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職場の人間関係

会社の忘年会は18日にあった。
参加者二十数名。
焼肉食べ放題。お酒飲み放題。全部会社持ち。
私のような子沢山家庭は気軽に焼肉屋になど行けないから一年ぶりになる。
一年前も会社の忘年会だったわけだが。
食べた食べた。飲んだ飲んだ。
そして、日頃私は他の従業員が来ない違う場所で会長と奥さんとだけ接しているので、
他の人達と少しでも距離を縮めようと、ここぞとばかりによく喋った。
おかげで送りの車の中では酔って盛り上がった従業員たちから会長の悪口まで聞かされるほど
親睦を深めてしまったようで、「あらあら」ってな感じだ。
いくら会長が人格者でも、やはり社員には正当に評価されていないという不満は持たれるようで、
会長が語る経営者としての理念や社員に望むものと、
実際現場で働く人間の受け取り方、考え方がこれほど違うのかと知ることができて、
私にとってはこれが一番面白かった。

月曜日に会社に行き、朝一番に奥さんに忘年会のお礼を言うと、
「ごめんね~」と言われてしまう。
意味がわからなかったのだが、去年は私も会長の車で一緒に乗せて帰ったのに、
今回は置いて先に帰った事についてだった。
私も何かそっけない感じはしたものの、もう会社に慣れたということで
他の人達と同じ扱いになったのだろうと気にもしていなかったので、逆に驚く。
会長と奥さんは少しでも早くその場を去りたかったのだそうだ。
忘年会には、Mさんという社員の奥さんが来ており、会長たちのテーブルで長く話をしていた。
会長の奥さんと個人的に親しいからということになっていたが、実は違って、
問題のある社員Sから嫌がらせを受けているので聞いて欲しいとやってきていたのだ。
このSは、とにかくサボり魔。常に携帯電話を持ってウロウロ。従業員の間での評判も悪い男。
そいつが離婚の相談に親身になってのっていたMさんに対しどんどん要求をエスカレートさせ、
堪りかねたMさんの奥さんが苦情を言うと、
暴言を吐いた上に口に出せないような嫌らしい事を言ってきたという。
Mさんにも嘘を吹き込むので、そのせいで夫婦仲が壊れそうになっているとのこと。
Sのしていた事を初めて知った会長と奥さんは、その酷さに気分を害し、
顔を見たくないので早くその場を去りたいと、早々にお開きにして帰ったのだった。
それを聞いて、私もゲーッ。
なぜなら、私はMさんとSが隣り合わせに座った同じテーブルにいたのだ。
あまり口をきく機会もない人達と親しくなろうと喋っていた事を
もしも歪曲して受け取られたとしたらと思うと、ゾッとする。
なにしろSはMさんに「女は皆、浮気をする。男なら誰でもいいんだ」と言っていたそうだから。
うわ~~~と落ち込む私。
会長と奥さんに、次からは自分達が離れないようにするから、
従業員達にあまり近付かないようにと言われる。

仲良くなるのが良いことばかりとも限らないと知る。
なんとも、難しい。

クリスマス前、会長と奥さんが用事で出かけたのを見計らったようにSが事務所に来た。
私にプレゼントを持って。
押し付けられるように渡されてしまったが、翌日すぐに会長に報告。
Sはクビになった。
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女人禁制と男子禁制

女人禁制と言えば、修験道の山や、特定の寺社、神域とされる島などがあり、
大昔には男の神聖な労働の場である船に絶対に女は乗ってはいけないという掟もあったという。
血の穢れのためだとの説もあるが、それは怪我をして出血のある男性にもあてはまるものであり、
特に差別的な意味合いではなかったようだ。
また、山の神、島の神、船の神が女であるため、嫉妬での災いを避けるため、
女性を近づけさせなかったと言い伝えられている場所も多い。
明確な合理的理由があるわけではないが、伝統的に守ってきた風習はそれを守ることによって
「特別の場」であることを認識でき、精神的な支えを強化できたのかもしれない。
しかし、それが「許せない」と感じる人もいる。
男女平等の思想教育を受けてきた人の中には、
男と女は何から何まで同じでなければ屈辱的に感じるという人が少なからず存在する。
性別によって職業や役割を決め付けられるのは嫌だ、というのはわからないではない。
同じ労働内容なのに賃金格差があるのも納得いかない、というものもちろんそうだ。
だが、「男が出来る事は女も同じように出来なければ差別だ」
「男に許される事は、女にも等しく許されなければ差別だ」
「女性を軽んじている、下に見下している、人権を尊重していない」というのは、
違うのではないだろうか。
男性がやることを、必ずしも女性がする必要はないし、役目や持ち場は違って当たり前。
違いを認め合ってこその平等でなければ、互いに無理と我慢を強いられて、
自らのアイデンティティも損なわれた上に、
結局は誰も幸せにはなれない社会にしてしまうことにもなりかねない。
少し前に話題になった「土俵の女人禁制問題」にも、私は当時、ひどく憤慨したものだ。
いくら相撲の神事としての魂は柱を取り去った時に死んだといっても、
力士の真剣勝負の場であることには違いなく、その神聖な土俵に女性が立つということは、
男たちの闘う意味自体を否定する愚行、愚挙以外の何物でもないからだ。
といっても、わからない人にはわからないだろうが。

逆に、男子禁制の場所といって、どんなものが思い浮かぶだろう。
尼寺などは当然そうだが、厳しい禁忌が儲けられているところはそう多くはないように思う。
ただ、男性が入りにくい場所というのはいろいろとあるだろう。
女ばかりが集まっているような中には気恥ずかしくて入りにくいし、
可愛らしいもの、キラキラきれいなもので飾られている所はどうも照れくさいとか。
うっかりと下着売り場に迷い込んで、慌てて逃げたという人もいるのではないだろうか。
それが常識ある人の正常な神経だ。
しかし、この神経も最近は変わってきているのではないか?と思うような話を目にした。
その一例がこちら。
【授乳室に男性が入ってもOKですか?】
多くの授乳室には、入り口に「男性の入室はご遠慮ください」と書いてある。
にも関わらず、入ってきてしまう人がいるというのには驚いてしまう。
まさか、授乳中の乳房を見るという下心を持った人が入ってきているわけではないだろうが、
妻の付き添いだとしても、無防備な姿になる女性と赤ん坊がいる場所に知らない男性が入るのが
どんなに嫌なことかという想像力も働かないのだろうか。
他人への配慮の無い男性が父親となり、同じく自分さえ良ければいいという女性が母親となっている。
自分で考える力も情感もない人間と隣りあわせで快適な暮らしを望むにはどうしたらよいのか。
一から十まですべて強制力のある規則を整備しないと、難しいのだとしたら、
それは、ずいぶんと潤いのない社会になってしまうことだろう。

男と女は違う。
違いを認め合って互いを尊重しあうために、女人禁制、男子禁制の聖域は必要だ。

不登校に悩んだ日々

「ああ、そういえば・・・」と、昨日、人と話をしていて思い出したのだが、
私はかつて不登校で悩まされたことがあったのだった。

もう20年以上前の話。
母親が死んだのは、私と10離れた妹が高校生の時だった。
半身不随の母の介護から解放されて身軽になった私たちが
ボロ市営アパートを出て街なかのマンションに引越し、
少し落ち着いた頃、妹が突然、学校に行かなくなった。
あと半年で卒業という時期で。

理由は?というとこれがなんともはっきりしないというか、
わけのわからないアホらしいことを不快そうに言っていたような。

「学校なんか行ったって、役に立たない」
「クラスメイトは皆、馬鹿ばっかり」
「なぜ物を考えない人間がヘラヘラと幸せそうにしてられるのか」
「あの中に自分が属すのが耐えられない!」
とかなんとか。まったく意味不明。

担任の先生が来てくれたけれど、今度はダンマリ戦法。
「誰にも私の気持ちなんかわかるわけない!」と
頑なになるのもええ加減にしろってなぐらいの態度で手がつけられない。

「とりあえずどうでもいいから、とにかく後半年だけ頑張りゃいいんだ。
 つまらん事は卒業してから考えろ」と
怒ったり、脅したり、なだめたり、すかしたり、色々と対応を変えてみたが、効果なし。

そのうち直るかと思っていたら、どんどん悪くなって、ついに体が動かなくなってしまった。
力が入らなくて立ち上がれないと言うから、嘘だろうと思ったが、
そんなお茶目な演技をしてる雰囲気ではないので、焦った焦った。

どこが悪い? 精神科か? 神経科か?
わからないけれどすぐに医者に見せなければと思い、
当時結婚前だった夫と、妹の彼氏と三人がかりで担いだり引きずったりしながら
近くの神経科に駆け込んだのだが、
ろくに症状も身もせずに、よくわからない薬をどっさりと渡されただけ。
なんじゃそりゃ?!

ってな感じで、もの凄く悩んだ覚えがある。

結果的に妹はまた学校に行くようになり無事卒業もできたのだが、
はてさて、どうして彼女の不登校は直ったのでしょうか?

そこがどうしても思い出せない。

何があった?

何かした?

一番大事なところなのだけれど、
普通にしてたら嫌々ながら行くようになったというぐらいしか記憶にない。

まあ、私の「普通」ってのが、妹にとっての「針のムシロ」だったようには思うが。

こんなのじゃ、今、不登校で悩んでいる人の参考にはならないね。


ちなみに神経科でもらった薬は、病院で一つ飲まされたけれど、帰って全部捨てた。
「こんな何に効くかわからないような気持ち悪いもん飲んだら、本物の病気になっちまうぞ!」
って言って。

「不登校は病気じゃない」と、私は今も思っている。

じゃれあう肉食獣のように

最近の我が家での食卓を囲む団欒のひとときには、子どもたちの間で、
「死ね!」「お前こそ死ね!」という穏やかならぬ言葉が飛び交っている。

なかなかに殺伐とした様相、と思われるかもしれないが実はこれも一つの遊び。
笑いながらコタツのなかでボカスカ蹴りあうぐらいの仲の良さなのだ。

なんといっても、息子二人が彼女と熱々のリア充。
大好きな彼女の態度で一喜一憂。
ドヨ~ンと落ち込んでため息ばかりついているかと思ったら、
翌日にはウキウキと絶好調に浮かれまくるといった、激しい気持ちの浮き沈み。

で、このサイクルが微妙にずれているから鬱の側からの「死ね」になる。

そこに彼氏いない歴14年の妹の妬みが加わり、「死ね」の合唱。

しかし、妹は頭が良くてテストで兄二人がこれまで見たことも無いような点数を
取ってくるもんだから口を揃えて「死ね」と言われ、

「クソリア充が!」
「へへ~ん、もてなくてご愁傷様~」
「お前、浮かれすぎだろ」
「自分の彼女の性格が悪いからって僻むな」
「普段もてない奴ほど調子に乗ると手がつけられないね。バカなんじゃない?」
「ちょっと成績がいいぐらいでいい気になるなよ」
「悔しかったらお前も勉強してみろよ」
「そうだそうだ!」
「えっ?」
「えっ?」

のような応酬が繰り広げられている。

人にそんな汚い言葉は使わないようにと、口を酸っぱくして言い続けてきたのだけれど、
まったく聞きやしない。

あ~あ、ま、いいけど。

そんな日常だから、他人から「馬鹿」だの「死ね」だの言われても、屁の河童。
いちいち傷ついてたら、我が家では生き残れない。

ぽあん家は癒しの空間なんかじゃなくて、野生の王国の練習場所として機能している。

対人恐怖とひきこもり

元ひきこもりで、自身の経験をモチーフに書いた小説が映画化されたこともある
女性作家をテレビで見た。

極度の対人恐怖症で長年、自宅に引きこもっていたそうだ。

ひきこもりに対する理解を深める会合のような所であいさつを述べる姿を見て、
対人恐怖症でひきこもっていた人でも、大勢の前でこんなに堂々と話すことができるんだな・・・
と不思議に思う。
それとこれとが全然別のものというのが納得いかない。

私は外に出る事はできるけれど、人前では喋ることができない。
どうも、馬鹿げた自意識の誤作動で恐怖のトリガーが引かれてしまうらしい。
また、他人を見分けるのが困難で名前が覚えられないため、ひどく苦労する。

人嫌いだからこうなったのか、こうだから人嫌いなのかわからないが、
いろいろな役をやっている今でも、人付き合いは苦痛でたまらない。

できることなら、誰とも会わずに、誰とも口をきかずに部屋に閉じこもって暮らしたい。
どんなに楽で、どんなにノビノビとして、どんなに幸せだろう。
ああ、憧れのひきこもり生活。

なのだが、悲しいことに私はそのような環境に恵まれてこなかった。

若い頃から貧乏で、父親はおらず、母親病気で障害持ち、
親の介護のため、妹の学費を稼ぐため、働かなければ即飢え死にという境遇。
何年かして親が死んで妹が出て行っても、結婚した相手がこれまた貧乏。
そしてお約束の子沢山。
産休も取らずに出産直前まで仕事して、病院でも仕事、退院の日に納品というハードな生活。
町内会行事、幼稚園行事、学校行事なんかも子どもがいたら逃げられない。

そんなこんなで現在に至るまで、ひきこもりになれずにいるだけ。

ひきこもりの人がいくら辛く苦しく孤独な心情を語ってくれても、
こんな人間には理解できないのだということを、どうかどうか理解してもらいたいものだ。

NGが出てしまいました

前の記事は学校内の事を(本音を?)書きすぎたので、
校長先生からNGが出てしまいました。(汗)

まあ、現場で動いている先生方はなかなか大変なんですわ。

守秘義務もあるし、もしも誰かが目にして騒ぎが大きくなってもいけないので、
慎重に慎重に事を運んでいるというのに、
うっかりお調子者が台無しにする可能性なんかもあったりして。

どうもすみません。

危ないですからね。
最近の人はすぐ訴えるし、すぐ命かけるし。
マスコミは「小さなミスは大きな血祭り」ってなぐあいにいつも飢えてるしで。


何年か前に聞いた、
「親は失敗できるけど、教師は絶対に失敗が許されんのですよ」との、とある先生の言葉、
どんどん重く感じられてくるなぁ。

本来なら逆なはずだし、何が失敗で何が成功かも、ずっと後になってみないとわからないのだけれど・・・

因縁

先月11日に書いた「チョイスされた生まれ」の記事は、
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀 市川海老蔵スペシャル」を見たある種の人たちの
スピリチュアルな感想を書いたブログを見て私が感じたことだ。

この番組自体を私は見ていないので、もし見ていたら彼の実際の努力や熱意の方を高く評価して
また別の印象を持ったかもしれないとは思う。
しかしスピリチュアルな人たちにとってはそこよりもどうも彼の語る「生まれ」がツボだったようだ。
あちこちでそれをやたら持ち上げては感心し、
前世や血脈による宿命や守護霊等が存在する証拠として扱われているのを目にした。
誰が何を思おうと信じようと当人の勝手ではあるが、
オカルトを現実と混同する人を増やしてもらっては困る。

市川海老蔵は番組内で、このような話をしたらしい。
  市川家に生まれてくることは自分で選んだ。
   (生まれる)順番待ちをしているときに、前に並ぶたくさんの人を押しのけて、
   自分があの家に生まれる、と言って生まれてきた記憶がある」


それに対しての、「すごい」「さすが」「お役目のある人は違う」
「だから江原さんが言うように守護霊様もたくさん守って導いてくれてるんだ」という反応だ。
馬鹿も休み休み言え!
人の価値は、与えられた境遇をどう生きるかであり、どう生まれたかなどどうでもいい事だ。
何でも自分で決められるというのは、勘違いも甚だしい驕りである。

何でも運や縁に結び付けて考えるのなら、
そうした驕りこそが今回の事件を引き起こしてしまったとするのが妥当だろう。

いつ、どこで、だれと、なにをしたからこうなった?

生まれる前の事は知らないが、
仕事を仮病で休んだ夜に、危ない人が経営するビルで、柄の悪い愚連隊と、
酒を飲んで悪酔いして絡んだから、殴られて大怪我して、
スキャンダルの渦の中仕事に支障をきたし、家にも伝統にも傷を付けたというのが事実。

「因縁」とは恐ろしいものだ。どちらの意味でも。

「わからない」人

今年の中学校の修学旅行は、PTAにとっても特別なものだった。

これまでは、バスで関西方面というのが通例だったのだが、
初めて新幹線で関東方面に行くことになり、
昨年、旅行代理店複数社によるプレゼンを経て、
先生方とPTA本部会との協議の上、決定したという経緯があるからだ。

旅行会社は予算内に収まるように、それぞれの得意分野の持ち味を生かした
充実のプランを提示してくれ、一社に絞るのはなかなか大変だったのだが、
子どもに普段できないような体験をさせてやりたいということで、
一番盛りだくさんだったプランに更に欲張りな注文を付けて一社に決定。
完璧に理想的な修学旅行を組んだつもりだから、
実際に行った生徒たちの反応はどうだっただろう?とワクワクドキドキと待ちわびた。

結果としては「大満足!最高ー!」との声が聞けたので、とても嬉しい。
それだけでもPTAの仕事に関わってて良かったという気になる。
べつに私ではない他の誰かが決めたとしても同じ事にはなっただろうが、
行くところ、見るもの、体験することの最上だと思えるプランのチョイスは、
喜ぶ顔を思い浮かべて贈るプレゼントのような楽しさがある。

ただ、残念だったのはそうした楽しい旅行にも行くことができない子どもたちがいたことだ。
学年で4人、不登校の子が来なかったと聞く。
普段来ていないのだから仕方のないことではあるが、
中学時代の貴重な経験の機会を逃してしまったのは可哀想なことだ。

しかし、不登校だからということで、修学旅行に先駆けて同じ所に旅行に行かせた親もいたりする。
それを聞いたとき、正直、首を傾げてしまった。
いったい、何のためにそんなことを?と。
その子の親は
「嫌な思いを我慢して皆と旅行に行くより、一人で楽しい旅行をした方が良い」と考えたらしい。
しかし、修学旅行とレジャーとしての旅行の持つ意味合いはまったく違うのだから無意味だ。
子どもにとっても、学校行事を意識しながらの旅は
傷口にジクジクと塩をすりこむ様で余計辛いのではないだろうか、と老婆心ながら胸が痛む。

そして更に胸が痛むことに、
実はこの親、昨年度の修学旅行プランのプレゼンに参加していた一人だったのだ。
これから修学旅行に行く子を持つ親たちだけでなく、
もう終えた子の親、翌年は卒業をする子の親たち、母親父親共に
「これが良い、あれも良い」と活発に話し合っていた中で、唯一何も言わなかった人。

意見を求めると彼はこう言い放った。
「いやぁ、僕はこういうことまったくわからないから」
それを聞いて、皆で「はあっ?」と目を丸くしたのは言うまでもない。
この時、子どもは小学校時代からの不登校から立ち直って学校に来れるようになっていた時期だ。
当然、修学旅行に行くものと思っていたはず。
それなのに、わからない?
各社の熱のこもったプレゼンを一緒に聞いていたはずなのにわからない?

どこに行かせたいかわからない?
何を見せたいかわからない?
どんな体験をさせたいかわからない?
子どものためになることがわからない?
喜ぶであろうことがわからない?


今、また不登校になってしまった子どもの「一番の理解者は僕だ」と彼は言う。
「子どものために出来ることは何でもしてやる」のだと。

「ああ、そうですか・・・」としか言いようがない。

修学旅行を楽しむために努力したこと

中学二年生の娘は先週、楽しみにしていた修学旅行を無事終えた。

娘は一年から二年になるクラス替えで仲良しだった友達とほとんど離れたので、
あまり気の合わなさそうな人たちの中にポツンと一人取り残され少々気落ちしていたのだが、
「嫌でもこのクラスの人たちと修学旅行に行くことになるんだから、
 最高の旅行にするために出来るだけ多くの人と仲良くなっておかなければ!」と気合を入れて
旅行までのこの8ヶ月間、立ち回ってきたのだった。

立ち回るなどという言葉を使うと謀略を企てるようで印象は悪いかもしれないが、
それはもう、本当に涙ぐましい努力をして人間関係を構築してきた。

「なんとかうまくやっていけるかな・・・」
「今日はこんな発見をした」
「苦手だと思っていた人が話してみたら面白い人だった」
「微妙な距離感とバランスを取って、いい位置にいるんじゃないかと思うよ」
「クラスの中でわりと評価は高いみたい」
「どうも人と仲良くなるコツみたいなものがあるね」
「人に『アリスって誰にも嫌われないキャラだよね』と言われたよ」
「このクラスって結構、いい感じかも」
「私、もしかして人間関係を作るの、思ってたより上手い?」
私は毎日のようにそういう話を聞かされていた。

そのまんま何も考えずにのほほんとしてても別に今と変わらなかったような気もするが、
親しくない人と接点を持つのが超苦手という娘は、とにかくよく頑張った。
そのおかげで腹の底から笑い転げ、はしゃぎ回り、思いっきり楽しい旅行となったようだ。
帰ってきてから、みやげ話のマシンガントークの凄まじいことときたら!

良かった良かった。
それにしても、この年頃の子どもの考える事は面白いものだ。
見てて退屈しない。

そして私は少し娘が羨ましい。

怒れるインド女性としょぼくれる痴漢予備軍

以前、インドでも女性専用車両が導入されたことを記事にしたが、
ルールを守ることを知らない自分勝手なノータリンはどの国にもいるようで、
ついに違反者が一斉摘発という事態になり、その映像がニュースで全世界に流されるに至った。
女性専用車両に乗った男性に「ホームで腹筋」の罰、インド地下鉄
2010年11月29日 13:27 発信地:ニューデリー/インド
【11月29日 AFP】インドの首都ニューデリー(New Delhi)で前週、地下鉄の女性専用車両に乗っていた男性客に対し、怒った女性乗客らがホーム上で腹筋運動をさせる騒ぎがあった。インド各紙が報じた。
 ニューデリーの地下鉄では、混雑する車内での女性客や観光客への痴漢行為が絶えず、少なくとも1車両が女性専用車となっている。
 一方で、前年に地下鉄が郊外まで路線延長されて以来、混雑が悪化して多くの路線で乗車率が限界に達している。
27日のタイムズ・オブ・インディア(Times of India)によると前週、女性客からの相次ぐ苦情を受けた警察が、ニューデリー郊外のグルガオン(Gurgaon)駅で、女性専用車両に乗っている男性客の一斉摘発を実施した。すると、これに女性客らが加わったという。
 違反した男性客には250ルピー(約460円)の罰金が科せられたが、女性客らの怒りはおさまらず、男性客を平手で叩いたり、腹筋するよう命じたりしたという。
 警察は、「実に多くの男性が女性専用車に乗り込んでいた。女性客たちは、警察の存在に勇気付けられ、違反男性をこらしめる勇気を得たようだ」と話している。
 また、メール・トゥデー(Mail Today)も、グルドロナチャーリャ(Guru Dronacharya)駅でも25日夜、女性専用車に乗っていた男性客らが、公衆の面前で腹筋運動をさせられる憂き目に遭ったと報じている。(c)AFP


これまでさんざん嫌な目にあわされてきた女性たちの怒りを見よ。

銃を持った警察官が見守る中、日頃抑圧されてきたであろう女性たちに、
ここぞとばかりにバシバシと叩かれるうなだれた男たち。
言いなりに、ホームでスクワットまでさせられる始末。
いつも「俺は男だ。文句があるか!」と歴史的な男尊女卑の文化を根拠に
弱い女性たちより優位であることを誇っていても、
より強い権威には立ち向かう事すらできないチキン野郎だということが一目瞭然。
情けない姿が世界中に晒されていい気味だ。

女性の地位が極端に低いインドのような社会でも、こうして秩序は守られる。

だが、表向きは男女平等ということになっているどこかの国では、ルール違反する権利を主張し、
弱いもの虐めをしている情けない姿を自分たちで誇らしげに世界中に晒している団体がいたりするらしい。
これは諸外国からは相当に奇異な目で見られていることだろう。
嘆かわしいことだ。

「ドラゴン桜」から学ぶ

何気なくTwitterを見ていると、
このなんちゃって救急医さんのつぶやきが目に止まった。

>親の受験生としての子供への接し方という期待の仕方というか。。。そのあたりって、
>ドラゴン桜のこの一場面が秀逸だと思っている。

リンクされていた画像はこれ。
子どもを東大に
ではどう思っているのか?という親からの質問にも、この後答えているのだが、
その言葉に「なるほど確かに!」と思う人と、「そんなことはないだろう」と考える人と、
たぶん別れるのではないだろうか。

子どもへの期待という意味では、このように改変しても通用しそうだ。
子どもを毎日学校へ

なぜなら、親が子どもに何を望むのかは、最終的な部分で共通だからだ。
東大に合格したら嬉しいのか。学校に行ったら嬉しいのか。
そうだとすればそれは、なぜ?

親が絶対にしてはならないこと

学校の先生の悪口を吹き込むようなことは、親が子どもに対してするべきではない。

もちろん、学校の先生だからといって聖人君子であるはずもなくただの人だから、
間違うこともあれば、力が足りなかったり、性格が好ましくないなんてこともあるだろう。

だから子どもが不満を持っているのなら、それをきちんと聞いて、
解決すべく、それなりの行動を起こすのが親の務め。

しかし、子どもに先生の悪口を言うのが解決のために役立つことだろうか?

相当にひどい先生で、子どもがストレスで潰れそうという場合には、
時に一緒に悪口を言い合うことで、気持ちが楽になり前向きになれるという効果も
もしかしたら望めなくもないかもしれないが、その場合でも後のフォローが重要。
そこを怠れば、逆効果も逆効果。
先生と生徒の立場の違いを逆転してしまえば、決して良い方向には向かわない。

親が認めるほどの程度の悪い人間になぜ耐えて従わなければならないのかということになる。
自分が理不尽さの犠牲者だと思えば、辛さは増すばかり。
ダメ教師と虐めっ子と虐められっ子ばかりの学校なのに、
頑張って行ってみようなどと思えるわけがないではないか。

それなのに、周囲の人たちには不登校をする子が問題だとの目を向けられる。
親子ともども、どんどん孤独になるばかり。

それをどうにかしたいという気持ちはわからないでもないが、
他の子どもたちをも巻き込むのは、もう、親としてというよりも人としてどうなのかとうことになる。

通学途中の関係のない子ども達を無差別に捕まえては、
延々と校長先生の悪口を吹き込むなどと、何を考えているのだろうか。
生徒や保護者たち全員に、
この学校がダメ教師と虐めっ子と虐められっ子ばかりの所だとの共通認識ができたら、
自分の子どもが救われるとでも?

元気に登校して、友達も沢山出来て、成績も上がって、
毎日明るく充実した学校生活が送れるようになるのか?

悪くすれば、同じような不幸な子どもと親を増やすだけだということを、この男は気付かない。
何の悪気もなく、自分勝手な思い込みだけで誰もしないような行動をする。

親として、人として、そしてPTA副会長としては特に絶対にやってはいけないことを
平気でやるような人間だから、子どもが学校に来られないんだよ!

カルトの勝利

とあるカルト宗教のアンチ活動は、どうやら終息してしまったようだ。
残るは「つはものどもがゆめのあと」。
あれほど喧々囂々と議論盛んだった告発・批判ページが空っぽで野ざらしになっている。

それはそうだろう。
一時は派手に盛り上がっても、そうそう長く続くものではない。
被害者もそれぞれの生活を持ち、やりたいこと、守りたいものがあるのだから。
結構なお金を騙し取られたとしても、それを取り返すためには、
更にお金と手間と時間をかける必要があり、
もしも身バレした場合、どんな危険にさらされるかわからない。
となると、悔しくても泣き寝入りするしかないのだ。

カルト宗教はそれをよーく知っていた。
なにしろこれまで多くの新興宗教団体が前例を作ってくれている。
研究熱心な彼らにぬかりはなかった。

上辺は淡々ときれいな言葉で信者をごまかしながら、嵐が通り過ぎるのを待ち続け、
そして今は彼らの思惑通り、薄汚れた黒い過去は遠い霧の中。
元信者は、そもそもが他人より楽して幸せになりたいという動機で入信したような奴らだ。
「正義の」怒りで小理屈をこねくり回していくら粘着しようが、命をかけるほどの覚悟も無い。

あとは、かつて盛り上がったネガティブキャンペーンが被害者によるものではなく、
別のカルト宗教の嫌がらせであったり、政治的な圧力であったりといった
「法難」ということにすればいいだけ。

各支部やディープな信者たちにどんどんPRページやブログを立ち上げさせ、
「被害なき被害者たちの実態」と称して馬鹿の一つ覚えみたいな説明を繰り返す。
「被害者の会」で検索をかけても、表示されるのはカルトシンパのページばかり。
大きな邪魔が入るのは、正しい神仏に繋がる所であるからこその証拠だとこじつければ、
新たな洗脳ツールの一つになる。

この抜かりなさは流石といわざるを得ない。
じゃ教はこうでなくてはね。

どうせ元信者たちの大半は、また別の飴と鞭を求めるのだし。

パパ、ママ、ボクの会社選び

NHKを何気なく見ていると、
最近、「会社見学ツアー」なるものが人気だという話題をやっていた。
それも、就職活動中の学生が行くのではなく、その親を対象としたものだそうだ。

現在、不況ゆえに大卒予定者にとっても就職が厳しく、“氷河期”という言い方もされている。
しかしそれは大手企業を希望する場合。
あまり表立って話題にはされないけれど、中小企業はむしろ人手不足のところも多いという。
なぜ中小企業への就職希望者が少ないのかを探っていくと、これは本人の意思と言うよりも、
親の意向が強く影響しているらしい。

親、特に母親は可愛い子どもに何よりも「安定」を望む。
大手企業に就職しさえすれば、余程のことがない限り将来は安泰。
わが子の幸福を願えばこそ、小さな零細企業で埋もれさせてはならない!という強い思いがある。

もちろん周囲に対する見栄もあるだろうし、自分の老後を背負わせる気満々なのだから、
より稼げる所でなければ「アタシはどうなるの?!」というのが本音だろうが、
まあそんなことは放送するわけもない。
そのお陰で子どもは親の認めてくれる就職先を求めて、目を血走らせて汲々とした日々を過ごしており、
中にはことごとく不採用の通知を受けて自殺、などという不幸な結末を迎える人まで出る始末。
ということも一切放送はされなくて、親たちを乗せたバスは従業員10名前後の町工場へ。

大手企業が大量生産に踏み切る前の試作品は、臨機応変で小回りの利く中小企業でなくては作れない。
だからこういった小さな会社でも、日本の産業を下支えするやりがいのある立派な仕事なんですよ、
なんてことが説明されていた。

それでツアーの参加者たちが本心から納得したのかどうかはわからないが、大変な時代ではある。
企業も大変なら、子どもも大変。
昔なら、親が業務内容の問い合わせをしてきたとか、入社式に付いてきたとかなんてあったら、
物笑いの種で、そいつはマザコンのレッテルを貼られて、絶対に出世は見込めなかったものだが、
今はそうではないのだろうか。変われば変わるものだ。
親が許した会社に入社する新人くんたちに、いつか自分の生き方が見つかればいいが。

うちの所みたいに、入社試験を勝手にあちこち受けまくっていながら、
「俺の事は俺が決める。親は関係ない!」と一切相談もないのはどうなんだろうかと思っていたけれど、
あれよりはまだ健全だったな、と再認識。
要所要所、会社選びの最低限のポイントは、父親がちゃんと押さえてくれてるし。
社会人になろうかという子どもの進路に女親がしてやれることはもう、何もない。

「子どもの幸せに責任を持つのが親だ」けれども、子どもはいつまでも子どもじゃないんだから。
巣から追い出せなきゃ、いくらいい企業に就職してもその子育ては失敗だろう。
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Author:ぽあん
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