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ダメ親が子どもを追い詰める

「いじめ」と一言で言うけれど、その内容はいろいろある。

叩く蹴る、物を盗る隠す、悪口を言う、嫌がらせをする等は
明らかに「加害する」という積極的いじめであり、止めるよう指導すべきもの。
それらは、大人の社会では犯罪なのだから。

しかし、そうではないものに、大人はどう対処すべきだろうか?

いわゆる、「嫌う」ということに対して。


学校で、ある女の子がクラス中から嫌われているということで悩んでいる。

原因はというと、元々は、
同じグループ内で一人の子がその子を嫌ったという所からはじまったようだ。

それだけ聞くと、その一人の子が虐めの首謀者で、
皆を扇動して集団虐めをしているのかと思われてしまうかもしれないが、
そうではない。

あくまで個人的に虫が好かないということで、その子一人が、
無視をしたり、嫌いな子が近付いたら離れるというような事をしていたようだ。

本当にくだらない、幼稚なやり方だが、
もちろん、あからさまに避けれた方は辛いだろう。それはわかる。
嫌われた子は、親に相談した。

そこでその親がとった行動が最低だったのだ。
これが問題を大きくしてしまった。

無視をした子の親に電話をかけて、
「うちの子を無視するな」とやったというのだから。

「嫌うな。仲良くしろ」と。

その話は、すぐにクラス中に広まり、
これまで普通に接していた子達も遠巻きに見るようになってしまった。

それはそうだ。
下手に関わって、その子の気に食わない言動をしたら
親に言いつけられて虐めっ子扱いをされるとなれば、
誰も近付きたいとは思わない。

かくして、嫌われっ子は一人ぽっち。

挨拶すれば挨拶は返してもらえる。

話しかけたら、返事は返る。

聞いたことには答えてもらえる。

意地悪はされない。

でも、遊ぶ友だちはいない。

仲間はずれにない状況でも、「本当は嫌われてる」と思うと人が怖い。

それで寂しい、学校が楽しくないと悩んでいるのだった。


これとそっくりな状況、これまで何度も何度も見聞きしてきた。

嫌われっ子の親は、どうしてこうも似たような行動をとるのかと、不思議でしょうがない。

結局、親が人との関係作りが出来ない人間だから、子もそうなるということなのか。
悲しい連鎖だ。
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今こそ、洗脳報道に挑む時!

何が正しいとか間違っているとか、
正義とか悪とか、
誰が何を言っている言わないとか、
どんな主義主張だとか、
どんな思惑があって、
裏で誰が糸を引いているとか、
損する得するとか、
自主的か操られているだけかとか、

そんなこと、

どーでもいい。

1万人集まった抗議活動が報道されなかった。

4万人集まっても無視された。

では、10万人ならどうなんだ?

ということ。

6.29緊急!大飯原発再稼動決定を撤回せよ!首相官邸前抗議

報道機関が、今起きている事実を
取捨選択するなんてことがあっていいものか!


16歳の記念に

長女が16歳の誕生日を迎えた。

その16歳になる日に、
彼女は特別な記念になる事をしようと考えていた。

だが、相談を受けた私は言った。

「やめときなさい。
 悪いことではないけれど、学校に連絡が行ってややこしい事になるから」

それで娘は、担任の先生に聞いてみた。

先生の答えも同じ。

「う~ん。たぶん、学校に連絡が来るだろうね・・・」

それでも、彼女は決行した。

16歳の誕生日に娘がやったこと、それは、



市役所に婚姻届をもらいに行くこと。

放課後にその足で制服のまま、一人で市役所の窓口に行ったという。

そこでは、それはそれは親切に説明をしてくれたらしい。

ただ、「書き損じたらいけないので2枚ください」と頼んだのは、
「規則でできないんですよ」と断られたそうだが。

二つ折りの婚姻届の間には、
「ご結婚おめでとうございます」と祝福の言葉が挟まれていた。

「やるねぇ」と、家族で笑うこと。
兄妹たちには、「見せて、見せて」と大うけで、本人は「面白かった~!」と満足げ。

我が家の子たちは、どいつもこいつも、
親や先生の言うことなんか、参考程度にしか聞きやしない。(笑)

まあ、結婚できる年齢だからといっても、相手がいなきゃ、はじまんないんだけど。
いろいろと先が楽しみではある。

お家大好き

中学校の参観日に行ってきた。
1年生のチビのクラスは英語。
今日は一般動詞の見分け方、Doを使った疑問文をやっていた。
「I like music.」 とか、「I play the piano.」「I have a friend.」なんての。

先生がテンポよく発音されるので、
生徒たちも元気に読み、フランクな雰囲気で授業が進む。

その中で先生がしたある質問。
「Do you like home?  I like home.という人、手を挙げて」

「はいっ!」
ズバッと勢いよくクラスで一人だけ手を挙げたのが、うちのチビ。
「おウチ、大好き~」と言いながら。

うわっ、誰も手を挙げてない中で一人だけとか。

そんな堂々と。

そんな楽しげに。

幼いのか、空気読めないのか、
浮きまくりでも構わないチビに、なぜか私が照れるジャマイカ。

・・・そうだよね。
この子、確かに家が好きだから。
本読んだり、絵を描いたり、ヘッドセット使ってこえ部で遊んだり、
ボカロ曲聴いたり、フラッシュゲームしてたり、
「世界街歩き」録画見てたり、好きな作家にファンレターしたためたり、
一人でいても何かしら楽しげにしてるモンなー。

照れるけど、何か嬉しい。


他の子が手を挙げないのに驚いた先生が、
「えっ、家が好きな人他にいないの?
 みんな、学校が嫌い、家が嫌いで、じゃあ、どこならいいの?」
と尋ねると、
お調子乗りの男子が、「友だちンち~」。
そこで
「Do you like friend's home? Yesの人」と再度質問されると、
手を挙げたのは、4人ぐらい。

その他の子は、やっぱりモジモジ。

ノリは決して悪くはないんだけど、どーも難しいお年頃のようで。

ぽあんのひねくれ書評

Yahoo!アプリに、大人向けのオリジナル絵本読み放題「PictBox」というのを見つけ、
面白そうなのでさっそく追加した。

評判のよさそうなのから読んでみようと思って選んだのが賞も取ってる「凹さんと凸さん」。
感想には、
「すごい」「深い」「考えさせられました」と高評価が並ぶ。

どうしてこれが目に付いたのかというと、
以前、絵本の「ぼくを探して」とその続編「ビッグ・オーとの出会い」について
ある人と感想を話し合ったことがあったから。

彼は「ぼくを探しに」にニューエイジ系の胡散臭さと
特に子供に対してのある種の危険みたいなものを感じ取っていたのだけれど、
鈍感な私はいつかサラ~ッと軽く読み流しただけで、そんなに深く考えてはいなかった。

その後、本屋で読み直してもみたけれど、
欠けたところにピッタリフィットを求めたくなる気持ちもテトリスやってりゃわかるし、
安易なオチでめでたしめでたしにせず捻った所に作者の創意を感じるなー、ぐらいの感想。
ただ、確かに自己啓発セミナーのテキストにはとても使いやすそう。
特に続編は、「ビッグ・オーというメンター(師匠)との出会いが必要なんですよ」との
誘導にもってこいだとは思った。
結局、巷に出回る予言の謎解きと同じで、
使おうと思えば何でもマインドコントロールの材料には事欠かないのが、あの手の世界かもしれない。
そういった意味では、見るもの聞くものに常に警戒しておく必要はあるだろう。

と、そんな経緯があったので、
擬人化された凸と凹が互いをどう噛み合わせていくのかに興味を引かれたのだ。

読んでみて、やはり鈍感な私には、
この手の世界をホノボノと味わうことはできないなと感じた。

好きな人は好きで良いけれど。
私はそうじゃない。
みんなちがってみんないい。


もしよければ読んでみて、感想を教えてください。


↓ここからは元絵本を読んだ後で。

続きを読む

とりかえっ子と幸せ

経営がうまく行かなくて残業続きでも安月給みたいな企業の経営者が、
「他の会社の社員ならもっと良い待遇を受けられるであろうに、
 わが社に来たばっかりに苦労をかけて申し訳ない」
と社員に頭を下げるのは、あってかまわない事だと思う。

謝罪するよりも努力して経営者としての責任を果たすべきというのはもちろんそうなのだが、
企業は経営者一人で回しているわけではなく、社全体の問題であるからだ。
そして、嫌なら辞めて他に移るという選択肢を各社員が持っているということもある。
見切りを付けるも付けないも、各人の判断。

だが、親が子に同じような事を言ったり、あるいは心で思っていたりするだけであっても、
あるとしたなら、それはどうだろう?

貧しくて欲しいものを買ってやれないとか、
余裕がなく満足に相手をしてやれないとか、
子どもの才能を見つけて充分に伸ばしてやれてないとか、
気持ちを受け止め切れてないとか、
人格形成に好ましくない影響を与えていそうで悩むとか、
そんなことぐらい、どの親でもあることと思う。

「私は完璧な親です!」と胸を張れる人というのも、中にはいないことはないが、
だいたい他人から見るとそうは思えなかったりするものだ。
至らないところがあるのが人間。
だからより良くなって行こうと努力する。

だが、申し訳ないという気持ちがあるのは、
あくまで自分が理想とする親になれていない事に対してであって、
「他所の親でなくてゴメンね」は、根本的に何かが違うという気がしてしまう。

自分の子は、自分が産んで育てているから自分の子なのであって、
他所に生まれたら、それは縁もゆかりもない他所の子だ。

「この子が、あの子なら幸せだっただろうに」と思うのは、
それはあまりに子ども対して無責任で、失礼すぎる。

あの子は幸せなのに、この子は可哀相。
なぜなら私の子だから。
そんなふうに親に思われている子どもは、確かに可哀相だ。

逆にこの親は、他所の利発で美しい子どもを見て、
「あの子がうちの子だったら幸せだろうな」と思ったりするのだろうか。
子どもが問題を起こしたら、
「なぜ私がこんな目にあわなきゃならない?」と理不尽さを感じるのだろうか。

親とは、自分の子を幸せにするために最大限の力を尽くすべきもの。
至らないところがどれだけあろうが、
たとえ馬鹿で愚図で負け組みの最下層であったとしても、
世界中の誰よりも、一番子どもを思っているのは自分であると言い切れなければ
親ではない。

子どもがどう思うかは別。
裕福で知的レベルが高くて優しい両親の家に生まれたら幸せだっただろうなと
夢想するのは仕方がない。
が、その子もいつか気付くのだ。
その家に生まれていたら、それは自分ではなかったということに。

本当に子どもを大切にしたいという気持ちがあるのなら、
親としての自分を否定するべきではない。
可哀相な子どもを育てる可哀相な自分という自己憐憫に浸って
得られるものなどないのだから。

使えないチャイルドライン

チャイルドラインとは、子ども専用「いのちの電話」のようなもの。

辛い時は一人で悩まずに電話をするようにと、学校でカードが配られる。

だから子どもは、電話をしたら非力な自分には出来ないことを、
大人の視点から解決に導いてくれるものだと考えるだろうし、
私も、それに近いことが出来るのかと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

考えてみれば当然かもしれない。
そうそう「夜回り先生」が大量生産できるわけもないのだから。


ある中学生の女の子の話を聞いた。
彼女は家庭が複雑で深刻な問題を抱えていたという。

毎日が辛く、親しい友人には悩みを打ち明けてはいたが、
子どもの立場ではどうすることもできず、
かと言って、誰か大人に相談して話が大きくなるのも怖いといった状況だった。

社会を知らない子どもにとっては、
自分の置かれた立場がどれくらい異常なのかの判断は難しい上、
どうすればいいのか以前に、どうなりたいのかもわからなかったりする。

ただわかるのは、他の家とは違うということ。
そして、とても辛くて、時には死にたいとさえ考えてしまうほどだということ。

そこに配られた「チャイルドライン」のカード。

その子は友達に励まされながら電話をかけて、
一生懸命、自分の境遇と思いを話し、そして答えを待った。

だが、電話の向こうの人は
「あら~、そうなの~、う~ん、たいへんね~、そう~」
と、気のない返事をくり返し、こんなアドバイスをくれたのだった。

「それはね~、
 誰か周りの大人の人に相談してみたらいいと思うの~」


はぁ?

「ん~、先生とかにもね~話してみたらどうかな~」

なら、お前、なんのためにいんの?

その子は電話を叩き切ったという。

そして友達同士で、
「なんだよそれ!」「クソが!」「使えね~!」「バカじゃねーの!」
とさんざん悪態をつきまくって、チャイルドラインのカードを破り捨てたという。

結局、大人なんか、先に生まれたからって偉そうにしているだけで、
実際はバカばっかりであてにならないということを確認しただけ。

その話を聞いた時に、チャイルドラインとはどんなものか調べてみた。
ここは、子どもたちの声にただただ耳を傾けるというのが基本のようだ。
説得して理解させるとか、あれこれ指示をするのではなく、
どんな話でもきちんと聞くことで、受け止めてもらえたという実感と安心感を与え、
本人自身の問題を乗り越える力を引き出していくというもの。
・・・・・・・らしい。

この一件で彼女は、誰も助けてはくれないのなら、早く自分が大人になるしかない、
と、腹を括ったのかどうかは知らないが、その後、無事進学していった。

いろんなケースがあると思うが、これはこれで結果オーライだった。
様々な人がいて、それぞれの関わりがあるのだから、唯一の正解はないのだろう。
できるだけ窓口はたくさんあった方がいい。
今回の彼女の場合は、一緒に怒ってくれた友達が、
たまたま本来のチャイルドラインの役目を果たしたように思う。

話を聞く、それだけのことぐらいを、
わざわざしようとしてしなければならない社会に私達は生きている。


(参考:チャイルドラインについて…)

ぽあんの有料ブロマガはじまるかもよ?

さて、書きたいものはゴッソリと溜まってはおりますが、
ここいらで、ちょいと方針転換などしてみようかななどと考えております。

熱を入れて書けば書くほど嫌われていくのが、この「ぽあん歩庵」。

「なぜこんなわざわざ憎まれるような書き方を?」と
ご心配くださる方は多々いらっしゃるのですが、
これも一つの手法としての実験ですので、
反論どころか批判も悪態も、私としては一向にかまわないどころか、
むしろ歓迎しているくらいです。

なぜならば、私は基本的には「いい人」をやっちゃうので、
昔から敵を作ることが出来ないという欠点があるからなんですね。

他人の話をよく聞いてしまう。
相手の立場になって考えてしまう。
気持ちを先回りして、欲しがっている言葉を言おうしてしまう。
人を傷つけるということが怖くてたまらない。
誰かを怒らせたり悲しませたりするぐらいなら自分が我慢したほうがまし。

なので、人と衝突はしないし、
あからさまに虐められたり、影で悪口を言われたりした経験はないのですが、
そのかわり、
親友、特別に仲の良い人、絶対的な味方というのも出来たことがありません。

本当に、そこそこ「いい人」、どうでも「いい人」といった、
毒にも薬にもならないような人間が、素の「ぽあん」なんですね。

敵が多いひとほど、強力な味方もまた多いというのはよく聞きます。
それが正しいかどうかは別として、
100人の敵に囲まれても、たった1人でも真の味方がいれば強くあれるというのは、
その通りだと思います。
自分がどうなんだということを明確にしないってのは、安全かもしれないけれど、
腹の探りあいの群れの中で「私たちって仲間よね~」とやってる人間を、
私はどうしたって、好きにはなれない。

好きじゃない人たちと上手くやっていこうとする好きじゃない自分ってのを
壊したい!
それが、このブログの目的でもあったわけです。

善も悪も、そうそう決め付けられるものではなく、
この世にあるほとんどの物がグレーなのは、わかりきったこと。
時代によって、立場によって、状況によって、物の価値や意味はコロコロと流転する。
今日、正しかったことが、明日は間違いになるなんて普通にある。その逆も。

だからこそ、「白だ!」、「黒だ!」と、
とりあえず断言するってことをやりたいと、そういう気持ちで書いてたのがこのブログ。

間違いを恐れて慎重になんてのは、責任のある立場の人がやればいい。
医者が嘘の診断をして人の命を危険に晒すようなことがあってはいけないけれど、
素人が自分の思う事を自分のページに書き散らすことに、良いも悪いもないわけで、
脅迫や犯罪幇助、実名での誹謗中傷などといった、法に抵触するようなことさえなければ、
オールオッケー。
間違ったら「ごめんなさい」で、済む話でしょ。


・・・・・とまあ、そういう立場でやってきましたが、
ぽあんが言いたい事を言うというのが、どうしても困る人たちもいるようで、
単にブログを書くだけのことに、面倒くさいあれこれを考えなきゃならないのも
シンドイよなぁああああっって思うようになってきたんですよ。

そこで、今後は「ぽあん歩庵」の一部記事を、
ブロとも限定にするか、ブロマガで有料にするという方法を考えています。

通りすがりではなく、わざわざ読みたいと思ってくれる人に向けてなら、
ブログ更新のモチベーションも上がりますし、
ついついキーボードを叩く手も滑って過剰にサービスした特別濃厚な内容も書けようかというもの。

それこそ、1人の味方のためにですね。

ということで、「ぽあんのここだけの話」を読みたい人がどれくらいいるか、
アンケート調査です。


上のアンケートで、読みたい、読んでもいいとお答えの方は、こちらもお願いします。

消されたページに提案

これが日本原子力研究開発機構のHPの消されたページだそうだ。
http://twitpic.com/9slklc
genshiryokukaihatu.jpg



 「女性は男性に比べ、原子力の技術的な情報に対する
  理解度や満足度が低いことが分かっています。」

と書かれてあるが、正しく理解し、まともに物を考えることができる人なら、
男性女性にかかわらず、「怖い」ものではないだろうか。

大きな図で示す例えでは、
女性がいかにもヒステリックであるというステマが仕掛けられているように思える。

女性(頭が悪く感情的な“住民”)が悪いせいで、
男性(現実的な社会経済活動を行っている“事業者”)が迷惑を被っていることが、
専門用語を使わなくても、一目でわかるこの親切さはどうだろう。

夫婦喧嘩で例えるのなら、放射能・放射線を暴力をふるう旦那さんにすれば、
もっとわかり易く、ストレートに伝わるものになったはずなのだが、なんとも惜しい。

↓こんなふうに。

旦那さんそのものが、放射性物質

旦那さんの相手を攻撃せずにいられないほど
興奮している状態
が、放射能


怒鳴り声や、殴る蹴るの暴力が、放射線


そして、心や体を痛めつけられて
怪我をしたり病気になる奥さん被曝者

あまりに酷い暴力を受けた場合は、死ぬこともあります


もし工事中のページを直すのなら、ぜひ、このように作り変えられることを提案したい。

しかし、多くの人が本当に知りたがっているのは、
放射能や放射線が何に例えられるかではないので、あまり意味はないだろうが。


こんなページを作っておいて、「対等に向かい合い、お互いを理解」ねぇ。

あー、アホらし。
プロフィール

ぽあん

Author:ぽあん
広島在住。
のんびりとやりたい事だけして
暮らしています。
座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

★★応援しています!★★
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