こんなシンクロ

私のここでのハンドルネームは「ぽあん」だけど、別にいくつか名前を持っている。

その中の一つ、数年前にメインで使っていたお気に入りの名前がある。

少し前にネッ友になって、今はちょっと疎遠になった人のブログを久々に覗いたら、
それと同じハンドルネームの人がとても親しい感じでコメント書き込んでいた。

彼は私のそのハンドルネームは知らないから、全くの偶然。

でね、それだけだったら別にあっても不思議はないことなんだけどさ、
驚いたのは、その同じ名前の人の飼い猫の名前。

二匹の名前が、今、うちで飼ってる猫達と同じだった。

あるんだね、こんなこと。

ラストメールふたたび───親の不幸、子の不幸

「ラストメール」から3か月。
てっきり私のアドレスは消去されているものだと思っていたが、まだ残してあったらしい。
メールには、
「少しでも不登校の娘が前に進めるようにとキツイ言い方もしたけれど、それに対して
  『親は私の気持ちなんかわかってくれてないくせに。お母さんはどうしてわかってくれないの。
   どうせ私のことなんかどうでもいいんだ!』と書かれた手紙を娘の部屋で見つけてしまって、
 ショックで涙が止まらない。疲れて何もできない。どうしたらいいのかわからない。頭がパンクしそう」
というようなことが、つらつらと書き綴られていた。
しかも、また連名の一斉送信。。。(誰だか知らないけど、メールしてみようかな?)

こんな時、当たり障りの無い言い方で、優しく「元気出して、良いことあるよ」と返すのが無難だろう。
ずっと今にも折れそうな彼女の心の弱さを庇うようにそうしてきた。
何もしてあげられないのだから、責めるようなことはせず支えてあげようと。
だけど、何一つ改善しないのは仕方ないとして、それでは私の精神衛生上良くない。
ここはひとつ、本音で行くか。

そうと決めれば話は早い。
iphoneにキーボードつないでダーッと一気に打ち込んだら、読み返しなしで即送信。


お久しぶり。
そっかー、娘さんの不登校はまだ続いてるんだ。
でも、不登校は問題ではないって事はもう知ってるよね?他人の決めた常識にあてはめなくても大丈夫って。
で、今、向き合わなければならない所が目の前に出て来たんだから、逆に喜ぶ事だと思うよ。
娘さんの手紙を「見たくない」なんて言ってはいけない。
それは見る事ができて良かったもの。見なければならかなかったもの。
娘さんの本当の気持ちに近付けたんだから。
そして本人もそれを望んでた。「わかってくれない」という言葉は、裏を返せば「わかって!!」という願い。
親を求めている表れだよ。
親は、子にわかってもらおうとしてはいけない。
対等ではないことを常に肝に命じて道を示す役目をしなくては。
親の辛さ、悲しさなんて、子供におっかぶせる物ではないのだから、
見せる感情は選んで効果的に使うようにして。
これは絶対に考えて欲しい。子供の言動で親が振り回されてはいけない。心は揺らさない。
あなたが悲しいのは、子供が思い通りでないからでしょう?
それが丸々伝わっているから、子供は余計に悲しくて、そして怒っているんだよ。
本当に悲しむべきは、子供の心が痛んでいること。
辛いって訴えかけてるんだよ?寂しいって求めているんだよ?応えなくてどうするの?親として。
修学旅行も、娘さんが行きたいなら行かせてあげればいいけれど、行きたくないなら無理する事はない。
昔はお金がなくて行かない人なんていくらでもいた。でも、何の支障もなく後に幸せになってる。
嫌な人たちと過ごすよりも、むしろ家族で楽しい旅行でもした方がよっぽどいいよ。
後の心配するよりも、今を楽しもうよ。今、やるべき事をして、今を生きよう。
より良くなる方向へ、目を転じてみて。この状態は決して悪いものではないから。
もしも、勇気があるなら、このメールを娘さんに読んでもらって。
親は、子供が自分で生き方を自由に選べるようなるために人生の最初の方だけお手伝いする役目の人間。
不満はあるかもしれないけれど、それに潰されたら自分がもったいないぞ!と伝えて。
自分の悩みを誰かのせいにするのは、甘えている証拠。甘えている限り、支配される側の人間であり続ける。
誰の人生か、って事をよく考えて。


ここに貼りつけて改めて読んでみると、やたらテンション高くて笑う。
昨夜は長男の誕生日祝いで飲んでたものだから、ハチャメチャな勢いだ。
さあ、今度こそアドレス消されるか?(笑)

この文章を私の子ども達に読ませたら、
「こんなメールを送られたら、友達、泣くんじゃない?」と心配してくれた。
泣けばいいと思う。
でも、自分可哀想さに泣いてるうちはダメだろね。

「今日も娘が学校へ行かない!」

日曜に読んだ2冊。
book.jpg 高校帰りの次男と待ち合わせるブックオフで、
 100円だったので買った本。
 どちらもさほど面白くはなかった。

 「ネトゲ廃人」の方は、既にいろんなメディアで見聞きしており、
 おさらいという感じ。
 現代社会を象徴するゆゆしき問題と言うよりも、
 廃人になる人間はオンラインゲームがなくても
 その素質を持っていただろうし、
遅かれ早かれ結局はパチンコなり、酒なり、異性に溺れたり、浪費したりで
身を持ち崩していただろうと思われる。
その素養を育てたのはもちろん親なのだが、親自体が絶望的に馬鹿なガキなのだから仕方がない。

物の価値が幻想であることを知らない人はとても多い。
それはブランド物であったり、車であったり、タレントの評価なんかもそうだし、
希少なヴィンテージや、芸術作品もその中に含まれる。
こだわりのある人には価値があるだろうが、どうでもいい人にはどうでもいいもの。
コレクションなんかそんな程度の物だ。
個人の趣味の範囲で自由に楽しむのはいいが、それは大人に限ったこと。
思考力、判断力のない子どもが物の価値を玩具にして遊ぶのは危ういこと甚だしい。
私は「遊戯王カード」がブームになった時から、大人と子どもの最後の砦が崩れた事を予感していた。
悪どい儲け主義の大人が、子どもの財布を狙って仕掛けた罠なのは見え見えなのに、
子どもが喜ぶからと1枚3000円も出してレアカードを買ってやる親、逆に自分がハマる親など、
目にあまるような現象の情報がトレンドとしてマスコミで踊っていた。
誰も「馬鹿じゃないのか?」と言わない。
それはそうだ。自分たちの心根もやっていることも仕掛け人に近いのだから。
オンラインゲームにどっぷりハマる若者は、そうした社会で子ども時代を育ってきた。
だから、偽りの価値、偽りの楽しさ、偽りのステータス、偽りの人間関係が
自分の大切な時間と金を奪っていくことに気付く回路が育ってなくても致し方ない。
所詮、金絞り用の家畜だ。
だが、本ではそこまで踏み込んでもいない。
「廃人はこんな人達です」と紹介しているだけ。なるほど、ああ、さいですかーだ。

もう一冊の方、「今日も娘が学校へ行かない!」は、パラッと見て不登校児の母親の手記だったので、
頑なな心の開きかたや、不登校の乗り越え方が参考になるかと思って買ったのだが、
最終的に解決したというより時間が過ぎただけというだけで、得るものはない本だった。
その辺に投げていたら私の娘が読んだようで、「こんな母親いやだわ、ウザい!」と言っていた。
確かに読んでて腹が立つ本だった。
子どもためにしてきたと著者が信じていることは何一つ子どもを幸せにしていないし、
子どもはただこの人の子として生まれただけだというのに、
子どもの存在のせいで苦労続きの人生を過ごさなければならなかったと被害者ぶるのだから。
本の最初の方に、子どもが幼い頃の夫婦の会話があるのだが、夫の言葉がすべてを象徴している。
「相談してきても最初から結論は決めているんだから、君の好きなようにすればいいよ」
ここで、あ、これが原因か!と私はピンと来たのだが、本人は最後まで気付いていなかったようだ。
結局この夫婦は離婚に至った。
彼女は「いつも『君の好きなようにしていいよ』と言ってくれる夫の優しさが好きだった」と回顧していたが、
その枕詞になっていたセリフには、どうもたいした意味を感じなかったらしい。
子どもが原因不明の腹痛で不登校になって連れていった病院で、
初対面のドクターに「愛情不足」とはっきり診断されてしまうぐらい重症だったのだから、
娘は、生きて成人できただけでも幸運だったのかもね。

「少年A この子を生んで」を読んだ時も思ったけれど、心が壊れた子どもの母親の手記って、
エゴ臭い。。。オエッ。

宗教なんて要らない

「自灯明・法灯明」は大昔、人間と人間をめぐる万物を徹底的に科学し哲学したお釈迦様が
最後に残した一番大切な道しるべ。

それは別に擬人化された神仏や経典を必要とするような宗教的なことではなくて、
「自分はどうしたいのか? そうすることは皆のためになるのか? で動いたらいいんだよ」
ということだと私は解釈している。

「何をしたら天国に行けて何をしたら地獄に落ちると偉い先生の教えがあるから」ということではなくて、
「龍馬だったらこう考える、勝海舟ならこう言った」でもなくて
「民族的に歴史的に定められた戒律があるから」でもなくて。

自分は何をしたいのか? どう生きるのか? 
そしてそれは他の人のしたいことや生き方を邪魔しないかどうか。手助けできるのか。
これだけ。

それをずっと問い続けている人には、誰かや何かを拝んでいる暇はないだろね。

人それぞれだから、いろんな考え方があってもいいと思うけど、
せっかく自分として生まれたのだから、他人に生き方を充てがわれるような勿体無いことしちゃいけない。
お金や時間を損するぐらいなんてことないけど、一度しかない命がね、もったいないよ。


「無神論者は、あの世も生まれ変わりも信じないため畏れを知らない。
 だから欲望のまま自分勝手に生きてしまうことになる」と、
なぜだかそんな風に考える人がたまにいたりするけど、それはあまりに穿ち過ぎ。

自分を大切にする人は他人をも大切にできる人。
宗教の神を後生大事にする人が、他人を踏みにじることはよくあるけれど。

死後の準備のために生きる人達

新聞を整理していて、何気なく一面の下の書籍広告に目が行った。

「死んでから困らない生き方」というタイトル。

──どんなに科学が進歩しても、「あの世」がなくなることはありません。
なんていうサブキャッチも付いている。

「こんなん書いたのどうせアホやろ、超ウケル~~」と笑いながらよく見てみると、
アホではなく、なんと東大出身のエルカンターレ総裁がお書きになった新刊!
いやいや、とんだ失礼をば致しましてございまする。


それにしても、お釈迦様が言われていたこととは随分と違うことを仰られるもの。
たしか二千五百年前には、
「死後の事を生きている間に考えるのは無駄だからやめなさい」と言われてたはずなのに。
“今”をどう“生きる”のかを大切にするのが、仏教が宗教として流布される以前からの釈迦尊の哲学。
自分で確かめることもできない物を誰かの言葉にすがって信じる事も
“自灯明・法灯明”の教えで戒められたはず。
それが生まれ変わったら180°考え方が変わってしまうなんてこと、あるのだろうか?

もしや一度死んでみて、「あー、しまったー、死んでからの用意しておけばよかったー!」と
深く後悔したので、それを現世の人に伝えるために輪廻の輪に戻ってきて再誕したとか?

そんなの、解脱してるとは言わんだろ!
誰も正しい宗教観など持っていないからって、好き放題言っちゃって。

もしも死後の世界があったとしたなら、一番困るのはご本人なんじゃないのかな。
歴史上の偉人達からの「そんなこと言ってない!」っていう名誉毀損の裁判が山と待ってるだろうから。
閻魔様宛提出書類
ま、そんなもんないから安心して。(笑)
──どんなに科学が進歩しても、
「あの世」があることが証明されることはありません!


もちろん、ないことも証明できないわけだけど、それは「悪魔の証明」ってんだよ。
(例:月の裏側には、ウサギが存在する。なぜなら月の裏側にウサギはいないという証拠がないからだ。)

虐めっ子の大ボスは私だった

運動会の前日に、不登校の子とトラブルを起こした女の子が、
担任に呼び出されて話を聞かれたらしい。

「何があったの?」
   「何もありません」
「何もないわけないでしょう!」
   「知りません。私、何もしてないし」
「・・・・・・」
   「・・・・・・・・・・」
「・・・・だいたい、その態度は何? 名札も付けてないじゃない!」

後でその子は「なーんか、関係ないことで怒られちゃったよ」と愚痴っていたとか。
先生も、何と言って指導していいのかわからないけれど、
とにかく苦情が入ってくるからどうにかしなくてはという感じだろうか。

呼び出し受けた子が不服げに、私の娘に言った。
「なんで私が呼ばれて、アリスの名前は出てこないの?」

そう。
実は、トラブルの時、同じ場所にいて一番辛辣な事を言ったのは、娘だ。

「ヒゲのオジサン」で大ウケして笑い転げて止まらなくなったのだろう。
「普通、ほっぺたの真ん中に毛が生える?」ってな事から、
「あの人、虐めっ子に虐められた子は皆、他の中学に行ったとか言いふらしてるけど、
 それなら何で自分の娘は転校させなかったんだろうね?」なんて事まで
ズケズケと言っちまったというんだから、容赦無い。

むしろ泣いたのはそのせいなのではないかと思うのだが、
娘は、「◯◯ちゃんの悪口じゃなくて、本当のことをそのまま言っただけ」とシラッとしている。

娘に言わせると、自分はヒゲのオジサンの娘と仲がいいのだそうだ。
だから、
「折角できた友達をなくしたくないから、私のことは言いつけられないんじゃないの?」と言っている。

恐ろしい子
・・・・・うわぁ。。。恐ろしい子・・・。

遠慮せずにガンガン言いつけてくれちゃっていいのに。

でも、言えないよねー。
お父さんに。

なんて言われたか、って事は。


彼女は、毎日、教室まで送ってくる父親がクラスメイトから奇異な目で見られているのをわかっている。
だから友達の前では「もう、なんで来るの?あの人!」と不愉快そうに言うらしい。

だけど当の父親は、「この子は僕が付き添っていると安心できるんだよ」と信じて疑わない。


本当の事を言えないってのは、辛いだろうね。

新たな悪が生み出された瞬間

娘と同じクラスの不登校気味の子は、やはり運動会に来なかった。

二学期に入って登校したのは、3、4回ぐらいだろうか。
そのたびに、つまらなそうに「あーあ、来るんじゃなかった」と言い、翌日休む。
ほとんど毎日のように学校前までは来ているらしいのだが、入らないで帰る。

運動会の前日は登校して来ていたのだが、女子の間でトラブルがあった様子。

何人かで集まってワイワイと雑談していた時、一人離れた所でポツンといるその子に、
誰かが「ねぇ、こっち来ない?」と声をかけた。
それは担任から「気を配ってあげてください」と言われていたからかもしれないし、
そんな事は関係なく、ただ単に誰にでもするように、なんの気なしにだったかもしれない。
だが、不登校の子は嫌な顔をして睨んできたという。
それで声をかけた方からすれば「何なん?その目は!」ということになる。

最初は誰も嫌っていなかったのに、嫌われるようになったのはそういう事の積み重ねだ。
「虐められるから」と休みがちになった子に対し、
何もしていないのに「どうしてこんなふうになったのか」と何度も事情を聞かれ、
「優しくしてあげてください」と加害者のように先生方から言われ続けたクラスメイトたちは
既に腹立ちの種火を抱えている。
そこに油が注がれた格好だ。

そして、掃除時間。
それぞれが自分の持ち場を掃除している中で、例の子だけがやはり何もせずにボーッと立っていた。
周囲の子達の苛立ちも限界。
「どうして掃除せんの?」 「そんなんじゃけぇ嫌われるんよ」
キツイ言葉が浴びせられる。
そんな中、一人の子が「そんな事、言わん方がええよ」と制止。

「だって・・・、そんな事言ってたらまた、 “ヒゲのオジサン”が来るよ!

ドワッと笑い転げる女の子たち。
“ヒゲのオジサン”こと彼女の父親は、その思い込みの激しさで
虐めっ子と決めつけた子を吊るし上げようと教室近くに出没することで有名なのだ。
とうとう、不登校気味の子は泣き出してしまった。

その翌日の運動会、彼女は父親の車で学校まで来ることは来たが、中には入れなかった。

以下、“ヒゲのオジサン”と私の朝の会話。

「うちの子、学校が近づくにつれ顔が白くなって、どうしても車から降りれんのじゃ」

「そうですか。昨日、具合が悪そうだったようですね」

「いや・・・、具合がというより、ちょっとねトラブルがあって、ずいぶん堪えているようなんだよ」

「ええ、何があったかはだいたい娘から聞いています」

「もう・・・ね、今の担任では無理じゃと思う」

「担任のせいではないですが、どうにかしようと他の子に『仲良くしてあげて』と言えば言うほど、
 虐めてもいないのに加害者扱いされたようで反感を持つということはあるでしょうね。
 その不満が本人に向いたとしても、それは虐めでもないし、誰が悪いわけでもないと思いますよ」

「うん、悪い子はいない。それは確かだ・・・・・、あの先生ではよう仕切らんというだけで

とうとう、担任の先生が悪い、ということにされてしまったようだ。

苦しんでいる被害者だから娘は悪くない。
しかし、クラスメイトも悪くない。
長年、虐めっ子として憎しみの的にしてきた子もいよいよ関係ないようだ。
となると、悪いのは指導力不足の教師だということにしないと収まりがつかない、ということか。
どうしても誰かが悪くなければならないのだろう。

誰か、娘さんを泣かせた本当の人物の正体を教えてあげてくほしい。

この苦しみ続けながらあらゆる方面で悪戦苦闘している心優しき“ヒゲのオジサン”に。


さてさて、これから先、一波乱も二波乱もありそうでコワイなぁ。
校長先生、すみません。。。。

ボタンをポン、の知恵袋

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ひきこもり国の王様

「あたし、王様になりたい」

学校嫌いは次女だけじゃなく長女も同じ。そいつが言う。

「女だから、王様じゃなくて女王だろ。女帝だよ、女帝」と私。

「ああそうそう、女帝になりたいなぁ。そしたら今のような煩わしさないと思うから」

と言われて考えた。

はて、私が女帝になったら、煩わしさのない大満足の幸せが手に入るだろうか?と。

う~~~~ん?

女王様ってさ、バルコニーに出て、国民達にお言葉かけたりするわけでしょう?

あ、だめだ。無理無理無理無理。私、それって大の苦手。

だって、大勢の人前で喋ると過呼吸で、アウアウガクガクになってぶっ倒れちゃうんだもん。

ものすごくリアルに想像できてしまう。


土曜日、中学校の体育祭、

PTA会長として壇上で来賓の「あいさつ」しなきゃいけないんだよ。

私は今、それをどうしたものかというのが最大の悩みなもんだから。

ああ、どうしよう。どうしたらいい?

女帝なんか、ならなくて済むのなら絶対になりたくないよぉ!って感じ。


冗談じゃなくて、本当に今、むっちゃ困ってんだから。。。。。

増減

私のストレス解消法は、「食」。

新しい場所に行って、知らない人と会って、やったことのない事をする。
それは私の(というか、誰でもかもしれないが)一番苦手なこと。

気がつけば、春から夏にかけて5キロ以上も太っていた。

これはヤバいということで、一ヶ月で5キロは減らしたが、
そんなこんなを、周囲の誰も気付いていない。

もう5キロ減らしたらわかるだろうか?

それでもやっぱり誰にも気付かれないような気がする。

パソコン病と身体の悲鳴

友人たちと肩こりについての話題になった。
どこでも肩こりで悩んでいる女性は多い。
「血流を良くするために、何かスポーツをするといい」というのが一般的な説。
しかし、私はスポーツは大の苦手で何もしていない。一日中座っているが肩はこらない。
そう言うと、皆は「えー」と意外そう。
一人が「でも、パソコンをするから・・・」と言ったのを
私は何を勘違いしたのか「パソコンはスポーツじゃないでしょ」みたいな
トンチンカンな答えをしてしまった。
そうじゃなくて「パソコンをするから肩はこるものでしょう」ということね。(汗)
うーん、パソコンのせいで肩がこるというのは違うんじゃないかなと思うけれど、
それでは、肩のこる人とこらない人と何がどう違うのかと問われればわからない。
確かにパソコンに限らず長時間同じ姿勢をしていると、頭の重さで首が痛くなることはある。
でも、適当に動いているうちに忘れてて、気づいたら治ってるものだから。
この夏、海で足を怪我した時と同じ。
足の裏切れててトゲも残ったままだったけど、「イテテイテテ」と言いながらも
普通に生活してたら、一時期傷をかばって変な力の入り方をした足首や背中の痛みと一緒に、
いつの間にか治ってたし。
細かいことは気にしないという超鈍感力のなせる技か。

最近知ったが、パソコン病というものがあるらしい。
(参考:舌に力が入っていたら要注意!? 増える“パソコン病”って?)
なんでも仕事で長時間パソコン画面を見る人に、
肩こり、腰痛、背中痛、めまい、脱力感、手足のしびれ、イライラ感等々の不快な症状が
増えているとか。
画面に集中するあまり舌が緊張でこわばって、上あごや下の歯に押し付けてしまうのがその原因。
当然、喉の奥も緊張し深い呼吸ができなくなる。
循環が悪い上に十分な酸素が取り入れられないでいるとなれば、
頭痛やめまいやしびれが起きても不思議はない。
変な所を力んでいるのだから、やたら疲れて痛みも出ることだろう。

はて、それでは私の場合は?と振り返ってみたら、
仕事中も、いつも通りタル~ンでどこも力んでいなかった。
口なんかほぼ半開きで、ヨダレ出そうなぐらい。
呼吸とか特に意識してないから普段の息は浅いかもしれないけど、
やたら大あくびと背伸びばかりしてるしね。
タル~ンでフアァァ~で、バクバクのグースカピーの人間には“脳の疲労”は無関係だったか。


しかし、何でもかんでも病名を付けるもんだね。
人の身体に出る症状なんて、すべてのことがぜーんぶ繋がってるのに。
パソコンが原因なんじゃないんだよ。

嫌われっ子

中2の娘と同じクラスの不登校の子は、二学期に入ってまだ一度も教室に入れていない。
毎朝、学校の入口まで送ってきてもらっているのだが、そのまま帰る。
担任はクラスの皆に、
「◯◯さんは学校に来る意志はあるけれど、朝になると頭やお腹が痛くなるので来れません。
 それは仮病ではなくて、本当に痛くて本人は辛いのですから、わかってあげてください」
という説明をされたようだ。
が、クラスメイトたちはうんざり。「どーでもいい。関係ないよ」といった反応。

その子の父親が思い込みが激しくて困った人であるため、PTAの役員会でもちょっとその話が出た。
「彼女、登校してる?」と聞かれたので、「いえ、休んでますね」と答えたら「やっぱり~」。
クラスでは運動会が終わるまで出てこないだろうと噂されているようだ。
体育の係なのでこの時期やることが多く、誰かにいろいろ言われるのが嫌なのだろう。
「何か言われるって、なんで?」
「そりゃあ、嫌われてるからでしょう」
私がうっかり本当の事を言ってしまったので、皆、ビックリ。
「だって、嫌いなものを好きになれと言ったって、無理だから。仕方ないですよ」
役員たちには、どう返事をしていいものか困った顔をさせてしまった。(笑)

ある意味、ひどい言い方かもしれないが、
人に好き嫌いがあるのはどうしようもないと割り切るしかない。
そういう私も、どちらかと言えば嫌われキャラだ。
これまで他人に好かれた経験は、ほとんどない。
好かれるにはどうしたらいいか足掻いた時期もあったけれど、
頑張っても空回りして自己嫌悪に陥るだけなら、諦めて開き直るしかないというのが出した結論。
しかし、割り切れない人はどうしても誰かが悪いということにしないといけないので、
そこに問題ができてしまう。
「虐め」ということにすれば、謝罪をさせて状況を改善させる方向に行かざるを得ないが、
害を加えたわけでもなく、ただ仲良くない、優しくないというだけで加害者扱いはないだろう。
人間関係がうまく行かないのは生きていく上で確かに損が多い。が、それだけだ。
嫌われるなぞ、たいした事じゃない。

実は我が家でも、今、小学5年の末の娘がクラスに馴染めないという問題を抱えている。
一学期の終わり頃に長女からその話を聞いた。
次女は親ではなく姉に相談を持ちかける。
彼女のクラスでは勝気な子が集まる大きなグループと、
おとなし目の子の小さなグループとに分かれており、対立している。
常に誰かと一緒にいたがる子が多い中で、次女は一人で読書や絵を描いたりするのが好きなタイプ。
4年まで仲が良かった子達とクラスは別々なため、気づいたら一人で浮いた存在になっていたらしい。
「図書室しか居場所がない」「誰かと話をすると大きなグループの子に責められて睨まれる」
そんなことが辛いという話をしているうちに、涙がポロリ。
一応は学期末懇談の時に担任の先生に話をしたが、
「そんなふうには見えなかった」と先生は気付いていなかった。
夏休みが終わって、「学校に行くのが嫌だ。。。」と何度も何度もつぶやいていた娘。
さっそく意地悪をされた事を姉に愚痴ったらしい。
給食当番でスープを運ぼうとすると、あからさまに娘だけ無視して渡してくれなかったため、
他の子に渡そうとした皿に手を伸ばした所、「わー、キモイ!」と言われたとか。
くだらない事を。
「何でそんな嫌がらせするんだろうねぇ?」と長女に聞くと、
「仕方ないよ。だって嫌われてるんだもん」と身も蓋もないキツーイ言葉が返ってきた。
理由はいつもそこなので決して間違ってはないけれど。

それならそれで一人でいればいいと腹を括れればいいのだが、
次女はやはり友達を作りたいらしく、今の状態を打破すべく小さいグループに入ることにしたのだそうだ。
そこで長女が友達のなりかたのレクチャーをしてやったと言う。
「鉛筆か消しゴムを落として『拾って』と頼んで、取ってくれたらそれをきっかけに雑談する」とか、
「朝は明るく元気にあいさつをして輪に入るようにしてみる」とか色々と。
そんな努力で改善するものかどうかわからないが、やってみる価値はあるだろう。
その気があるなら。
さあ、どうなることか。

一応、意地悪をしてくる大きいグループのリーダー格の子たちの名前は聞いている。
余程のことがない限り私が何か行動を起こすことはないけれど、軽く探りはいれてみるつもりではいる。

娘がどうしても学校が辛くて嫌なら、行かなくったってかまやしないけど、
いい機会だから、人に嫌われるぐらいどうって事ないと跳ね返せるぐらいの強さは身につけて欲しい。
これから先の長い人生、思い通りにならないことがあったり、
悔しい思いをさせられたり、誤解を受けたり、裏切られたりなんていくらでもあるんだから。

小学校5年生というのは、身体も心も子どもから大人への変化が著しい不安定な時期だとよく言われる。
注意深く見守ってやりたいと思っている。
誰に嫌われていたって、私は娘が大好きだから。

(参考:子どもの学びへの態度は小学五年生で変わる)

お金の会話

昨日は、中学校のPTAの校内清掃奉仕作業だった。
私は外で雑草取り担当。
暑いので生徒たちには先生が細目に休憩の指示を与える。
植え込みの雑草を抜いていると、
裏から木陰で水筒の水を飲みながら休んでた子たちの会話が聞こえた。

サッカー部か野球部の男子たち数人。
欲しいものがあるとか、どこかに遊びに行きたいというような話の中で、
「金がないから」と一人が言うと、別の子がもう一人の子のことを、
「こいつ金持ってなさそうだろ。でも結構持ってるんだ」と言う。
「うん、俺、貯めてるから」
すると別の子が、「ねえねえ、財布の値段いくら?」と聞く。
「俺、100円」
「まじ?俺のも100円」
「俺100円の財布の中に1万円ぐらい入ってる」
「すっげ!」
「金を使わない方法教えようか。千円札で持ってたらつい使っちゃうだろ。だから万札にするんだ」
「俺は千円札でも使わんよ」
「ゲーム買わんかったら貯まるじゃろうけど・・・」

お小遣いのやりくりを結構真面目に語る様子に感心するやら可愛いやら。
この子たちはこのまま、しっかりした経済観念を持った大人になることだろう。

こんないい子たちもいるというのに、同じ学校に万引きをする子もいる。
中学時代から浪費癖がひどくて、今はパチンコ狂いの高校生になってる子もいると聞く。
狭い地域で環境もさほど違わないはずなのに、ね。

共存と殺生

♪ピンポーン
玄関のインターホンが鳴る。
出ると、子ども会の会費を集めに来た近所の女性が「ヒャア」と言って走って逃げた。
そして門の所から恐る恐るこちらを指差す。
「ハチ、ハチ、インターホンの中に蜂がいる!」
ああ、なんだそんなこと。
チャイムを鳴らすと同時に飛び出してきて驚いたらしい。
「そうなのよ。この中に巣を作っちゃったみたいでね」と話しているうちにも、
大きな砂っぽい物の塊を抱えた黒い蜂が帰ってきて、下の隙間からモソモソと中に入っていった。
「ええ~、大丈夫なの?」と聞かれるが、
さあ? 別に今のところは困っていないので放っているだけ。(深夜のピンポンダッシュは困るが)

すこし前に、団地近くに工事で入っているという住宅メンテナンスの会社の営業が訪ねてきた。
「二階の軒下に大きなスズメバチの巣があるけれど、大丈夫ですか?撤去できますよ」と言って。
確かに直径50センチ以上のスズメバチの巣がぶら下がってはいるけれど、
あれはもう、4、5年も前のもの。
大きなスズメバチが1、2匹あたりを飛び回り、小さな徳利のような巣を付けたかと思ったら、
みるみるうちに巨大な牙城を築きあげてしまったのだった。
当然、蜂の数はわんさか増えて出入りも激しかったのだが、
窓を閉ざして、子供たちに「こっちが手出ししなければ何もしてこないから」と言い聞かせて、
絶対に刺激しないようにだけ注意しながら、普通に通行したり洗濯物を干したりしていたら、
一度も悪さすることなく、寒くなる前に巣立って行ってくれた。
山の虫は、そうそう凶暴ではないのかもしれない。

殊更「自然を愛する」わけでもないけれど、もともとは彼らの住まいだった場所に
後から来て家を建ててるのだから、存在ぐらいは許してやりたいもの。
しかし、家の中に入ってくる虫には敵意有りと見て容赦はしないけどね。

不思議な夏

とにかく暑かった。
なんでも113年前の統計開始以来最高の猛暑だったとか。

そのせいかどうか、我が家の今年の夏はいつもとは明らかに違った。
というのは、毎年夏に困る不快害虫がほとんど出てこなかったから。

一番嫌なのが、ムカデ。
例年、15センチ以上あるような奴が、毎晩のように家のどこかに出る。
刺されたら大変なことになるので、少しの物音にも神経を尖らせて安眠できない。
ヒモを見たら何でもムカデに見えるほどのノイローゼ状態になる。
しかし今年は、夏のはじめに台所と和室に一匹ずつ出ただけで、
家の周囲に薬剤を散布してもいないのに、以降まったく見ない。

そして、不快害虫の代表格のゴキブリもやはり春に小さいのを見たぐらいでいない。

夏の悩みが少ないことは良いけれど、なんだか不気味ではある。

風呂に入りながら、引越してきたばかりの頃は風呂場にナメクジも出たことがあったけど、
それも最近はまったくないななんて考えてたら、もう一つ、ある事に気付いた。
いつもは夜になると窓に張り付いていたはずのヤモリも今年は見てないような。

こんな異変は我が家だけ?

もしかしたら、床下に大蛇の巣でも出来てたりして。(笑)

そういえば海でも、中国の排水と地球温暖化の影響で大量発生して押し寄せていた
エチゼンクラゲが今年は激減しているとか?
なぜ?

子どもの命を守りたいなら

都内ではまだ熱帯夜が続いているようだが、こちらでは秋の風が吹き始めた。

それにしても今年の夏は暑かった。
熱中症で死亡者が400人超えとは、尋常ではない。

ただ、そういったニュースが報道されるたび、お気の毒とは思いはしていたが、
もともと体力の弱まっていたお年寄りが主だろうと、イマイチ恐ろしさを身近に感じることもなかった。
しかし、知人の子どもの友人が部活中に倒れて亡くなったと聞いたときには、さすがにショックだった。

その子は高校3年生で、サッカー部の試合中に倒れて病院に運ばれたが、
治療の甲斐なく亡くなったということだ。
翌日、葬儀に参列した知人は、知っていた子であったこともあり、
あまりの面変わりに涙が止まらなかったと言う。
脱水症状を起こしていたため、病院でずっと点滴を受けていたようだが、
既に身体に水分が入っていかなくなっていたため、顔がパンパンに丸く膨れ上がっていたそうだ。

前日まで元気でいたのに、まさかそんなにあっけなく死んでしまうとは思ってもいなかっただろう
母親の心情を思うと、もしも我が子が・・・と重ねあわせて辛くていたたまれない。
それは、どの親もそうだろう。

知人は「もしもウチの子が死んだら私も一緒に死ぬ」と言っていた。
その気持ちはよくわかる。私だって、子どもを失ったら生きていける気がしない。
その上、彼女は母子家庭で一人っ子を育てているので、
子どもが自分のすべてということもあり、ことさらそうした思いが強いのだろう。

だが、その言葉を自分の親に言ったと聞いて、ちょっとそこは理解できないと思った。

当然、「つまらないことを言うな!」と怒られたようだ。
それでも尚、
「いいや、私はそれくらいの思いがある。あの子が死んだら絶対に私も死ぬ!」と言い張る知人。

自分の情愛の深さや取るであろう行動の正しさを親に、また周囲の人たちに、
そんなにもして「わかってもらいたい」のであろうか。

あなたが死んだら、あなたの親も「生きていられない」程に悲しむとは、なぜ考えられないのか。
とても不思議な気がしてならなかった。

私も子どもの頃から私の親に「あんたが死んだらお母さんも生きていけない」と
何でもない時に、自分の感情の盛り上がりだけで何度も泣きながら言われたりしていたが、
ただウザイだけで、「私が死ななくても勝手に一人で死んでくれ」と本心では考えていたものだ。
そんな事も、ちょっと思い出したりもした。

軽々しく口にすべきことではない事を言わずにおれない人というのは、いったい何なんだろう?


再来週には中学校の運動会、その次の週には小学校の運動会と続く。
毎日毎日練習で、汗だくでクタクタになって帰ってくる子供たちに私は、
「熱中症には十分に気をつけて。少しでも気分が悪くなったらすぐに涼しい場所に逃げなさい。
 水分補給を怠らず、タオルを濡らしたりして身体を冷やすようにして。
 ヤバイと思ったら先生の指示を無視してもいいから。自分の身は自分しか守れないんだからね」
と、口を酸っぱくして言っている。
これは、言う必要のあることだ。
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