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【意識調査】偶然?それとも運命?

アンケートにご協力ください。



解説は、後々にあるかもしれないし、ないかもしれないです。
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人生の素敵なことは

「人生の素敵なことは、だいたい最後のほうに起こる。」

昨日、夕食後の団欒の時間に何気なくテレビをつけたら、
ある番組で以前放送中止になったというCMを紹介していた。



とても良いメッセージだと思った。
これは、「屋上の少女」というタイトルのエイチアンドアイという出版会社のCM。
第45回ACC CMフェスティバルACCブロンズを受賞しているだけあって、
構成がしっかりしており“見せる”作りになっている。

しかし、「おとぎ話をパロディにするなんて不謹慎だ」という苦情が殺到して、
わずか4ヶ月で打ち切りとなったという。

おかしなものだ。

こんな偽善的なものが評判が良かったりするのに。


これについての私の見解は以前記した「あなたが大切だ」についての嘘とマコトにある。

誰だって死にたくはない。死ぬために生まれて生きてきた人など一人もいないはず。
それでも時に死にたくなるほど辛いこともある。

その抑止力に、自殺を罪とするという方法を考える人もいたりするのだが、(参考:死に至る闇に飲まれるな!)
それはまた短絡的な極論であり、実際に有効なのかどうか以前に弊害の方が大きくないかといった疑問もある。

なにしろ、自殺を考えている人の心理状態は追い詰められており、
未来は閉ざされ、世界はすべて敵のような気持ちになっている。
死んだ後の心配ができるのはまだ余裕がある状態だ。

恐怖に更なる恐怖でしばりをかけて思いとどまらせることで状況が変化していくのを待つといった方法もあるが、
それより、ほんの一筋であっても希望の光を届け、明日への糧にできるよう働きかける方が、
死の淵から遠ざけ心を回復させるためには、よほど効果的ではないだろうか。

そうした意味で、この「屋上の少女」は心に訴えかける力を持ったとても優れた映像だ。

だから「不謹慎だ」と抗議した人達が不思議でならない。いったい何を考えて苦情を寄せたのだろう。

その人達には死にたいと思った事は一度もなかったのだろうか。
「あの時死ななかったから今がある」ということに感謝する事はないのだろうか。
辛かった昔の自分に、「生き続ければ絶対に幸せになれるから頑張れ」と伝えたいと思ったことは?

大好きな童話の世界を守りたかったのか、自殺はもっと堅く暗く深刻に扱われるべきとの信念があるのか、
はたまた、この会社が嫌いなだけか、公共広告機構のライバル潰し(笑)なのか全くわからないが、
物事の本質を理解せず、自分の思いだけで主張を通す人というのはどこにでもいるものだと残念に思う。

平穏無事な人生を送る人などほとんどいない。
誰しも何らかの不幸にみまわれ、苦悩を抱えて不安の中を手探りで歩いている。
それでも、人生の後半に振り返って思うのだ。
あの時があったから、今の自分があると。
自分が作りあげたものが存在し、育てたものが大きくなり、関わったものが広がっていくのも、
すべて生きてきた証し。
投げ出さずにいて良かったときっと思える日が来る。
それを経験者が伝えることが、若者に道を示すということ。

誰しもが持つ自分だけの物語。
屋上の少女にハッピーエンドを教えたくない人たちは、
もしかしたらまだ物語の前半で立ち止まったまま、恐怖を握りしめているのかもしれないね。

黒の舟歌を口ずさむ

♪男と女の間には 深くて暗い川がある 誰も渡れぬ川なれど エンヤコラ今夜も舟を出す

私の熱烈な大ファンである粘着ストーカー君のおかげで2ちゃんねるから飛び火してきた男性論女性論の流れは、
ちょっとばかり脇道に逸れはしたけれど結構な盛り上がりを見せ、
そしてまたまた別の掲示板に貼付けられたことで更に厄介な連中を呼び込むという展開もあったが、
まあ、面白かったということで脱線も含めてまとめておく。

男と女の幸せってなんだっけ?

男と女の幸せ勝負?

俺様と奴隷女の連鎖を断ち切れ

一人で死ぬべき男

理屈っぽい女は

で、きみは?

マナーは自分のためならず

男なら

「女性専用車両に乗る女を虐める男の会(仮名)」メンバー募集中

痴漢は多い 

じろうさんへのお返事 

【敵は常識】迷惑な正義のヒーロー軍団【女性の敵】 

相手にされないのには理由がある 

女のための女の政治?

特にコメント欄では、いろいろな感じ方考え方があると知ることができた。
ということで感謝の意を込めて、厚く御礼申し上げたい。
「大変貴重なご意見を賜りまして、本当にありがとうございました」

♪Row and Row Row and Row 振り返るな Row Row~~~

役が役を呼ぶ

福岡ワークショップは4日間あったが、私が参加できたのは2日だけ。
3日目18日の日曜日にはどうしても外せない用事があったので。

私はPTA会長をしている関係上、充て職でいろいろな委員になっている。
地域の文化センターの行事実行委員もその一つ。
年間を通じていくつかのイベントがおおまかに予定されており、
具体的にいつ何をするかなどは、その年の役員で決めることになっている。
毎夏に開催する平和イベントもその一つ。今年は企画が出されたのが5月の終わり頃。
国連で評価の高かった原爆を題材にした映画の上映会と、
その映画音楽を担当したミュージシャンのミニコンサートをすることになった。
そこに地域のコーラスグループと市内の小学生たちも共演させる方向で話が進んでいったのだが、
遠くから来た小学生たちが出演するのに、近場の子供たちが出演しないのでは格好が付かない。
せっかくPTA代表が委員に入っているのだから、ここはやっぱりやらねばなるまい!ということで、
「中学生たちもコーラスに参加させます」と名乗りを上げてしまった。
さあ、そこからはバタバタと人集めにレッスンの手配にと大変。それでもなんとか形になった。
その開催日が18日だったもので、言いだしっぺが不在なわけにもいかず涙を飲んで福岡を後にしたのだ。
コンサートは大成功。
歌声はほとんどプロのミュージシャンとコーラスグループで成り立っていたものの、
地域のイベントに地元の子ども達がいるのといないのとでは、持つ意味合い、やる意義が違ってくる。
地域と学校が連携するこういった活動を定着させ今後も継続させていくには、と更に次へと夢は膨らむ。

この日、もう一つイベントが重なっていた。
こちらも毎年恒例の町内の公園整備とそうめん流し。
コンサートのリハーサルが朝8時半からだったので、夫に下の子を連れて出てくれるように頼んで、
準備をしている公園の横を手を合わせながら通り過ぎ、会場に向かった。
終えて戻ってきたら当然ながら公園はきれいになって既に誰もいないという状態。
「お父さんは?」と子供たちに聞くと、自治会役員たちと打ち上げのため集会所にいるという。
また喧嘩でもしてやすまいかと少し心配だったので、差し入れを持って私も行ってみた。
一度ガタガタになって休会していた自治会だが今は落ち着いているため、雰囲気は悪くなかった。
夫も久々に楽しそうに談笑しているし。
そこで、「あんたも飲みんさい」と自治会長にすすめられるまま腰をおろしたのだが、
早速「いつ書記に復帰できる?」ときたのにはマイッタ。
育成会会長、ブロック長、相談役、書記と続けざまに7年も関わることになって、
やっと抜けられたと思ったら、もう復帰の話とは。
「PTAの方が忙しいので」と断っても、「会長はいつまで?やめたら戻ってくれるんじゃろ」。
会長の考えを的確にまとめてわかりやすく記していた私の議事録を気に入ってもらってたようで、
それは嬉しいのだが、正直、自治会に関わるとトラブルを抱える事も多い上、
夫の機嫌も悪くなるので、私にとってはデメリットだらけだ。
「PTAの会長をしながらでも、アンタなら簡単に片手間で出来るはずだから」と言われて夫が反論。
「いや、コイツは何でも全力で向かうからそういうわけにはいかない。結局しわよせが来るのは家庭なんだ」
それでも自治会長は諦めない。
「いずれワシの後をついで自治会長になってもらおうと思っている」とまで言い出す。
それは無理だが、やはり逃げることはできなさそうだ。
本当ならどんどん新しい人に入ってもらって新陳代謝を良くしなければいけないのだろうと思う。
しかし、今は我が町のためにと積極的に関わろうとする人はごくわずか。
みんなできるだけ面倒事は避けたい。
それでも誰かがどうにかしなければ、どうにもならない。
快適さや安全が自然に落ちてるものではないということは、やった人しかわからないというジレンマ。
人に関わって欲しいと望むなら、私が関わりたくないとは言えないから。

こんな感じで儲けにならないボランティアばかりが忙しくなっていく。
役よりも、金になる仕事が欲しいのになぁ。

首を吊るなら大樹の陰

ニュースサイトを廻っていると、「教師が黒板に首吊りの絵を描いた」というものがあった。
生徒が間違った回答をするごとに線を一本ずつ描き足していって、
黒板に首吊り図
完成するとこんな感じになるらしい。
別に悪意を持った「死ね」という意味ではなくて、残念なことになるというブラックジョークだったらしいが、
気分の良いものではないし、生徒を指導する立場の人間がやることにしては
確かに幼稚でくだらな過ぎるとは思う。学力向上を狙ったというより、単に嫌味なだけ。
しかし、それは全国に報道されるような事だろうか?
なんでもこの学校は、二年前に一人の生徒が首吊り自殺をしているという。
その子のプリントに首吊りの絵の落書きがあり、それが教師が黒板に描いた絵に似ているとか。
英語教師の絵と自殺した生徒の絵、そして自殺の動機との関連性は不明とのことだが、
普通に考えて関係ないだろう。
それとこれとは別のこと。
なのに、自殺した生徒の親にコメントを取って「問題だ」と言わせているあたり、
学校叩きをせんがために事実を歪める意図的な報道のあり方を感じてならない。
生徒が学校であったことを家庭で話して、
「そんな不謹慎な絵を使った授業のやり方などけしからん!」となったのなら、
直接その教師に注意をするなり、保護者の間で話しあって学校に抗議するなりすればいいだけのこと。
なぜマスコミが喰らいつく?
学校名まで大々的に全国紙に晒す必要がある?
犯罪を犯したわけでも、子供たちに危険が迫っているわけでもないのに。
これもまた、社会的な虐めの構造。
生徒の自殺という事実があり、死に憧れる生徒に対し適切な指導をしなかったということで、
その責任の有無を争う訴訟の最中にある学校が現在何も言えないのを知った上で叩いてきているのだから。

間違えた回答をした生徒に首吊りの絵を描く教師と、
誤った指導をした教師のいる学校を全国的に吊るし上げるマスコミと、やっていることは同じだろう。
「絶対にミスがあってはならない!」と他人を責める風潮が、今の日本を作っている。

こんな事ばかりが続けば、そのうち学校の教師になろうという人はいなくなる。
実際、医師になりたい人は激減している。
少子化問題にしろ、いろんな事情はあろうが、親の責任を問われたくないという所がホンネの部分。
何もしなければ安全だから。
私たちは、他人を責めることが自分で自分の首を締めることになるのだと気づかないまま、
緩やかに死に誘われているのだ。

マゾに目覚める

福岡ワークショップ二日目、息子は「しげやん」ことダンサーの北村成美さんに
いろいろ教えてもらっていたようだ。

私は私で、どうしようもない自分を少しでもどうにかしてやろうと忙しくて
見てはいなかったのだが、相当厳しくやられたらしい。

休憩時間に、息子が興奮気味に「今の時間、すっごい良かったよ~」と言ってくる。
そして北村さんを見て、
「あの人、あの人、もう俺のボス!」。
北村さんは、何言ってんだ?という半分呆れたような、半分照れたような顔で、
「いくらでも上には上がいるから・・・」と言って立ち去られたが、
息子は「上がいたって関係ない。俺はあの人を今の目標にするんだ」と言う。
なんでも「ドMに目覚めた」とかで。

面白いものだなと思う。
武禅でも日野先生がそれに近いような事を言われていた。

「自分を成長させるには、『これはおかしいんとちゃうか?』『こうじゃないだろ!』と、
 常に自分に疑問を投げかけ、ツッコミを入れていかなければならない。
 自分で仮説を立ててそれを自分で検証する、この繰り返し。
 『出来た』『わかった』で満足したら、そこで止まる。
 だから、自分を徹底的に苛めて否定した中で『これならどうだ』と実験し続けていくしかない」
先生はそんな話をされて「完全に、マゾやな」と笑われていた。

そういった話は家でしたことはなかったはずだが、
「自分なり」という思い違いの「つもり」を否定されることに、
痛みと共に喜びもあることを息子は感じ取ったらしい。
古い殻を破らなければ、新しい自分との出会いはない。


帰り道、「来て良かった」と息子がしみじみと言う。

「俺、人にツベコベ言われたり、否定されたりするのもの凄く嫌いなんだ。
 学校でも先生とかに何か言われたら「うるせーバカ」とか腹がたって聞く気にならない。
 でも、あの人、北村さんに教えてもらった時はそうじゃなかった。
 確かにカチンとは来るよ。嫌なことは嫌なんだけど、だけどなんか違うんだよね。
 俺をどうにかしてやろうと本気になって注意してくれてるのが、こう伝わってくるというか。
 普通、人はあそこまで言ってくれないよ? 本当にありがたいと思ったもん」

短い時間の中で、しかも初めての体験で何をやっているのかわからないような感じだったのに、
意外にもしっかり受け止めていたことに驚く。
子どもだ子どもだと思っていたが、こんな言葉が出てくるとは。

これはうかうかしてられない。
親としてまだ子どもに負けるわけにはいかない。
嬉しさと共に湧く焦り。
回数だけ重ねるばかりで何も変わらない私は、本当に成長できるのだろうか?
そうした気持もまた、今の自分の否定の痛み。
変われ! 気付け! 進めよ、自分!

うん、そうだな。これは、マゾでないとやってられない。(笑)


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福岡ワークショップで一緒に稽古をさせていただいた皆さん、どうもありがごうございました。
できればまた来年も参加したいと思っています。
その時までには、少しは進歩できているよう頑張りますので、またよろしくお願いします!

福岡ワークショップに親子連れ

日野晃 福岡ワークショップに、16、17日と行ってきた。
今回は高校3年生の長男と親子参加。

息子はドラムコンサート以来「興味がある」と言いながらも、
ワークショップに誘うと「そんなに本格的にやりたいとは思わないから」とか、
「休日は予定があるから」とあまり乗り気ではなさそうだった。
なので、一種の社交辞令みたいなものか?と思い、今回も軽く「来る?」と声をかけたのだが、
数日して「俺、バイトを代わってもらえたから行くよ」と言って来たので、こっちが驚く。
なぜその気になった?
息子は「就職を決める前の大事な時期だから絶対に学校は休みたくない」とも言っていたはずだが、
それと秤にかけても勝る何かが今回のワークショップにあるかもしれないと感じたようだ。
自分の道を決めるという重圧に悩んでいるのは、よくわかっている。
しかし、このワークショップに参加したからといって何かができるようになったり、
特別な物を得たりするというものでもない。
だからこそ、行くなら「今」なのだろう。そんな気がした。

一日目、身体塾・即興塾。
息子は胸骨が動かなくて難儀しながらも、「面白い、面白い!」と喜ぶ。
その場その場を100%楽しむ事に貪欲な所と、人に好かれる愛想(調子?)の良さが奴の長所。
放っておいても心配はないから、私は私の稽古に取り組む。
何度行っても、まだまだまだまだ・・・・・何一つまともに出来ないままだけど。

夜に先生方と参加者の何人かで食事に行った席で、最近された小学校でのワークショップの話が出た。
先生は稽古の中で、よく「何か質問がある人?」と聞かれる。
大人は大抵の場合、混乱してて何を聞いたらいいかわからない状態だったりするのだが、
子ども達は思ったことをとりあえず口に出すので、自分に理解出来ないことをそのまま、
「なぜ?」「どうして?」「どうやったら?」と何でもかんでも聞いてくる。
しかし先生は、そうした質問に、
「質問には人に聞いてもいい質問と、聞いてはいけない質問があります。自分で考えなさい
と返したとか。
「先生らしい」と皆で笑う。
小学生達にはそれがよほど新鮮な体験だったようで、多くの子が感想文にその事を書いていたそうだ。

確かに巷の一般的な教育論では、そんな返事はまずありえないだろうと思う。
親や教師は、子どもの好奇心の芽を摘まないように、疑問には適切に答えてやるべきというようなことが、
多くの本にも書かれているし、教育評論家みたいな人も言う。
どんな問いにも、正しい答えを返してやるのが子どもの伸びる力を育てる良い教育だと。
だが、本当にそうだろうか?
「誰の疑問なのか?」を突きつけることもなく?

現在、教育方針に「生きる力を付けさせる」「自己肯定感を持たせる」と掲げる学校は多い。
しかしやっている事は正反対。
せっかくの本人の疑問に対して、どこかの誰かが考えて出した答えを与えてやるなど、
その人自身を大切にするどころか潰しているようなものだということに、気付く人は少ない。
「自分で考えなさい」と言われて何かが響いた子供たちには、大きな可能性がある。

疑問とは、個人的な問題だ。
そしてそれは、生きるということ全てに関わってくること。
問い続けるのが人生。

そうなんだよ、息子クン。
何が自分に向いているか、何がやりたいのかは、君の疑問、君の問題。
答えがわからなくても当然であって、わかるために社会に出て仕事に取り組むのだから。
悩む暇があったら、とにかく働け!

先生の話を息子が今の自分の問題に当てはめて考えたかどうかはわからないが、
少なくとも私にとっては、また大きなヒントをもらった。

女のための女の政治?

たまには男の味方もしてみる。

谷亮子と三原じゅん子がまさか当選するとは思わなかった。
どう考えても彼女らに政治家としての働きを期待するのは無理だろう。
だいたい、「仕事を持って子育てをする女性のために」「女性の健康と命を守るために」
などというスローガンがあるだろうか?
いったい誰が何を考えて票を入れたのか。

私は男性差別(女が偉くて男は格下扱い)は、社会制度上にはないと考えてはいるが、
こういうのを見ると、扱われ方の「差」は歴然と存在しているかもしれないな、と思える。

男性は常に賢くなくてはいけないが、女性は少々馬鹿でも許されるという図。

一昔前の少女漫画では、スポーツ万能、成績トップで委員長のハンサムな人気者が、
どういうわけかドジでお馬鹿なチンクシャの女の子を「頑張っている姿がカワイイ」と
好きになるというお約束の展開があったものだ。
多くの男も女も、もしやそんな感じのことを理想として現実に投影しているのだろうか?

男性は大きな視野で社会全体を考えるべきもの。
しかし女性は身近な自分と同じ境遇の女とその子供の事だけ考えてればOKとするのは、
同じ責任を負い、同じ立場に立つ同等の者とは到底言えないだろう。

逆パターンであれば絶対に大批判を浴びることは間違いない。

働きながら子育てをしているシングルファーザーが政治の世界に入って、
「仕事をしながら子育てをするすべての男性のために頑張ります」などと言ったら好感持てるだろうか?
男性特有の病気、例えば血友病とか前立腺がんに冒されて克服したタレントがいたとして、
「男性をこの病気から守ることが、本当の意味の少子化対策につながる」と立候補して勝つか?

「いい年したオッサンが、苦労自慢、病気自慢、不幸自慢のお涙頂戴劇で票稼ぎかよ。情けねぇなぁ」
ということで、こんな人間には政治は任せられないと見限られるのがオチ。
それどころか、「男さえよければいいのか!?」という至極まっとうな意見が女側から出ることだろう。
しかし、そのまっとうな意見が今、男側から出せるかというと・・・・・・
こんなのだから「男性差別」「女性様優遇」などと言われるのだ。

もちろん女性が健康で子育てをしやすい社会を実現させるというのは大切な事だが、
それは女性に限ったことではない。
「仕事を持ち子育てもする女性」のみを応援することは、裏返せば、子育てはやはり女性のものであり、
男性は仕事優先であるべきということを暗に打ち出していることになる。
立候補者は見てわかるとおり女性なのだから、わざわざ「女性の視点で」などと言う必要はないはずだ。
大事なのは、男にとって女にとっては関係なく、どのような社会を築いていきたいかのビジョンではないのか。

「女性の権利・立場だけを声高に主張すると女の受けがいい」なんてことがあるもんか、
と思っていた私が甘かった。
女とは、えこ贔屓が大好きな自己中心的な人種。
そして自分では物を考えず、いいことが書いてある看板に釣られて動く単細胞。
・・・・・・かもしれないなぁ、とガッカリだ。

看板の後ろには狡猾な男狸たちが糸をひいていて、実際に政治活動なんかさせるつもりもないってのに。

と、ここで締めくくれれば男性と女性の「差」を単純化できてスッキリするのだが、
谷亮子には民主を支持する男性が相当数投票したというし、
三原じゅん子には多くの男性ファンが付いているので、
ここに書いたことはまったくの的外れなのであった。

これは、男も女も難しいこと考えずに、有名人にGO!した結果。
日本は今日も悲しいぐらい平和だ。

馬鹿とハサミ

うちの高三の長男は、勉強に関しての出来が悪い。

勉強が嫌いだから勉強しない。勉強しないからわからない。わからないから勉強が嫌い。の悪循環。
そして悪い成績という結果が出る。
下に続く三人はそこそこの成績なので、テストなどちゃんと見せてくれるが、
長男のだけは見たことがない。

だから成績は悪いのだろうとある程度覚悟はしているのだが、毎回学期末の通知表を見てはガビーン!
普通はモノクロのはずの成績表が、奴のだけはビビッドな赤のアクセント付き。
しかも年々増えて行っていてもう限界間近。果たして卒業できるのだろうか?
なんとか学校を出さえすれば、人当たりはいいし生活力も高そうなので
どこなりと潜り込めるだろうと特に心配はしていないのだが、それ以前が問題、といったところ。

他の子に比べて自分だけが頭が悪いということは本人も自覚があって、
先日、それっぽいことをつぶやいていた。
「何で俺だけこうなんだろう・・・」

私も実はそれを考えたことがある。
それである程度の、こうではないかという答えみたいなものを出した。
長男が不器用でチャレンジ精神に乏しく勉強嫌いなのは、私のせいかもしれないと。

初めての子というのは親にとっても初めての経験であるため、どうしても神経質になる。
少しでも汚れたものに触れたら病気になりそうだったり、危険に近づいたら大怪我をしそうだったり。
普通なら多少過保護気味でも成長に合わせて「ここまでは大丈夫」と制限はゆるくなっていくものだが、
私は彼を2歳違いの下の子に合わせるというようなことをしてしまった。

幼稚園の工作の時、長男だけがハサミを使った切り方が下手で、
先生に「おうちで練習させてあげてください」と言われたことがある。
その頃、家でハサミを使いたがる長男を、次男が真似すると危ないからとさせていなかった。
そこで私がやったのが、「紙しか切れないハサミ」を用意するということ。
これなら次男が触っても大丈夫と思って。
しかし、紙しか切れないハサミは、紙も切れないものだった。
厚紙には歯が立たない、薄いチラシの紙は刃と刃の間に挟まってしまうだけ。
専用の紙に近いものだけ、持ち方と力の入れ方に気をつけてやっと切れるという代物。
切れないハサミなど面白くないので、使いたい気持ち自体がなくなったようだ。

覚えてはいないが、他にもこれに似たようなことが、いろんな形であったのだろう。
一つ事があれば、無意識の行動のすべてがそうであって不思議はない。

下の子達が器用で要領がいいのは、私に次第に余裕が出てきたせいかもしれない。
上と同じように接して同じように禁止もしたつもりだけれど、長男と違い言うことは聞かなかった。
見ている所だとさせてもらえないなら、見てない時にする。
気がついたらハサミでチョキチョキ、「あっ!」と思ってももう上手に使っていて、
その楽しそうな表情を見たら「まあ、いいか」で許してしまうのだ。
案外と怪我はしないものだし、少し指を切るぐらい怖さを覚えるために必要だと思えてもきたし。

「だから、あんたがそんなに馬鹿なのは、お母さんのせいかもしれないと反省してるんだよ」
申し訳ない気持ちで長男に伝えると、
「それは違うんじゃないかな」と彼が言う。
「育て方云々じゃなくて、頭の形が原因じゃないかと俺は思う」
長男の頭は絶壁だ。横から見ると、後頭部の割合が少ない。
頭の形がこうだから、ここに収まるはずだった脳みそが成長できず学力がつかなかったというのが彼の説。
そんなことがあるのだろうか?
もしその通りだったとしても、寝かせすぎたということで、やっぱり私のせいか?

(参考:絶壁頭はお断り!?神童を約束する中国1“お高い”幼稚園、園児募集―河南省鄭州市)

相手にされないのには理由がある

誰が何を言って、どんな行動をとっているか人はちゃんと見ている。

話し合いをしたいと申し出られれば、場所と時間を取って誠実な対応をしたいと思うのは、
個人でも企業でも行政でも当然のこと。

大きな組織であれば手続き上の煩雑さが求められることもあるが、
際限なく何でもかんでも受け入れるとキリがないので、ある程度の基準は設けなければならない。
正規の手続を踏み、困りごとの現状を把握してもらい調査と改善を要求するという活動は、
全国各地の各団体がごく普通にやっていることだ。

しかし時にその運動に似せて、とんでもない要求をしてくる輩もいる。
彼らのキーワードは「人権」。

企業に対して「人権蹂躙だ!」と声高に叫んで押しかけてくる人達は昔からいた。
何でもかんでも糾弾の対象にする。思い通りになるまでゴネる。

そこで行政や企業は、対策マニュアルというものを用意するようになった。
普通のお客様には担当責任者が窓口や応接間で話しあうものだが、特別なお客様相手にそれをすると、
時間をとられ、人手をとられ、業務に多大な支障が出る上に要求はエスカレートする一方だということを、
嫌というほど思い知ってきたが故に作られた手段だ。

最初から「私たちは正しい。悪いのはお前たちだ!」という結論有りきでやって来る特別なお客様には、
特別な係員が、マニュアル通りの特別な対応をして差し上げることになっている。

絶対に責任者は直接前面に出てこない。お茶も出さない。
毎回違う二人以上の担当員が、相槌も打たずに黙ってひたすら話を聞き、
一言一句違えず決まった通りの説明を繰り返す。
決して安易に頷かない、肯定しない、否定もしない。
相手は、理不尽な要求の丸呑みを求めているだけだ。
そんな人相手には、納得もしないし、説得もしないというスタンスを貫く。
悪質クレーマーにはこれしかない。
もちろん全会話は記録している。後で「言った」「言わない」の争いを避けるために。
そして最期には「本日は大変貴重なご意見を賜りまして、本当にありがとうございました」と毅然と終わらせ、
失礼のないようにお帰りいただく。
(参考:悪質なクレーマーへの対応 ・ モンスター・クレーマー 他)

何度も正式に申し入れたのにも関わらず「誠意ある回答がもらえなかった」と主張する団体の
ほとんどがこのパターン。
何が突き破れない壁を作らせてしまうのか、どうすれば実のある対話ができるのかを一切考えることなく、
「聞いてくれない」「動いてくれない」「考える頭がない」「決まったことしかできない機械のようだ」
と、相手に対しての不満を募らせるばかり。
そして、正攻法でダメだったから他に方法はないと理屈を付けて極端な嫌がらせ行為に及ぶ。

「相手が誠意を持たない悪いヤツラだから、
 それに対向するためにはあえて禁を破り強硬な手段を出るのもやむ無し。
 迷惑が及ぶ人間も出るかも知れないが、それもこれも全部悪いのはヤツラなのだ」とばかりに、
不気味な車で大挙して押し寄せて大音量スピーカーで街宣活動をする団体と同じ理屈。

理由があれば他人に害を及ぼしても構わないという思考は、
さすが殺人犯も正当化する昨今の「人権派」に類するだけのことはある。

人は常にどんな人間であるか見られている。
そしてそれに応じた接し方をされるもの。
自分を大事に扱って欲しかったら、まず他人を大事に扱うことが必要だ。

しかし、常識と戦う人達には、その常識は通じないのかもしれない。

続きを読む

どうありたいのか見えない人

どうあれば満足するのか。

騒ぎを起こしている人に対して現実的な対処をしても納得してくれないことがある。


「あの人間は極悪だ」「この人はわかっちゃない」「そいつは無能」

「俺はこれまでこんな正しい方法をとってきた」

「みんなはあいつの正体を知らない」


訴える姿は苦悩をにじませ、そんなにも世の中の不公平と不条理と戦ってきたのかと、
同情もおぼえるし、応援もしたくなる。

ひどいめにあってきた。

そして、これまでよく頑張ってきた。

何とか力になれないかと、一緒に考え、あれこれと解決策を模索していくのだが、
改善案を示しても示しても、否定的な反応を返されて途方に暮れる。

「それはとっくにやった」「この方法では効果はない」

「こんなことでは奴等ににわからせる事は出来ない」


何をやっても不満だらけ。そのうちこちらも無能扱い。

「私はもっと大きな力を動かせるが、それをやったら大変な事になるから抑えてやってる」

それなのに改善しない状況に苛立って、
「こんなことは絶対に許せない!」と更に怒りを増していく。

いったいどうすればいいのだろうか。

「それを考えろ。出来ないのなら、こちらも勝手に動かせてもらう」

勝手に動かれると多くの人に迷惑がかかるのでやめてほしい。

「それなら今すぐなんとかしろ」

特定の人に対して不利益を押し付ける事はできないので無理な事。

「どうしてできない。みんな奴等に騙されているんだ。真実はこの書面に書いてあるだろう」

それは話が違うと大勢の人が言っている。

「皆はとばっちりを恐れているから黙っているだけ。奴等はそういう脅しをかけてくる」

脅された人などいないというのに。

彼の常識とこちらの常識は何故にこうも乖離してしまっているのか。

落としどころがわからない。

何がどうあればいいのか、どうしたいのか、まったく皆目見当もつかない。

そもそもの問題が何だったのかも、今ではもうどうでもいい。

彼は今日も訴える。
苦悩をにじませ嬉々として、世の不条理と闘う戦士。

本当に、本当に迷惑な。周囲の冷ややかな空気も読めない浮いた存在。


それが、ありもしない虐めを訴え続けては騒ぎを起こす、この辺りでは超有名なモンスターペアレント

あれ?

何かに似てる?

【敵は常識】迷惑な正義のヒーロー軍団【女性の敵】

やめてください。迷惑です。

   なんだと! 俺たちは正しい事をしているんだぞ。 


でも、あなた達の行為でひどく困っている人がいるんですよ。

   やってはいけないと法律で決まっているのか。

いえ、でもここにはここで定められたルールがあります。

   ルール?そんなものに強制力はない。

もちろん任意ではありますけれど、皆さん、協力してくださってます。

   任意なのだから、協力するもしないもこちらの勝手だ。

だから、そんなことをされたら困るんです。ルールの意味がないじゃないですか。

   法的根拠も強制力もないそんなものを
   さも正当であるかのように思わせてきたこれまでのやり口は明らかに不当だ。


守ってもらわないと困るんです。犯罪行為に巻き込まれる危険があるんです。

   なにを!こっちだって不便を我慢させられているんだ。
   おまえらだけが優遇されるなどという差別が許せるわけないだろう。
   だいたいおまえらは自分の弱さをたてにして、わがまま放題言いやがる。
   被害者面して相手を貶めて優位に立とうとするその根性が日本を腐らすんだ。


被害は本当にあるじゃないですか。それで一生苦しむ人だって沢山いるんですよ。

   そんなことを言うから、こっちだって被害を偽った冤罪で一生苦しめられる人間が出るんだ。
   映画にもなっている。あれを見て申し訳ない気持ちにならないのか。


・・・・・とにかく困るんです。もうやめてください。

   いいや。俺たちは間違っていない。正しいことを堂々として何が悪い。

普通の人はしませんよ。常識で考えてくださいよ。

   その常識が間違いだ!!


   いいか、俺たちは常識を疑わない世の中と闘っているんだぞ。
   天動説が常識とされた時代に地動説を訴えたガリレオのように。(遠い目)


(やだ。この人達マトモじゃない。これ以上刺激したら危ないかもしれないから黙っておこう)

   そうだ。やっとわかったか。最初からそうやって大人しくしておけばいいんだ。
   これまで何度もこのやり方でやってきた。それでも問題は起きていない。
   俺たちが正しいという証拠だ。


(怖い・・・気持ち悪い・・・なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの?・・・・・涙)

   逃げているだけじゃ被害は減らない。これは本気で解決しようとしない奴等が悪い。
   おまえらは悪い奴を絶対正しいと信じさせられてきた。その思い込みを捨てて見直してみろ。
   俺たちは正しさの根拠を訴える事に全力を尽くしているが、
   あくまで何が正しいのかを判断するのは、おまえら自身の心なんだからな。
   おまえらがわかってくれるまで俺は決して諦めない。
   正しい事を何度でも何度でも訴え続けていくぞーー!!ワハハハハハハハ


(・・・・・誰か助けて・・・誰かこの人達をなんとかして・・・もう、非常ベル鳴らすしかないかも)

じろうさんへのお返事

たぶん、女性専用車両に反対する会の人であろうじろうさんから、また長いコメントをいただいた。

馬鹿にされている人々のための活動が馬鹿にされている人々に馬鹿にされている。

読むことは読んだけれど、あちらの会のポリシーがどうだろうと私はまったく興味関心はないので、

そうですか。
では頑張ってそちらの会の目的である、
「女性専用車が男性差別、違憲ではないかとの追及」
とやらをなさってください。
さようなら。


とだけ返そうかと思ったのだが、
どうしても伝えたい事があってこの長文を一生懸命書かれたんだなと思うと、
やはりそれではあまりにも薄情すぎだろうということでお返事を丁寧に書いていたら長くなったので、
記事としてこちらに記すことにした。

以下、返事です。(永遠に交わらないとはわかっていながら、人が良いなー。私って)
--------------------------------------------------------------------------------

そうですか。
では頑張ってそちらの会の目的である、
「女性専用車が男性差別、違憲ではないかとの追及」とやらをなさってください。

しかしそのために女性客を脅かすような行為は慎んでいただきたい。
おもしろ半分ではありませんよ。怒ってるんですよ。

任意であるからと男性客が乗り込むことに何の注意もせず見過ごすようになれば、
一人二人が数人になり、そのうち一般車両との区別もなくなることは容易に予想できます。
間違えた男性が恥ずかしい思いをしなくても良いような対応はされるべきとは思いますが、
やはり男性は乗ってはいけない場所です。(障害等の事情がある場合は別として)
女性専用車両は、女性専用であるからこそ犯罪被害にあう心配がないスペースとして有効なのですから。
また、男性が少人数であっても性犯罪は起きることは、別記事「痴漢は多い」に書いた通りです。

乗車会の行き過ぎた行為への謝罪文が掲載されている所は見ましたが、
騒ぎを起こした人がどのような処分を受けたなど他の人にとっては何の関係もありません。
人は、どういうつもりだったかなどどうでもいいんです。
何をしたのか、しているのかは、もう既に見られていることです。

痴漢被害が減らない理由は簡単です。
痴漢が減っていないからです。
女性専用車両では、痴漢を発見したり逮捕したりはできません。
監視カメラが決め手で検挙された痴漢がいる路線では、発生率は激減するでしょうね。捕まりたくないから。
その分、まだカメラが付いていない所を探して流れていきます。
当然、専用車両を設置したにもかかわらず被害数が増えたという所も出ます。
しかし、女性専用車両の中では0ですよ?

死角のある監視カメラで0にできますか?

そちらの言われる事は、あらゆる方向に論点がぶれています。
誰にどうあって欲しいのかが明確ではありません。
だから、「混雑緩和」を求めるために、痴漢被害から逃げている女性を虐めるようなことをするのです。
まるでその時乗り合わせた女性を、
鉄道会社に「男は臭いから」と専用車両を作らせた張本人のような扱い方をして。

一般の乗客がどうして見ず知らずのどこかの誰かの主義主張を聞かされなきゃいけないのですか。
腹の立つ鉄道会社への嫌がらせのために、関係のない他人を巻き込まないでいただきたい。
私の言いたい事は、それだけです。

女性専用車両は、今は必要ではありますが、いずれなくなるべきものだとは思います。
しかしそのためには、全線に監視カメラを設置し、私服警官を動員するなどして、
まず、痴漢を一網打尽にしなければいけません。
逮捕した痴漢は全員、指と性器を切り落とすぐらいのことしてやればいい。額に「痴」と刺青も。
そうすれば一見してわかる奴等を痴漢専用車両に押し込めて、一般車両は随分と快適になるでしょうね。
(それくらいの憎悪があります)

女性専用車両があるから対策が遅れるのではなく、要は鉄道会社の本気が足りないからというのは、
反対する会の方たちも気付いておられるとおり。
それならば、民間企業である彼らに本気の対策を迫るために、本気の対策のための予算をどこから捻出するのか、
何か出来ることはないのか共に考え、力を貸すべきではないのですか。

誰が正しい、誰が悪いとかを争って敵対していて、事が前に進むはずはありません。

憎まれてくれる人

次男の高校は今日から期末試験だというのに、
リビングで勉強しようとコーヒーを入れた所で、そのままうっかり寝てしまったようだ。
おかげで一夜漬けで詰め込もうと思っていた物が手付かず。
「うわぁ~、マズイマズイ」と青ざめて慌てても、失った数時間は戻らない。

「だから普段からきちんとしていれば・・・」なんて言いながら笑って見ていると、
どうにもならない失敗に今度は次第に腹がたってきた様子の息子。
その矛先がどういうわけか高校の体育教師に向かう。
今日の試験は3時間で終わるのだが、その後、体育の補習で残されるとかで。
「マジ、ウザイから。ムカつく~!」
そこからは大悪口。

息子は前回の体育の試験で追試を食らっている。
その試験というのが何と、ラジオ体操。
最近は小学校で教えないのと、夏休みの朝はいつも寝坊していたので
彼は高校でやるまで正しい体操の仕方を知らなかった。
その上、体育が好きではないので中学校時代の調子でダラダラとやったのだろう、
みごと落とされた。
最初はクラスで3人。
追試で他の2人は合格したが、それをサボったものだからもうバッチリ睨まれてる。
また、身体が硬くてマット運動が不得意だったのもふざけていると思われたようでもある。
「再追試では真面目にやったのに!」と彼は言うが、そうそうすんなり通してはくれない。
「クラスで一番のできになるまで合格はさせてやらん」と言われてしまっている。

「わけわからん!もう、キチガイだからあの先生。
 走るのとかメッチャ速かったし、高跳びだって結構良い記録出したのに、
 俺より悪い他の奴らは誉められても、俺だけ無視だからね。なんでだ?
 マット運動だけは俺は無理なんだって。
 どれだけ頑張っても出来ない人間がいるということを理解しないで勝手に評価してくる。
 脳みそが筋肉で出来てる奴なんか、教師になるなや!何であんな人間を高校に置いておくんだ。
 あいつさえいなければ俺の高校生活は楽しいのに、あいつのせいでぶち壊しになった。
 クソッ、マジ死ねや!」

荒れる荒れる。可笑しいったらない。
自分が予定通りのテスト勉強が出来なかったからって朝から激しく体育の先生に八つ当たり。

「そーねぇ、そりゃ困るよね。今度先生に会う機会があったらお母さんが
 『マット運動は出来ない身体なんです』って言っておいてあげるよ」と冗談のつもりで言ったら、
「うん、言って」だってさ。
可笑しすぎ。

こんなに憎まれるんだから、教師も大変なお仕事だ。
だけど、これで息子も少しは懲りるだろう。
最初から真面目にやっておけば簡単にクリアできたことが、後になるほど難しくなる。
舐めて掛かってたら、手痛いしっぺ返しが来るってことが身にしみてわかったはず。

誰もわざわざ憎まれたい人などいるわけがない。
いいのいいのと優しい物分りの良いふりをしておけば、楽だし人気もとれる。
そこをあえて憎まれ役を買って出てくれる人というのは、本当に有り難いものだ。
それは息子には、いつかずっと先にわかること。

どれだけ文句を言おうと今日はテスト。
体操服を持って家を出る息子を見送りながら、「先生よろしく頼みます」と心で手を合わせる母なのであった。

痴漢は多い

私にはこれまで満員電車にすし詰めになって通勤するという経験はない。

しかし、それでも痴漢には多くあってきている。
さすがに今はないが、高校生頃から20代にかけて何度も嫌な思いをした。

映画館が混んでいて一番後ろの席に座って見ていると、
背後に立った人に肩をつかまれ、サワサワサワサワと肩を撫ぜてこられた。
こんな時、何をされているのかわからなくてどうしていいか戸惑うものだ。
人違いか?と思いながら固まっていると、
その手が前の方に動き出したので、ウワッと振り返ったら慌ててどこかに逃げた。
「痴漢だったんだ」と後で思う。

他にも隣に座った男が上着で隠して手を伸ばして触って来られた事も数回。
違う場所で違う奴のはずなのに、同じ手口でやってくる。
映画上映中に「この人、痴漢です!」と大声で言える女性などいるだろうか。
私は言えなかった。
身をよじって手から逃げて、「なんですか?」と小さな声で言いながら睨みつけるぐらいしか。
女が一人で映画を見ていたら誘っているという申し合わせでもあるのだろうか。
日曜日の昼で、家族連れもいるような映画なのに?

満員のバスでおしりや胸に触られることも度々。
一つ一つは偶然なのか故意なのか判断がつかないような感じだが、
それが何度もあるとなるとやはり狙っているとしか思えない。
それでも「キャー」とは言えない。この悔しさがわかるだろうか。

それどころか、空いたバスの中でもやられた。
乗客がほとんど降りて、私は後ろ二人掛けの席に一人で乗っていた。
すると乗車してきた男が車内を見渡して、わざわざ私の隣に座ってきて驚く。
「なんで?」と思ったが、ここに座るなとも言えず、
ガラガラのバスの狭い二人掛けの座席にキューッと乗っているみたいな怪しい状況。
私は窓際なので逃げ場がない。
運転手は気づいているのかいないのかわからないが黙って運転している。
「なぜ?なぜ?」と緊張していると、男は身体を押し付け、肘が胸のあたりに来るようにしてくる。
顔を見ると、素知らぬ顔で平然と前を向いている。
そのミスマッチぶりにますます混乱するのだが、もしも目が合ったらもっと怖かったかもしれない。
手が伸びてきたところで、堪らず「えっ!」と大きな声を出したら、
サッと逃げて前の方の席に座って次のバス停で降りていったが、
世にも奇妙な物語も真っ青な恐怖体験ではないか?
こんなことが現実にあったのだ。

本屋で本を選んでいるだけで通りすがりにお尻をつかまれたこともある。

ミニスカートなんかはいた事もない、地味で化粧ッけもない田舎者の女なのに、
これだけの嫌な目にあっている。
だからこそ、都会のお洒落な女性が満員電車の中で痴漢と疑わしき行為にあったことがないとは
思えないというのは、妄想じみた考えだろうか。
ある調査によると、痴漢被害者の約9割が泣き寝入りと出ている。

どうしたら絶対に痴漢被害に逢わなくて済むのかと問われたとき、
示すことのできる答えは存在するだろうか。
絶対とは言えないが、とりあえず確率は減るとしてすすめられるのが女性専用車両だ。
男性はなるべく立ち入らないという任意の約束事があるので普通の男性は入ってこない。
もしも入ってくる人がいるとしたら怪しむことができるので被害を受ける確率は少ない。
と、それぐらいのことではあるが。

性犯罪の被害が女性の心に残す傷は男性が思っているよりも深刻だ。
暴力被害と同じで、痴漢でPTSDとなり生活に支障が生じる場合だってある。
女性専用車両は、鉄道会社は「痴漢が出た」というクレームに「女性専用車両に乗ってください」と
簡単にいなすためのものではなく、対策が講じてあることを示して少しでも安心してもらうためのもの。
「どうしようもないんですよ。カメラを増やしたんですけどね」と言われるよりも、
自分で身を守る手段がある方がよほど心強くなれる。

痴漢被害があるから女性専用車両が必要になっている。

それをいい事に、我がままを通そうとする女達は男性にとって確かにムカつくかもしれないが、
ここは分けて考えなければ問題が見えなくなってしまう。

痴漢がいなくなれば、女性専用車両の必要はない。
痴漢撲滅が最優先でない反対運動は、男性に不便で不愉快な思いをさせないために、
女性には犯罪被害を我慢してくれと言っているようなものではないだろうか。

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ラーのかがみ

ラーのかがみ
 会長のエジプト旅行のおみやげ。

 手鏡は、細かい細工と鮮やかな色が人気で、
 現地で製造が追いつかなくて
 手に入りにくい希少品。

 真ん中に
 永遠の命を象徴するスカラベが太陽を掲げ、
 天空の王であるハヤブサの羽をまとっており、
 鏡の裏と、もち手の底部分にはホルスの眼。
 濃ゆ~い。

 そして本場カイロのとっても美味しい紅茶。

 麻の袋に描かれた絵は、
 このままタペストリーとして飾れるよ。

最初から好きじゃなかった

仲良くしていたのに、喧嘩で決裂の時に、
「あなたのことなんか、最初から好きじゃなかった」と言う人がいたりする。

あれって、何なんだろう。
特に男女間に限らず、友人とか、仕事関係とかでも、そんなことを言う人っている。

その言葉自体がキツイというよりも、
そこまでして相手を貶めようとするような人とこれまで親しくしてきた事が悲しくなるよね。

「信じていたのに裏切られた!」という悔しさは当然のことながらドワドワ湧くだろうけど、
結局のところ、信じた自分が悪いんだもんなぁ。

何でも言い合って楽しかった日々、共有した秘密、共に築けると期待した未来、
ぜーんぶパア。

それはガックリ来るよ。


そこで、
「私を傷つけようとする行為で自分のプライドが保てるなら、どうぞご自由に。
 好きでもない人間とお付き合いくださってありがとう。
 私は好きだったから、楽しかったけどね」
とか笑って言えたらカッコいい。

相手が勝ち誇って喜んでいようが、怒りがおさまらず憎んでいようが、後悔していようが、関係ない。
二度と振り返らない。

ポーズでいいから、そうやって突っ張り通せる人が、私は好き。

永遠無限の・・・

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「女性専用車両に乗る女を虐める男の会(仮名)」メンバー募集中

痴漢というと、ほとんどの人は満員の列車内で揺れに乗じてお尻にタッチしてくるという事を
思い浮かべると思う。
しかし、最近の痴漢の手口はとても卑劣で巧妙化している。

一人でやるとは限らない。数人のグループでターゲットを取り囲むのだ。

おとなし目で声も立てられず泣き寝入りしそうなタイプの女性を見抜く目が確かなのは、
虐めっ子が虐められっ子を嗅ぎ分ける嗅覚に優れているのと同じ。

連係プレーで女性を徐々にドアの近くに押して行き、グルリと四方に配置し逃げられないようにする。
身体で覆うように、あるいは新聞を広げるなどして周囲の目から隠し、後は好きなように触り放題。

女性は助けを求めようにも、周りが全部痴漢の仲間という状況で、恐怖と羞恥で動けない。

どうにか勇気を振り絞って声をあげたとしても、
仲間同士で「その人は痴漢じゃない。俺は見ていた!」と庇いあうため、
車内で冤罪事件の加害者扱いを受けるという目にも合う。

こうした痴漢グループは、インターネットの掲示板での募集を見て全国から集まるという。

経験豊富なツワモノたちが、痴漢のやり方から、いざという時の対処の仕方まで
念入りに打ち合わせをし、リハーサルまで行って事に及ぶ。
これで女性がどうやって身を守れるというのだろう。

監視カメラを付けたとしても、死角に追い込むなど彼らには造作もない。
「どの線のどこにカメラがある」「痴漢対策の係員は誰と誰」などという情報はすぐに共有される。
なんと言っても、奴等は性犯罪のプロ集団なのだ。

女性にとって列車内に安全な場所などない。
女性は、女性であるというだけで、通勤のたびに嫌な思い、怖い思い、
恥ずかしく辛い思いを毎日我慢しなくてはならないのだろうか。
通勤にJRを使うのが間違い? 
家から徒歩か自転車で通える範囲でしか働いてはいけない?
ラッシュアワーを避けて、人のいない早朝に出勤すべき?

男性と同じ満員電車に乗るのが不快だから嫌だということではなく、
ただ、痴漢被害にあわずに普通に通勤したいだけのことが、そんなにも贅沢な望みだろうか。

女性専用車両に不満を持つ男性達は、完全に問題点を取り違えている。
怒りを向けるべき矛先を間違えている。
しかも、ほとんど確信犯的に。

「女性専用車両に男が乗ってはいけないと明文化されていない以上、男が乗る権利がある」
と、ドヤドヤと車内に押し入っては、女性達を困惑させ威圧する。
彼らは、女性専用車両の存在に自分達が不快感を持たされているのだから、
抗議のためにそんなルールは無視しても良いという「俺様の正義」に基づいて行動している。

そもそもなぜこのような事になったのか、
そこを利用している人達はどんな思いで何を期待してそこにいるのかを全く考えていない。
ただただ、俺が不愉快で、俺がそれを許せなくて、俺がやりたいからやっているという我儘なガキだ。
他者への思いやりの一欠けらもなければ、男としての恥すらない。

そして、ここが大事なところだが、
男性差別が許せないという建前で
女性専用車両に乗り込んできている男性が、
確実に痴漢ではないという証拠はない
のだ。
もしかしたら、痴漢かもしれないという疑いはどうしても持ってしまう。
なにしろ、インターネットで仲間を募集し、打ち合わせをして、女性を怖がらせ、
嫌がること(写真をとる)などを平気でできるメンタリティなのだから。

もちろん彼らは「私たちは痴漢ではない!」と言うだろう。
だが本当に痴漢だったとしても同じ事を言うはずだ。
逮捕された前科がないからといって証拠にはならない。
これまで一度も痴漢をしたことがないと証明できるか?
ほんの少しも電車内で女性に触りたいという劣情を持ったこともないと、どうやって明らかにする?
これから先も絶対に痴漢行為をすることなどありえないなどということを、確約できる根拠は?

現行犯逮捕でない限り、誰かを「痴漢だ」と決めつけることはできないが、
だからといって痴漢ではないとも限らないのだ。

実際問題として女性は、いや、男性でもだが、痴漢と痴漢でない人間を見分けることは不可能だ。

だからこそ、すべての男性が容疑者であるかのような扱いを受けて、
緊急措置として女性だけが隔離されるような状況の必要が生じている。
つまり、男性も女性も被害の種類が違うだけで
迷惑を被っているということにおいては同じだということを忘れてもらっては困る。

出来る事なら、痴漢専用車両が設置されるのが一番望ましいだろう。
そこに痴漢したい人と、痴漢されたい人が乗ってお楽しみをやってくれれば、
一般の乗客が迷惑する事もなく円満解決、万々歳。
だが奴等はプレイをしたいわけではなく、犯罪を犯したいのだからそれはない。
それ以前に、JRが風俗店ではないというのは言うまでもないが。

一般の善良な男性の間に凶悪な性犯罪者が紛れ込んでいる。
被害から、女性も男性も守るために、男女を分ける以上の方法があるだろうか。

その意味では、男性専用車両ももちろんあるべきだと私は思う。
痴漢冤罪に怯えて女性の近くでは常に両手を上に上げておかなければならないストレスも相当なものだろう。
だからといって、男女混合の車両が痴漢天国・冤罪地獄になっても良いわけではなく、
対策はより強化されなければならない。
そのためにも、目が行き届くよう車両が絞られていくのは良いことではないだろうか。

男性と女性が憎しみあわない世の中を作ろうとするのなら、
何が憎しみの原因であるのか、誰が憎まれているのかを間違えてはいけない。
憎むべきは痴漢という性犯罪。
女性は男性が憎いのではなく、女性として命の次に大切なものを玩具にしてくる痴漢を憎んでいるだけ。

その痴漢とまるで同化しているかのようなやり方で、
自分の身の安全を守ろうとする女性を攻撃するのはやめて欲しいものだ。
「正義」とは何かを知る者なら。

男なら、徒党を組んで女を虐めるより、悪と戦えよ!

ちなみに「女性専用車両に乗る女を虐める男の会(仮名)」の活動を実際にご覧になった方の印象がこちら。
→「女性専用車両に反対する会について」
→【女性専用車両に反対する会!!】 - Yahoo!知恵袋
→女性専用車両に反対する会との遭遇

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テーマ : 性犯罪・わいせつ事件
ジャンル : ニュース

永久機構の実存を証明せよ

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お役所仕事は現実と無関係

週末からちょっと気が重かった。
仕事上、チョンボをしたかもしれなかったので。

私の今の仕事は哲学者のアシスタントなのだが、ここのところやることがなくて、
工場の機械に入れる燃料の給油量と消費量の明細を付けたりしている。
一日一回、エクセルに入力するだけの簡単な事ではあるけれど、面倒なのが月末。
計算が「1」でも合わなければ全部確認し直しなのは当然として、
末の給油量を翌月の1日として消費数量にするというのがややこしい。
伝票を処理し、税務署に持って行く用に全部計算し終えたと思っていた所に、
もう一枚、伝票がヒラリ。
「なにこれ?しまったーーーー!」
というのが金曜日の帰り際。

もしかして、計算やり直し?書類全部書き換え?どうしよ、どうしよ、とドキドキしながら
今朝、伝票や月間の明細表とにらめっこしていると、
会長の奥さんが「あれで良かったよ。これから持って税務署行くから」と言われる。
後から出てきた伝票は、先月末のと合算して1日に記載する分だから問題ないと。
いやいやいやいや、それでは残量が合わなくなる。
しかし、「それでいい」のだそうだ。
「あなたが正しい。それが正論。だけど、この計算でいいの。これでないと通らないから」

計算の仕方は税務署の担当が指示する通りにやらないといけない。
明らかにおかしいのだけれど、文句を言おうと大喧嘩をしようと、税務署は絶対。
以前もめたとき、彼らは「現実の数量と計算上での数字は関係がない」と言い切ったらしい。
なんじゃそれは?

おかげで今、全部の機械に入っている残量数はものスゴイことになっている。
500しか入らないタンクに2000も3000も入っている。税務署に持って行く書類の数字上だけ。
たぶん、そもそもは誰かのカン違いだったのだろうが、
毎月毎月何時間も待たせてチェックしてはOKの判子をついてきたのだから、
税務署としても今更改められないのだろう。

今回、私のミスはなかったとホーッと胸をなで下ろしつつも、なんだかモヤモヤ。

だってねぇ、市民の税金を預かる税務署が計算上で現実離れしてるって、どうなのよ?

男なら

私がもしも男なら、母や妻、子ども達を守るため、戦争にだって行くだろう。

私がもしも男なら、沈没船から脱出ボートに女子どもを先に乗せる。

私がもしも男なら、無人島で家を建て女を待たせて獣や鳥を捕りに行く。

私がもしも男なら、どんな時でも歯をくいしばり笑顔を見せたい。

私がもしも男なら、泣き言言わず黙って働く。

誰もわかってくれなくていい。

愛する人の笑顔を守る。

男は一人で戦うものだ。

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マナーは自分のためならず

今回、男性論・女性論についての記事を書くきっかけとなった2ちゃんねるのスレッド、
「どうしてマスコミはいまだに女目線なんだ」の1のリンク先を見てみた。
それがこちら。
「女性に嫌われないために必要なのは清潔感と食事マナー」
この記事はまた別のサイトである、恋愛ノウハウを集めた「スゴレン」の記事を引用したもの。
女性が生理的に受け付けない25種類の男性(なぜか今は21種類に減っている?)

これらの記事に反感を覚えて、以下延々と現代女性と男性蔑視をするマスコミへの批判が続くわけだが、
どうも私には彼らの怒りの矛先がどこに向かっているのかが見えてこない。

「マスコミは女性に媚びへつらうような記事ばかり書くので、男性の立つ瀬がない」
と現代社会の風潮に一石を投じるために物を申したいのか、
「女性は自分の意見など一切持たず、どんな男に対してでも黙って従っていればいいんだ」
と女性の人権を認めない差別主義者である自分たちを正当化したいのか。
パラパラと好き勝手な発言(暴言も含めて)が飛び交って会話にもなっていない。
それがこういった匿名掲示板だと言ってしまえばそれまでだが。

それにしても「女性に嫌われないために必要なのは清潔感と食事マナー」の記事には、
さすがに女の私でも嫌な印象を受けた。

それは、前提となる「マナー」の必然性の捉え方が、人を尊重するものとなっていないからだ。
なぜそこを誰も突っ込まないのだろうか。

思惑があってわざと意味を歪めたのならたちが悪いし、
考えなしにであれば、このタイトルのつけ方は頭が悪すぎる。

「マナー」とは、何か。

それは、そもそも自分が嫌われないようにするためのものではない。

他人に不快な思いをさせない最低限の“気配り”を言う。

社会人としてできて当たり前であり、むしろできなければ恥ずかしいものだ。

25、または21の一つ一つの項目を読んでみればわかるだろうが、
これらは特に嫌われたくない女性に対してだけ気をつけるべき事という種類のものではない。
まともな教育を受けた一般常識人にとっては「何をいまさら」みたいなものばかりだ。

不潔で周囲を汚し、臭かったり、気持ちの悪い音を立てたり、横暴な態度で空気よめないような人、
同性の友人としてでも付き合いたくはない。
経営者ならこんな人間は絶対に採用しないし、こんな人のいる店では誰も買い物はしない。

「女性が生理的に受け付けない」のではなく、これはもう、人としてNG。
サイトには「5コ以上当てはまったら、危険信号」とあるが、一つで十分の破壊力だ。

そんなことをわざわざ言われないと気がつかない人間がいるからこうして記事になっているのだと思うと、
あまりの程度のお粗末さに、日本の行く末が案じられてならない。
その上、項目に当てはまっている自分に恥を感じて反省するならまだしも、
当たり前の指摘を侮辱と受け取って、記事の通りに自分を嫌うであろう女性に怒りを燃やすとは、
筋違いも甚だしい。

マスコミの情報を歪めて報道する姿勢に抗議するには、まず正しい物の見方考え方が必要となる。
自分がいかに強く思い込もうが、それが社会に通用しないものであるなら
他人にとってはただ迷惑なだけの騒音だということ。
受け入れてくれない周囲が悪いといくら騒いでも、誰も身勝手な「俺流」に従う理由はない。

マナーとは、すべての人が気持ちよく過ごせるために社会が共有している知恵。
相手を大事に思う気持ちの表れ。
自分を大事にしてくれない人を好きになるわけがない。

女性に好かれたいのなら、まず相手を大事にすべき。
「女なんか嫌いだから別に好かれなくてもいい」と思うなら、
「都合のよい男じゃないと好かれない」「馬鹿にされてる」「弱いと思われてる」などという無責任な煽りに
いちいち心揺さぶられる必要はないはずだ。

我が道を貫くには、あまりにもデリケートでナイーブすぎる男性諸氏の抱える自己矛盾。
その尻拭いを女に求めても無理がある。

いつまでも甘えないで、そろそろ自分の世話ぐらい自分でできるようになって欲しいものだ。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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