今年も岡山ワークショップ6

中山さんが「色々な人の出会う場を残したい」ということで主催された今年の岡山ワークショップは、
その願い通りの素晴らしいものになったと思う。
人と人との新たな出会いがあり、懐かしい人との再会があり、
ワークを通じて互いに学びあい、関心を持ち、より深く知り近づいていくほど、
普段の自分の枠から解放されて活き活きとし始め、楽しい気持ちが溢れてくる場になっていた。

何かの資格が取れるとか、特別な情報を得たとかではないけれど、
「これがなければ生きてる意味がないよ」というぐらいのものを
知識ではなく体感できるのが日野ワークショップ。

筋肉痛になりつつも元気がドンドン湧いてくるので、翌日からの仕事も頑張れそうだ。

先生、お世話になりました。
同じ空間で一緒に稽古させていただいた皆さん、どうもありがとうございました。
また、来年もぜひお会いしましょう。


次は、福岡ワークショップ。
7月の16日から18日。
こちらもきっと、暑くて熱い4日間になる。

今年も岡山ワークショップ5─難攻不落

関係塾では、「従う」という所から「流れに乗る」という動きをやった。

一日目での、手をつないで真っ直ぐ歩きながら、
片方が「左、左、左」と声をかけると、なぜか曲がってしまうというものから、
二日目は、向かい合って一方が「ゾウさん」の歌を歌い、
もう一方がその肩に触れ、歌の流れで力や違和感を感じさせずに相手を倒すというところまで。

一日目は「何で?不思議!」と思いながらも、なんとなく思い通りに動くことができたのだが、
二日目は難しかった。
先生がやるのを見ると、いとも簡単に自然にコロンと倒せるように思うのだが、
自分がやるとぜんぜんだめ。
そしてまたここで、「どうして倒れてくれない!」とばかりに、
力づくで押し倒そうとする私の悪い癖が、
ペアを組んでくれた人たちに襲い掛かってしまって稽古の本筋から外れるという事態に。

コラ!私!形だけ出来たふりすればいいってもんじゃないとわかってるのか?

どうして私はこうなのか、と、ほとほと嫌になりかけたときに、
やはり出来ずに悩んでいる人たちから、先生にヘルプの要請があったようで、そちらを見る。

そこは主催者の中山さんを中心に、何人かが悪戦苦闘していた。
皆は他の人と組むと出来るのに、中山さんにだけは通じないので、どうしてなのかと。
「ちょっと先生、やってみてください」
と頼まれた先生は、「んなもん、簡単やで」と、
「ゾ~ウさん、ゾ~ウさん」の「ゾ~」の所だけでコロリン、と中山さんを転がした。
「えええーっ」と驚く皆。
「あの難攻不落の城塞をこんなにも簡単に落とすとは!」と。
先生は「何が難攻不落なもんか。こんなにも素直やないか。ほら、ほら」とコロン、コロンと転ばせる。

「素直やから、違和感にも素直に反応するんや」

素直な人には、出来ている事にしておこうという誤魔化しや、力づくでの押しは通用しない。
素直な人は騙されない。
素直でない人は違和感を感じないからすぐ騙される。


私が昔からしょうもない物に騙されやすかったのは、
気が弱くて嫌なものを嫌と言えず断れなかったからではなくて、そこが原因だったんだな。

今年も岡山ワークショップ4─涙のわけ

一日目を終えて、駅に戻る列車の中で、ワークショップに参加していた若者が話しかけてきた。

「ブログ書かれてる方ですよね。武禅の記事、読みました」

うわっ! だ。

こういう時、とても焦る。
何度も武禅に行ってて、その度にああだこうだと文字で書き連ねておきながら、
何もできてないダメな見本の私は、穴があったら入りたい状態になる。
す、す、す、すみません・・・、こんな私で・・・・と小さくなっても、腹と顔はでかいのだが。

彼は、武禅の記事を読んで、いつか行こうと思っているのだそうだ。
ただ、今一歩勇気が足りなくて、この3月の武禅には申し込んではいないとのこと。
「そりゃあもう、とりあえずは行かなきゃ。あと何回あるかわからないと
 先生も言われているんだから後悔するよ」と当然プッシュしておいた。

翌日、二日目の関係塾で、ペアを次々チェンジする中でその彼と組むことがあった。
なぜか向き合う彼の目は真っ赤。
少し前に先生から出来るだけ瞬きをしないようにとの指導があったので、
コンタクトかなにかで目が痛いのかと思って心配したら、
そうではなくて、泣けて仕方がないということだった。

正面を合わせて、エネルギーを振り絞るようにして相手に届かせる「ナマムギ」で共鳴し、
胸が感動でいっぱいになって涙が止まらなくなったらしい。

「ここで泣いてたら、武禅に行ったら大変よ」と言うと、

「泣きっぱなしですかね」

「たぶんね」と笑った。

私ももらい涙。

今年も岡山ワークショップ3─出来ている?

休憩時間、話しかけてきた人がいた。
私と同じぐらいか、少し上だろうと思われる男性。
小学5年と中学生の娘さんをお持ちで、
家では「お父さん大好き」なのだけど、外では並んで歩いてくれないなんて話をされて、
我が家と家族構成が似ていたりするので、なんとなく親しみが湧く。

この方は、身体塾だけ受けて帰られるというので、
「関係塾は受けないんですか?」と聞くと、「うーーん・・・」と何か濁す感じ?
「前に受けたことあるけど、わからないんだよね。何をやっているのか」と言われる。

何をやっているのかわからない。
それは・・・、私も同じだ。(汗)

「仕事柄、人と接する事が多く、交渉などの際も、
 相手にこちらの意志を伝えるとか、向こうの意向を聞いて満足いくような提案をするとか、
 日常的な事としては、他人と上手く関係は築けてるんだよね。
 だけど、こういったワークショップとなると、それとはちょっと違うみたいで」

「ワークショップでは相手に伝わらない?」と聞くと、

「う・・・ん、だから、まあ、必要ないというか・・・・・普段は出来てるから」

ということで、この方は身体塾だけを受けて帰られた。

残念なことだと思いつつも、その考えは、私にもよーくわかる。
なぜなら、私も時々、というかシバシバそんなふうに思ってしまうことがあるからだ。

「もう、武禅にもワークショップにも行かなくてもいいかなぁ。
 だって、普通の生活の中で困ってないし、
 誰にも『伝わらない』とか、『気持ち悪い』なんて言われないから。
 日常ではきっとちゃんと出来てるんだよ。
 わざわざ問題を見つけなくてもいいじゃない。しんどい方に行かなくてもいいじゃない。
 アーティストでもない普通の主婦には、表現力も要らないよねぇ」
なんてことを。

もちろん心底そう思うなら、それでいいのだが、
実はそう思っているのではないということも私は知っている。だから行き続けている。
なんとも人の心とは難しいもの。
自分の気持ちすら御し難い。
出来ないことを出来るようになろうとするのではなく、出来ていることにしようとするとは。
これも、傷つくことを避けようとする保身にもならない保身だ。


日常では出来ている。
だけど、稽古ではできない。

それを出来ているととるのか、出来ていないととるのかは、
人それぞれの自由だから、他人が正しいとか間違っているとかの判断ができるものではない。


ただ、いついかなる時にでも「素の自分」が出ているのだということは、
私は知って良かったと思っている。

今年も岡山ワークショップ2─触れる手

「人に触れる」は、もちろん今回もあった。

ペアを組んだ相手の後ろから両腕に触れて相手がまっすぐ歩くとおりに従う。
ただそれだけなのだが、触られている人は違和感を感じる。
締め付けられているような、プカプカずれているような、押されているような、自由でないような。
それで、相手に「もっとこうして欲しい」と改善を図ってもらおうとするのだが、そのうち気付く。
力の入れ具合とか、密着しているかどうかが問題なのではなく、その「手」が気持ち悪いのだ。

先生は、これまでも何度かあったが、時々急に激しく怒る時がある。
「そんな持ち方したら、あかん! ちゃんと触れな! それ失礼な持ち方やぞ!」
それで、その言われた人の手を見てみると、確かにあからさまに気持ち悪い手をしている。
小学校のフォークダンスで、嫌いな子と踊る時の手。
汚いものを処理する時の手。
嫌々ながらに触っている手。
「私はあなたが大嫌いだけど我慢してあげてるんですよ」と伝えている手。

見てわかるものなんだな、と思い、他の人も見回すと、ちゃんと触れている人はほとんどいない。
物を持っているだけの手。
乗せてる手。
挟んでいる手。
置いている手。
握っている手。
恐々と遠慮がちな手。
無神経に何も感じていない手。
どれも先生の「手」とは違う。

それはわかるのだが、では、私はどんな手をするのかというと、形だけ真似しようとしていたりする。
触れようとする手。
一番、気持ち悪いわ!


人に触れ、人を感じ、意思を伝え合う手。
それは人間として当たり前のことなはずなのだけど、やれていない。
どうなんだ?
この要らん事を考える頭をどうにかしてくれ!

今年も岡山ワークショップ1─再会

日野晃 岡山ワークショップに来ている。
岡山では今回で連続4回目開催されており、私は皆勤賞。
これまで主催されていた香月さんが都合で今年は難しいということだったが、
「それでは私が!」と立ち上がってくれた人がいたおかげで来ることができた。
去年のリアルコンタクト公演の勢いが次にどう発展して行くのかも楽しみにしていたので、
とても嬉しい。

今回の主催者は、中山藍さんという若い女性。
実はこの方と私は以前にお会いしたことがあった。
熊野の「武禅」で。4年前。
名前を見て、もしかして・・・と思っていたらやはりそうだった。
彼女を最初見たときから「きれいな娘だな」と感じたが、
ますますスッキリとクッキリとしなやかな美しさを増し、外も中も成長していた。

顔を見て、彼女と組んだときの思い出がまざまざと蘇る。
あれは、人を人とも思っていない、心底優しさのない、絶対に人に触れることが出来ない
気持ち悪い自分というものを強烈に実感した体験だった。
気付いた時、何度も謝ったものだった。
乱暴にしてごめんなさい。
ちゃんと触れられなくてごめんなさい。
思い通りに動いてくれないあなたのせいにして怒りを向けてごめんなさい。
それはもちろんその場の彼女に対しての気持ちだったが、
同時に、これまで関わってきたすべての人にもそうだったのだと受け入れられた瞬間だった。
今、思い出しても涙が出る。

しかし、それで一辺に改善できるほど甘くはないのが、私というエゴの塊。
いまだに優しさの欠片も無く、自分勝手で被害者意識の強いがさつな自分で居続けている。
まさに、わかっちゃいるけどやめられない状態。
ちっとも成長しやしない。

この調子では、私は100年経っても変わらなそうだが、
それでも求めないわけにもいかないから来続けるのだろう。
楽しければいい、日常に役立てばいい、物の見方考え方が広がればいい、
感動が増えればいいなんてのは、お気楽過ぎだろうか。
しかし、誰かのためになんて言うと嘘になる。

とにかく、思い切り楽しもう。
常連さんたちは、今年も来てるかな。
香月さんは、受付でお手伝いに回られていた。

(つづく)

大阪で「平成ジレンマ」上映会&バトルトーク!

2月27日(日)17時より、大阪第七藝術劇場「7gei spirito」にて、
戸塚ヨットスクールの30年と現在を描いたドキュメンタリー映画『平成ジレンマ』の
特別先行上映会とトーク(ティーチイン)が開催されます。

トークは、「子ども・若者たちは病んでいる?教育はこれでいいのか」と題して、
体罰に反対する人権派弁護士、公立小学校現役校長
そして戸塚宏氏
が登壇し、
遠慮なしタブーなしで徹底して論じ合われます

詳しくは こちら でご確認ください。

ただし、前売り券は90何席しかないところ、150枚もチケットが売れて既に完売しています。

当日のイベントの様子は
『戸塚宏と激論!子ども・若者は病んでいる?教育はこれでいいのか?』と題して、
ニコニコ生放送にて中継されますので、お出かけになれない方はお見逃しなく。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv40818576

これは見ものですぞ!

今回のティーチインのみ収録のDVD(2,000円)も発売されるようです。

ここで言い負かされたら、一生恥さらし。
頑張れ!人権派弁護士先生。
フレーフレー!現役校長先生。
文科省も教育委員会も、きっと全力で応援しているゾ!たぶん日教組も。(笑)

もはや人間凶器の域

PTAもいよいよ来年度人事編成の時期。
新入学の生徒の保護者には、説明会の時に既に役員立候補・推薦届けを出してもらっている。
そして、在学生の保護者の立候補・推薦届けの締切日は、今日。
来月頭の常任委員会で、執行部役員の候補者を詰める予定としている。
のだけれど・・・・・

昨夜遅く、4人いる副会長のうちの一人から電話がかかった。
彼はPTAの経験も長く、小・中学校とも会長を何期も務められたベテランで、頼りになる人。
本来なら会長に一番適任なのだが、仕事が忙しいため要所のみ力を貸してくれている状態。
その彼のところに、別の副会長、あの「J(ひげのオジサン)」が電話をかけてきたのだそうだ。
「新役員選考会議を、締切日の明日昼1時に行うので来てくれ」と。

は?  

・・・・・だ。

奴は自営業だからいいだろうが、普通の人は会社勤めをしているのだから、
急に言われて、平日の、それも昼に時間が取れるわけがない。
それでも奴は一人でやるのだろう。
なにしろ、これまで提出された届けも自分が管理すると持って帰っているそうだから。
是非にと立候補してなった選挙管理委員長なもんだから、やりたい放題。
会長である私のところには、いまだに何も連絡が無いところを見ると、
校長先生が気を利かせて「無理でしょう」と断ってくれたか、
奴が最初から私を呼びたくなかったか、かな。
どうも私の事は苦手らしいから。ぜんぜん虐めてなんかないのにね。(笑)

それはそれとして、やはり役員会の前に調整は必要だろうということで、
今朝、副会長と一部役員に事の経緯を簡単に知らせて、
選考委員会の日時の調整を図るメールを出しておいた。

すると、当然ながら皆さん、かなりご立腹のよう。
「今までのいろんな件もあり、かなり筋違いで勝手な面が多く目に余りますがどうなんでしょう(怒)」
との意見は、ごもっとも。

このままでは、来年度の役員に残ってくれる人がいなくなってしまうかも?

かと言って奴を外すと、これまで吹聴してきた学校の悪口にプラスして、保護者の悪口すら、
地域や教育委員会や下手するとマスコミにまで持ち込む可能性が大という、困った状況。

学校の評判を落とすと一番困るのは生徒たちなのだが、
すでに普通に進学はできないだろう不登校児を持つ奴にはそれも「ザマアミロ」なのだろう。

はてさて、どうしたものか。

とことん空気は読めないし、居るだけで雰囲気を悪くするし、人の話は聞かないし、
的外れで自分勝手な行動ばかりして他人に迷惑をかけるくせに、なぜか自信満々の男。

娘がなぜ学校に来れないか、他の人は皆、その理由はわかってるよ?


「やーめた」っと、全部放り投げられれば、どんなに楽なことだろか。
あと、1年。。。。
クッソ~、歯を食いしばっても耐えてやる。

ぽあん歩庵は「教祖様にツッコミを入れるページ」を全面的に支持します!

おちょくって遊ぶには、教祖様ほど面白い奴はいない。

なぜなら、教祖様は自分が他の人間とは違う「選ばれた特別な存在」であると信じているからだ。

しかし、本当の事を言うと、
常人に見えない聞こえないものが知覚できるのは、単に一個人の脳内での変異に過ぎず、
もともとが強烈な自己愛と限度を知らない妄想力の持ち主(パーソナリティ)であったが故に、
現実との区別が付かなくなった哀れな奴らだったりする。

彼らの自我の拠り所は、幻想という脆弱な基盤の上に成り立つ自尊心のみ。
かくして、自らの世界をより確固たる物にする必要に迫られ、他者を利用したがる。

教祖としての自分をあがめ奉り、ご宣託なくしては夜も日も明けぬというぐらい
心酔する信者に囲まれてやっと安心できる不安定さの中で気を病み、
やたらテンション高く騒ぐと思えば、急にうつ状態や攻撃的になる教祖を何人も見てきた。

そしてそんなこんなにも、罪深い信者の身代わりとなって霊障を受けたためだの、
正神に仕えるからこそ邪神が妨害してくるだのの理由がちゃんと用意してある。
素の自分でいられないフラストレーションを食欲で満たしてブクブク太り、
腎臓病、糖尿、通風を患うなどということも、教祖様にはよくありがち。

こんな笑える素材はない。

そうした彼らに容赦なくツッコミを入れまくるというページを見つけた。

教祖様にツッコミを入れるページ
教祖様にツッコミを入れるページ


「さわらぬ神に祟りなし」と、遠まきに生あたたかく見つめているだけの人が多い中で、
このページの管理人の勇気には感服する。

整合性が取れている上に、読み物としても非常に面白いので、ぜひ一読をおすすめしたい。

自分の信じている教祖こそは絶対本物だと思っている方には、特に。

続きを読む

家庭なき母子

下の記事、そういうことを書こうとしてたわけじゃないのに、と、思いはするが、
書き直す気にも書き加える気にもなれない。
「失敗した」「私の育て方が悪かった」「息子は今が岐路」だから、
家に居る決心をする彼女が不幸から抜け出せないとしても、
作家として、より凄みのあるセンセーショナルな物はできるかもしれない。
好きでやってる生き方だ。
が、
親を選べない子どもこそが純粋に不幸なのが堪らない。

11歳は、自意識が急激に成長する難しい時期。
依存期は終わって、これから親の言うことは聞かなくなる。
たとえ殴っても。
そして、いずれ殴り返してくるか、あるいは・・・・。

絶望的に子育てに失敗した告白

柳 美里という小説家。

デビュー頃に話題になっていたので、
「石に泳ぐ魚」と「家族シネマ」だったか、それくらいは読んだ。

が、たぶん、どちらかの本は途中で投げた。

で、もう二度と彼女の小説は読むまいと決めた。

猛烈な嫌悪感がある。

ただ、こういったスタイルは他にはない突出した才能であることは確かなので、
好きな人は好きなのだろう。

私も、ただのストーリーとしてなら面白く読めたはずだと思う。
こっち側の人間がそれとわかって異質な精神状態を深く分析しなりきってみせるのと、
あちら側の生身を激情のままに剥き出しにして拡大レンズで見せ付けてくるのとは違う。

それ以後も、時おり彼女の名前は目に耳にすることはあった。
脅迫事件でサイン会がなくなったとか、夫が死んだとか、不倫しまくりとか、堕胎しまくりとか、
躁うつ病だとか、パニック障害だとか、死にたがってるとか、
子どもを虐待して通報されたとか、それすらネタに本を書いたとか。
その手の見出しが目の端に止まっても、気分が悪くて中まで読まなかったのだけれど。

そんな私だが、今週号の「週刊新潮」に彼女が寄せた、
「私は絶望的に子育てに失敗した」という記事は読んでみようかという気になった。
Twitterで水道橋博士が「流石にため息をついた。」と書かれているのをたまたま見て、
博士にその一言を言わせた文章がどんなものなのか、どうしても知りたくなって。

確かに、ため息。。。

それをブログで記事にしようにも、不愉快すぎ、腹が立ちすぎで考えがまとまらない。
いや、むしろ頭から追い出したいというか。
これは本当の事だろうか。
大げさに言う癖があるらしいから、サービス精神で過激な言葉を使うだけで、
それは事実とも限らないし、本当に感じている事ではないということもあるのでは?
と、希望的観測で自分を楽にしようともしてみたが、・・・どうも本当らしい。

彼女のブログを読む限りでは。
「柳美里の今日のできごと」

ごく最近の記事しか読んでいないのだけれど、いろいろ考えてしまった。

もしも自分の子どもが、
消防署や海上保安庁に嘘の通報、嘘の救助依頼をしたとしたら。
万引きをして、それが虐めっ子にさせられたものだと言ったとしたら、
家族の財布から金を盗んだり、塾を休んで遠出したり、嘘ばかりつくとしたら。
男の子なのに女装をしたがるとしたら。
他人に迷惑をかける可能性が大きい発達障害であるとしたら。

小5の子に消防署や海上保安庁あての謝罪文を書かせるだろうか?
万引きについて、嘘吐きだとわかってる子の言い分を聞く前にまず事実確認では?
家の中の泥棒を大目には見ることはできない。
男の子がどんなに望んだとしても女装ははさせないし、
ADHAの疑いがあるのなら病院や相談機関でアドバイスをもらうだろう。


柳美里はブログに息子へのやり切れぬ怒りをぶつける。
「なんで、こんなに、嘘つきなんだろう。 嘘、嘘、嘘ばかり吐いて……」

しかし、彼女自身も子どもの頃からよく嘘をついていたらしい。
何度も万引きをしたし、自殺未遂も繰り返してきた。
動物虐待もしていたし、
通りすがりのお母さんの抱いている赤ん坊をつねり上げて泣せるのが好きだとか。

これも、どこまで本当のことかはわからないけれど、
嘘にしても、本当にしても恐ろしい話だ。
彼女の息子の存在すら嘘であってくれたらいいのに。 不幸全記録
読んでしまったばっかりに重くなった心を持て余し、そんな風に考えてしまう。

だから嫌いなんだよ。
彼女も、彼女と良く似た人たちも。

神の声

名前はまあ伏せておくけれども、“幸せになる”系の本にかけては日本一・二を争うぐらいの人の事。

そいつの本に、
「私は唯物論者です」と書いたすぐ次の頁に、

「神様への質問の答えが返ってきました」とある。


彼は、唯物論の意味をわかって使っているのだろうか?

物理現象を根拠としないと、唯物論とは言えないはずだが。


たとえどんなに大きな声で聞こえたとしても、客観的な事実を物理的に証明できないのであれば、
それは「もしかしたら、あなたの頭の中にだけ聞こえた声なのではないでしょうか」と、
精神科医に言われても致し方のない話だ。

だがしかし、その「神様からの答え」を基にして展開されていく人生論で、本は構成されている。
そんな内容に、どれだけの重みがあろうか。

ってな事すら、これまで問題視されたこともないのだ。

ただひたすら彼は「良い話をする人」で通っており、本を出せば飛ぶように売れてきている。


「ゆとり乙」と言いたい所だけれど、
ゆとり世代の親たちぐらいが好んで読んでいたりする。

そして、子どもがニートで困ってるとか、夫婦仲がうまくいかないとかで悩んでたりとか。
そんなこんなの救いを、「こうすれば解決」の法則に求めるわけだ。

何をしたって駄目な物は駄目、直りはしないのに。

だって、馬鹿が信じてやる事なんだから。

私も、馬鹿を喰い物にする経済活動を、それはそれと割り切れればいいのだけれど、
どうも腹立たしく感じてしまうのは、やっぱ、馬鹿の仲間だからなんだろな。

あーあ、情けないこった。

敵の敵は・・・

敵の敵は味方ではない。

カルト教団の害悪を明らかにしたからといって、それがカルトではない証拠になるかといえば、



であることだけは、ハッキリと言っておきたい。


カルトに騙されるような人は心弱き人間。

疑いを持ったとしても離れられない。

あるいは、カルトに所属し続けることの金銭的、精神的負担に耐えることが出来なくて
カタチ上は離れたとしても、
罪悪感や、いつか受けるやも知れぬ裁きの恐怖に苛まれてしまうもの。

留まるも苦なら、退くも苦。

その苦痛から逃れるには、自分が間違っていないという「お墨付き」を必要とする。

より強い力、権威の傘の下に逃げ込む事だ。

それはもしかしたら、カルト宗教問題に強い弁護士なのかもしれない。

もしくは、別のもっと信者の多い優れた霊能力者かもしれない。


そこに、もし、何かの意図を働かせようと思えば、至極簡単なことだろう。


悪徳商法に引っかかる人間は、次から次へと無駄な物を買わされる。
悪いヒモに貢がされる女は、毎度毎度、甲斐性なしの色男にコロッと参るし、
DV夫から命からがら逃げた女が再婚するのはまたしても血の気の多いチンピラとかね、
そんなことは、よくある話。

世の中に、信じられるものがあると思っているうちは、泣きを見続けるがいいよ。

騙す人が悪いんじゃない。それはそういう性質の奴。

騙される人間が馬鹿なんだ。
そう、毎日「ありがとうございます」なんてお題目を唱えてるお前等の事さ!

どうぞ一生、お幸せに暮らして下さい。
今後、誰も恨まずに。
もしも、それができるなら。ね。

採用決定

長男の就職先が内定した。

希望通りの職種に決まって、とりあえずホッ。

大手企業の関連会社とはいえ、先々安泰な業種でもないし給料も安いが、
教育がしっかりしており、学ぶ気があればいくらでもスキルアップの機会があるというのは嬉しい。

早速、この土曜の夕方から研修に入る。
たぶん、最初のうちはほとんど休日もない状態だろう。
独立して一人暮らしは、もう少し先になりそうだ。


先週、面接を受けてから通知が来るまでの間に、
長男は高校から他の就職未定者数人とハローワークに連れて行かれた。
合否がハッキリしてない段階で次の応募先を考えるのは待って欲しいと
進路指導の先生に言ってはいたのだが、
「お前は甘い!もっと現実を見て積極的に行動を起こせ!」と言われて。

進路指導の先生と息子は反りが合わず、これまでも何度も激しく衝突をしている。
息子に言わせると、この先生は思い込みが激しく、意見や希望は全て潰すような事を言っておきながら、
「どうするんだ?しっかり考えろ」と八つ当たりのように切れるので腹が立つとか。
担任や学年主任の先生方が間に入って下さっていたおかげでなんとか保ってたという状態。

行きたくもないのに行かされたハローワーク。
ふて腐れて先生に悪態をつきながら、それでも求人票などを閲覧していたのだろう。(←変な所で真面目)
窓口の職員さんがコソッと耳打ちをしてくれたそうだ。
「君の言い分は間違ってない。気持ちはよーくわかるよ。
 だけど先生としての立場や面子もあるんだから、そこは聞かないと」と。
それだけで機嫌直して喜んでいるのだから、カワイイもんだ。


結局、就職が決まったのでハローワークはもう用はないのだが、
実際に行って現実を見ることが出来たのは彼にとって良かった。
驚いたらしい。
就職氷河期と言われまくっているので、どれほど仕事がないのかと思っていたら、
「結構、求人あるじゃん!」と。
そう。高望みやえり好みさえしなければ、仕事はいくらでもある。
仕事が全然なくてホームレスとか、20代で生活保護とか、派遣切りで死活問題とか、
テレビやネットではそんなニュースばかり聞けば、それはお先真っ暗と思うだろう。
しかし、そんなことはない。
ハローワークにある様々な求人企業を見て
「何をしたって生きていけそうだ」と気持ちが楽になって帰ってきていた。

いよいよ社会人一年生。
仕事は金のためだけに非ず。
とりあえず3年は石に噛り付いてでも、身になる物を掴んで欲しいと思う。
そうすれば、仕事を探さなくても、仕事の方から寄って来てくれるようになるから。

私へのお薦め本を読む

「これ面白いよ」と小5の次女が図書室から借りてきた本を見せてくれた。

重松清「きみの友だち」
きみの友だち
軽い読み物かと思いきや結構重い内容で、これは良い本だった。
小学5年生の時の「友だち」に関するある出来事で松葉杖が必要となってしまった主人公の「きみ」を軸に、
「きみ」に繋がる人たちそれぞれの「友だち」についての思いの連作長編小説。
読者がつい感情移入してしまうように巧みな心理描写で描かれた世界は、
辛い場面は多々あるものの決して暗くはなく、爽やかな読後感が残る。
「本当の友達って何だろう?」
小説に問われるが、私はいまだその答えを持っていない。
うちのチビもこういうものを読むようになったとはね、としばし感慨にふける。


一方、高校1年生の次男も「これは面白いから」と本を貸してくれている。
甲田学人「Missingシリーズ」
Missing~神隠しの物語
ラノベ・・・・。
漆黒、都市伝説、黒魔術、幻視、闇の世界、聖域、召還、呪い、獣の群れ、刹那と永遠、
ああ、なんという因果だろう。
子どもにだけは、この世界に足を踏み入れてもらいたくなかったのに・・・と、
10代からオタクと中二病をこじらせたままの私は思ったりする。
確かにこういった系は大好きだ。
この本は13巻まであり、読んだら次々貸してくれることになっている。
他にもいろいろ取り揃えてあるらしいし。


そして、今度高校を卒業する長男も
「お母さんの好きそうな本があるから貸してあげる」とある本を見せてくれた。
最近、第二次大戦あたりの歴史や世界情勢に興味があるらしく、何冊か買いこんできたうちの一冊。
拷問と処刑の世界史
拷問と処刑の世界史
・・・・・・・・え・・・・・・・これ、私好み?
・・・・そうだね。よくご存知で。
付き合い長いもんね。


そういえば、昔、妊娠中に退屈だろうからと夫が持って来てくれた本が、
「人はどうして死にたがるのか」 と 「少年にわが子を殺された親たち」だった。
「お前、こういったジャンルの本、好きだろ」とニコニコして。
心理学方面や犯罪に関するもののような暗い本が嫌いな夫がわざわざ私のために
書店で購入したという事実をどう受け止めていいか、微妙に悩んだ事を彼は知らない。
もしかして、子どもが生まれるの本当は嬉しくない?
私は愛されてない? というか、むしろ憎まれてるんじゃなかろうか?とか、いろいろと。

どんだけ私は家族に血に餓えた根暗な人間だと思われているのだろう。
まあ、もちろん、どの本も喜んで読むわけだけどもね。

ヤマアラシの熱烈スキンシップ

「いつもいつも俺の就職が決まらないことをネタにして笑って、俺がどんだけ傷ついてるかわかる?
 落ち込んだ顔しててもしょうがないからヘラヘラ笑ってるように見えるかもしれないけど、
 実際、焦ってるし、めっちゃ気にしてるんだからね。
 本気で悩んでる人間の気持ちをえぐるような事ばっか言って、この家には優しさというものが無いよ!」
 
と、高校卒業見込みでまだ内定ももらえない長男が叫ぶ。

そもそもは、いつもの肉食獣兄弟のじゃれあいから、
長女が次男に「人として言っていい事と悪いことがある。無神経にもほどがある」と怒り、
そこに長男が「そうだそうだ。そういうのをデリカシーが無いって言うんだ」と参戦。
勢い付いて「だいたいね、俺に対してもそうだよ」と胸の内の暴露となった流れだ。

しかし、思わぬ展開で矛先を向けられた弟はオタオタして、
「え・・・俺、お前の就活の事とか言ったことなんかないじゃん?」

そうだ。
次男は言ってない。
いつもいつも虐めて遊んでいるのは、このお母さんだ。
だが、怖くて私には直接言えないので、目の前で弟に言ってみたというところか。(笑)

いやいや、そんなにも気にしてたとは、可哀想なことをした。

ご飯を食べながらの、働かずに食う飯は旨いか

「やる夫、就職決まらなくても腹は減るんだな」
「やる夫、働かずに食べる飯は旨いか?」
なんて冗談は、面白くなかったか。

他にも
「自宅警備員なんて雇う余裕はないんだけど」
「はぁ~~、いつ出て行ってくれるのかしらねぇ」
「引越しの準備なら手伝うよ」
とかも言っちゃいけなかったね。

「あなたはやれば出来る子なんだから、ただやらないだけなんだから。
 お願い、一生に一度ぐらいは本気を出してくれてみてくれてもバチは当たらないよ」
「隠した爪はいつか出す気になってくれるのかなぁ。埋もれてもう腐ってるかも」
ってな励ましも、辛いだけだったのか。私のお部屋の前で

済まんね。

今日、長男は本命の企業の就職試験に行っている。

高卒はまず採用の見込みはなさそうだけど、
希望職種の空気に触れるだけでも勉強になるだろうと、そんな感じで学校も推薦してくれて。

ということなので、今夜は前祝いパーティをしてやろう。
大きなケーキを用意して、ステーキ焼いて、クラッカー鳴らして
「内定おめでと~~~う!」とね。
願いは、すでに叶ったように信じることで現実化するって、
かの有名な「成功法則」でも書いてあったじゃないか、──という建前の針のムシロ大作戦だ。

就職が決まるのが先か、奴の胃に穴があくのが先か、はたまた人格が崩壊するのが先か。
就職氷河期と言われるこの厳しい時代、
居心地のよい暖かな家庭なんてあったら余計に外に出て行きたくなくなるからね。

こんな全身を貫くような痛い針だらけの家、未練残さず、キッパリ巣立ってくれたまえよ。
死ぬ気で頑張れ!
ニート特集

星めぐりの歌

iPhoneアプリ「星めぐりの歌」をダウンロード。

天文アプリもいいけれど、こんなファンタスティックな世界も素敵。

澄んだ美しいバーチャル空間ににうっとりしてしまう。

星めぐりの歌
  あかいめだまの さそり
  ひろげた鷲の つばさ
  あをいめだまの こいぬ、
  ひかりのへびの とぐろ。
  オリオンは高く うたひ
  つゆとしもとを おとす

  アンドロメダの くもは
  さかなのくちの かたち。
  大ぐまのあしを きたに
  五つのばした ところ。
  小熊のひたいの うへは
  そらのめぐりの めあて。



夜空を見上げ、賢治を見下ろし、遠く、近く、漂う星屑と戯れ、
やがて白みゆく空の向こうを想い・・・・

そうしている間に昨夜は眠りに落ちてしまった。

戸塚校長ラジオ出演

今日の14時半から文化放送の「大竹まこと ゴールデンラジオ」に戸塚宏校長が生出演をされていた。
広島ではやっていないが、私はどうにかこうにかradikoアプリで聴くことができた。

固定観念を覆す歯切れの良い戸塚校長の弁に、大竹まことさんと阿川佐和子さんがギョッとしたり、
感心したり、突っ込みいれたりするのを「面白いな~」と思ってるうちに、もう終わり。

正味20分ぐらいか。

ポッドキャストでは、放送日の17時ぐらいにアップされるようなので、
帰って再度、じっくり聴こうと思う。

(文化放送のポッドキャスト)

2、3日前には、Twitterで水道橋博士が「平成ジレンマ」の話題をされてたりと、
ここに来てようやく風向きが変わってきたのを感じる。

これまで頭から「悪」と断じられてきた戸塚式教育法が、
その賛否を議論されるようになったというだけでも、凄い進歩だ。


何十年も日本の教育が、子どもの目線になって話を聞き、一切の強制をせず、
褒めて大事に育てるという方針で来た結果、どうなった?

「いじめ」をなくすためにどれだけの時間と費用と人手をかけて取り組んできたことか。
それで「いじめ」はなくなったか?
少しでも減ったか?

詰め込み教育、受験地獄が子どもの心を荒廃させるとして「ゆとり教育」が採用されたはず。
学力低下は仕方ないこととして、それで「ゆとり」は出来たのか?
心豊かにやさしい気持ちの人間に育ったか?

「生きる力」を付けるため、「自己肯定感を持ちましょう」「自分を好きになりましょう」。
それで子どもの自殺率は減っているのか?
少子化や同性愛者の増加など、種としての生きる力はなぜこうも弱まっている?

全部が全部、成果を上げていないどころか、裏目に出ている。

つまり、失敗したのだ。

立ち止まって振り返り、正していかなければならない瀬戸際にそろそろ来ていると、
時代が教えてくれている。

飴と下心

また飴をもらった。下心入り飴

ニコニコと受け取りはしたものの、しばしゴミ箱の前で苦悩する。

セクハラの事を思い出して「ウエッ」となりはするけど、飴はただの飴だ。

飴には何の罪も無い。

基本、私は食べ物を粗末に出来ない人間。

もう、あれから何も無いのだから、忘れて食べることにしようか?
怒り続けるよりも、「赦し」た方が楽になると精神論でもよく言われることだし。
・・・だけどそれでは人間として何か大事なものを損なってしまうような気がする。

持ち帰って子どもたちにやる?
・・・・自分が食べるよりももっともっと穢されてしまうように感じる。

お部屋のインテリアに化するとか?
「食べないの?」と聞かれるのもウザイし、見るたびに嫌な気持ちになるだろう。

さて、どうする?

たかが飴。
私が考えすぎなのかもしれない。いつまでも過ぎたことをウジウジと。
それも一種の妄想癖だし、ネガティブな感情を抱えていても良い事なんてないわけで、
スッパリ忘れて気持ちを切り替えようか。

あっちは既に何にも思ってなくて私だけの一人芝居だとしたら、これほどバカらしい事はない。

なんて言い聞かせても、この気分の悪さだけは如何ともし難いというのも事実。
ううううう・・・。

この飴はどんな意味を持つのだろうか?
ただの飴だ。
が、こんなものが奴の中で
「二人だけの秘密」あるいは、「好意の表れ」「情を交わす方法」となっていないとも限らない。
やっぱり考えすぎか?
どうだろう?・・・・どうだろう?

とりあえず、その恐れだけは消しておく必要があると考えた私は、
奥さんが事務所に顔を出した時に「さっき、飴を頂きましたよ」ともらった飴を見せておいた。
私の勝手な思い過ごしなら、それは何でもない普通のことのはずだ。



今朝、打ち合わせに来た彼は言い難そうにこう切り出した。

「・・・・あの、ねぇ、この前のあれ、・・・飴あげたでしょう。
 あんな事とか、うちの奴に言わなくてもいいからね。

 ああ見えてなかなかヤキモチ焼きだから、ちょっと困るんだよ。
 ただ僕は、そのぉ、君が一人で事務所にいて仕事してて退屈じゃないかと思って
 持ってきただけなんだから。別に何も特にね、意味はないし・・・」

やはり私が思っていた通りだったようだ。
飴をくれるぐらいのことではあるが、奥さんに内緒にしないとマズイ行為としてやっていたのだから。

「そうですか。私もただ、もらったのでもらったと言っただけです」
ニッコリと応える。

何を思ったか
「人間関係って難しいものだなと、最近よく感じるんだよ」などと言われるので、

「他人が自分のことを『こう思ってくれるだろう』と期待しても、その通りとは限りませんからね、
 私はあれこれ考えるだけ無駄と思うようにしました。ですからぜんぜん人間関係は難しくないですよ」
と返す。
これは自分で自分に言い聞かせたようなものだ。

ごにょごにょと言いながら立ち去る奴の背中を見送って、
私はロッカーの中に入れたままにしていた飴を出し、ゴミ箱の底に押し込んだ。

続きを読む

その手に抱きしめている物は3──敵意は人を破壊する

お馴染み、加藤諦三先生(私も一時期お世話になりました)の「テレフォン人生相談」に、
強烈過ぎる程の個性を持った教師兼母親からの相談。

これを聞いてみて欲しい。
なぜ息子がひきこもってしまったのか、誰にでもわかるだろう。

相談者だけがわからない。
たぶん、一生。



まさに、戸塚ヨットスクールに来る子どもの家庭によく見られる典型的なパターンだ。
こんなにも人を苛立たせる人間と生活を共にせざるを得なかった息子に心から同情してしまう。

この馬鹿母が有り金全部搾り取られて、孤独で惨めに野垂れ死にますように。
息子は、親が死んだらスッキリとつき物が落ちたように元気に社会復帰できますように。と、祈る。

「無」理解

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