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「武道・JAZZ・禅」

遅まきながら、4月26日のCD発売記念コンサート、
精神と音の対談「武道・JAZZ・禅」の感想をば、ざっと。

この日私は朝7時半に家を出て、11時に大阪駅に到着。
迎えに来てくれていたさきこさんや他の人と合流して会場が着いたのが12時半前。
13時半開場、14時開演で、
用意は全部レコード会社の人がやるから手伝いは要らないと聞いてはいたものの、
何かできるのではと早めに行ってみたが、どうやら大丈夫のよう。
それどころか、日野先生もまだ入られていないという。
場所は介護用品のショップで、会場は二階のホール。
一階入り口横には、ゆっくりとお茶を飲める小さな寛ぎの喫茶スペースが設けてあり、
そこでしばし待つ事に。
ちらほらと客が増えて席がうまった頃、ようやく先生が到着。
リハーサルは?と、皆で顔を見合わせる。
しばらくして調整のためらしいドラムの音が少し響いたが、どうやらぶっつけ本番らしい。
開場時間となり、二階ホールに上がり席を探す。
大体こんなとき、真ん中あたりから後ろに向けて埋まっていくもので、
日本人は真ん前が苦手っぽい。
だけど、先生のドラムは前の方がより面白いのを
前回の東京コンサートで体験済の私は迷わず最前列の中ほどに座り、
真正面に「ここ、ここ」とさきこさんを呼んだ。

第一部は、海会寺住職の安保紹隆氏との対談。
私は安保さんという方がどのような方なのか存じ上げなかったのだが、
どうやら安保さんも日野先生の事をあまりご存知ないようで、
書いてあるプロフィールを読み上げると、いきなり質問コーナーに突入。
こんなのアリですか?というこの展開は、
「何も決めない」方が面白いのではないかとの打ち合わせで唯一決まったことという。
これぞ、禅と武道との双方に共通する本質的精神の体現ということか。
うむうむ、海よりも深い計らいがあるわけだ。なるほどな〜。
僧侶の視点、武道家の視点。
交わるところもあれば、微妙にすれ違いが見えるところもある。
ただ、どちらも対立はしないという根本姿勢は同じ。
話の内容もさることながら、掛け合いの部分がなんとも面白い一時間だった。
安保さん対談  日野先生対談

そして第二部。
お待ちかねの、ドラムソロ。
日野先生はTシャツに着替えて颯爽と登場したかと思ったら、ドラムに座って
軽くブラシで撫ぜ次第に強く、いきなり演奏が始まった。
今回は演出も何もなし。ライトも普通に点きっぱなし。
直前にさきこさんは野生の本能でエネルギー中りの危険を察知し後ろに回避し、
むろん私もちょっと怖いので、結局真ん前ど真ん中は空席になってしまった。
演奏は、会場が狭いので大阪や青山よりも軽く、
時間も30分と短かった(といっても、普通のドラマーでは有り得ない)のだが、
スピードと切れはますます増している。先生はどこまでも限界知らずだ。
後で聞いたのだが、この日使ったドラムは先生のではなく主催者が用意した借り物で、
本当に前日とかにもリハーサルはされていない一発勝負。
きちんと調整していないから、演奏中に楽器が緩んだりずれたりして難儀されたらしい。
その場で聞いている時にはまったく気がつきもしなかったのだが、
撮影していた映像を見ると、確かに再々、スティックを口にくわえて
シンバルのネジをしめたり、強く叩いて動いたのを引き寄せたりをされていた。
また、グラつく部分には、どうもうまく加減をして力を逃がしているかのような感じも。
それだけ気を使いながらも、あの音を出しているのだから、
これを凄いと言わずしてなんと言う。

終わってのパーティは、興奮の余韻に酔いしれながらのとても楽しい時間だった。
それぞれが思い思いに自分の感激を伝え合い、共有する。
空いた真ん中の席を挟んでの隣には、さきこさんの会社の同僚の方がいたのだが、
彼女はバッチリ強烈エネルギーの洗礼を受けてしまったようで、
左腕がビリビリ痺れておさまらないと言われていた。
正面ビームに触れたのか、右脳アタックを受けたのかわからないけど。

また、たまたま通りすがりに知り合いに会って誘われ立ち寄ったという方も、
目をキラキラさせて、
「こんなのを聞いたの始めただ。感動した!」と感激を語っておられた。
大手の建設会社の部長クラスのこの方は、ジャズにはどうも造詣が深いよう。
その喋り方はあまりに素直で嬉しくてたまらないといった感じで、
聞いてる私も嬉しくなる。
まっすぐに人を見る澄んだ瞳が印象的。
やはりこういう人には響くのだ。

あちらでもこちらでも笑顔、笑顔。
そこにいる皆がより元気によりパワフルになる、
日野先生のドラムにはそんな力がある。

翌日、武禅に向かう車の中、さきこさんが携帯で
日野武道研究所の掲示板の書き込みを見せてくれた。
コンサートに来ていた妊婦さんに、コンサートの後、陣痛がはじまったという。
命の音が命に働きかけたのか。
きっと元気な赤ちゃんが誕生したことだろう。
カーオーディオでCD「狂い咲き」を聞きながら、
私も出産の時のバックミュージックにこれを聞きながら産みたかったなと思う。
癒し系の波の音とか小鳥のさえずりよりも、きっとファイトが湧いて来るはずだから。

命を産むのも育てるのも、命がけ。
人生は、闘いだ!
そんな覚悟を刺激し呼び覚ます音だと、私は感じる。

2008年05月04日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

狂い咲き──La Fiesta 発売記念コンサート

CD発売記念ドラムソロコンサート
デジカメのおまけの動画機能で撮った映像をupしました。
ムチャクチャ音が悪いです。が、雰囲気だけでも。

終わりのテロップに、私のキモチ入り。 (テヘッ)

2008年05月02日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

落日

大きな大きな夕日だった。

赤く燃える太陽が静かに山陰に沈んで行く。

080429_1830~0002

和歌山から大阪に向かう車の中からそれを見ていた。

仲間のひとりがつぶやく。

「ああ……、俗世間に下りて来たね」

別の人も、

「うん。海外旅行に行って帰ってきても、これほどの違いを感じないよね」。


また日常の営みに戻って行く。

ぼんやりとした目、ぬらぬらとした行動、遠い誰に言っているかわからないような言葉だらけの。

「気持ち悪いです!」とは言えないから、目を曇らせ、耳を塞いで、鈍く鈍くなるしかない?

いや、

ここからが本番。

そのために稽古したんじゃないか。


夕日は完全に落ちて、薄闇があたりを包む。


半年後、澄みわたった青空と太陽の下で胸を張って笑える私でいたいから、

さあ、正面!

2008年04月29日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

軽くお疲れさん会

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場所は、知る人ぞ知るといったウォーターフロントの倉庫を改造した“隠れ家”。
ここで、大阪ならではの会話や、ちょっと大きな声で言えないような大人のハナシも。
もちろん真面目な質問をしてくる若者もいたりして、先生の周りはいつも面白い。

2008年04月27日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

ミニコンサート終了

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打ち上げパーティー&サイン会。
「センセー、私も私も!」

2008年04月26日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

CD発売記念ミニコンサート

またいつか

人と仲良くなるなんて簡単だ。「こんにちは」を伝えればいい、聞けばいい。
・・・とまでいうのは短絡的過ぎるかもしれないが、
武禅で向かい合って正面から「こんにちは」を言い合った人たちというのは、
普段の生活の中で身近であったり親しくしている人たちとはまた違う、
とても深い部分で触れ合った特別な結びつきを感じるようになる。
それまで見も知らぬ赤の他人だった人が、たった二泊三日、
顔を付き合わせていただけで、ずっと昔から良く知っていた人のように思えるのだ。

私はよく、自分の部屋の壁に貼ったこれまでの集合写真を見ては、
「この人、どうしてるだろう。また一緒にやれたらいいな」と思ったりしている。

このたびの、大阪と東京のドラムソロコンサートでは、
そんな懐かしい人たち何人かと再会できたのが、とても嬉しかった。

大阪には、昨年秋や岡山WSで一緒だった人たちの顔があったし、
初めて武禅に行った時のメンバーの一人にも1年3ヶ月ぶりで再会した。
そして東京では、S教授が奥様を連れてみえていたり、
1年3ヶ月ぶりの他の人にも会うことができた。
武禅は確かにそれぞれの中で活かされて続いている。

再会ではなく、新たに出会えた人もいる。
「会場で」と約束していた人や、このブログを読んでくれていた人など。
初対面でも、やはり日野武道をされてる人は懐かしく感じるのが不思議なところ。

「では、また」
どの人とも、そう言って別れた。
いつかまた会える。一緒に稽古できる。
それが大きな励みになる。
この人に恥じるような事はできないと、自分を律する支えになる。

得がたい出会いに、感謝。

2008年03月03日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

本気の音 〜 La Fiesta 134 東京

青山スパイラルホールには余裕を持って向かったが、すでに多くの人がロビーで待っていた。
開場時間となり、整理券の順に場内に入る。
前の数列は椅子ではなく小さめの座布団が詰めて敷いてあり窮屈そうなので、一旦は中ほどの座席に腰掛けてみたものの、やはり近いほうがいい、正面がいい。
ということで、「ごめんなさいよ、ごめんなさいよ」と人を掻き分け掻き分け、まだ空いてたスペースにでかい図体をギューッと押し込めた。
狭くて思うように身動きが取れない。自分の足が邪魔。
それでも上着を脱いで、ブーツを脱いで、なるべく楽な姿勢にしておく。
大阪の時と同じくコンサートの前の会場にバック・グランド・マンザイが流されるのは、何かのこだわりだろうか。
ムーディともお洒落ともほど遠いが、「いとしこいし」の名人漫談はポンポンとテンポが良いので、聞いて楽しんでもいいし聞かないこともできるというのが、待つ時間にはピッタリだ。

5時。いよいよ開演。
丁度ではなく、少し押して始まった。
ふいに、どこからか朗々とした男性の声が響く。
「会場の皆々様、本日は日野晃ドラムソロコンサート、ラ・フィエスタ134に、ようこそお越しくださいました!」
前には誰もいない。声の主を求めてあたりを見回すと、客席の真ん中にいつの間にか、ゴテゴテとした真っ赤な衣装の人が立っている。
道化回し? 赤の妖精?
演じるは、あの山の手事情社の山本さん。(キャー)
赤の精は前に歩み出て、日野先生の経歴やコンサートを開くに及んだ経緯・理念、注意事項から楽しみ方まで、はっきりと淀みなく説明される。
ちょっとしたミニミニ芝居を見るようだ。
そして、もう一人山の手の女優さんのリードで、観客は「さくらさくら」を歌い始めた。

さくら さくら
やよいの そらは
みわたす かぎり
かすみか くもか 
においぞ いずる
いざや いざや
みに ゆかん

二回、三回、四回、、、ライトが落ちていく。場内が暗くなる。暗く、暗く。  闇。
目を開けているのか閉じているのかわからない。
ひたひたと黒く重い空気に押し包まれて、手探りをするように声を限りに歌い続ける「さくら さくら」。

それははじめ、小さく入った。
大阪の時は、出だしに和太鼓のイメージが鮮明に浮かんだが、今回はまた全然違う。
かすかな赤い光が明るくなるにつれ、ドラムの音も高まっていく。
昇る太陽のように輝きを増し、きらめきを放つ。
「きたーーーー!」全身を電流のような波が走り、顔には思わず笑みが浮かぶ。
私の手は勝手にドラムを叩き出し、唇は勝手に歌いだす。
「バババババババ・・・ドドドド・・ブバッ、ダダダ・・・・ズダズダ・・・」
何でそうなるのか自分でもわからないし、もちろん先生の動きに付いていけてなんかいやしないのだが。
「フリージャズだから、客も自由に動いていい」と言われているので、身体の勝手にやらせてみることにしたら、本当に勝手にやってくれるとは。
先生が激しく動くとき、私も激しく動き、強く叩くと強く叩く、軽いと軽く、苦しげな表情には私も眉間にしわが寄って息が止まる。
入り込んでなりきって、遊ぶために遊ぶ。
日常から遠く隔てた場所にしかない澄んだ音が抵抗する殻を溶かし、それを可能にしてくれてるのか。
何もかもわからない。
ただ、わかるのは、「こうきたらこう」と期待される上を行く、予定調和を許さない裏切りの面白さ。
かと思えば、高く掲げたスティックの先端に観客の意識を集めて集めて、ここぞという瞬間の一点に見事に炸裂する爽快さときたら、たまらない。
会場全体が一体となった大きなエネルギーの塊がパァーーンッと弾けて、光の輪が広がるのが見えるようだった。
私は結局、一時間ずっと暴れっぱなし。
それでもたまに頭がボーっとして集中が途切れそうになる。
すると必ず先生が物凄い目でこちらを睨んで来るのだった。
「オイ!どこ見てる。こっちや!」そんなテレパシーの声がビリビリッと来るぐらいの、それはそれは怖い顔で。
そんな状況では、震え上がり、がむしゃらに向かうしかないではないか。
もちろん声も張り上げた。
「キャーー!」「行っけぇ〜〜!」「イエーーィ」、そして「アキラー!」
なんたって、先生を名前で呼び捨てにできる機会はこれを逃したら二度とないだろうから、「アキラ」「アキラ」と連呼しまくり。
いやー、気持ちよかった。(笑)

隣にいた人は、私が最初っから飛ばすから途中で倒れるのではないかと心配してくれていたらしいが、なぜかまったく疲れていない。
身体のやりたいようにやらせていたから。
そこが大阪で反応し切れなかった時との違い。

一部のドラムソロが終わったら、すぐに続けて二部に入る。
途中休憩なしなのは、勢いを切らない日野流だ。
ゲストの田中武久さんは、日野先生が敬愛するピアニストで御年74歳。
この方も、年齢と共に鋭く美しくなられた方のひとり。
指先でつむぎだされる旋律の優美さときたら、まるで天上の音色。
ソフトで、どこまでも広く深く、皮膚からしみ込み心のひだを甘くくすぐっていく大人の音楽。
たゆたう調べに身を任せれば、先ほどまでの熱気で火照った身体は静かにほどかれてゆく。
田中さんの優しそうな瞳に、時折のぞくいたずらな子供のような茶目っ気いっぱいの光。
日野先生も先ほどとはうって変わって、軽〜く楽しそうな音楽のキャッチボール。
音で語り、目で語り、主張しすぎず、互いが互いを活かす関わりあいの中で新しいものを創り上げていく。
それは人間関係の基本にして到達点だ。
高いところで遊ぶこの方たちを前にして、「こうなりたい」と思わない人はないだろう。
なれる、なれないは別として。
だからこその日野武道。
だからこそ武禅がある。

祭りは本当に楽しかった。
良い位置で、良い音を十分に堪能し、満たされた。
しかし、それと同時にますます渇き、ますます飢える部分も感じる。
「それで、自分はどうなのか?」と。
求める気持ちは原動力。

確かに元気が湧いてきた!

2008年02月28日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

祭りは終わった

La Fiesta 134 東京は大成功。
感激の熱が2日たった今でも冷めない。

ちょっと無理をしてでも遠出をして良かった、
大阪と東京と両方に行けて良かった、
さらに言えば、先生を知って良かった、
この時代に生まれてきて良かった、
これまで生きてて本当に良かった、と思うようなステージだった。

コンサートの最中は、ただ夢中。
メチャクチャ楽しいだけだったのに、
後で思い返すとジワッと涙があふれてくる。
何故だろう?
と、考えかけて、やめた。
感じている事がすべてじゃないか。

とんでもない所まで連れて行かれて、完全燃焼。
今、とても爽やかな気持ちだ。
名残惜しさも悔やみも一切残らずサッパリとして。
過ぎ去った二度とない時間を晴れやかに見送る心には、
一欠けらの寂しさも残らないものなんだなと、今更ながらの新発見。
それが、これまでの心で感じる経験がいかに浅かったかを物語っている。

ありがとうございました。
先生に。
準備やお手伝いをされた方々に。
あの場に居合わせた観客の皆様に。
関わったすべての人に。
心よりの感謝を込めて、どうもありがとうございました。

2008年02月26日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0

縁の〆切

La Fiesta 134 東京のチケットは完売とのこと。

大阪のチケットが売り切れたのは2日前。
ギリギリになって申し込みが殺到したそうだが、当日券分はまだ少しあったと聞く。

今回、その当日券もすべてはけての売り切れがコンサート9日前。
大阪での反響は予想を超えて大きかったようだ。

定員オーバーしても座席数は多少増やせるのではないか、いざとなったら立ち見もできるかなとか私も考えていたけれど、そういうのは一切ないそうだ。

完売は完売。
チケットが手に入らなかった人は、それだけの縁。
と、ラインをきっちり引かれている。

行けない人は残念だろうけれど、断らなければならない先生方はもっと辛いと思う。
できることならより多くの人に来てもらいたいだろうし、熱烈にラブコールをしてくれる人の希望ならなんとかして聞き入れてあげたいと思うのが人情だから。
先生方は情に厚い。
しかしだからこそ、冷徹に一線を引かなければならない時もある。
早くから予約をしていた人たち、チケットを売りさばこうと様々な所で奔走した人たちの思いを大切にすればこそ。
なし崩し的に、ほんわかなあなあで皆仲良しをやっちゃえば楽でも、それはできない。
人と深く関わっていくということは、時にそれ以外の関係を切る決断を迫られることもあるのだ。

今回そんな場面に触れ、「それで、あなたは?」と、突きつけられた気がした。
私には厳しさがない。
ということは・・・・・・

2008年02月16日 日野先生と武禅 トラックバック:0 コメント:0