死を売るワクチンビジネス

恐怖に煽られて新型インフルエンザワクチンや抗インフルエンザ薬が多用された翌年の今、
数年前の流行後、感染者数が減少傾向にあったノロウイルスが再び猛威を振るい始め、
大流行の兆しを見せている。

新聞やテレビでは、昨年は新型インフルエンザ予防のためのうがい・手洗い・マスク・消毒が
ノロウイルスを抑える効果をもたらしたと報道しているが、これは違う。
そもそも日常の中でうがい・手洗い・マスクを徹底したところで、ウイルスに効果などあるわけがない。
また、ノロウイルスにアルコール消毒が効かないのは常識。

ではなぜ、減少傾向にあったノロウイルス感染者が今年になって増加しているのか。
実は、このノロウイルスというのは、健康な人間が感染しても発症しないことも多々あるのだ。
もちろん感染源とはなるのだが、軽い下痢や風邪程度で治ってしまう。
しかし抵抗力の弱っている者は重症化し、病院にかかる。
ということは、患者数が多いのは抵抗力が落ちているため、と考えるのが自然ではないだろうか。

ノロウイルスで症状が出た人の、インフルエンザワクチン接種率はどれくらいかをぜひ知りたい。
そんなデータはもちろんないだろうが。

こんなサイトを見つけた。

米英の子宮頸癌ワクチン強制接種計画は
アフリカのエイズウイルス入り天然痘ワクチンと同様の生物兵器?


今、話題の子宮頸がんワクチン義務化についての多くの疑惑とからめて、
アフリカとブラジルで急速にエイズ感染が拡大した原因や“手口”など書かれている。


何が本当で何が嘘かもわからないが、
偉い人に任せていれば良いようにしてくれるだろうという安全神話は
もう信じてはいられない。

現在、ハイチでは半世紀以上なかったコレラ感染が広がっている。
地震後、下痢やはしかが流行しているとしてワクチン接種が強化されたのは無関係だろうか。
それとも市民らが抗議しているように、国連ハイチ安定化派遣団のせいか?
どちらにしても不気味だ。

何も無いのが一番

昨日、いつものように定時で仕事を終えて、いつものように中学に長女を迎えに行き、
普段ならそのまま山を下って次男を高校まで迎えに行くところ、
夫が早めに仕事が終わりそうということで任せて、スーパーで買い物だけして帰宅した。

秋も深まり、日の暮れるのも早い。6時前で既に真っ暗。
家に着くとどうもいつもと雰囲気が違う。
リビングに灯が点いておらず、ひと気が感じられない。
玄関の鍵も締まっていて、インターホンで呼んでも出てこない。
?チビがいるはずだけれど、まさかまだ帰っていない?

慌てて家に入りリビングに行くと、
ランドセルが開いていて、やりかけの宿題がテーブルに広げてあるので、ひとまずホッ。
しかし、二階で昼寝でもしているのかとお姉ちゃんに見に行ってもらうと、いない。
玄関に靴も、ない!
どうも、どこかに出かけたようだ。

近所の友達は転校して行ったので、近くに遊ぶ子はいないはず。
外出するにしても5時過ぎそうなら行かないはずだし、心当たりがない。
娘が外を見回ってくれたが、暗いし誰も通っていないので余計に不安になって戻る。
メモもない。電話もかからない。時間だけが刻々と過ぎる。

「すぐにお父さんが帰ってくるから探してもらおう」と言って食事の仕度をしようとするが、
心配で何も手につかない。
じっとしていることも出来なくて、とりあえず外に出て坂道を下ったり上ったり。
娘の言うとおり冷たい風がふくだけの通りは静まりかえっている。
車が来るたびに、娘が乗っているのでは?と見るがよそよそしく通り過ぎる。

どこで何をしているのか。
時計を見ずに遠くのスーパーまで出かけて、暗くなって怖くて帰れない?
事故にあって病院に運ばれてるなんてことは?
友達と山に入って迷ったとか? まさか熊? それより怖いのは誘拐!!!
もしそんなことになったら・・・・・、悪い連想は忙しく巡る。
困ってるんじゃないだろうか、痛いことになってるんじゃないだろか、泣いてるんじゃないだろか、
どうしようどうしようどうしよう・・・・

と、そこに夫の車が帰ってきた。
一人、道に出ている私に「どうした?」と怪訝そうな顔。
「チビがいない!」
と言ったその時、後ろのドアから笑いながらチビが降りてきた。

予定外に早く仕事が終わった夫が、一旦自宅に戻って、チビを連れて迎えに行ってたのだった。
ホ~~~~~ッ、なーんだ。

と、まあ、何てこともなかったわけだけれど、
こんな事があると、当たり前の日常ってのがどれだけ幸せなことかよくわかる。
それにしても、私はこれまで何度こんな心配をしてきたことか。
しょうがないね。親は皆、そういうものだ。

SOSミニレターの行き先

全国人権擁護委員連合会と法務省は毎年、小中学生達にいじめや虐待の悩みを
相談してもらうために「SOSミニレター」というリーフレットを配布している。
SOSミニレター
我が家にも小学生と中学生が一枚ずつもって帰ったものが、リビングに置いてあった。
手にとって見ながら、「これを書いて出したりする悩みのある子がいるのかねえ?」とつぶやいていると、
長女が「さあ、いるかも知れんけど、ほとんどの子はもって帰ってなかったみたいよ」と言う。
「もらって即座にゴミ箱行き?」
「うん、その辺に投げてたり、
 あと、男子達が不登校で来てない子にあげるって届け物に何枚も入れてた。
 『あいつの悩みは一枚じゃ書ききれんだろうから俺のを寄付するよ』と一人が言ったら、
 『俺も』『俺も』とみんなが持ってきて、机の中もギュウギュウに詰められてた。
 そして、『俺たちって、友達思いで優しぃーよなー』だってさ」
「わるぅ~」
娘と二人で笑った。

子どもなんていつも、大人たちの計算の斜めはるか上を滑空する。

チョイスされた生まれ

「子どもは親を選んで生まれてくる」だと?

誰だ、そんな寝ぼけた事言ってやがる奴は。


そうも考えないとやってられないという程の状況に置かれた人がいるのは理解する。

「この両親なら難病を持った子どもを愛情持って育ててくれると天使が選んで来てくれた」
そう信じることは、折れそうな心の支えになる。

が、

伝統芸術の継承の前提にその言葉を持ってくるのは、ぜんぜん意味が違うだろう。


胎内に宿る前からの精神論なんて、ただのオカルトだ。

「地域発:いじめ報道特番」放映中止の真相

あの男はこう言っていたはずだ。

「小学校時代、低学年から始まった娘への虐めは、
 加害児童の保護者や学校に何度改善を申し入れても改まることなく続き、
 自分が虐められる事を恐れる他の子供達も、
 言いなりになって嫌がらせをしたり仲間はずれにしたりするようになったため、
 娘はとうとう学校に行くことができなくなってしまった。

 学校側は対策を取るよりも隠蔽に必死になり、
 教育委員会に『イジメはない』と嘘の報告を上げたり、
 『娘さんが可愛いなら、あまり大げさに騒がない方がそちらの身のためですよ』などと、
 脅すようなことを言ってきて、口を封じようと裏工作ばかりをする。

 しかしそうした悪事はいくら隠しても隠しきれるものではなく、
 どこからかマスコミが嗅ぎつけて、虐めの実態を暴く特別番組が企画された。
 テレビ局が取材に入り、学校、教師、生徒たち、保護者、地域などいろいろな人に
 インタビューをとったり裏付け調査をして、真実がすべて明らかになるような番組が完成。
 もしもこの番組が放映されたら、その虐めをしていた子や隠蔽工作をしていた教員だけでなく、
 教育全体に対しての信頼を揺るがすような大きな問題になるはずのものだった。

 だが、ここで懇意にしていた元県教委の●●から泣きが入った。
 『そのような事態になれば、ただ問題の教員の首を切るだけでは済まず、
  各方面への深刻な影響が出るのは必至。教育自体が立ち行かなくなる。
  どうにかこの番組が放映されないように力を貸して欲しい』と。

 そこで僕はテレビ局の偉いさんに直接かけあって、
 『すまないが、この番組の放映は取りやめてもらえないだろうか』と無理を頼み、
 何とか事無きを得ることができたんだよ」

と。

この話を聞いて、私の頭に浮かんだ疑問。

いったい、テレビ局にどういう経緯でこの話しが持ち込まれたのか?ということ。
誰が、どんな話を持ち込んで、何をしようとテレビ局が動いたのかがとてもあやふやに感じる。
なのでもちろん即座に、男に尋ねた。

すると、
「いや、それは・・・まあ、誰かが話したんだろうね。
 こういうのは噂でも伝わるものだから・・・ゴニョゴニョゴニョ・・・

何もわからない。

そしてもう一つ疑問。
なぜ彼が番組を潰す方に動いたのかということ。
虐めに苦しむ娘に対して、「虐めなどない!」と隠そうとしてきた学校に
一番怒りを覚えているのは彼ではなかったのだろうか。
誰がどうなろうと知ったことじゃない。学校全体が悪魔のような虐めっ子を中心に、
誰かを生贄にすることでストレスを解消して保っているような雰囲気にあるのなら、
それはどんな大きな問題になろうと絶対に公にすべきだったはずだ。
もちろん教育体制の再編成ということになれば学業に支障を及ぼさないわけにはいかないだろうが、
それでも長い目で見たとき、人格形成に一番大事な時期に正常な状態に戻れることが
マイナスであろうはずがない。
もし、この荒療治が成功していれば、少なくとも数年経った今もなお、
教室に行けずに悩むということは無かっただろう。

「でも、放映されてたら何人か首吊って死んでたかもしれないから。中止は仕方ないんだよ」

他人事のような暢気な口調で男は言う。
子ども達を犠牲にして保身に走る教員なんか死んでも構わないじゃないか!
と私の方がカッカくる程だというのに。


いったいこの話は本当にあったことなのだろうか?
何がどうしてこんな流れになったのか。
真実はうやむやなまま問題だけが残って、時間の経過と共に悪くなっていっているのが今だ。

本当のことが知りたい。
そう思い続けていたところ、ひょんなことから真相を知ることになった。

男の娘が行っていた小学生のPTA会長さんは、PTA歴が長く人望も厚い人。
当時、なんとか力になれればと親身に相談に乗ってきたそうだ。
自宅にも訪問したり、学校とも話し合いを重ねたり。

しかし会長さんは、放映寸前だったはずの「いじめ特別報道番組」については知らなかった。

確かにRCC中国放送のテレビカメラが小学校に入り、児童や先生たちに取材はあったとのこと。
だがそれは、夕方に放送されるローカル番組の、
各地の元気な子ども達の様子を紹介するコーナーで使うためのものだった。
撮影を無事終えて、自分たちの学校がテレビに出るというので、
子ども達だけでなくその家族もワクワクして放送日を待っていたのだが、
最終的には、その映像が電波に乗ることはなかった。

なぜなら、

あの男が、

「娘は学校で虐めにあって登校できなくなっているのに、
 他の子たちの楽しそうな顔がテレビで放送されるのは許せない!」と、
RCCに苦情を言いに行き、それで急遽放送中止になったからだ。


話を聞き、「そういうことか」と腑に落ちるとともに脱力感にも襲われた。
いかにも奴のやりそうなことだ。
現に今も同じようなことばかりしているのだし。

RCCの番組スタッフに、えらい剣幕で有ること無いことブチマケていたであろう様子が目に浮かぶ。
初めて聞いた人は、それは驚く。
酷い虐めがなぜ野放しになっているのか、学校は、教師は何をしているのかと憤慨もしただろう。
そして心ある人だったら、力になろうと約束もしてくれたかもしれない。

だが、虐め特番は放映どころか、制作された形跡すら無い。
RCCの報道の正義は、企画段階で県の教育委員会に類する議員やらの裏の圧力に屈したのだろうか?
私としては、実際に学校の中で子ども達と触れ合った取材スタッフの印象を信じたと思いたいが。

とにかく、あり得ないことが「ある」ことになったり、
騒ぎをとりとめもなく大きく大きくしていくのが、あの男。

あと一年。

死にたい子らに

いい大人が「死にたい」なんて口走ったって、「甘えてんじゃねえ!黙って死ね!」と思うのだけど、
ネット上にしろ、死にたいと思っている子どもがいるのは、堪らない。

放っておくことができなくて、つい構ってしまうのは、
同じくらいの年の子を持つオバちゃんとしては、これはもう、しょうがない。

でもねぇ、リスカが気持ちを落ち着かせるためにやるみたいに、
「死にたい」が即、自死に繋がるとまで深刻に思っているわけでもないんだけどね。

そして、誰かが何かを言ったからといって何の役にも立たないのもわかってる。
ただの気休めにしかならない。
オバちゃんが何もしないでいるのが嫌だから勝手にやってるだけで、無意味っちゃあ無意味だろうね。

ただ思うのは、若いとはこんなにも傲慢なんだなってこと。


私はもう、死にたいと思わなくても確実に死に近づいていると感じる年齢になってきたけれど、
でも、10代の頃とどれだけ条件が違うのかというと、別に何も違わないんだよねこれが。
単に30年以上長生きしてるだけのこと。

もちろん、年齢から平均寿命までの長さは違うだろうけど、
病気で死ぬ確率も、事故に遭う確率もこれまで死んだ他人のデータから算出したものであって、
自分がいつ死ぬかなんて誰にもわからない。
生きるか、死ぬかで、赤ん坊から老人まで常に五分五分なのが命。

そんなことさえ考えもしないのが若さの特権だろうけど。

「死のうと思えばいつでも死ねる」ってのは、
「死のうと思わなければいくらでも生きられる」と言っているのと同じだよ?

そっか、意味がわからないか。

ま、いいよ。
生きてりゃ、そのうち何かわかるかも知れないからさ。

いつか出る答えが、「あのオバちゃん、やっぱアホだった」でもいいし。

温室デイズ

「これ読みやすくて面白かったよ」と長女から学校で借りてきた本を手渡された。

温室デイズ 温室デイズ/瀬尾まいこ

最近は、中学生の間でケータイ小説とかラノベとかが流行っているが、
それらはとても「読みにくい」らしく、娘は専ら普通の小説を好んで読む。

「ふーん」と受け取り、パラパラとページをめくると確かに読みやすい。そして面白い。
グイグイと引き込まれ、胸を痛くしながらも一気に読み終えてしまった。

荒れていく中学校を立てなおそうとして虐めのターゲットになってしまったみちると、
それを見ていて何もできない辛さから学校に行けなくなってしまった優子の卒業までの物語。
壮絶ではあるけれど、すぐそばであってもおかしくない出来事。

不登校になった娘を決して責めず、優しく見守りながら出来ることをしてやろうとする優子の親を、
優子は「嫌い」。
それがこの小説の肝の一つだと思う。
なぜそうなのか、不登校の子どもを持つ親が読んでもわからないかも知れない。

図書カードには、昨年かその前の年か、
10月から12月まで更新しながら借り続けていた女の子の名前があった。
単に返し忘れた? 読む時間がなかった? 読み辛かった? 何度も読んだ?
それは余計な詮索か。(笑)

娘はしばらくこの著者の本を続けて借りてくるらしい。
楽しみだ。

現実なんてこんなもん

中学校の文化祭は、3年生が最後ということで、部活も生徒会も感動的なものとなる。
今年も、涙、涙、涙。

だが、娘はそれとは違う意味で「泣きたかった」らしい。

学年全体での合唱で、昨年の活躍を買われてソロを任せられたのはいいけれど、
練習を重ねて「よし!いける」と準備万端だった所で、風邪をひいてしまったのだ。
喉が痛くて痛くて唾を飲み込むことにもいちいち勇気がいるぐらいの重症。
前日、しっかり休養させて様子を見ていたが、治りきらずに本番当日を迎えた。
そして、結果は・・・・・・。
「もっと大きな声出せよ!聞こえんぞ~!」と怒鳴りたかったぐらいだが、
本人はそれでも精一杯だったのだから、仕方がない。

友人も先生方も一言も責めず、むしろ褒めてくれたのだが、本人が納得出来るはずもない。

頑張ってきたのにそれが活かせなかった悔しさ。
推薦してくれた皆の期待に応えられなかった情けなさ。
なんでこんな大事なときに風邪をひくかという誰にも向けられない怒り。
そんなこんながグルグル渦巻いて、「泣きたかった」ようだ。
言うだけで絶対に泣かない奴だけど。

こんなこともあるって事を今回学んだのだから、私はそれはそれで良かったなと思う。

努力を積んでも報われるとは限らない。
願えば叶うことばかりではない。
思い通りになることなんて、ほんのわずか。
当たり前のことが当たり前と考えるのが大間違い。
運の悪さ、間の悪さの連続で、失敗ばかりが人生さ。
これが現実。
だから、オモロイ。

さ、次は何にチャレンジしようかねー?
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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