ぽあん歩庵

椿三十郎の見所は

昼に何気なくテレビをつけたら、椿三十郎のPR番組をやっていた。
一時間半の特番だったのに、残り30分もない。
「しまったー」とあわてて食い入るように画面に見入る。
私はまだ映画を観ておらず、日野先生が指導された動きとラストシーンがどんなものか知らないので、できれば見所などのポイントを押さえておきたいと思っていたのだ。
うっかりボンヤリの私が大切なシーンを見落としなく隅々まで味わいつくすことができるように。
しかし番組はもう終盤。中村玉緒が織田裕二に質問するコーナーで締めくくりのよう。
そこでは殺陣の話題が出た。
織田祐二は当初、カッコいい殺陣ということだったら、自分より絶対に上手く決めてさまにできる人はいるので、そういった人に部分的に代わりにやってもらう方がいいと思っていたそうだ。
しかし、求められているのは「斬りたくないのに斬らなければならない殺陣」。
それならば絶対に自分がやるべきだということで、一切のスタントを立てず全て本人が演じきったという。
以前、森田監督も「人を斬るのも疲れるということを表現した」ということを言っていたのを聞いたこともある。
生身の人間味を出してリアリティを追求するという意味もあるだろうが、どうも、それにも増して武道的な人間と人間との真剣な係わり合いに焦点が当てられている気がする。
生きるか死ぬかのギリギリの命のやり取りほど、人が必死に相手に向かい合うことはないからだ。
殺陣をスピードやテクニックなどの見せ方の演舞としてだけ見て、黒澤作品と比べてどうだとか、三船椿の時にはどうだったとかの批評をしている意見もネット上で時々見かけるが、そういう場合はえてして何を感じたかはすっ飛ばしているものが多いように思う。
もちろんまだ見ていない私が何を言えるわけでもないが。
番組では織田祐二の話にかぶるように、殺陣の練習風景の映像が流れていた。
もしやチラリとでも武道指導に入っている日野先生が映ってはいないかと目を皿のようにして凝視するが、それはなかった。
あちこちの宣伝で「殺陣に力を入れた」「前作とまったく違うラストシーンを見てほしい」と言われたり書かれたりしているのを見聞きするにつけ、そのアイデアを出したのが誰かは語られることはなくても、ちょっと嬉しくなる。
来週あたり、いよいよ観に行く予定。
じっくりと味わいつくそうと思ってる。最後のクレジットまで。

2007年12月17日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0












管理者にだけ公開する