんなこんなの押し問答が続いたらしい。
他にもクラスに馴染めないでいる子について同じように繰り返されたため、長くなったようだ。

それを聞き、可笑しくて笑ってしまう。
なんとも可愛げのない答え方だ。
だが、それでいい。それがいい。

「だってさー、友達だから普通に話はするし遊んだりするよ。
 でも、一人でいるから行ってあげなくちゃとか、声をかけてあげようとか、
 わざわざそんなこと無理だから」

「声をかけるって、あれ? 
 肩を叩いて『最近どう?』とか、そんな感じで?」と笑いながら聞いたら、
 
「そうそう!先生、本当にそう言ったよ。『最近どう?って声かけてあげて』って」

「ぶははっ、それって、
 サラリーマン社会で共通の話題のない二人が無理やり間を持たすために口にする言葉じゃんか。
 ありがちな社交辞令第1位をここで持ってくるかーっ」

「だから言えないよねー」
「アッハハハハハハ・・・」
 
笑った笑った、涙が出るほど。
イジメの対策にそんなわざとらしい取ってつけたような学園ドラマをやらせようとするとはね。
本当は笑い事じゃないんだろうけど陳腐すぎ。

よしよし、よく言った。さすが私の娘。
友達に、先生に頼まれてわざわざ“声をかけてあげる”とか、“そばに付いていてあげる”とか、
そんな失礼なことはしちゃいけないよ。

法則に背く顔

昨日、高校生の息子を迎えに行って待つ間、BOOK OFFで立ち読みをしてたら、
かの有名な「ツイテル教」や「アリガトウ教」の教祖のお師匠さんの本が目にとまってパラパラと立ち読み。

彼が長年多くの人を見てきて感じた人間の傾向みたいなものが書かれてあった。
「自分が感じただけのことだから、正しいかどうかはわからない」
みたいな言葉がちりばめてあるのも、いつもの彼の傾向(笑)。

この本で主に取り上げていたのは、人の見た目と性格の関連性。
こういうの見るのは私は好き。
「へー、そんなことがあるんだ~」と読みながら、やっぱり一番関心があるのは自分のこと。
彼の人相学に当てはめると、どんな性格になるのだろう?

まず「目の大きさが左右で違う」のは・・・・結婚生活が円滑でないせいとある。
家庭が歪んでいると徐々に左右の目の大きさに違いが出てくるらしい。
うーん、そうか。でも、私の二重まぶたの幅が違うのは産まれた時からなんだよな。

次、「エラが張っている人」は・・・・自分を押し殺し、なにも言わずに黙って我慢する忍耐強い人。
いつも奥歯をかみしめているからエラが張るらしい。
はあ、そうなんだ。うん、私は無口で我慢強い所あるかもしれない。

次、「顎がとがって出ている人」は・・・・自分の意見を押し通す、意志が強い強引な人。
他人をやりこめて自分が前に出ないと気が済まないらしい。
えっ、じゃあ私みたいにエラが張って顎が出ている場合はどうなるの?

次、「口が小さい人」は・・・・消極的で、絶対に他人の頼みごとを引き受けたがらない人。
活発で「やりましょう!」と頼みごとを引き受けてくれる人はどんどん口が大きくなっていくらしい。
そう?だったらよかったんだけど。
頼みごとを断ることができてれば、私は今頃こんないろんな仕事を持ってなかったよ。

著者はなんといっても「法則」が大好きな人なので、
自分の知る限りの人間を分類分けしてみたのかもしれないけれど、
日本国中、世界中の人で見たときに、当てはまっている率というのはそんなに高くはなさそうに思う。

なんでもかんでも「この場合は、こう」と決めつけるのは視野を狭くし、危険ではないだろうか。
「成功の法則」「幸せの法則」「愛される法則」「宇宙を味方にする法則」的なものも。

その場、その時、その人によって常に変化し動いている中で生きている人間が、
定点観測などできるわけがない。
相対的な、それも経験により予測される近似値を方程式に組み込んで得られた答えであると
知っておかないと、「どこが法則通りではなかったのだろう?」と問題を見誤る恐れがある。

努力をしたのに結果が出ない、と泣き言を訴えたとしても、
「だから『自分が感じただけのことだから、正しいかどうかはわからない』と最初に断っているじゃないか」
と言われてしまえば、それまでだ。

人は、面白いことがあったら笑うもの。
笑うためにどうしたらいいか、なんて考えてアレコレしたって笑えない。
思いがけずいいことがあったら「ツイテル」と思うし、
誰かに何かをしてもらって嬉しかったら「ありがとう」と感謝する。
自然に動くのが一番気持ちがいい。

私がもし奥歯を噛みしめないようにしたらエラがなくなるだろうか?
自分の意見を言わないように控えめに心がけたら顎が引っ込む?
もっともっと頼まれごとを引き受けてたらそのうち口が大きくなる?
それはないわな。
顔の作りは遺伝だから。

ただ、生き方でイイ顔になるか、嫌な顔になるかは変わってくる。
幸せな人は、他人を気持ちよくする顔をしている。
これは、私がそう感じただけのことだけど、正しい!

禁酒の誓い

週末に中学校PTAの歓送迎会を予定している。
料理の予算の都合上、出欠の回答時にお酒を飲むか飲まないかのどちらかに
チェックしてもらうようにしていたが、ほとんどが飲まない派。
現役員で飲むのは、私も入れて3名。
昨日、そのうちの一人から電話がかかってきた。
「飲むと返事してたけど、今から飲まないに変更きく?」
大酒豪と聞いていた人だけに、体でも壊したのかと心配になる。
しかしそうではなく、禁酒しようと誓いを立てたのだそうだ。
なぜにこんな時に?と思うが、
本人は思い立ったら吉日なので、すぐに始めて続けたいのだと言う。
「ちょっとある願掛けをして」
期間は?と聞くと、「最低でも2年は」と並々ならぬ決意。
なんでも、彼女はほとんどアル中のようになっているのを自分でわかっててやめられずに来たらしい。
「嫌なことを忘れるために飲んで、廊下でもどこでも倒れるように寝る」
「とにかく沢山飲むから4リットルのペットボトルに入った焼酎を買う」
「味?そんなのあまり関係ない」
「もう睡眠薬がわりなので、飲まない日はない」
「いつも一人で飲む」
というような事を、これまでもチラチラと話する中で聞いていたので、
良くない飲み方をしてるな、それは酒好きの飲み方じゃないから
酒との付き合い方を少し変えた方がいいという話をいつかしたいなと思っていたのだが、
自分で決意したのならいいことだ。
といっても、誰かにアドバイスを受けたようではある。
「子供の事を本当に大切に思うなら、親として今のような姿を見せていてはいけない」と
言ってくれる人がいて、「これではいけない!」と一念発起。
くじけちゃいけないので、出来るだけ多くの人に公言して、
後戻りできないように自分を追い詰めるのだそうだ。
ガンバレ!
酒飲み仲間が減るのは寂しいが、楽しくない酒を飲み続けるよりはずっといい。
願いが叶った暁には、飛び切りの美味い酒を酌み交わそうね。

夢でもし逢えたら2

全員霊感0の我が家で、やっとこさ長女の枕元にお祖母ちゃんが立ってくれた。

ニコニコとして「メガネをかけた顔を見せて」と言うので、
その通りにしたら安心したように何度も頷いていたそうだ。

きっと、心残りだったのだろう。


黒板の字が見えにくくなった長女が、メガネを作りに行ったのは新学期前。

メガネ屋で視力を測定して出来上がるまで2時間程かかるので、
その間に入院中の義母の見舞いに行ってきた。

ベッドに横たわる義母は、もうずいぶんと体力がなくなっており起き上がることもできない。
「今日は、メガネを作りに行ってきたよ」という話をすると、
ゆっくりと首を動かして娘の方を向き、
「ああ、メガネを作ったんね。よく似合うよ。かわいい・・・」と言う。

顔を見合わせる娘と私。
メガネはまだできてないのだから。

薬のため朦朧として、ほとんど見えていない目で、
それでも娘のメガネをかけた顔を思い描いてくれたのだろう。
いつも若々しく美しかった義母の変わり様に、娘はひどくショックを受けた様子だった。


死んだ後でも、お祖母ちゃんにメガネをかけた顔を見せてあげられて良かった。

夢は、こうやって心の痛みを回復させてくれる。

人間が、生きているからこその不思議な働き。

罪の上塗り

犯罪をおかした人が捕まると、その家族も肩身が狭くて町にいられなくなり、
逃げるように消えてしまうというような出来事を、テレビの報道とかで時々目にすることがある。
日々、雑多なニュースが次々に流れるので、いちいち覚えてはいないが、
和歌山カレー事件とかは、印象に残っている。
ただ、「親の罪で後ろ指さされる子どもも被害者だし、可哀想」とは思いはしても、
周囲がどうであるかとか、あまり考えたことはなかった。

だが、実際に近くで馬鹿をした奴がいた。
それを知り、重い気持ちでたまらない。

「家庭があって子どもを可愛くも思っているだろうに、なんでこんな事を」
という憤りは、遠くの事件でも感じるものだが、
理不尽な不幸に見舞われた子どもが近くにいる現実は、また別の辛さがある。

親になりきれない親がつける傷を、私たちは何もしてやることができない。
どんなに悲しいか。恥ずかしいか。いたたまれないか。

これも一種の虐待だ。
親の資格などない。こんな奴。

しかし、こうやって親が憎まれることもまた、子どもを苦しめてしまうのか。
たまらない。

「治りたい」病につける薬

「我よし」のエゴを抑えて治すという。

「思考」「計算」「取引」をしないで治すという。

すべてを天に任せて治すという。

病を。

不都合を。

現れる症状からではなく、もと から 治す という。



あなたにとって

病は、あってはならない悪いものなのね。

不都合は、嫌いなのね。


だから、そうなりたくなければ変わらなければならないのね。


わたしのために良かれと思って教えてくれてありがとう。


だけど、

わたしにはそれは窮屈みたい。


病はただの症状だし、不都合はただの出来事。どちらも流れて行く現象。

たとえ、わたしが死んでも、あなたが死んでも、地球は回る。

それだけのこと。

一瞬のように短い命の今を否定して生きる時間がもったいないの。


ええ、ええ、あなたは正しいのでしょう。

おっしゃる通り、わたしは頭でっかちでエゴまみれの屁理屈好きな素直じゃない人間です。

だけど、変ですね。

心のきれいなあなたより、病も不都合もずっと少ないのはなぜ。

ああ、そう。

これからまとめてドカンと来るのですか。

死んだ後に悪くなるのですか。

子や孫に影響も出ますか。

それはそれは。


では、その時になったら思い知りましょう。

あわててすがって改心しましょう。

もう遅いのなら、泣きましょう。

泣いて泣いて泣きつくして泣いて、それからどうするか考えます。


どうか、あなたはあなたで望みどおりの健康と幸せを手にいれてくださいな。

ビッチを目指せ?

若い子向けのファッションサイトを見ていた娘が、「ねえ」と振り返った。

「ビッチって言葉、たしか、悪い意味だよね?
 なのにここでは、『このメイクであなたもビッチ!』とか
 『お洒落なビッチギャルを目指そう!』とか使ってあるんだけど・・・」

うーん? 何と答えたらいいものか。
お上品な私は、そんなスラングとか詳しくないから、そもそもどういう意味かもわからないのだけど、
ちょっと間違えているんじゃないかなという気がする。

それで困った時のGoogle検索。

元々は英語で「娼婦」と罵倒する言葉だったらしいが、最近ではキャバクラ嬢が人気の職業だけあって、
ビッチ風ファッションを好む人が増えて市民権を得たようで、
それっぽさが「垢抜けた」とか「最先端」といった印象に変わっているらしい。
それゆえ、罵倒語どころか、今や褒め言葉として使う御仁もいるとか。

「ビッチ姫」と呼ばれている人も多く、「セレビッチ」なる雑誌が創刊されたりと、なかなかに流行りのようだ。

・・・・ということはわかったが、やっぱり娘に何と言っていいものか。うーん?

「今はいろいろ勘違いしている人が多いから困るけど、世の中は若い人ばかりじゃないし、
 ファッションに疎い人も多い。
 それに外国人だっているわけだから不要な誤解を生まないように言葉は正しく使わないと。
 『ビッチ』という言葉の持つ本来の意味は、
 売春婦、ヤリマン、尻軽女、スベタ、あばずれ、ズベ公、肉便器
、だから、
 あまり軽々しく言わないようにね。 絶対にカッコいいものではないよ。
 口にする方も、頭が悪い下品な人だと自分で言っているのと同じ。
 言われたら猛然と怒るべき言葉。自称する人は論外」

とりあえず、そんなふうに教えておいた。
言葉は生き物だから、どんどん意味を変えて進化して行くのかもしれないけれど、
人間の質は、どの時代にも変わらないものだから。

売春婦風のファッションやメイクが一番に合うのは、どんな中身の人間なのかを考えてみたらいい。

みんなは一人のために?

外出先から帰ると、ちょうど育成会の会費の集金が来ていた。
今年の連絡員さんは「怒りの育成会総会」にもちょっと書いた自治会に入っていない母子家庭の人。
自治会の会員には毎年配布される町内の戸別地図がないため、
家がわからない人がいるということで、私のをコピーして渡した。

何の心境の変化か「考えたんだけど、やっぱり自治会に入ろうかと思うのよ」と彼女が言い出す。

「それはいい事だね。自治会に入っていないと、回覧も回らないし、いくら育成会会員でも
 自治会の行事には気持ち的に出にくいだろうから、子どものためにもそれがいいよ」
と喜んだものの、そうなるとちょっと心配なのが入会金のこと。

団地の自治会の入会金はもともと3万円だったものが、
越して来た人に負担が大きいということで二年前に1万円に値下げになっている。
しかし、それでも今更のように支払うには、太い金額だ。

その話しをすると、はやり彼女は知らなかったようで、「え・・・、どうしようか」と困惑。

ただ、自治会の会長も役員たちも彼女の事情をわかってはいるので、
「相談すれば、内々に良い方法を考えてくれるかもしれないよ」ということで促してみた。
以前、年金ぐらしの老人で会費を払うのもキツイ人が自治会をやめなくてもすむような方法を
自治会で考えるという話しが出ていたので、きっと力になってくれると思ったのだ。

すると彼女、こんなことを言い出した。
「自治会からは、母子家庭手当てが出るんでしょ?」

「は?」 私は目が点だ。

何を言っているのかわからない。耳がおかしくなったのだろうか。
今、母子家庭手当てって言った? 
それが自治会から出るって言った?
「ごめん、話しがよくつかめないんだけど、何のこと?」

聞くと、どうも例のSが、自治会長に掛けあって手当てが出るようになったと言ったらしい。
彼女はSの親戚で、身内だから。

そんな話しは初耳だ。
私はもう一昨年前の段階で役員を降りているので、私がいない所で話題が出た可能性もあるが、
常識的に考えて、自治会員の会費で運営している中から母子家庭に手当を出すなんてあるわけがない。
300にもならない戸数の小さな団地で、一件あたり月々800円集めた中から、
街灯の電気代、集会所の維持費、ゴミ箱の修繕費、自衛消防隊の必要経費、社協・日赤への募金、
各下部団体(子ども会・老人会)への助成費、自治会行事の運営費などでカツカツではあるし、
そもそも、個人的な家庭の事情に自治会が干渉するなど、あってはならないことだ。
町での福祉は、お年寄りのコミュニティ作りや、子どもの健全育成のための助成金で十分果たしている。
それ以上の生活保障を自治会に求めるとは、いったいどんな頭をしているのだろう。

そしてそれを真に受けるこの人も・・・。

こんな事を言ってはなんだけど、マイノリティの傾向として、特別に不遇な自分は、
他人に施しをしてもらって当然だと考えやすいということは確かにあるんだなと思ってしまう。

女一人で子どもを育てるのは、それは大変な苦労だろうとは思う。
だからそのために、子どもには父親に養育費を請求する権利があるし、
国から児童扶養手当が出る。生活保護の制度もある。もちろん、相応の手続きを踏んだ上で。
それらは、町内のボランティアがする仕事ではない。

「『差別』をするようなことは、自治会はしないよ」

とりあえず、役員会で入会金の相談をしてもらうために育成会会長の所に行くよう言って、
後はどうなったかは私は知らない。

ネットと現実社会と数字に見る幸福感

ネットでのリアルタイム放映が面白い。
視聴者もリアルタイムで反応して書き込みができ、番組によっては、
出演者がそれをノートパソコンでチェックしながら質問やリクエストに応えたりする。
この双方向の対話型メディアは、これから更に進化しそうだ。

先日、ビジネス本を沢山書いてキャリアウーマンを目指す人たちのカリスマと崇められている(らしい)
勝間和代さんと、2ちゃんねる創始者で数々のお騒がせ武勇伝を持つ西村ひろゆき氏の対談が
この形式でネット上で見られたという。
あいにくと私が知ったのは終了直後。
「話がかみ合わなかった」と勝間さんが鼻息荒く述べる“反省会”しか見ることができず、
翌日放送されたBSジャパンの『デキビジ』も見損ない、youtubeでやっと話の中身をつかめた。

ホスト役の勝間さんが提示する今回の議論の主なテーマは3つ。
ネットの匿名性はサービス提供者の側で規制すべき論、
有能な若者をどんどん起業させるような社会であるべき論、
幸福感が先進国の平均を下回っている日本の現状を打破し世界一になるべき論。

これに対して、やんわりと「どうして?」と切り返すことの多い西村氏。

「IPを開示できますから、本名は必要ないですよね?コストはいっしょですよね?」
「個々の人間がどうするかの問題がなぜサービス提供者の責任になるんですか?」
「荒れるってどういう?社会そのままじゃないですか?」

「なぜ若者が起業する必要があるんですか?」
「良いものを作って小さな市場で売れたら成功じゃないですか?」
「起業しないと幸せになれないんですか?」
「閉塞感は若者だけじゃなくて、年取った人も感じてるんじゃないですか?」

「経済の問題より命の問題の方が先じゃないですか?」
「いつでも世界の中でトップレベルで幸せでなければいけないってほうがおかしいと思うんですけど」


わからない言葉を尋ねると、「ダメだこりゃ」。
他にも「話にならない」「これまで100人ぐらいのゲストの中で最高にやりにくかった」
などと連発される勝間さんの暴言に対して、やんわりと
「すみません。言葉を知らなくて」「社会経験足りなくて」「僕の能力不足です」
といたずらっ子のように頭をかいているひろゆき氏。
そこになおも
「何か言った事に対して、ひろゆきさんは防衛して、反撃する。しかもそれが見下すような反撃なんですよ。
 夫婦喧嘩とまったく一緒。お互いに相手より自分が良いポジションを取ろうと揚げ足取りをするような」
と畳み掛ける勝間さん。何が彼女をこんなにも怒らせるのか。
「でも、質問けっこうしてると思うんですけど?」とひろゆき氏がボソリと言うと、
「その質問のしかたが『僕の方が正しくって、あなたの言ってることが間違ってない?』と
 聞こえるようなニュアンスなのをお互いにしてるんですよ」
お互いってことは、じゃ、勝間さんも僕と同じタイプってことですか?」
「いや、違います、違います!」
わけがわからない。
これが夫婦喧嘩だったら絶対に夫婦を続けられない。
二度の離婚の際には、こんな感じだったのだろうか。
もしや、ひろゆき氏は勝間さんの元旦那と似たタイプなのか、などといらん邪推をしてしまう。

負けるが勝ちというか、「すんません、すんません」とヘコヘコしている男と、
目を吊り上げてギスギスと「あなたはこうだ!話し方が・・・論点が・・・」と分析しては主張して
能力の高さをアピールしている女と、どちらがどうかの勝負は明らか。

金持ち喧嘩せず、とはこういうことを言うのだろう。
何億あっても明日の心配をする人と、ポケットの小銭がなくなったら今日の糧の仕事をする人と、
どちらが豊かか。

ひろゆき氏が幸福度10と答えたのに、なぜ負けず嫌いの勝間さんは9と答えたのだろう。
それがとても不思議でならない。
ビジネス精神論のカリスマの勝間さんが
「すべてに満たされているという思いが現実を作る」とか言って10と宣言したなら、
彼女に憧れるカツマーたちが「私も」「私も」と10を選ふから、
幸福度の1や2ぐらいは簡単に上がるだろうに。

結局の所、ひろゆき氏と勝間さんの価値観の違いとは、
すべてに満たされて完全な幸福を手に入れると、目指すものがなくなって
自分が保てななくなる恐れがあるかないかの違いなのだ。

それは、家族に問題行動のある人がいると安心していられる共依存家庭のシステムと酷似している。
気づく人は少ないだろうが。

勝間さんの本の内容を実践して成功し、勝間さんよりリッチになる人は、たぶんいない。

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甘栗で運だめし

フラワーフェスティバルに行った。真夏日で、暑い暑い。
毎年、ビールを飲みながら観音から小町あたりまで百米道路を往復する。
今年は、勤め先の会長の奥さんが花車の上で踊るのを見に
パレードの時間に合わせて行ったものだから人が多くてもみくちゃ。
裏通りの日陰に逃げ込み、「ハァ~・・・」。
それでも、なんやかやで食べたり飲んだりしてすっかり出来上がる。
やっぱり、広島の酒と鯛竹輪、サイコー。
菓子パンがもらえるゲームを子ども達にさせていると、
近くに栗の袋詰めのくじ引きコーナーがあった。
「くじに当たると4倍!小売価格にして、なんと3000円分!」
栗すくい取り
酔っ払った私は乗りがいい。「よっしゃー!」とばかりに500円でトライ。
くじは、3、40本ぐらいの割り箸に数本の赤い印のものが混ぜてあり、それを引いたら当たり。
赤いのが当たり
「よーく見て覚えてくださいよー」と最初に割り箸を持ち上げてこちらに見せてくれるので、
「お、良心的。楽勝じゃん」と思ったら、容器に戻すとき、バランと勢いよく動いてしまいわからなくなる。
私の前に引いたカップルはみごと外した。
さて、私、赤い印をよーーーく見て、「ハイ!」バラン。
私の集中力をなめんなよ。そんなもん、スローモーションに見えるわい!
と酔っ払った私は根拠の無い自信に溢れる。
「これ!!」と引いた箸は、やっぱりというか、当然というか、大当たり~~。
栗の焼けるまで10分、当たり袋を持って並ぶ。
前の方にずっと座っている人がいたので、てっきりその人は私の前に当たった人だと思い、
横に座っていたら、係りの人に、そちらではないと別の列に誘導された。
「あの人は、朝からあそこに座っている人ですから」と。
行列とおじさん
??興味を持った私は、そのオッちゃんに何をやっているのか聞いてみた。
酔っ払っている私は好奇心旺盛。
「私、当たったんだけどさー、このクジ当たり多いの?オッちゃん、朝からここで見てるんだって?」
酔っ払っている私は誰にでもなれなれしい。
「おおよ。いや、あんまり当たらんね。ワシも外れて、何回も引いたんじゃが、
   何度引いても1個も当たらんのじゃ。悔しいけえ、ここで見とる」
「へぇ~、じゃ、私もんのすごいラッキーだったね」
「ワシみとぉに、いっつもスケベな事ばっか考えとる奴にゃ、当たらん。
   ワシは朝から晩までスケベなこと考えとるけえ。心のきれいな者にしか当たらんのじゃろう」
とか言われるので、
「何言いよるんね。それで言うたら私なんか、腹黒だよ。スケベなんか、まだまだカワイイもんよ」
と、訳のわからん対抗をしてみる。酔っ払った私はとにかく負けず嫌い。
「おっ、それじゃあれか?スケベは当たらんで、腹黒は当たると?」
「スケベは純粋なけぇ、心のきれいな人と一緒で、一人勝ちせずに運を他の人に分け与えるんよ、きっと」
と一応、周囲のハズレの人にもちょっと気を使ってみたりなんかして。
「ほうか? でも、朝から見とってのぉ、子どもでもなかなか当たらんもんなんじゃ」
「それは、子どもは心がきれいだからじゃないんね」
「じゃがの、当たる子は当たるんじゃ。二回引いて二回とも簡単に当たる。
   当たらん子は絶対に当てようと必死になって何度引きなおしても当たらん。心じゃないよ」
「そうなん? じゃ、運って最初から決まっとるんかね?」
「不思議な事にあんたの前、しばらくハズレばかり続いとったけど、
   あんたの後から続けて5本当たりが出よったよ」
「えっ、じゃ何?私が運を引っ張ってきた? あら~、私って幸運の女神~?わははははは・・・」
酔っ払った私はとことん気が大きくなる。周囲への気遣いなど既に吹っ飛んでいる。
やがて栗が焼きあがった。
「いっぱいおまけしといてや」と私はそこでも騒ぎ、栗よりもはじけていた。
3000円分の栗
しかし、
「3000円分入ってますから」と店の人は言っていたが、
本当にこれで3000円分?
500円だからいいけど、この1/4で500円だったら怒るよ。私は。
あ、だから当たったのか。

恐れと直観

精神世界でも、ビジネスの成功法則でもよく、
進退に、あるいは、どちらにしようか迷ったら、
それが「直観」からきているか「恐れ」からきているかを
みてみるといいとか言う。
なぜそれで納得出来るのだろうか。
「恐れ」と「直観」の区別、本当につく?
ある人が言っていた。
「僕には恐れというエゴはないからね。すべて直観で瞬時に動く」
そうだとしたら素晴らしい。
だが彼は気付かない。
自分が「皆こう言ってる」「前はこうだった」をよく使う事を。
それを根拠に瞬時に判断している事を。
既に信念として固まっている事を。

「恐れ」と「直観」を照らし合わせての決断。
失敗を避け、成功のみを得ようとするのはもう、「恐れ」に突き動かされている選択。

何でもいいから、やってみろ。

新しい事は、恐くて当たり前だ。

夢でもし逢えたら

義母の亡くなった翌日、夫の下の弟の嫁さんが見た夢は、
涙を流して何か言いたそうにしている義母。

初七日の後、上の弟の嫁さんが見た夢は、笑っている義母。
首に抱きついてきたそうだ。

「きっとお礼を言いたかったんじゃない?」
「私たちのこと心配してくれてるのね。お義母さんらしい」

二人の会話に入れないでいる私。そんな夢などまったくもって見ないから。

「ちょっとー、誰か、おばあちゃんの夢を見たとかないの?!」
家族に聞いても、夫も子どもたちも首を振る。
そう、うちは鈍感零能力者一家。

お骨も位牌も、私の部屋の私の枕元の仏壇に置いてあるというのに。
おかしなこと。
ずっと一緒にいる人には、わざわざ出ることもないのだろうか。


死んだ人が会いに来たという話しは、今まで二回聞いたことがある。

一度目は、実母が死んだ時。
近所の人が、母が二階の窓から入って来たと言ってきた。
それで、「来てくれたんだねぇ」などとシミジミ語るから、
「窓から入る?母がそんな泥棒みたいな真似をするわけないじゃない!」と
口には出さないが、やたら腹が立った。
娘の私の所にも来ないのに、赤の他人に何を会いに行く必要がある?
だけど、後で気がついた。
彼女は見舞いと称して訪ねてきては、ちょくちょく母の財布から小銭を抜いてた人。
私もそれは知っていたけど、ほとんど寝たきりの母の退屈しのぎになればと黙認して、
わざと少しずつお金を置いていたのだった。
自分が泥棒していたから、無意識の罪悪感で泥棒のように入ってくる母を見たとも考えられる。

二度目は、義父の葬式の後。
義父の妹は、家が代々浄土真宗なのに日蓮宗で葬式をして変な戒名をつけられたせいで
苦しそうに悶えて訴えてきた義父を見た。
義母は笑っていたけれど。
「長年一緒に暮らして、今も毎日仏壇に話している私に言わずにあっちに出るわけがない」と。
もともと義父は無宗教の人。
こだわりがあるのは叔母の方だ。

夢なんてそんなもの。
人は思い込みで好き勝手なものを見るし、それに辻褄合わせの意味を付けたいものかもしれないけれど
それを本当だと信じるのは勘弁願いたい。

ねぇ、お義母さん?

猫マッサージ師


昨日、iPhoneで撮影した退屈な動画。
私の布団の上で一心不乱にモニモニし続けるラン猫。
音は撮れていないけど、ずっとゴロゴロと喉を鳴らしている。
いつから始めていたのかわからないが、見つけてから30分以上はやっていた。
しばらくして見に行くと、丸まって眠っていた。
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ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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