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デモ行進の成功とは?

あちらこちらで、様々なスローガンを掲げたデモ行進が行われている。

反原発デモ、フジテレビ偏向報道への抗議デモに続いて、
昨日は反格差デモが東京であったとか。

少し前には、キャバ嬢の権利を求めるデモってのもあった。
(→職業選択の自由の“権利”はキャバ嬢にはないのか)

海外からの飛び火で、
ゲイの平等な権利を求めるデモというのもされたことがあるらしい。
あちらでは、過激な保守によるアンチゲイのデモとか中絶反対デモもあるが、
これは日本では馴染まないようだ。

他人に迷惑をかけない限り、
自らの主張を叫び集会を開く権利は認められているのだから、
それは自由にやればいいと思うけれど、
いったい、何がやりたいデモ行進なのだろうな?というのは、いつも思う。

デモの中心人物たちは大抵、「デモは大成功!!」と言ったりしてるが、
何をもっての「成功」なのかを考えたとき、
そもそもの目的に一歩も近づいていないということは往々にしてある。

「呼びかけに応じて多くの人が集まった」
「混乱もなく、当初の予定通りのルートをデモ行進できた」
「道ゆく人の中から賛同者が増えた」
「報道され、問題に対しての自分たちの活動を知ってもらえた」

それが彼らにとっての大成功ということなのだろうが、
賛同よりも反感の方を多く買っていては仕方がない。

反原発デモでは、出所の分からない無責任なデマがネット中を駆け巡って騒動に火をつけた。
危険性を煽るために、風評を過大に利用して被災地の人たちに心痛を与え、
都内ではいたるところで交通をマヒさせ、ゴミを出し、一般市民を不愉快にさせている。

フジテレビ抗議デモ、花王不買運動なども、それをやったからといって
番組企画内容が変更されたということもない。
それはそうだ。
もしデモ抗議活動によってテレビ局が方針を変えるなどということがあれば、
それこそ表現の自由が暴力によって侵害される事例を作ることになるのだから。
スポンサーを攻撃のターゲットにするに至っては、常軌を逸しているとしか言いようがない。
れっきとしたクレーマー集団による悪質な営業妨害だ。
デモ行進中も、中心リーダーが不在のまま、それぞれが勝手に自分の思いを口々に叫び、
一般の観光客まで巻き込むわ、韓国人を貶める暴言を吐くわをした後に、
日の丸掲げて「バンザイ、バンザイ」とかやっておいて、
それを各報道機関が無視をするなど文句を言うが、当たり前だ!
誰が、こんな民度の低い日本人がいる事を世界に知らしめたいものか。

反格差デモに至っては、もはや意味不明だ。
誰に何を訴えて、どうせよと言っているのか?
「職よこせー、金よこせー、将来の不安を解消しろー」と叫んで歩いて、
その望みが叶えられると本気で考えているなら、社会人の資格はない。
格差のない平等で豊かな国へとっとと出て行って欲しいものだ。
世界で一番、貧富の差がなく、
ホームレスでも新聞ぐらい読めるほど教育が行き届いているこの国で、
寝言をほざくのも大概にしろと言いたい。

世の中に不満を持ち、それを自分の力で何とか変えたいと思うのはいいが、
それを集団の力で暴力的にしか打ち出せないというのは、あまりにも幼稚過ぎる。
「韓国のデモと比べるとまだ理性的だから」などと言う人もいるが、
そんな人には、五十歩百歩という諺を贈りたい。

不平不満をブーブー言う人が大勢集まって、
問題意識を持たない人に「目覚めよ!」なんてやったって、ウザイだけ。

「世の中を良くする為に何をやっていますか?」と問えば、
「ネットの呼びかけに応じてデモ行進に参加してます」と胸を張って答えるレベルの人に、
誰も上から目線で偉そうに主張を押し付けられたくはないはずだ。
少なくとも、私はそう。

デモの行進が成功しようがすまいが、何も変わりはしない。
そんなことは、これまで戦後何十年の歴史が証明している。
そして、多くの人が集まったからとて、それが正当な要求であるとも限らない事も。
「デモをするとデモのある社会に変わる」と言っている人がいるが、それだけだ。

先月「おこづかいをあげろー」という子どもたちのデモ行進もあったらしい。
(産経ニュース:おこづかいをあげろー 上石神井で子供たちがデモ行進)
これは大人が仕掛けたイベントだが、
「自分の気持ちを社会に伝えるきっかけづくりがねらい」とある部分、
トンデモナイ教育をしてくれてるものだと、情けなくなる。

日本人は、こうして着々と壊されてきている。

日本に原発が似合わないように、日本人にはデモ行進は似合わない。
「和を以って尊しとなす」精神とは遠い行為だ。

コメント

非公開コメント

同感

デモ。日本には確かに似合わないですね。
報道で見る限り、本気でこのデモで伝える気があるのかな~と言う感じの表情の方ばかり。

「和を以って尊しとなす」今も昔も、これが日本人のよき精神だと思います。

…人のことえらそうに言えないけど。
納得行かないことは突き詰めますから。でも、大切なのは「中間」の考えというか。
白黒つけるのでなく、グレーな部分もあってこその日本人。
自分の中で納得できさえすれば、それがたとえ自分の思い通りの結果ではなかったとしても、思いをそろえ、従う…うーん、うまく言えないけど、あたしはそれが一番自然な感じがします。

日本人として?かどうかと言われると、疑問ですが。
少なくとも、我が家は旦那が「やられたらやり返せ」の精神であるのに対し、
あたしは「やり返してまたやられるの繰り返しをするなら、別の方法を考えろ。あたしたちにはその能力がある。暴力・暴言にはどう対処するか。さまざまな方法がある」と子供達に教えています。
…命に関わると判断した時には「やりかえせ!」と言っていますが。

何が正しいかって、自分で判断するより他ないんですけど。

Re: 同感

>白黒つけるのでなく、グレーな部分もあってこその日本人。

そうですね。
「まあまあ」で、なんとなく通じ合える。
適当で、大らかで、とことん人を追い詰めない優しさがあるのはいいですね。


「やられたらやり返せ」には、二つの意味があると思うんです。

報復と警告。

恨みの仕返しは溜飲を下げるためというか、感情の問題だけれど、
警告の場合は、相手への期待がある。
やられっぱなしじゃないって事を相手に伝え、
「自分がされたくないことは他人にもしてくるな」と関わり方の調整を図る方法。
昔の熱血マンガに、喧嘩で殴り合って仲良くなるガキ大将がよく描かれてましたが、
スポーツとしての格闘技のライバルでもない限り、外国人には理解できないかも。

日本人はあまり恨みを長引かせませんよね。
「水に流す」ことを良しとするのは、穢れは禊で祓われるものだから。
頭で考える教育以前に、血の中に神代の時代から受け継いでいるのでしょう。
だから報復の連鎖がない。
あだ討ちにも作法があるぐらいですから。

被害者意識を募らせて恨んで憎んでどう思い知らせてやるかに情熱を傾けるより、
自分が幸せになるには何をどのように変えるかを一生懸命考えたほうがいい。
昔の日本人は潔かったです。
でも、決してやられっぱなしにならない強さがありました。
そうした魂は残して行きたいです。
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座右の銘は「ケ・セラ・セラ」。

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